第十一話 試着会(二)

 初会議の日、仕立て屋であるラルクが魔法舎に来たらしい。突然の出来事ではあったが、その場にいた魔法使いたちだけ先に試着を済ませてもらったと報告を受けた。

 ひどく疲れていた原因を聞いた時は本当にお疲れ様という感じだ。

「にしても、ラルクが昔、賢者の専属仕立て屋だっただなんて、驚きました」

「ええ、私もそんな話は聞いたことがありませんでした。専属の仕立て屋がいたという文献もなかったので、おそらくあまり公にはなっていないのでしょう」

 あの日から数日後、試着をしていないメンバーを連れてラルクの店へと向かう途中に改めてグレイから聞かされた詳細を思い返していた。

 正直に言うとかなり驚いた。というか、私が月守に攫われると断言しているあたりが少し怖い。確かにカエルムに目をつけられてはいるが、この魔法舎には結界が張られている。強い魔法使いたちが周りにいるし、安全なはずだ。

 しかし、結界をしていても月斗さんは月守によってどこかに飛ばされてしまった可能性が高いし、ラルクだって小さな綻びから魔法舎に入ってくることができた。つまり結界は万能ではないということだ。

 何もしないよりはましかもしれないが、必ず安全というわけでもない。

 それに、任務に同行したり前のように会議に出たり、魔法舎の外に行く機会は今後さらに増えるだろう。そういう時に攫われてしまう可能性だって十分にある。

 これからは周囲に気を付けて行動しないといけない。なるべく魔法使いたちと一緒にいて、あまり魔法舎からも出ない方がいいかもしれない。

 もともと御神楽の屋敷から出ずに生活していたのだから魔法舎から出ない暮らしに苦はないだろう。

「だからって賢者様が魔法舎に閉じこもっている必要はないんですよ?閉じこもっていたら息が詰まっちゃいますし、私は賢者様と一緒にお買い物したいです!」

 そう考えていると少しむすっとした声が聞こえてきた。ミシェルだ。

 私が考えていたことを見事に言い当ててくるあたり、まるでエスパーのようだ。

 肩の少し上あたりで切りそろえられたサラサラの髪を揺らしながらこちらに顔を寄せてきた。

「いろんなものを見ておしゃべりをしながらお店をまわるんです。休憩にいい感じのカフェに入ってお茶をして、またお買い物をして、いっぱいのお土産をもって魔法舎に帰る。絶対楽しいです!」

 灰色の瞳をキラキラとさせてたくさんの提案をしてくれる。雑貨を見るだとか、服を見るだとか、食べ歩くだとか、魔法舎のみんなでピクニックもしてみたいだとか。思いついたことをあれこれ並べて、全部一緒にしようと言ってくれる。私がいることが当たり前だとでも言うように。

「そういえば、ルイ様はラルクと知り合いだったようだとグレイから聞きましたが、それならそうと何故教えていただけなかったのですか?」

 私も気になっていたことをアランが口にした。

 ルイはあまり気にした様子もなく微笑んでいる。

「それは単純なことじゃよ。言うのを忘れておったのじゃ」

「忘れてた?」

 私が聞き返せばルイはうんうん頷き悪戯っ子のような笑みを浮かべた。

「あやつが採寸に来た後に言ってないなと思ったのじゃがな、まあ言うほどでもないし黙ってた方が面白いと思ったのじゃ。思い出してみよ、ラルクはあんな性格じゃろう?服作りに対して真摯なのは確かじゃが、気に入った者にはだいぶグイグイいく。大体が女性にじゃが、別に男性にそうならない訳ではない。依頼を出した賢者は男じゃったが、ラルクはいたく気に入っておったし、着せ替え人形のようにいろんな服を着せておった。そんなあやつのことを言ってしまってはおぬしらの反応が見れんからのう」

 つまり、ルイは私たちの反応を見て楽しんでいたということか。

 お茶目な人ではあるがちょっとした悪戯のようなものも好きなのだろう。そういえば退屈な時間は嫌いだと言っていたし、きっと彼が退屈に感じないように動いているのだと思う。




 他愛のない話をしながら、時々路上の店をのぞいて、たくさん笑いつつラルクの店へとたどり着いた。

 外観はおしゃれな服屋さんといった感じ。白と赤を中心にした色味の店だ。

 ドアを開ければカランカランというベルが鳴る。

 同時に店の奥から採寸をしてくれたアシスタントの女性が出てきた。

「わざわざ足を運んでいただきありがとうございます。前は自己紹介をしていなかったですよね。私はラルクさんのアシスタントでこの店の店員もしています、ユーノです。よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします!」

