第六話 瑠奈とディアナと魔法使い(下)
夕食が終わり、今は全員で談話室にいる。魔法使いたちはみんな好きな場所でカップ片手に談笑をしている。
みんな、楽しそうだ。
こうしてみると、魔法使いだなんて言われてもわからない。見た目はただの人間と何も変わらないのだから当然だ。
ここは、生まれも育ちも違う人が集まり、同じ使命を持って成長できる場所。共に笑い、共に鍛錬し、想いを分かち合える場所。元の世界で、私が見つけられなかった場所。
そんな場所に入って、心から笑うことが久しぶりに出来るようになった。ここで出会った人たちを守る立場にあるのなら、全力でその役目をまっとうしようと思うようになった。
けれど、私が彼らを傷つけてしまうかもしれない。そう思うと、とんでもなく苦しい。
窓の外には大きな月が浮かんでいる。半月より欠けていて三日月よりも少し太い、微妙な形。
あそこに今も瑠輝がいるのだろうか。ディアナさんやカエルムが暮らしていたのだろうか。
ぼんやりと月を眺めていると、側に人の気配が近づいてきた。
「ルイ、アリア………」
「怖いか?」
ルイに神妙な面持ちで問いかけられた。
怖い、とは少し違うような気がする。怖い気持ちも少しあるとは思うが、なんだろう。
緩く首を横に振り、自分の気持ちを確かめていくように声を出す。
「……怖さも少しあるとは思いますが、なんというか………。夕食の時まではずっとぐるぐる考えていたんです。みんな、私のことをどう思うだろう。嫌いになるかな、ここにいれなくなるかな、そんなことばかり。でも今は、なんていうか、すごく落ち着いています。心が凪いているというか、もしも嫌われてしまったとしてもそれは仕方のないことかなって。………怖いというより、諦めの方が強い気がします」
諦め。
この言葉がとてもしっくりくる。
どんな結果になっても受け入れようと思う。例え悲しくても、仕方のないことだと。
元の世界でもよくあったことだし、諦めることは得意だ。自分の気持ちに蓋をしてしまえばそれで終わり。簡単なことだ。
「ただ、ヒスイに何の相談もせずに決めてしまったので、後で怒られそうです」
苦笑にも似た笑みをこぼし、魔法使いたちの輪の中にいるヒスイを見つめる。
相変わらずの仏頂面ではあるが、だいぶこの魔法舎に馴染んでいる。
私のせいで彼まで嫌われてしまったら、申し訳ないな。
そんな風に思って見つめていると視界がふと陰り、昼間のように両頬を掴まれ上を向かされた。
「ぐぇ」
昼間のように可愛くない声が漏れてしまった。
アリアはそんなことお構いなしでギュッと頬を挟んだまま眉間にしわを寄せていた。何か言われると思ったのに、いつまで経っても声は発せられず私の頬が痛いだけ。
「はほ、はんへふは」
は行にしかならない声で訴えれば、一瞬悲しそうな顔をして手が離された。
いったい何だったのだろう。両頬をさすりながらアリアと視線を合わせれば、真っ直ぐな瞳でみつめられた。
「諦めるな」
「………え?」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。けれど、アリアはとても真剣だ。
『諦めるな』の一言に、とても重たいものが含まれている気がする。
「お前はお前だって言っただろ。たとえ他の奴らがお前を嫌っても、俺は嫌わない。世界中がお前を敵だと言っても、俺は味方だ。けどな、はじめから嫌われることを受け入れようとするな。もっとあがけ。俺は立ち止まってる奴は嫌いだ。人間はもっと図太くもがいて生きてるだろうが。なに諦観してんだよ。ずっとそんな顔してっとぶっとばすぞ」
なんだか脅迫まがいのことを言われた。けれど、あれ。なんか、励まされたような。
「アリア、今そんな物騒なことを言わんでも良いじゃろう………」
ルイが呆れたように溜め息をついた。
「知るかよそんなもん。これが俺なんだ。賢者、俺の言いたいことはこれだけだ。わかったな」
「は、はい………」
口の悪さで消えそうになっていたが、アリアは確かにこういった。『俺は味方だ』と。誰が敵になっても味方でいてくれると。こんなにも心強い言葉があるだろうか。
