第七話 試着会(一)
ティーパーティから数日後、その知らせは突然やってきた。
中庭のベンチで私の前の賢者だった月斗さんの賢者の書を読んでいるとどこからか小鳥が飛んできた。
私の目の前でパタパタと羽を動かしたまま留まり私とがっちり視線を合わせている。
何だろうと首をかしげていると突然小鳥の姿が一通の手紙へと変わった。
「うわっ、何?『賢者様へ』?」
差出人の名前は少し前にパーティドレスの採寸に来てくれた仕立て屋のラルクからだった。
まだこちらの世界の文字を学んでいる途中の私にはすべて理解することはできなかったが、大体は読むことができた。
「『ドレスのデザインが決まり、………試着、のお願い』?」
これは、ドレスができたということだろうか。
前半は分かったが、後半はわからないままだった。教科書か単語帳が手元にあれば報告書の時みたく解読することができるのだが、これではどうすればいいか悩む。
「あ、賢者様!今日はここで読書ですか?」
「ミシェル!ちょうどよかったです!この手紙、読んでもらってもいいですか?」
「わかりました!こほん、『賢者様へ。先日採寸したドレスのデザインが決まり、大体ですが形ができたので試着をお願いしたいと思い、ご連絡させていただきました。その際、魔法使いたちの正装と賢者様のパレード用の衣装の試着もぜひ。賢者様たちの都合に合わせていただいて構いませんので、返信お待ちしております。ラルク』だそうです!」
採寸をしてからそこまで時間は経っていないというのにもう形ができたのか。驚くべきスピードだ。
「試着会ですね!なんだかわくわくします!」
「そうですね。他のみなさんの都合も聞いて返事をしないと」
そうして私たちは魔法舎の中へと戻った。
大抵誰かはいる談話室へ足を運べば、案の定ラピスとキースがお茶をしていた。
「お茶会中、すみません。今少し時間いいですか?」
私が声を掛ければ二人とも振り返って返事をしてくれる。それから優しい瞳で私を捉える。
元の世界ではあまりなかったことだから、そんな些細なことだけで嬉しくなる。
「ついさっき、仕立て屋のラルクから試着のお願いが来たんです。その時に魔法使いたちの正装も一緒にとのことなので、みなさんの都合のいい日をお聞きしたくて」
「私は特に用事もないのでいつでも大丈夫ですよ」
「俺もです。出かける用はないのでみんなに合わせます」
二人はにこやかに答えてティーカップを傾けている。二人とも顔が良くて仕草も上品だから、お茶を飲んでいるだけなのに輝いて見える。
「わかりました。他のみなさんにも聞いて、決まり次第お伝えしますね」
二人と別れて一度部屋に戻ろうと思い廊下へ出た時、ふと気づいた。
そういえばミシェルの希望を聞いていない。
一番初めに試着のことを話した、というか手紙を読んでもらったというのに、肝心の都合の合う日を聞けていない。
「すみません、ミシェル!あなたの都合を聞いていませんでした!」
「そんな!謝らなくてもいいですよ!私も言うの忘れてましたし。……そうですね、私はアリア先生の往診について行くので確認してみないと。またあとでお伝えしますね!」
「往診、なんだかとてもお医者様っぽいですね!あ、別に疑ってるわけではないんですよ?!」
「ふふっ。わかっています。では、また後ほど」
そう言って廊下の奥へと消えていった。
私も自室に向かうべく階段へと足を向ける。
この魔法舎は広い。とにかく広い。御神楽の家もだいぶ広かったけれど、ここは建物の広さに加えてキースのバーとか訓練場とか森とか、付属施設が多い。
そのため、魔法使いを見つけるにも苦労する。こういう時携帯電話があればすぐなのだけれど、生憎この世界にそんなものは存在しない。地道に探すほかないのだ。
「叙任式も迫ってるし、早めに返事ができればいいんだけど」
などと考えている間に自室へ着いた。
私の部屋は二階の角部屋で、談話室の真上だ。しかも角部屋とは言っても部屋の横には階段があるため移動はすぐだ。