 手短に挨拶をして、ユーノさんは私たちをすぐに店の奥へと案内してくれた。

 そこには優雅にお茶を飲んでいるラルクがいた。

「ああ、賢者様。お待ちしておりました。服は準備できていますのでまずは紅茶でもいかがでしょうか?良い茶葉が手に入ったのです」

 言うや否やテーブルの上に人数分のティーカップが置かれて香りの良い紅茶が注がれていく。

 あっという間に準備が整い、私たちはそれぞれソファに腰かけた。

 テーブルの中央にはケーキスタンドがたくさん置かれ、スコーンやマフィンなどのお菓子が綺麗に乗っている。

 試着に来たはずなのに、ついて早々お茶会になってしまった。

「お、このシフォンうまいな。クリームもさっぱりしてるし食べやすい」

「そちらのクリームにはサワーチーズを使用しているのですよ。重くなく軽い口どけになるように作っていただきました」

「え、既製品じゃないんですか?」

「ええ、全てユーノが作ってくれました」

 その言葉に全員の視線がユーノさんに向く。彼女は軽く微笑んでいる。

「ラルクさんの言う通り、私が朝から焼き上げたものです。魔法舎から街の入口までは箒での移動でしょうけど、そこからこの店までは意外と歩きます。着くころには疲れているかもしれないから甘いものを用意してほしいとラルクさんに頼まれました」

 今度は全員の視線がラルクに向いた。てっきり自分が紅茶を飲みたいからだと思っていたが、まさかの私たちへ向けたものだったとは。

「おやおや、それは言わないようにと言ったのに」

 相変わらず優雅に紅茶を飲む姿はとても絵になる。

 にしても、朝からこの量を焼くなんてきっと大変だっただろう。

 スコーンやマフィン、シフォンケーキにサンドイッチ、クッキーもあればココットに入ったブリュレもある。どれも一つ二つではなく大量だ。

「朝からこんなに作るの大変でしたよね?わざわざありがとうございます」

「いえいえ、基本は手作業ですが同時進行でたくさん作れるのでそこまで負担ではないですよ。実は私も魔法使いなんです。お気遣いありがとうございます」

 なんと。採寸の時は魔法なんて使っていなかったから全然気づかなかった。

 他の魔法使いたちは特に驚いた様子はないためおそらく気づいていたのだろう。魔法使いは魔力を感知できる。魔法を使っていなくても魔法使いかどうか見分けられるのだ。




 和やかにお茶会が進み、ケーキスタンドの大量のお菓子がなくなるころ、ようやく本来の目的である試着が始まった。

 魔法使いのパレード衣装は白を基調としたもの。国ごとにデザインと差し色が違うようだ。ヒスイから聞いた話だと中央は軍人のような王子のようなといった感じのデザインで黄色、東は中華風のデザインで青系統(特に水色)、西は看守っぽいデザインで赤色、北は体に沿ったデザインで紫色だったらしい。

 まだ試着をしていないのは私の他に中央のアラン、北のルイ、南のアリアとミシェルだ。南だけどんなデザインなのかわからないから少しドキドキする。

「先に魔法使いたちの試着を済ませてしまいましょう」

 彼が呪文を唱えた瞬間、魔法使いたちの服が変わった。

「わぁ!みなさんすっごい似合ってます!え、かっこいいです!」

 そんな言葉しか出てこない自分にほとほと呆れてしまう。もともと顔立ちが整っているからみんないつも通りでもかっこいい。だが、きっちりとした衣装に身を包んだ様はもう言葉にできないくらい輝いている。まるで私の目にキラキラのフィルターでもかかったかのようだ。