出会ってからの短い間、会話をした数は少ないが彼は一度も私に嘘をついていない。むしろ真正面からぶつかってくる。私が逃げ出したいと思っていることでも、逃げるなというように言葉にする。
逃げるなという言葉なのに、どうしてか逃げ道がある言葉にも聞こえる。
真実から目を背けるのではなく、真っ直ぐ見つめて考えろ。何かあれば手伝う。そんな風に聞こえるのだ。
さっきの言葉も、諦めることで逃げていた私をこの場所につなぎとめるためのものだろう。諦めて、考えることをやめることはとても楽だ。けれど、それから先に進むことはできない。そうして立ち止まることをアリアは許してくれなかった。
「………はい、アリア。すみません」
ちゃんと考えなければいけない。嫌われたとしても、私がみんなを守りたい気持ちは変わらない。どうすれば危険を減らせるか、考えなければ。
私が離れれば解決、なんて簡単にはいかないだろうから。
アリアは満足そうに笑ってくしゃくしゃと私の頭を撫でた。こんな風に撫でられるのはいつぶりだろう。
少しくすぐったいが、全く嫌ではない。むしろ温かい気持ちだ。
「よし、では行くかの。我も話さねばならぬことがある」
ルイの言葉に首を傾げつつも二人と共にみんなに足を向けた。
「みな、少し良いか。話がある」
ルイの声に魔法使いたちは不思議そうな顔をしている。今から私が話すことはきっと誰も予想できないだろう。
ヒスイに目を向ければ彼もちょうど私を見ていた。ごめんねという気持ちを込めて緩く微笑むと、はっとした表情になった。おそらくこれから話すことの察しがついたのだろう。
「話というのは、私のことです。私と、月との関係について、みなさんに話しておかなければいけないと思ったので、このような時間をいただくことにしました」
何だか堅苦しい入りになってしまったが、こればっかりは本当に仕方がない。どんな反応をされるのか、緊張で頭の中が真っ白になりそうだ。
「私がこの世界に来たとき、月守だと思われるカエルムと会ったと言いましたよね。彼が私を狙っていると。憶測にはなりますがあれは、私が月の女神ディアナの生まれ変わりだからだと思います」
誰も、声を発しない。静まり返った談話室、言い訳じみた感じでアメリとフローズから聞かされた話、夢で見たこと、私の色が変わった髪を見せた。
話し終えてもなお、誰も声を発しない。
「北の祝祭を行った方たちは見ていたかもしれませんが、私が枯れていた木々を浄化したとき、アメリの指示で月の魔力を開放していました。自分ではあまり実感がありませんでしたが、おそらくあれがきっかけで私の髪色が一部変わってしまったのだと思います。それと一緒に私の気配が少し変わったのかもしれません」
今朝言われたことだ。何人かには首を傾げられた。私の気配がいつもと違う、と。
「月と関係のある賢者なんて、みなさんにとって害かもしれません。ですが、それでも私は賢者としてみなさんを守りたい。この魔法舎でみなさんと一緒にいたいです。とてもわがままだとは思いますが、どうか、お願いします。私をここにおいてください」
深く頭を下げて彼らの返答を待つ。
きっと話を聞いても飲み込むのには時間がいるかもしれない。今すぐ結論を出すことはできないかもしれない。それでも、私は頭を下げ続けた。
しばらく経って、温かく大きな手が私の背中に触れた。
「賢者よ、頭をあげてみよ」
ゆっくりと頭をあげれば、私の視界には柔らかく微笑んだ魔法使いたちの姿が映った。
想像していた反応とはだいぶ違って少し戸惑う。
「賢者様、この世界に着いた日のことを覚えているか?」
「は、はい」
「あの日俺は言ったよな。俺たちについてきてほしいというのは俺たちのわがままだと。俺たちのわがままでここにいてもらってるんだから、残りたいっていうのはわがままにはならないんじゃないか?」
少しよくわからない。確かにわがままだと言われて私はそれを受け入れる形でこの魔法舎へと来た。けれど、あの時と今とじゃ状況が違う。あの時は国か魔法舎かのどちらかを選ばなければいけなかった。彼らが私を要らないとするなら、私はここから出るべきなのだ。