賢者の書を開き、先ほど聞いた二人の都合を書き留めて、ふと思う。
賢者の書をこんな風にメモ代わりにしても良いのだろうか。
「まあ、いっか。何を書いてもいいって言われたし」
私の好きにしていいと、本を貰った時に言われた。
まだあまり書かれたページはないが、それでも少しずつ、魔法使いたちのことをまとめるようにしている。
簡単なプロフィールや好き嫌い、得手不得手などをまとめてある。少しでも彼らのことを知りたいから、仲良くなりたいから。ただの自己満足にしかならないかもしれないけれど、彼らのことをこうして記録しておきたい。
ここに存在しているという証明をしたいのだ。
このメモも、その一部。彼らの予定があるというだけで存在を感じられる。
だから、これも大事な彼らの一部なのだ。
「とりあえずみんなの部屋をまわって、捕まらなかった人には夕食のときかな」
上の階から順番にと思い、私は賢者の書を胸に抱いて部屋を出た。
ほとんどの魔法使いが部屋にいてくれたのであとはなかなか見つからなかったアルブレヒトと、公務で城に出向いているアランとグレイ、一昨日から北の国を見て回っていて不在のルイのみ。ルイに関して五日ほどで戻るとか言っていたし、あと二、三日もすれば帰ってくるはずだ。その時にまた彼の予定を聞こう。
夕食の時間になり食堂へ行くとアルブレヒトがラピスと並んで座ってちょうど食事をしていた。
「アルブレヒト!よかった、お食事中すみません。少し聞きたいことが」
「むぐ?」
「アル、飲み込んでから喋らないと。何言ってるかわからないよ」
「………。なんだ?」
ラピスの言う通りに飲み込んでからもう一度返事をくれた。
たったそれだけのことなのに、何だか微笑ましい。
アルブレヒトはラピスの実家であるベリル家の従者だ。ラピスはいわゆる貴族の子息で、主君なのだと誇らしげに教えてくれた。
主従関係にあるにもかかわらず、彼らは時折兄弟や友人のように見える。おそらくお互いが気兼ねなく接しているからなのだろう。
「実は叙任式で着る正装の試着をすることになったんですが、みなさんの予定に合わせて行うのでアルブレヒトの予定も聞きたいんです」
「ああ、俺は特に出かけることはない。いつでもいいぞ」
「わかりました。ありがとうございます!また日程が決まったらお伝えしますね」
そのまま二人から離れようとしたらふいに不思議そうな声で止められた。
「賢者は食わないのか?」
「え?えっと、お二人の邪魔にならないよう離れようかと思ったんですが………」
「邪魔だなんて!むしろご一緒させていただきたいです!賢者様さえよければ、ですが。……どうですか?」
「ラピスもこう言ってる。俺も邪魔だとは思わない。飯はみんなで食べた方がうまいしな」
食堂に入る時点で誰かといればその人と一緒に食べるが、そうでないときは一人で席についてヒスイが隣に出てきて食事をとっていた。それでも、誰かが側に来て結果的に彼らと食べているが、自分から一緒にと誘ったことはない。
その理由は単純で、私が異端者だからだ。
この世界に来てもそれは変わらない。むしろその思いは強くなった。ルイには関係ないと言われたが、そう簡単に変われない。私は、この世界の人間ではないのだから。
それでも、こうして仲間に入れてくれて、一緒にと言ってもらえて、心が温かくなる。一人じゃないのだと思える。私が普通の賢者ではないとわかった時だって、みんな受け入れてくれた。
当たり前のように言う彼らに驚きつつも、私はしっかりと頷いた。
「ありがとうございます!私も一緒に食べたいです!ご飯、もらってきますね」
キッチンでみんなのご飯を作ってくれているキースのところへ行けばヒスイも出てきて、二人で声をかけた。
「おや、いいことでもありましたか?」
「え、ど、どうしてわかるんですか?」
鍋をかき混ぜながら振り返ったと思えば、エスパーか何かだろうか。それとも魔法使いなら人の心も読めるのだろうか。
首をかしげる私にキースは優しい笑みを返す。
