第十話 会議の日に起きたこと

 私がアランと共に城で会議をしているとき、魔法舎では突発的試着会が行われた。

 その日魔法舎にいたグレイ、ランス、アルブレヒト、ラピス、キース、サンのパレード衣装の試着は無事に終えられたらしい。

 ただ、何故かみんなひどく疲れていた。

 私とアランがいない間に何が起きたのかを聞いた時、さすがに可哀想だと思った。






          ○






「ではさっそく試着をはじめましょう!そこに並んでください」

 瑠奈とアランが城へ向かってすぐ、仕立て屋のラルクが魔法舎へと来た。パレード用の衣装合わせのためだ。

 といっても、試着を頼みたいというのは前もって瑠奈に手紙が届いていたが、当の瑠奈は返事を出していない。にもかかわらず、ラルクは連絡もなしに魔法舎へと押し掛けたのだ。

 結果、グレイとランスロットに剣術の稽古を頼もうと思っていた俺は稽古をする暇もなくラルクと対面していた。

 前に魔法舎へ来たときは石のままだったから、顔を合わせるのは初めてだったが、あいつは嫌いだ。特に距離感。べたべたと鬱陶しい。

 俺の分まで衣装を作りたいとか言ってくるし。

 だが、俺は表に立つ存在ではない。瑠奈の側で陰から支えられればそれでいい。

 だから今、石に戻った俺は色合わせの名目でラルクの手におさまっている。

「セトルーク・グリード」

 ラルクが呪文を唱えた直後、談話室に集まっていた魔法使いたちの服が瞬く間に変わっていく。

「おお、かっこいいな」

「うん、シンプルだけど目を惹くよね」

「白が基調っていうのは同じだが、国ごとに色分けされているな」

「デザインも国ごとで統一されているようですね」

 東の魔法使いであるアルブレヒトとラピスの衣装は青系統、特に水色が使われている。それでいてどこか中華風の衣装だ。

 西の国は赤色。デザインでいうと軍服に近い感じがする。キースもサンも看守のようだ。

 北の国は紫色。派手な紫ではないが、とても印象強い色だ。普段は学帽のようなものをかぶっているランスロットだが、衣装ではそれがない。体に沿ったその服は全体的に大人っぽさがある。