でも私は、私の意志でここに残りたい。もしそれが難しかったとしてもどうにかして残るくらいの心意気でわがままを言った。
はてなを浮かべる私を諭すように、アランが優しい声をあげた。
「賢者様、ここはあなたの居場所です。私たちと共に暮らすあなたの家です。追い出すわけがありません。きっと、事実を話すことは緊張したでしょうし怖かったと思います。それでも、私たちに話してくれてありがとうございます」
「ディアナ様のことなら存じていますが、生まれ変わりだと言われれば確かにと思います。貴女の雰囲気はディアナ様に似ていらっしゃる。けれど、それだけのことで貴女を追い出すことにはなりません」
「そうですよ!月の女神の生まれ変わりだとしても、賢者様はちゃんと賢者の力を持っています。その力でホワイトドラゴンと戦う俺達に加護を与えてくれました。俺たちを守ってくれました。その事実があるだけで十分ここに残る理由になります!」
「そもそも、月の女神の生まれ変わりなら月との交渉ができるかもしれない。過去に争いを無くしたように、戦いを止めることができるかもしれないのならお前を追い出す必要はない」
口々に想いを吐き出す彼らに、私は泣き出してしまいそうだ。みっともなく、わめいてしまいそう。
目に力を入れて涙がこぼれないようにするだけで必死になってしまう。
一度深く息を吸い込んでから、彼らと目を合わせるように見渡してからもう一度頭を下げる。
「みなさん、本当にありがとうございます!みなさんのお役に立てるよう、これからも頑張っていきます!」
「よし、では次は我の番じゃ。ちと昔話をしようかの。我とディアナと、アランのことを」
突然名指しされ、全員がアランに視線を注ぐ。
注目された本人は何が話されるのかわかっているようで、にっこりと微笑んでいる。
「私は、幼いころにディアナ様にお会いしているのです」
「は?」
「え?」
「え!」
各所から困惑の声が漏れている。私も驚いている。生まれ変わりということはディアナさんがなくなって、二十年前に私が生まれた。そしてアランは確か十八歳。計算が合わない。
どう考えても私よりも年下の彼がディアナさんと会えるはずがないのだ。
「みなが驚くのも当然じゃろう。じゃが、アランが会っていたのはディアナの思念のようなもので実体はなかった。彼女が死んだのは三百年も前の話じゃ」
魔法使いのみんなも首を捻っている。
「一度、話を整理してもいいですか?」
ミシェルが挙手をしながら問いかけ、今わかっていることを空中に光る文字として書き出した。
「えっと、学校で習う歴史では約千年ほど前に月の女神様が地上に降りてきて交流を持ったとされていますよね。その時に和平条約を結んだという記録が残っているという風に習います。月のことはこのくらいしか習わないんですが、女神様が亡くなったのは三百年前で、再び争いが始まったのが六年前。アラン様が女神様とお会いしたのはいつですか?」
「私が六つのころだったから、十二年前になるな」
「賢者様がお生まれになったのはいつですか?」
「ちょうど二十年前です」
ふむふむと呟きながらミシェルは書き込み続けている。
そこにとてものんきな声が入った。
「お、じゃあ賢者様はお酒が飲める年なのか。今度一杯どうだ?キースのバーに行こうぜ」
「それはぜひ!でも私誕生日の日にこちらに来て、まだ一度もお酒を飲んだことがないんですよ。何か軽めのものがあれば教えていただけますか?」
グレイが「もちろんだ!」と元気よく答えたと同時に、ミシェルが書き終えたようだ。
空中に描かれた図のようなものは文字と線だけでとても簡易的だ。
「我がディアナと出会ったのは和平が結ばれてすぐの頃じゃ。当時、国は一つしかなくての、ディアナは各地に建てられていた要所にあいさつ回りをしておったのじゃよ」
この世界の五か国はもともと一つの大きな国であり、そこから枝分かれして今の状態になったらしい。それぞれの国の王家を辿っていけば全員親戚なんだとか。
あまりにも広すぎる国土を当時の王様が四人いた自分の子供たちに管理させたことが始まりだそうだ。中央の国はその時の王様と長男が受け継ぎ、北の国は次男、西の国は長女、東の国は三男がそれぞれ引き継いで今に至っている。南の国は当時手を付けておらず未開のままだったが、当時から細々と暮らしていた先住民族が国を興し、それが他の四か国に認められたのが四百年ほど前の話。