「なぜって、ふふっ。ヒスイ、教えてあげては?」
「いや、こういうのは無意識だからいいんだろう」
「では私も黙っていましょうか」
二人は私を置いてけぼりにして笑っている。ますますわからない。
「すぐ準備しますから、少しお待ちくださいね」
キースはそう言って卵を溶き、手際よく調味料やら具材やらを入れて焼き始めた。
今日は野菜入りのオムレツのようだ。
「ねえ、ヒスイ。さっき、どうしてキースと顔を見合わせて笑っていたの?私、何か変なことでもしたかな?」
「瑠奈はこの世界に来て変わりつつあるということだ。別に悪いことじゃないし、俺的にはいいことだと思っている。だからそこまで気にしなくていい」
結局教えてもらえないまま夕食を持って席へと戻った。
キースのご飯はやっぱりおいしくて、それをみんなで食べるからなおさらおいしくて、すごく楽しい。
ただの夕食がこんなにも楽しいと思えるというのを、この世界に来てから知った。
「何だか楽しそうだな。俺達も混ぜてくれないか?」
四人で笑いながら食事をしていると後ろから快活な声が聞こえてきた。
振り返れば公務で城に行っていたアランとグレイがトレイを持って微笑んでいる。
「二人ともお帰りなさい。もちろんいいですよ。ね?」
「はい!大勢の方が楽しいですから!」
「ありがとう。では賢者様、お隣失礼します」
一言断りを入れてからアランが私の隣に座り、その向かい、アルブレヒトの隣にグレイが座った。
「そうだ、二人は明日以降も忙しいですか?」
「もう少しすれば落ち着くと思います。何かありましたか?」
「試着会だ。この間の仕立て屋が日取りを聞いてきたみたいだから、俺たちの予定を聞いて回っている」
「なんでお前がそんな誇らしげに言うんだよ」
ラピスに突っ込まれているが、アルブレヒトの言う通りだ。きっと彼は試着をするのが楽しみなんだろう。私も、少しわくわくしている。どんな風に仕上がっているのかとても気になる。
「今朝、手紙が届いたんです。正装とドレスの試着をしてほしいそうなのでいつがいいかを聞いているんです。なるべくみなさん一緒のタイミングでした方がいいかなと思うので」
「なるほどな。俺は明日からしばらくは魔法舎にいるぞ。アランはまだいくつか会議が入っていたはず」
「といっても、多いわけではないので二日もあれば落ち着くかと。あ、賢者様、急ではありますが、明日城に来ていただけますか?」
彼らの予定を賢者の書にメモしているとそんな声が聞こえた。
私が城に?
もしかして、何かやらかしてしまったのだろうか。
そんな不安が顔に出ていたのか、アランが優しく微笑んで説明をしてくれた。
「決して賢者様を吊るし上げるなどということはありませんので、安心してください。ただ、この世界に関わることの会議に賢者様も呼ぶべきだとなったのです」
「な、なるほど………、私が行ってもあまり役に立てないかもしれませんが、わかりました。朝からですか?」
「ありがとうございます!朝食の後、私が箒でお連れしますね」
お城に行くのは初めてだ。というか、ちゃんと魔法舎の外に出たことも祝祭の時以来だから少しだけわくわくする。
私はこの世界のことを何も知らない。教えてもらっているとはいえ、実際に見たのは上空からみた夜の街と東の森と北の森だ。ほとんど自然しか見ていない。
会議は緊張するが、城に入るのは楽しみだ。今回も上空からだが、昼間の街を見るのも楽しみ。
そんなわくわくを胸に留めて、アランとグレイを交えた六人であたたかな時間を過ごした。
◇
翌日、朝食を終えてアランと共に城へ向かう直前、玄関で立ち止まり俺は少し前から考えていたことを言葉にした。
「瑠奈、俺は魔法舎に残る」
「え」
当然だが瑠奈はひどく驚いていた。今までずっと瑠奈の側にいたのだから、今日も一緒に城へ行くと思っていたのだろう。
だが、俺は残ってやりたいことがある。この世界に来てから、魔法使いと過ごしていて、思ったことだ。