 中央の国は黄色だ。こちらも軍服のように見えるが、どちらかと言うと王子っぽい。アランがいるからだろうか。

 どの国にもそれぞれの特色があるが、白が基調ということと、上品さがあるということは共通している。

「とりあえずは今日一日、その恰好で動いてください。気になるところがあれば適宜直します」

「は?一日って何?すぐ終わるんじゃないの?」

 ランスロットの不機嫌な声が少し食いぎみで聞こえた。

 確かに、その疑問は俺も抱いた。試着なんてすぐに終わると思っていたが、どうやらこいつは一日かけてする気らしい。

「パレードでは馬車に乗るそうですが、途中街を歩くと聞いています。その際、どの角度から見ても美しく見えるように微調整をしたいんです」

 こうして、衣装を着たまま観察される一日が始まった。

 けれど、昼前までは魔法使いたちの衣装を見るのではなく、ずっと俺を見ていた。





「なあ、ラルク?そろそろネックレスを返してもらえないか?それは賢者様にとって大事なものなんだ」

「もう少し待っていただけますか?こんなにも美しい石は見たことがなく、観察し足りません」

 そういって、かれこれ二時間近く石に戻っている俺を観察している。光に透かしたり、ルーペで見たり、手触りを入念に確かめたり。

 それはもうしつこくだ。あまりにもしつこすぎる。グレイが何度止めに入ってもこれだ。

 しかも、なんだか変な感じがする。何かが俺の中に流れ込んでくるような、染み込んでくるような。とても気持ちが悪い。

 瑠奈の衣装に合わせることもしないで俺ばかりを見るな、と叫び出したい。

 けれど、人の姿となることは叶わない。瑠奈とルイにきつく言いつけられているから。




『ヒスイ、おぬしのその力はあまり公にせん方がいいじゃろう。よからぬ奴らに目を付けられるやもしれぬ。部外者の前では人の姿にはならんようにな』

『確かに。この魔法舎の人以外の前ではやめておいた方がいいかもですね。ヒスイ、絶対に外では人になったらだめだよ。本当にどうしてもってとき以外はネックレスでいてね』




 あの二人に止められていなければこんな男に触らせないのに。

「それにしても、この石はまるで生きているみたいですね」

 その言葉に、一瞬思考が止まる。まさか、ただの石ではないとばれたのだろうか。

 グレイも驚きで固まっている。しかし、すぐに平静を取り戻した。

「そんなわけないじゃないか。ネックレスの石が生きているなんて、ありえないだろう」

「そうですね、確かにありえません。ですが、この石の輝きは生きているように見えるんです。もちろん、そう見えるだけでしょうけどね」

 俺をじっと見たまま静かに呟いた。

「………命の輝きというのは、この石のような輝きかもしれませんね。心臓が脈打つように光が動き、存在を誇示するように輝いている」

 その瞬間、ラルクの手が離れて浮遊感に襲われた。

 気持ちの悪い何かに包まれたような感じがする。

「っ?!おい、何してるんだ?!」

「なに、とは?」

「いや、その膜はなんだ?それは大事なものだと言っただろう?不審な行動はよしてくれ」

 グレイが警戒を露わにして剣に手を添えている。すぐにでも抜いてしまいそうな緊張感が石のままでもわかるほどだ。

「おや、それは申し訳ありません。ですがなにも怪しくはないですよ。この膜は私の魔力そのものです。ちょっとした鑑定ですね」

 魔力の膜に包まれているということだろうか。ではこの気持ち悪さの正体はラルクのせいなのか。あいつが俺を持ってからずっと俺に魔力を流し込んでいたということだろうか。

 そう考えればあの変なものが流れ込んでくるような感覚にも頷ける。

 だが、なぜそんなことをするのかわからない。鑑定と言っていたが、それも本当かわからない。

「わざわざ魔力で囲む必要はないだろう。今すぐネックレスを離してくれ」

「……仕方ありませんね」

 そう言ってあの気持ち悪さは消えてテーブルに置かれた。

 その後、瑠奈の衣装との合わせが終わり、ラルクは他の魔法使いたちを見に談話室を出て行った。

 ラルクが完全に遠ざかったことを確認してからグレイが話しかけてきた。

「………ヒスイ、大丈夫か?」

 瑠奈以外の人間には石のままでは言葉が伝わらない。答えるために人の姿になるが、その瞬間の疲れと言ったら尋常じゃない。術を使い過ぎてもここまでしんどくはならない。呼吸さえも苦しく、立っていることができず膝をついた俺にグレイはまた心配そうな声を出す。

「お、おい?!まさか、魔力にあてられたか?」

「………どうだろうな。あいつに、触れられてからずっと、気持ち悪かったが、少し、しんどいだけだ。………石のまま休んでいれば落ち着く、と思う。……またラルクに見つかっても面倒だ。瑠奈が戻るまで、預かっていてくれるか………?」

「お安い御用だ!その前にほら、シュカを食べろ。しきがみに効くかはわからないが、何もしないよりはマシだろう」

 グレイが手を開くと金平糖のようなものが現れた。淡いオレンジ色のそれは短いとげが可愛らしい。

「そういえば、前に瑠奈が、キースにもらっていたな。……万能薬、みたいなもの、とか言っていた………」

「そうだ。俺のは追加効能が鼓舞だからあまり関係ないが、体力回復の効果もちゃんとあるから。あと、甘さ控えめだ」

 その追加効能はどうやって決まっているのか、少し気になるがその問いは声にはならなかった。

 シュカを口に含んでゆっくり砕く。グレイの言ったようにほんのりとした甘さが広がる。さらさらとした粉が舌の上で溶けていく。

 しばらくしたら呼吸はほんの少し楽になったが、体は変わらず重いまま。

「………じゃあ、あとは頼む」

「ああ!」






         ◇






 ヒスイが石へと戻り、落とさないようにしっかりと内ポケットに仕舞って俺は他の魔法使いたちの様子を見に談話室を出た。

 丁度お昼時ということもあり、ほとんどの魔法使いは食堂にいた。

「グレイも今からお昼?」

「ああ、鍛錬の前に腹ごしらえしようかと思ってな」

「なら三人で食べようぜ。食べたら俺も鍛錬に混ぜてくれ」

「もちろんだ。アルブレヒトは腕が立つから相手をしてくれるのは嬉しい。ラピスもどうだ?」

「お、俺は遠慮しておくよ。二人と違って接近戦は得意じゃないから」

 そのままキッチンに飯を取りに行けばキースがいた。ここまではいつも通りだが、今日はイレギュラーな日だ。

 仕立て屋のラルクがキースの後ろに立っている。

 何をするでもなく、ただ立っているだけ。それも超至近距離で、ぴったりと。

「おや、昼食ですね。少々お待ちください」

 キースは気にすることなくキッチン内を動き、ラルクはその背後にぴったりとくっついて一緒に動く。なんだか背後霊のようだ。背後霊なんて見たことないけど。

 三人そろってトレイを持ち、席について開口一番、アルブレヒトの声は戸惑いを含んでいた。

「あれはなんだ?ぴったりくっついて、気味が悪いぞ」

「こ、こら。率直すぎるぞ。もう少しオブラートに……こう、………と、特殊な感じ?」

「それも大概だろ」

 二人の言うことはもっともだ。ヒスイへの態度で十分わかってはいたが、やはり少し変わっている。衣装の確認にしては近すぎる。あれで本当に確認になっているのか疑問だ。

 昼飯を食べ始めて少ししたくらい、ラピスが思い出したように声をあげた。

「そういえば、ヒスイはどうしたの?朝は一緒にいたよね?」

「ああ、いろいろあって今はネックレスに戻って休んでる」

 キッチンに一度目をやってラルクが出てこないことを確認してから石をテーブルに置いた。

 ラルクの言うように、とても美しい。派手な装飾はなく本当にシンプルだが、とても目を惹く、不思議な輝きがある。

「………こいつ、なんか弱ってないか?」

 アルブレヒトがネックレスのヒスイを見つめて呟く。

 見た感じはただの綺麗な石で何も変なところはない。普段と何も変わらなく見える。

 けれどアルブレヒトは違ったようだ。

「よくわかったな。実は食堂に来る前にラルクがずっとヒスイを持っていてな、魔力にあてられたらしくて今は休んでる。俺のシュカをあげたから明日には回復してると思うが、今日はもう出てこれないだろうな。すごくつらそうだったから」

