海賊団発足-2

「えー……それでは、『たんぽぽ団』の結成を祝して」

「『たんぽぽ海賊団』でしょ、船長!」

「私はまだそれ認めてないので! とりあえず、乾杯!」

『乾杯!!』


 わぁっと歓声が上がり、一斉に騒がしくなる。

 広い空の下、あるだけの明かりを灯して、上甲板での宴会となった。何だかんだで鬱憤も溜まっていたのかもしれない。むしろここまで飲み会のようなことをやってこなかったので、配慮が足りなかったかと、奏澄は内心反省した。

 それなりに交流は図っていたが、もっと早くに懇親会でもやるべきだっただろうか。しかし、ライアーは元々商会とは馴染みであるし、メイズは積極的に交流するタイプには見えない。自分が馴染むために酒の席を用意するのもどうだろう、という気がしていたのだが、いやしかし。


「船長、またなんか余計なこと考えてるでしょ~!」

「エマ、ローズ」

「どうも」


 開始早々に奏澄の元へ来たのは、数少ない女性乗組員のエマとローズだった。

 エマは明るく好奇心が旺盛で、奏澄にも最初から興味津々で話しかけてきていた。

 ふわふわとした赤毛がチャームポイントで、奏澄は羨ましく思っているが、本人は広がりがちな癖毛は悩みの種らしい。目はぱっちりと大きく、興味のあるものを見つけると爛爛と輝く。