 中央と北は聞いていた通りだった。アランはオーバーサイズのコートを肩から羽織り、ザ・王子様という感じ。

 ルイは、大人の色気とでもいうのだろうか、いい意味で表現し難いものがある。もちろん似合ってはいるのだ。似合い過ぎているくらい。

 体に沿った服と、上にジャケットを着ている。どこかの社長ですと言われれば確かにと納得してしまうような感じ。

 南は黄緑色で可愛い兵隊さんのようだ。アリアもミシェルも海兵隊がかぶっていそうな帽子をかぶっている。

「アリア先生、普段は格好いいですけどこういう可愛いものも似合いますね!」

「そうか?こういうのはなんか落ち着かねえ………」

「自信持ってください、アリア!ほんと、すっごく可愛いです!」

 私の言葉にアリアは一瞬動きを止めた。少しムッとしたかと思えばすぐに悪だくみを思いついたように笑った。

「へぇ、可愛いか。そうかそうか。アンタの言う可愛い奴はこういうことをするか?」

 そう言いながら距離を詰めてくる。それに合わせて後退すれば背中に壁がつき、横に逃げる前にアリアの腕で阻止された。いわゆる壁ドンだ。

 壁に肘をついてさらに私との距離を詰め、空いてる方の手が頬に添えられ上を向かされる。目の前には妖艶な熱を孕んだ青緑の瞳。突然の状況すぎて瞬きしかできない。とりあえず、近い。

「あ、アリア、あの、近い、です………」

 だんだん恥ずかしくなり視線をそらしてしまう。

 こんなにも異性と近づいたことはこれで二回目。それもまたアリア。前は照れる余裕なんてなかったが、慣れない距離感に羞恥がこみあげてくる。割れ物でも扱うように、親指の腹で優しく頬を撫でられてくすずったい。おそらく今の私は真っ赤だろう。

「こんなんで赤くなるとか、お前の方が可愛いだろ。なあ、瑠奈?」

 絶対わざとだ。絶対面白がってる。アリアはすっと目を細めて笑っている。甘く囁くように口元を私の耳に近づけ、空気を含んだ声がダイレクトに鼓膜を揺らす。

 きっと私が可愛いなんて言ったから。こんな簡単に転がされてしまうのは少し癪だが、相手は千年くらい生きている魔法使い。しかもすこぶる顔が良い。家から出ていない私なんかよりもずっと色事に慣れているだろうし経験も豊富そう。

「すみません、私が悪かったです。可愛いよりもかっこいいが勝ってます」

「ふん、わかればいいんだ」

 さっさと負けを認めればアリアはすんなり離れてくれた。

 ホッとしたのもつかの間、今度はそれを見ていた他の魔法使いたちが近づいてきた。

「なんじゃ?賢者を照れさせるゲームか?そういうことなら我も参加しよう!」

「まあ!アリア先生素敵です!とってもかっこよかったです!見ているだけでドキドキしてしまうくらい!」

「アリア様は昔から格好良かったですが、その衣装も相まって一層格好いいです!賢者様とも絵になります!」

「お顔を赤くしていらっしゃる賢者様も可愛らしいですね。恥ずかしがるその表情で僕のドレスをぜひ着ていただきたいです」

 男性陣はそんなことを口に出してがやがやしている。

 そんな輪から逃げるように部屋の隅へ移動すればユーノさんが苦笑気味に側へ来た。

「まったく、男の人ってどうしてああなんでしょう。女はからかって遊ぶ道具じゃないというのに」

「アリアは可愛いって言われたことが気に食わなかったんだと思います。男性は可愛いよりもかっこいいって言われたい、というのを聞いたことがありますし」

 瑠輝もよく言っていた。男はかっこつけたい生き物なんだと。情けない姿は見せたくないし、可愛いと言われるよりもかっこいいとか頼りになるとか、そういう風に言われたいそうだ。

 個人的には可愛い男性もいいと思うが、男性的には複雑なのだろう。

 いまだわいわいしている魔法使いたちを眺めながらそんなことを考えていると柔らかな声とともに腕を惹かれた。

「待っているのもあれですし賢者様の試着を始めちゃいましょう。こちらにどうぞ」

 ユーノさんにエスコートされて向かったのは奥の部屋を通ってさらに奥。

 そこにはトルソーが一つあった。

「これが、パーティードレス………」

 ランスが描いてくれたデザインを元にしているということだが、少しアレンジも加わっている。特にスカート部分。

 ランスのデザインではゆったりとしたプリーツがかかっている感じだったが、こちらはそれに薄いカーテンのようなレースとスカートの上に後ろから包むようにもう一重布がかかっている。ベルトのような腰の飾りは金色で、中心には真っ赤な石が埋め込まれている。それと同じ石が服と同系色の厚底靴にも使われている。

 当初のデザインと少し変わって丈の長さは前が膝の少し上、後ろがくるぶしあたりだがこちらの方が歩いた時のシルエットが綺麗そうだ。可愛いよりも綺麗めなドレスになっている。