つまり、今の形になってからの歴史は四百年ほどしかないということだ。
「我は当時から賢者の魔法使いに選ばれておった。要所を巡るディアナも無論、魔法舎を尋ねに来た。それが出会いじゃな。開口一番、『私と友達になってください』と言いおった」
真っ直ぐなその言葉が、夢で見たディアナさんと重なる。彼女が言いそうな言葉だ。
私は未だにその言葉が言えずにいる。友達になりたいのに、そう口にすることができない。私と彼らの関係は賢者とその魔法使い。それ以上でも以下でもない。
なんだか、無性にディアナさんが羨ましく思えた。はっきりと気持ちを言葉にできる彼女と私は違い過ぎる。生まれ変わりだというのなら少しくらい似てもいいはずなのに。
「最初は他の魔法使いたちも戸惑っておったが、天性の才能かのう………。いつの間にかみな、友人のように親しくなっておった。あやつの周りにはいつも誰かおった。人でも、動物でも、妖精や精霊でも。本当にすべての生き物に愛されておるようじゃった。瑠奈も、そこは少し似ておるのう」
「わ、私が、ですか……?」
似てないなと思っていたところに似ていると言われて動揺した。
別に私の周りはいたって平凡。人、というか魔法使いがいつもそばにいるのは私が魔法舎から出ないから。動物は別に近寄ってくるというほどではないし、妖精や精霊ともそんな頻繁に話すことはない。大体は私が彼らを眺めているだけ。
ディアナさんと私は、似ていない。
そう告げるもルイは首を横に振るばかり。どれだけ言っても似ているという主張を変えなかった。
「おぬしはディアナに似とるぞ。気づいてないだけじゃ。きっと、これから外に出る機会が増えるじゃろうし、その時わかる。おぬしの周りには人間が集まるじゃろう」
何の根拠もないのにそう言い切るルイは、どこか誇らしそうな顔だ。
その後もルイの昔話というか、思い出話は続いた。
ディアナさんは地上のものにとても興味を示したようで、魔法舎に顔を出しては賢者を連れて街に繰り出していた。
争いが無くなったとはいっても当時の賢者様は亡くなるまでずっと魔法舎で暮らしていたらしい。賢者の魔法使いは黒桔梗の紋が消え、それぞれの生活に戻っていたため魔法舎には住んでいなかったが時々遊びには来ていたようだ。
ルイもその一人で、ディアナさんとも魔法舎でよく会っていたと、懐かしそうに話してくれた。
「ディアナが死んだという話は、実際に死んでしもうた年から百年くらい後になってから知った。突然、実体を持たぬ状態で我のもとに来たのじゃ。『私、百年くらい前に死んだの』とな。いつも通りの笑顔で言うもんじゃから冗談かと思ったが、確かにディアナからはあまり魔力を感じんかったし、本当に思念だけじゃった。高等魔法である思念の定着をするだけで精一杯じゃったらしい」
「………どうしてディアナは死んだんだ?」
私が聞きたいと思ったことを、だいぶストレートにアルブレヒトが問いかけた。
どんな時も真っ直ぐ声を出すのは彼の良いところだと思うが、側にいるラピスは顔を青くしている。
「もっとオブラートに包めって!」
「濁したって事実は変わらない。それに、回りくどいのは嫌いだ」
本当にアルブレヒトは清々しいほどに正直だ。
「わからん。ディアナはその部分に触れようとせんかったからのう。………ある程度の察しはつくが、我の憶測でしかない。この場では言わないでおこうかの」
しばし沈黙が談話室を包み込んだ。
何を言えばいいのかさえつかめない。
「…………では、ディアナ様はなぜアラン様とお会いになったのですか?」
これまでずっと黙っていたサンが口を開いた。彼とは未だにちゃんと話ことがなく、どんな人物なのかもわからずじまい。折を見て話したいとは思っているのだけれどなかなかタイミングが合わない。
彼はずっと部屋に籠っているから。夕食の時も話をする前も楽しそうにしていたから魔法使い同士では親しくなったようだ。