 ローズは落ちついているが芯が強く、エマがはしゃぎすぎるとストッパーの役割をしている。身長差があるので見た目は凸凹だが、いいコンビだ。


「船長! せっかくだし、あっちで女子会しましょ、女子会!」

「あ、はい。是非」

「メイズさん、船長借りていきますね」

「あまり飲ませすぎるなよ」

「気をつけます」


 何故かメイズに許可を取るローズを不思議に思いながら、奏澄はエマに引っ張られ、マリーのいる所へ連れていかれた。


「お、いらっしゃい」

「どうも、お邪魔します」

「マリーさん、準備できてます?」

「ああ、何種類かやってみたよ」


 そう言ってマリーが出したのは、カラフルな中身のグラスだった。


「これ、カクテル?」

「そ。変わった酒が手に入ったから、混ぜてみたんだよ。男どもは飲めりゃ何でもいいんだろうけど、せっかくだからちょっと試してみたくてさ」


 見た目はどれも綺麗な色をしていて、美味しそうに見える。物珍しそうに眺める奏澄に、マリーはにぃと唇を吊り上げた。


「カスミ、最初に選んでいいよ」

「いいの? じゃぁ、これにしようかな」


 オレンジとピンクが層になっているグラスを一つ、手に取った。元の世界のカシスオレンジのようなものだろうか、と思ったからだ。


「あたしはこれ!」

「私はこれで」

「んじゃ、あたしはこれにしようかな」


 一人一つグラスを選んで、各々掲げる。


『乾杯!』


 掛け声の後、皆が口をつけるのに倣って、奏澄もそれを口に含んだ。途端、口内に強い酸味が広がる。


「~~~~!?」

「あっはっは! 船長、ハズレだ~!」

「やっちまったねぇ」


 おかしそうに笑うエマとマリーを、涙目で見つめる奏澄。


「な、なにこれ、すっぱ!」

「金の海域で取れる珍しい果実の酒だってさ。甘そうなやつと混ぜたらいけると思ったんだけど、配合が悪かったか」


 悪びれることもなく言うマリーに、さては適当に混ぜたのか、と恨みがましい視線を送る。


「大丈夫ですか、水どうぞ」

「ローズ~」

「マリーさんの趣味なんですよ。適当に混ぜて人に飲ませるの。諦めてください」

「なんてはた迷惑な趣味……」

「でもこれで色々実験して、いい組み合わせができたら売り出したりもしてるので。実益兼ねてるんです」

「さすが商人……」


 しかし自分で味見をしながら調合するのではなく、まず人に飲ませるというところがマリーらしい。


「ごめんごめん。ちょっと直してみたから、ほら。飲んでみな」


 疑いの目を向けながら再度口をつけると、まだ酸味が強いが、先ほどよりはぐっと飲みやすくなっていた。


「うん、すっぱいけど、これくらいなら」

「なるほどなるほど。メインにするより、ちょっと加えるくらいがちょうどいいかな」

「先に試してから飲ませてよ……」

「それじゃつまらないじゃないか」


 楽しそうなマリーに、奏澄もついつい顔が緩んでしまう。

 そう、こういう時間を。楽しいと思うのだと。楽しいと、感じることができる自分に、ほっとした。


「船長! あたし、船長に聞いてみたかったことがあるんですけど!」

「なんですか?」

「船長って、メイズさんとデキてるんですか?」

「デキてないですよ?」

「即答だ!」


 何故かショックを受けた風なエマに、奏澄は首を傾げる。つまらないかもしれないが、ショックを受ける要素はどこにも無いのではないだろうか。


「じゃ、じゃぁ、どういう対象として見てるんですかー!?」

「食い下がるねぇ」

「だってお酒の席でもないと聞けないじゃないですかこんなことー!」


 一応普通に聞いたら失礼だという自覚はあるのか、と、それこそ失礼だが思ってしまった。奏澄も酒が回ってきているのかもしれない。何せ、この世界に来て初めて摂取するアルコールだ。

 元々奏澄はそれほど酒に強いわけではない。かといって極端に弱いということもないが、飲むと眠くなるので、外ではあまり飲まない方だった。特に人と接している時は、余計なことをしでかさないように気を張っているし、量もセーブする。

 しかしここは自分の船の上で、すぐに部屋に帰ることもできるし、一緒に飲んでいるのは仲間だけだ。とはいえ、酔い潰れても良いというほど気心知れた仲でもない。加減が難しいなと、既にぼんやりする頭で考えた。


「メイズは、しいて言うなら……家族、が近いですかね」

「家族?」

「しいて言うなら、ですけど」


 この感情を、枠組みに嵌めるのは難しい。神様だ、と言っても、理解はできないだろう。奏澄自身、人にうまく説明できる自信は無い。

 この話題からどう逃げるか、と思っていたところに、ちょうど良く助け船が入った。


「ここだけ華やかでずるい! オレもうむさくるしい中にいるの無理! 混ぜて~!」

「ライアー」


 女性だけで固まっている中に、果敢にも一人で入ってきたのはライアーだった。


「ライアーてめぇずるいぞ!」

「戻ってこい! 筋肉の良さを教えてやる!」

「ぜってーお断りだね!」


 先ほどまでいた場所から飛んでくる野次に、ライアーは舌を出して答えた。


「そうだカスミ! 海賊旗の下絵描いてみたんだけどさ、こんな感じでどうよ」

「器用だよねライアー」


 図面を描くのが上手いと、絵も上手いものなのだろうか。紙に描かれたデザイン案は、髑髏があるのはともかくとして、たんぽぽをモチーフにしており、なかなかに可愛らしかった。