 胸元から上の部分は細かくて繊細なレースが施され、肩は出ているが二の腕部分に袖がある。

 露出が多い服を勧めてきたからてっきり腕は全部出ているとばかり思っていたがどうやら違ったらしい。

「賢者様が選ばれた生地に合った上品さをと、ランスロットさんのデザインを元にラルクさんが昼夜問わず考えたデザインです。いかがですか?」

「………もう、すごいとしか言えないです。これ、本当に私が着るんですか?綺麗すぎて、私じゃ服に着られそうなんですが……」

「そんなことはありません。この服はあなたのためだけに作られたもの。賢者様の魅力を引き出すためにデザインしたのですから、服に着られるなんてことはあり得ません」

「わぁ!」

 凛とした声がすぐ後ろから聞こえて思わず飛びあがってしまった。

 振り返るとドアの側にラルクが立っていた。ルイやアランたちと盛り上がっていたはずなのにいったいいつからいたのか。

「驚かせてしまい申し訳ありません。賢者様、あなたは美しいです。その魅力に負けないものを作ったつもりです。ですが、このドレスにあなたが負けるなんてことは絶対にないですよ。むしろ賢者様の魅力を引き立てるように作ったのですから。ですので賢者様、どうか自信をもって袖を通してください」

 普段通りの柔和な笑みとは裏腹に、その声は真剣だ。どこまでも真っ直ぐで、彼の言葉を無条件に信じられるような気さえしてくる。

 この美しいドレスを、私が、本当に着こなせるのか。不安は少しある。そんな私の背中を後押しするように、ヒスイの声が頭に響いた。



 —――大丈夫だ。瑠奈なら着こなせる。この色は瑠奈がずっと着てきた色だ。誰よりもこの服が馴染むはずだ。



 そっとネックレスに手を当てれば仄かに熱を持っていた。ヒスイの鼓動が聞こえる。優しく、温かく、そっと包み込んでくれる。

「……ありがとうございます。とにかく、一度着てみないとですよね!」

 ラルクはにっこり微笑んでお辞儀をした。

「では、僕は魔法舎の魔法使いたちとお待ちしております。ユーノ、あとはお願いするね」

 ぱたんとドアが閉じられ、ユーノさんが私に向き直る。

「では、着替えましょうか」




 ルイたちはラルクの魔法で着替えていたからてっきり私も魔法で着替えるのだと思っていたが、実際は手動だった。

 パーティ当日はおそらく自分で着替えるか城のメイドさんに着替えさせられるかだろうから、という理由だった。確かによく考えてみればそうだ。私は月の女神の生まれ変わりで、月の魔力もあるらしいが魔法が使える訳ではないから、魔法使いたちみたいにぱっと服を変えることができない。