「俺は、この世界では瑠奈の側にいても守ってやれない。その力がない。だから、俺もお前の役に立てるようになりたい」
「ま、待って。何言ってるの?守ってやれないって、そんなことないよ。私はいつもヒスイに支えられてる。守ってもらってばかりだよ。元の世界でも、この世界でも」
「守れてない。実際、危険な目にあっても俺は何もしてない。瑠奈を守っているのは魔法使いたちだ。俺は、何もできなかった。………だから、強くなりたいんだ」
そう、強くなりたい。俺が使えるのは霊体を相手にする術、生活の中で応用される術で、対人系はほとんど使えない。せいぜい薙刀で威嚇するくらいだ。火や水を操れても、攻撃力はほとんどない。
もしも周りに魔法使いがいないときに何か起きたら、俺には守るすべがない。
だから、術をもっと磨いて守れるようになりたい。術だけでなく、体術や剣技も、扱えるようになりたい。
「ずっと魔法使いが周りにいるとは限らない。この先、何があるのかわからないからこそ、俺は強くなりたいんだ。だから、魔法舎に残って修行する」
「……………そう、わかった。たくさん考えたんだよね。なら、私はそんなヒスイを応援するよ」
困惑していた表情が少しずつ和らいだ。瑠奈は人の気持ちを尊重してくれる。どれだけつらくても自分より他人を気にかける。そうして自分の気持ちに蓋をすることが多くなっていた。
けれど、この世界に来てから変わった。他人ばかり気にするのは変わらないが、自分の気持ちも少しずつ出すようになった。笑うことの少なかった瑠奈が、よく笑うようになった。
そんな風に変わっていく瑠奈を見て、俺も変わりたいと思った。
真っ直ぐ瑠奈の眼を見て感謝を届ければ悪戯っぽい笑顔が俺を見上げた。
「ヒスイのことだから、修行って言っても術だけじゃないでしょ?体術とか剣術とか習うにしても、みんなと仲良くしないとだめだよ?」
「わ、わかっている。そこは、何とかする………」
「ふふっ、頑張ってね。差し入れとかするから」
「ああ。瑠奈も、今日の会議頑張れよ」
「うん、ありがとう」
この世界に来てすぐのころ、俺は魔法使いたちと仲良くすることに反対していた。そんな俺がうまくやっていけるのかを案じているのだろう。
仲良くする気などないと言っておきながら師事させてくれなど、俺自身呆れて何も言えない。
が、そんなことで立ち止まっていてはいけない。瑠奈だって賢者なんていう重責や月の女神の生まれ変わりなんていう事実に立ち向かっているのだから、俺が止まるわけにはいかない。
「アラン、瑠奈をよろしく頼む」
「ああ。ヒスイも頑張れ。剣術ならグレイやランスロットに習うと良いぞ。あの二人は魔法使いだが剣の腕もたつ。ヒスイが元から扱う術についてはよくわからないが、魔法はイメージや集中、精神力が必要になる。似通う部分があるのなら、長く生きているルイ様やアリア様に聞くと良いと思う」
「わかった」
誰に教わろうか決め切れていなかったのでアランのアドバイスはとてもありがたい。
視野が広く、周りもよく見ているこいつは人の上に立つ器なのだろう。王子ということを鼻にかけることなく、誰にでも分け隔てなく接する。いい奴、なのだと思う。
「じゃあいってきます!」
「気を付けてな」
二人を見送ってからひとまず食堂へ戻ろうと踵を返した。俺たちが朝食を食べているときはまだ人が少なかったから、今なら遅く起きてきた奴がいるだろう。
食堂にはちょうどランスロットとグレイが向かい合って食事をしていた。
「なあ、少しいいか」
こちらを向いたグレイは驚いたように目を見開き、ランスロットはきょとんと首をかしげていた。
「あれ、お前、賢者様と城に行ったんじゃなかったのか?」
「二人に頼みたいことがある」
「頼み?お前がそんなこと言うなんて、せっかく晴れてるのに雨でも降るんじゃない?」
ランスロットのいらつく言葉は無視だ。
「俺に剣術を教えてほしい」
今度はランスロットも目を見開いた。二人そろって同じような顔をして驚いた様子だ。