「ディアナ様は月を治めるお方。中央の王族とはいえ、ディアナ様は亡くなってしまっていますし接点はないのでは」
サンの意見はもちろんだ。けれど、なんだろう。彼の言い方は少し引っかかる。何がかは分からないが。
「そうじゃな、確かにディアナに接点はない。アランがディアナと会ったのは偶然のようなものじゃ」
ルイは何かを確かめるような視線をアリアに向けた。
それにため息をついてはいるがアリアは先を促した。
「アランが六歳になった時、アランの父である現国王に呼ばれたのじゃ。アランに魔法を教えてやってほしいと。我は北の国を管理しておったから、それ繫がりじゃな」
ルイが公爵という地位で北の国を管理していることは聞いている。けれど、さっきまでの国の成り立ちを聞いているとちゃんと北にも王家が存在していた。
どういう経緯でルイが管理することになったのだろう。
「北の国に王家がないというのは知っていますが、いつから何ですか?」
もはや書記のような立ち位置になったミシェルが羽ペンを揺らしながら問いかけた。
「ああ、言っておらんかったか。南以外の四か国に分かれたのが六百年ほど前で、北の王家はそれから数十年で途絶えたのじゃ。二代目にもならんかった。北の土地を譲り受けた次男、クリスというんじゃが、あやつはもともと体が弱くての、厳しい気候に耐えられんかったのじゃ。そやつの主治医をしておったのがアリアじゃ。医者になったばかりじゃったし、我はアリアの補佐兼クリスの話し相手じゃな」
アリアに全員の視線が集まる。どこか居心地が悪そうな顔だ。
「俺はルイに魔法を教わった。治癒魔法も一通り教えてもらって、難しい魔法なんかは魔導書を読んで覚えたんだが、ルイが急に北の城に行くとか言い出して俺を連れて行ったんだ。医者として未熟な奴を王族の主治医にするとかイカれてやがるぜ」
「未熟じゃろうがそなたの腕は確かじゃったから任せたのじゃ。クリスが北の地に来た時、物珍しくて我からあいさつに行ってのう、そこから意気投合したんじゃ。じゃというのに、あやつは先が長くないと自分で言っての、死んだら我に北の地を管理してくれと頼んできたのじゃ」
体が弱いからこそ自分が守るべき場所をルイに託したのだろう。それだけ、ルイを信頼していたのかもしれない。
クリスさんは話を聞く限り普通の人間だろう。それでも魔法使いと親しくなれた。ならば今を生きている人間と魔法使いだって親しくなれるはず。差別や偏見が色濃く残っている地域もあると聞くが、きっとそれもなくしていけるはず。
そんな希望が持てる話だ。
「クリスの死後、我は託された北の地を管理し、それが中央の国にも伝わって公爵の位を与えられて正式に北の管理者となったのじゃ。これがいつだったか…………忘れてしもうたの」
ルイは笑って「クリスが死んでからそこまで経っていなかったと思うぞ」と付け足した。
長い時を生きる魔法使いの話は途方もない年月がある。その分年季が入って忘れてしまうことも多いのだとか。代わりに一途だという。好きになったもののことはいつまで経っても好きだし忘れないのだそうだ。だからクリスさんのこともディアナさんのこともよく覚えているのだろう。
「ここまでを一回整理すると、約千年前にディアナさんが降りてきて和平を結び、ルイ様や当時の賢者様たちと出会った。六百年前に中央、北、西、東の王家が生まれて、その頃にルイ様が公爵となって北の管理者になった。そこからおよそ二百年後の四百年前に南の国が生まれて五か国が成立。三百年前にディアナさんが亡くなって、その百年後くらいに思念体の状態でルイ様と再会。長い時間が過ぎて賢者様とアラン様が生まれた。十二年前に思念体のディアナ様とアラン様が出会った。という感じですかね」
ミシェルが話しているからというのもあるだろうが、とても授業のようだ。歴史の授業も「何年前に誰それがあれこれをした」「いついつにあれこれが生まれた、亡くなった」ということをなぞっていた。
「その通りじゃ。アランが魔法使いだということは生まれた時からわかっていたことではあったが、幼児は魔力が安定せんから魔法がうまく使えぬ。そのせいで国王もそこまで気に止めていなかったのやも知れぬ。じゃが、成長するにつれて魔力は高まっていくのが基本じゃ。元から強いものもおるし、はじめは弱くても少しずつ強くなる者もおる。アランは後者じゃ。魔力が強くなり今度は制御が難しくなり始めた」