 自分で着替えるしかないのだ。

 ドレスはそこまで苦労することなく着れた。

 姿見に映る自分が、まるで自分じゃないように見える。

 私は、こんなにキラキラしていない。けれど、鏡に映る私は確かに私。なんだか魔法にかかったみたいだ。

「さあ、少し髪も上げてみましょう」

 部屋に設置されていたドレッサーの前に座り、ユーノさんが髪をまとめてくれた。

 簡単にではあるけれど、お団子にしてみたりポニーテールにしてみたり、いろいろ試した結果、ハーフアップに落ち着いた。

「よし、綺麗ですよ、賢者様。みなさんにお披露目しましょう」

 ユーノさんは私の手を取って部屋の外へと向かう。

 されるがままの私の心は今、とても揺れている。本当に似合っているか、どこか変なところはないか、そんな小さな不安が胸の中に小さなシミを作っている。

 お茶会をしていた部屋にはすでに元の服に戻ったみんなとラルクがいた。

 ドアが開くと同時に、その場の全員の視線が私に向いた。

 そのまま誰も何も言わないまま数秒が過ぎる。

「……………あの、どこか変、ですか……?」

 あまりにも何も言われないものだから、不安のシミは広がっていき、情けない声が漏れてしまった。

 みんなの顔を見ることができずにうつむいているといくつもの足音が急激に近づく。椅子に座っていた彼らが私を囲むように駆け寄ってきたのだ。

「とっても素敵です!つい見惚れてしまってお声がけが遅れてしまいました」

 一番最初に口を開いたのはミシェル。

 少し頬を赤らめて微笑みかけてくれた。

「ミシェルの言う通りです!そのドレス、色も形も賢者様によく似合っています!闇夜のヴェールを纏った星のようです」

 そんな詩的な表現をしてくれたのはアラン。本当に、普通の人が言ったらクサイ台詞でも彼が言えば様になる。むしろそういう言い回しが彼らしさだ。

「そのネックレスもアクセントになっていいですね。腰と靴の飾りを同じ色に合わせて正解でした。賢者様、一度回っていただいてよろしいですか?動きをみたいので」

「こ、こうですか?」

 ラルクに言われた通りその場でターンをすれば、ゆったりとしたカーテンのようなスカートがふわっと広がった。

「うん、思っていた通りですね。賢者様がよろしければこちらで納品させていただきます」

「はい、よろしくお願いします」




 ドレスを脱いだ後、パレードと叙任式で着るローブにも袖を通し、魔法使いたちと共に耐久性のある衣装もいくつか着て試着会はつつがなく終わった。

 元の服に着替えた私たちは魔法舎へと帰るために外へ出た。

 魔法使いのみんなが出てから、私は一人ラルクに向き合っていた。

 ヒスイのことを聞くためだ。

「あの、ラルク。少し聞いてもいいですか?」

「何でしょう?私に答えられることならなんなりと」

「今日ここに来たメンバーがいない日に魔法舎へ来たんですよね?その時に、このネックレスを魔力で包み込んでいたとグレイから報告を受けたんですが、その理由を教えてもらえますか?」

 報告を受けてからずっと疑問だったのだ。どうしてヒスイに魔力を流したり魔力で包んだりしたのか。

 このネックレスがヒスイだということは公表しないことにした。だからヒスイにそんなことをした理由は何か、なんて直接的には聞けない。

 それでも、これがただのネックレスだったとしてもラルクの行動は不可解だ。観察や鑑定のためだと言っていたらしいけれど、それは魔力を流さなくてもできるはず。

 ラルクの考えていることが何なのか、それを見極めるために真っ直ぐ彼の瞳を見つめる。

 青が混じった灰色の瞳はどこまでも澄んでいて、嘘をつこうとしているとか、誤魔化そうとするような感じはない。

「ああ、そのことですか。不愉快な気分にさせてしまったのなら申し訳ありません。その件に関してはきちんと説明するべきでしょうね」

 テーブルを撫でながら視線を下げ、ラルクはゆっくりと口を開いた。

「結論から申しますと、そのネックレス、ただの石ではないですよね?」

 その一言に心臓の裏側がひやりとした。

 どうして。なぜわかったのか。それともただの勘か。

 私は何も答えられないまま彼の瞳を見つめることしかできない。

 その瞳にあるのは確信。勘で言っているのではないのだろう。

「グレイに見せてもらった時、その石はとても独特な輝きを持っていました。見たこともない輝きで、言うなれば『生きた輝き』ですね。そこでもしかするとただの石ではないのかもしれない思いました。手に取った瞬間それが確信に変わったので、少々失礼かもしれないとは思いましたが石に魔力を流させてもらいました」

 手に取ったからこそ気づいたということか。だが、グレイは触っても何かを感じた様子はなかった。はじめからヒスイだとわかっていたからかもしれないが、それでもラルクの観察眼はすごい。

 一瞬見ただけで違和感に気付き、触ればそれを確信する。なかなかできることじゃない。

「魔力を流したことで石の輝きが少し変わり、仄かに熱を持ち始めました。まるで鼓動のように石の中で光が動いていました。だから、おそらくこれはなのだろうと思い、魔力で包みました。さすがにグレイに止められましたのですぐやめましたが、その一瞬で十分でした」

 その言葉の先には、おそらく答えが待っているのだろう。誰かがいるということに気づき、魔力で探った結果、わかってしまったのだろう。

「………そのネックレスは、ヒスイ、なのでしょう?」

 ああ、やっぱり。

 このネックレスを悪用する人が出るかもしれない、ヒスイが危険にさらされるかもしれない。そんな理由からヒスイの存在を魔法舎内とごく一部の人間の間にだけ知らせ、厳重に緘口令かんこうれいを敷くことになったというのに。

「……そんなあっさりばれちゃうなんて、思いませんでした」

 本当に、魔法使いとは恐ろしい。普通なら気づかないことに気付く。それもラルクは尋常じゃないほどに観察力が高いのだろう。隠し事ができない。

「ラルク。あなたはだいぶ前の賢者様専属の仕立て屋だったんですよね。一度この世界から争いが無くなる時まで、ずっと魔法舎に通って、賢者の魔法使いたちに服を作っていた」