まあ、そうだろうなとは思う。ランスロットはともかく、グレイには仲良くするつもりはないと言ったのだから。そんな俺が剣術を教わりたいと言っているんだから、驚くだろうというのは容易に想像がつく。
別に今でも仲良くするつもりはない。だが、相手のことを知りもしないで遠ざけることはしないようにしたい。そう思うようになった。だから魔法舎の敷地内にあるキースのバーでたまに一緒に過ごしているし、食事の時なども話すようにしている。
「俺は構わないぞ。お前とはもっと話したいと思っていたから嬉しいよ。しばらくは時間取れるし、なんなら今からやるか?」
グレイは二つ返事で快諾してくれた。すぐにでも始められることは嬉しい。
ランスロットの方に顔を向ければ、眉根を寄せている。
「僕は剣をあまり使わないから教えられるほど上手くないよ。僕が扱うのはグレイブ。それでもいいなら、気が向いた時に、教えてやらなくもない……」
なんともツンデレのような言い方だ。だが、グレイブもありがたい。剣よりも身近にあったから。
「それで構わない。剣よりもそっちの方が俺には馴染みがある。元の世界ではグレイブに似た形の薙刀を扱うことが度々あったからな」
「なぎなた?」
グレイは蜂蜜を溶かしたような琥珀色の瞳を輝かせている。瑠奈の弓の時もそうだったが、こいつはおそらく武器の類に興味関心があるのだろう。
「見てみるか?」
「っ!いいのか?!」
俺の手にだした術札を凝視して興奮したように身を乗り出してきた。
それに小さく笑って術札から薙刀を出す。瑠奈の弓矢の時と同じ、物質を札に取り込む術だ。
この薙刀は俺が作られてすぐ、瑠奈の父親から送られた品だ。瑠奈にあまり関心がないと思っていたが、これを貰った時、あいつは『瑠奈を頼む』と言ってきた。
その後も瑠奈とは会話するどころか会うこと自体少ないままだったから気に食わないのは変わらない。けれど、決して関心がないわけではないのだというのは理解できた。
俺が一人の時には瑠奈のことを聞いてくるし、瑠奈が危ない目に合わないように御神楽の屋敷の結界を張るのもそれを強化するのもあいつがしていた。週に一度、アミュレットとして魔除けのサシェ—――いわゆる匂い袋を常駐している陰陽師や手伝いの人に持って来させていた。
どんなことでも魔除けやらまじないやらをして瑠奈を守ろうとしていた。
常に瑠奈の側にいる俺に武器を与えるほど、あいつは娘である瑠奈を気にかけていた。それを直接向ければいいものを、あいつはかたくなにしなかったが。
自分の手になじんだ薙刀は黒い
「おお!確かにグレイブに似ているな!けど、全体的に細いな。すぐに折れそうだ」
「確かに。本当にこれは戦闘用なの?」
ランスロットがあからさまに嘲笑を浮かべている。どこか馬鹿にしたようなその声音にムッとしてつい穂先を向けてしまったが、当の本人はどこ吹く風だ。
悠然と席を立って自身の手にグレイブを出した。これがこいつの武器なのだろう。
「僕の魔道具だよ。綺麗でしょ」
誇らしそうに微笑んでいる。確かにこいつの言う通り綺麗だ。全体的に銀色で、ターコイズブルーの装飾も、刃と柄の接合部に散りばめられているターコイズも、本当に美しい。細くはないが太すぎないグレイブは華奢にも見えるがとても存在感がある。
思わず見とれてしまったが、ゆったりとしたのんきな声で現実に引き戻された。
「おやおや、朝から物騒なものを持っていますね。喧嘩でしょうか?」
声の方を向けば薄茶色の髪を揺らしてお辞儀をする男がいた。
「お久しぶりです。我慢できず、つい来てしまいました」
ブルーグレーの瞳を細めて微笑んでいる男は忘れるはずもない、仕立て屋ラルクだ。瑠奈に露出度の高いドレスを着せようとしていた奴だ。
瑠奈はまだこいつに返事を出していない。にもかかわらず、ここにいる。魔法舎には結界があるはずだというのに。不法侵入だ。
反射的に体が動き、手に持っていた薙刀の切っ先を奴の首元に向ける。穂先が当たるギリギリで止め、低く声を発する。