「そこで父上がルイ様をお呼びしたのです。ルイ様は二千年生きる大魔法使い、豊富な知識と強大な魔力をお持ちですし国から認められた魔法使いでもある。ルイ様が初めて城に来た時、アリア様とディアナ様も一緒にいらしたのです」
「アリア先生も?」
アリアは北で暮らしていたが今は南の魔法使いだ。長い間その土地にいれば魔力の質もその土地へと馴染むように変容していく。だが、それは本当に長い時間が必要だと以前教科書で見た。
南でアリアの補佐をしていたミシェルも知らないようだが、アリアは隠していたのだろうか。
アリアは「あー」とい声を漏らしながら後頭部を掻いている。
「ほら、あれだ。ちょくちょく診療所を閉めてた時期があっただろ。あの時、ルイに呼ばれて一緒にアランのとこに行ってたんだよ。簡単な治癒魔法を教えるために」
いろんなところに古くからの交友関係があって、私の脳内相関図が少し複雑になってきた。アランは年上の魔法使いに対しても名前で親しげに呼び合っていた。けれどルイとアリアには敬称を付けていたから不思議には思っていたのだ。
ルイとアリアはアランにとって魔法の先生だ。敬って呼ぶことも頷ける。
アリアがルイと一緒にアランのもとへ行っていたのなら、彼もまたディアナさんと会ったことがある人物だということ。他にもディアナさんを知っている人がいるし、月の女神だとしても地上の魔法使いとも親しい関係を築いていたということはわかった。
「とはいえ、ディアナ様はたまにしかいらっしゃらなかったので私も彼女のことはよく知らないのです。ただ、とてもお優しい方でした。私が魔法に失敗したとき、丁寧にアドバイスをくれましたし、うまくできた時は褒めてくださいました。笑った時のお顔は賢者様とよく似ています」
ここでもまた、私と似ているという話題になるのか。
自分がディアナさんと似ているとはまったく思えないのだが、ディアナさんを知っている人たちにはそうは映らないようだ。
「さて、昔話はこんなもんじゃろう。要約すれば、ディアナは地上に深く干渉しておったということじゃ。今となってはディアナの名を知らぬ者のほうが多いが、彼女の存在は確かに記録として残っておる。じゃが、その記録にはあることないこと混ぜて書かれてあるものもあっての、間違った記録が存在している。……瑠奈よ」
「は、はい?」
「みなも、我が何を言いたいかわかるか?」
私と魔法使いたちは顔を見合わせて首を捻った。
ルイが何を言いたいか、彼がまとめた内容的にはディアナさんのことについて間違った記録も存在しているということ。
「賢者様がディアナ様の生まれ変わりだと知られない方がよい、と言うことでしょうか」
サンが発した言葉にはっとする。
ディアナさんのことを知らない人が多くて、その人たちが間違った記録の方を知っていたら。間違った記録がどういうものかはわからないが、きっと良くないものだろう。
世界を守るために存在している賢者がディアナさんの生まれ変わり、つまり月と関係の深い人間だと知られれば危険だということだ。
隠し事をしたくなくて彼らには正直に話したが、世界中の人に通じるというわけではない。伝える数が多くなればそれだけ齟齬が生まれるし、反感だって生まれるかもしれない。
「そういうことじゃ。むやみに賢者を危険にさらしたくはないし、巡り巡って我ら賢者の魔法使いに矛先が向くことも考えられる。じゃからこのことは魔法舎内でとどめたい。決して、外部に漏らしてはならぬ」
ルイの重い一言に、私たちは静かに頷いた。
「よし、話は以上じゃ。だいぶ話し込んでしまったようじゃな、もう遅いしみな休め」
大きな振り子時計に目をやると時刻は十時過ぎ。談話室に入ってから二時間ほど経っていた。
自室へ戻ったりまだ談話室でお茶を飲んだり、各々が自由に動き出してティーパーティは幕を閉じた。
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