「ええ、その通りです。そして、この先くる未来に備えて、また服を贈ろうと思っていますよ。あなたの分も、ヒスイの分も」

 この人は、きっと嘘をつかない。それに、私たちのことをこんなにも考えてくれている。そんな彼に、私も誠心誠意応えたい。

「ありがとうございます。本来なら、ヒスイのことは公にしないことになっているんです。だから、あなたにばれてしまったことはだいぶまずいというか……。でも、あなたはきっと、ヒスイにひどいことはしないですよね。なんとなくですが、そんな気がします」

 そこまで言って、私は無意識のうちにぎゅっと握りしめていた自分の胸元にある石をそっと撫でた。

「ヒスイ、出ておいで」

 淡い光と共に、赤いティアドロップ型のネックレスは人の形へと姿を変える。

 さらさらした銀色の髪に、左右で色の違う瞳が印象的な、瑠輝によく似た男性。

「お前、俺に妙なことをするな。あの後大変だったんだぞ」

 出てきて早々苦言を呈す。とてもヒスイらしい。

「ああ、それは本当に申し訳ありませんでした。どうにも知的欲求が抑えられなくて。ヒスイの紅い瞳と同じ色のネックレスだったので気になったんです。ヒスイの瞳はとても綺麗だから」

「………ふん」

 ヒスイはそっぽを向いてしまった。

 瞳が綺麗。その言葉は私や瑠輝しか言わない言葉だ。他の人から褒められ慣れていないからこそ、どう反応すればいいのかわからないのだろう。

 こういうところは、私とよく似ている気がする。

「ああ、そうだ。ヒスイの分の服を作るためにも採寸をさせてもらっていいでしょうか?目測である程度はわかりますが、動きやすさを考えると採寸した方がよいので」

「そのことだが、前にも言った通り俺には作らなくていい。俺が人の姿でいるのは基本的に魔法舎の中だ。着る機会がない」

 ヒスイの言うことはもっともだ。公にしないということは依頼で外に出た時も緊急時でない限りネックレスのままでいるということ。

 でも、ヒスイの分だけないというのは寂しい。ヒスイだって仲間なのに。

 私が口を開く前に真っ直ぐで凛とした声がヒスイの言葉を否定した。

「それは違いますよ。これは僕が見た未来ですが、ヒスイは魔法使いと一緒に調査に参加したり戦ったりします。傷を負う可能性があるのなら僕は服を贈ります。まあ、予言がなくても贈るつもりでしたけどね。あなたも魔法舎の仲間なのですから」

 私の言葉を代弁してくれたみたいだ。

 ヒスイの方を見ると目を大きく開いて固まっている。この世界に来て一カ月、彼はだいぶ魔法舎に馴染んだ。私もあそこが帰る場所だと感じている。

 だが、ヒスイは魔法使いたちのことをだいぶ警戒していた。今でも少しは警戒しているかもしれないが、それでもだいぶ打ち解けたと思う。談話室とか魔法舎内にあるキースのバーとかで話しているのをたまに見かける。

「ヒスイ、私もラルクと同じ気持ちだよ。この先危険があるのなら、それから少しでもヒスイを守れるのなら、私はヒスイにもラルクの服を着てほしい。そもそも、ヒスイだけ仲間外れみたいなことをしたくない」

「瑠奈……」

 ヒスイが少し迷うように瞳を揺らした。

 彼が今何を考えているのか、全てを理解することはできない。けれど彼の中で何か葛藤があるのだろう。

 そんな風に思ってヒスイが口を開くのを待っているとベルの音が響いた。

「賢者様?何かありましたか?」

「ああ、アラン。すみません、少しラルクと話をしていて……………。あの、他のみんなを連れて先に魔法舎へ戻っていてもらえますか?私は後で帰りますから」

 ヒスイの方を向くとその瞳にはもう迷いはなかった。緩く頷く彼を見て、何が言いたいのか分かった。

「ですが、ここから魔法舎はだいぶ離れています。私も残りますよ」

「ご心配には及びませんよ。僕が責任をもって送り届けます。そうですね、夕食には間に合うかと思いますので」

 アランは少し逡巡し、すぐ頷いた。

「わかりました。賢者様、魔法舎で帰りをお待ちしております」

「わがままを言ってしまってすみません」

「この程度わがままの内にも入りませんよ。賢者様はもっと自分の好きなようにしていただいてもいいくらいなんですから」

 彼は銀糸のような髪を揺らして丁寧なお辞儀をし、「では」と残してドアをくぐった。

「ユーノ、採寸の準備をしてくれるかい?」

 ヒスイを奥の部屋に通して採寸をする間、私はまたお茶をいただくことになった。

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賢者と魔法使い 星海ちあき @suono_di_stella

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