「何しに来た。瑠奈はまだお前に返事を出していなかったはずだ。結界だって張ってあるはずの魔法舎にどうやって侵入した」
「ですから、我慢できなくてつい来てしまったのです。賢者様はいらっしゃいますか?」
「生憎だが、賢者様はアラン殿下と城に行っていて一日不在だ。とりあえず、ヒスイはそれを下ろしてくれるか?不法侵入ではあるが、客人だ」
微笑みを忘れず歩み寄ってきたのはグレイだ。後ろには不機嫌に眉根を寄せたランスロットもいる。
警戒は解かないまま、薙刀を下ろしラルクを睨みつける。俺はこいつが嫌いだ。距離が無駄に近いグレイとは違う、妙な距離感で瑠奈に近づいていたから。
「そうでしたか、服を持ってきたので試着してもらおうと思ったのですが、仕方ありませんね。ところで、こちらの目を吊り上げている方は?初めてお会いすると思うのですが」
「ああ、前は出てきていなかったもんな。こいつは……」
「………ヒスイだ。瑠奈と一緒にこの世界に来た」
こちらに伺うような瞳を向けてきたので一応のあいさつをする。睨むのを止めないで、声も低いままで、警戒心むき出しであるにもかかわらずラルクはゆったりとしている。
「そうでしたか。ではあなたも賢者様なのですね」
「違う」
「では、今度のパーティには出席なさいますか?見目麗しいあなたの服も、僕が仕立てたいのですが」
「必要ない。俺は表立って出るつもりはない。ただ、瑠奈の服だが、赤いティアドロップのネックレスを付けることになる、ということだけ覚えておけ」
綺麗に着飾るのだから、俺がそれの邪魔になることだけは避けたい。ドレスが良かったとしても俺がそれに合わなければ瑠奈の綺麗さが損なわれてしまう。だからあらかじめ身に着ける小物を提示しておかなければと思っていたのだ。
「おや、そうでしたか。色味的にはアクセントになってよろしいかと思います。……ですが、一度実物と合わせて調整しましょうか。そのネックレス、今ありますか?」
「後でこいつに持っていかせる」
「あ、俺か?分かった後で持っていく」
雑にグレイを指させば、グレイは一瞬不思議そうにしたがすぐ頷いた。
「ところで、賢者様はいないし魔法使いも全員揃ってるわけじゃないけど、試着はしないといけないの?」
眉間に皺を寄せて不機嫌を露わにしているランスロットが声を上げた。
食堂には俺たちの他にも何人かいて、その誰もが怪訝な顔や困った顔をしている。
ランスロットはそんな彼らが思っていることを代弁したのだ。
しかし、ラルクはゆったりと微笑むばかりだ。
「そうですね、先に今いらっしゃる皆さんの分だけでもさせていただければ嬉しいですね。また談話室をお借りしてもよろしいですか?」
「……わかった。今いる魔法使いは半分くらいだから、そいつらを連れて談話室に行くよ。先に行っててくれ。場所は覚えてるか?」
ラルクはにこりと微笑んで、「えぇ、ではお待ちしております」と残して食堂を出た。
事の成り行きを見守っていたラピスとアルブレヒト、そしてキースがぱたぱたと小走りに集まってきた。
「グ、グレイ、勝手に決めちゃっていいの?」
「まあ、賢者様とアランには俺から伝えておくさ。別に悪いことをした訳ではないし、怒られるってのはないだろ」
「誰が悪いっていうならあの仕立て屋だろ。不法侵入だし」
アルブレヒトの包み隠さない物言いに場が静まり返る。こいつのこういうストレートな所は案外嫌いじゃない。
「今日いるのはここにいるお前たちだけか?」
「いえ、サンが自室にいるはずですよ。呼んできますから、皆さんは先に談話室へ向かってください」
「じゃあグレイ、後は頼む。俺がネックレスになってるからって適当に扱うなよ」
「わかってるさ」
俺はネックレスとなりグレイの手に収まった状態で、談話室へと向かった。どんなドレスになっているのか、ほんの少しの期待を胸に抱いて。
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