「いいじゃん! かわいい」

「海賊旗が可愛いってのもどうなのかね」

「いいじゃないですか。私も結構好きですよこれ」


 女性陣からは概ね好評のようだった。それはそれとして、まず海賊旗を許可していないのだが。


「私、他の海賊旗って全然知らないんだけど。有名な海賊とかっているの?」

「あれ? メイズさんから聞いてないんだ」


 驚いた顔をした後、ライアーは紙を裏返し、四つの海賊旗をさらさらと描いて見せた。


「有名な海賊団はいくつかあるけど、まず覚えておいた方がいいのはこの四つ」


 こつ、と鉛筆で海賊旗を示しながら説明するライアー。

 最初に指したのは、燃えるような鳥をモチーフにした海賊旗。


「赤の海域を拠点にしてるのが、朱雀海賊団。船長はロッサ、主船はレッド・フィアンマ号」


 次に指したのが、竜をモチーフとした海賊旗。


「緑の海域を拠点にしてるのが、青龍海賊団。船長はアンリ、主船はグリーン・ルミエール号」


 次が、蛇の巻きついた亀のようなものをモチーフとした海賊旗。


「青の海域を拠点にしてるのが、玄武海賊団。船長はキッド、主船はブルー・ノーツ号」


 最後に指したのは、虎をモチーフにした海賊旗。


「金の海域を拠点にしてるのが、白虎海賊団。船長はエドアルド、主船はゴールド・ティーナ号」


 それぞれのモチーフに既視感を覚えながら、奏澄はそれらを目に焼き付けた。


「この四つの海賊団は四大海賊って言われてて、それぞれの海域の顔役みたいなことをしてる。セントラルでもうかつに手は出せないほど力がある」

「海賊が、顔役? 縄張りみたいにしてるってこと?」

「それはそうなんだけど、無理に上納金むしり取ってるとかじゃないよ。義賊……は言い過ぎかなぁ。ま、揉め事の仲裁とか、セントラルの行き過ぎた行為を諫めたりとかね」

「へぇ……」


 あのセントラルに物申せるということは、武力面でもかなりの力があるということだろう。大規模な船団なのかもしれない。


「この四つの海賊団って、仲いいの?」

「そんなこともないけど……なんで?」

「名前が統一性あるから。揃えてつけたのかなって」


 朱雀、青龍、玄武、白虎とは、中国の四神の名前だ。奏澄の耳にはそう翻訳されているだけで、実際は違う言葉かもしれないが、少なくとも関連性のある名前ではあるのだろう。


「ああ、別に本人たちが名乗ったわけじゃないからね」

「……そうなの?」


 ワントーン下がった奏澄の声に気づかず、ライアーはそのまま続ける。


「それぞれが目立ってきた頃に、誰かが言い出したんだよ。古い文献で読んだ守り神みたいだって。それが四方を司る幻獣だったから、ちょうどいいって浸透して、そのまま定着した感じ」

「つまり……通り名みたいな……」

「まぁそんな感じかな。みんなが元々海賊ってわけじゃないし、指名手配された時に勝手につけられたりとか……あっ」


 奏澄の言わんとしていることに気づいたのだろう、しまったというようにライアーは口を手で塞いだ。


「やっぱり海賊って自分から名乗るものじゃないんじゃない!」


 ライアーに詰め寄る奏澄に、マリーがからからと笑った。


「やっちまったねぇ、ライアー」

「い、いいじゃん! カスミも名前欲しかっただろ!?」

「それは……っそうだけど、でも、海賊団は名乗らないからね!?」


 わかったわかった、と宥められるが、そのうち勝手に名乗られる気がしてならない。

 気をとり直して、奏澄は海賊旗の描かれた紙を見た。


「四大ってことは、白と黒の海域には、そういう顔役? いないんだ」

「白の海域はセントラルのお膝下だからね。黒の海域には……あー」


 言いづらそうにしながら、ライアーは頭をかいた。


「黒弦海賊団が、いる」

「黒弦……」


 それは、何度か耳にした名前だ。メイズが、奏澄にあまり聞かせないようにしている名前。


「黒弦は、四大の人たちみたいに、顔役ってわけじゃないの?」

「んー……黒弦は、悪い意味で海賊海賊、っていうか。まぁ、詳しいことは気になるならメイズさんに聞いた方がいいよ。オレが勝手に喋ったら、あんまりいい気しないだろうし」


 苦笑するライアーに、奏澄は俯いた。

 それはおそらく、メイズが踏み込まれたくないことだ。しかし、奏澄はそれを知らないままでいいのだろうか。

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