「魔力って、あの仕立て屋の?ヒスイに何か変なことしてなかった?」

「うーん、一度魔力でヒスイを覆っていたがすぐに解いてくれたし、それ以外は特に変なところはなかったと思う。ヒスイ曰く、ラルクが触れてからずっと気持ち悪かったらしいから、その時に魔力を流し込まれていたのかもしれない」

「なんだそれ。そんなことしてどうするんだ。やっぱりあいつは信用ならないな」

 確かに。悪い奴には見えないが、完全に信用することもできない。

 とりあえず、このことも賢者様とアランが帰ってきたら報告しよう。






 昼食を終えて俺たちは三人で訓練場にやってきた。ここも魔法舎の敷地の中にあり、とても広々としていて重宝している。

 魔法舎の裏手に広がる森、その横に訓練場がある。

 ここでは魔法の訓練も行うため、あたりに障害物などは何もない。低めのブロック塀で囲まれ、端の方にベンチがあるだけのただ広い場所だ。

「二人とも、怪我しないようにね」

 ラピスがそのベンチに腰掛ける。参加はしないが見学はするようだ。

「そうだ、ラピス。ヒスイを預かっていてくれ。もしも落としたり傷つけたり、なんてことがあったらまずい」

「わかった」

「グレイ、さっさと始めよう」

「ああ」

 訓練場の中央に立ってアルブレヒトと向かい合う。こいつは戦う時とても楽しそうだ。いや、わくわくしているの方が正しい気もする。

 大きな深紅色の瞳は輝きに満ちて口元にも笑みがある。しばらくすると真剣な顔つきにはなるが、それでもやはりどこかわくわくしているように見える。

 自分の獲物を構え、距離を取り、攻撃のタイミングを窺う。

 ひときわ強い風が俺たちの髪をさらった瞬間、同時に地面を蹴り剣と大鎌を交えた。そうして激しい攻防が繰り広げられていく。

「はあぁぁぁぁ!」

「くっ!」

 カキーン、キュイン、という金属がぶつかり合う音が訓練場に響き渡る。

 それが数十分続いた頃、のんきな声が俺たちの動きを止めた。

「おやおや、こんなところに広々としたスペースがあったなんて」

「あれ、ラルクさん?どうかしましたか?」

 ラピスとラルクが何やら話しており、なぜかラピスが詰め寄られている。俺はアルブレヒトと顔を見合わせた。

 そこで一旦鍛錬を中断し、ラピスの下へ駆け寄った。

「どうかしたか?」

「グレイ、先ほどまでの動き、実に見事でした!衣装も問題ないようですね。……それにしても、お二人とも魔法はお使いにならないのですか?」

「ああ、剣の鍛錬をするときは魔法を使わないようにしているんだ。単純に剣技を磨きたいからな。アルブレヒトは………そういや俺と手合わせするときいつも使わないな」

「俺もグレイと似た感じの理由だ」

 アルブレヒトは言葉少なくそれだけ言った。

 その話を打ち切るようにアルブレヒトは俺たちが疑問に思っていたことへと話題を変えた。

「お前は何しにここに来たんだ?」

「そうでした。サンを探していたんです。そうしたら何やら金属音がしたのでこちらに足を延ばしたらお三方がいらしたんです。とりあえず近くのラピスと話していたらあのネックレスをお持ちになっていたのでまた見せてもらいたくお願いしていたところですね」

 ラピスに目を向ければこちらを窺うように見上げている。

 ヒスイのことがあるからラルクに手渡すべきか悩んでいたのだろう。

「ラピス、ネックレスを」

 ネックレスを受け取り、俺はラルクの目を真正面から見つめた。誠意が伝わるように。

「ネックレスを見せるのは構わない。だが、触らないでくれ。朝にも言った通りこれは賢者様にとってとても大事なものなんだ。彼女がいない今、勝手にべたべたと触らせることはできない」

「ふむ、それほどまで大事なものなんですね。わかりました。………スケッチはしてもよろしいですか?ドレスの微調整の際、絵があった方がやりやすいのですが」

「それは構わないぞ」

 そうしてラルクは俺が持っているネックレスを観察し始め、素早くスケッチしていく。前、横、斜めなどいくつかの角度から描いている。

 数分程度でそれは終わり、ラルクはどこかほくほくとした笑顔だった。

「ありがとうございました!そうだ、サンはどこにいるでしょうか?」

「サンは多分部屋にいると思います。呼んできましょうか?」

「お願いします。そのまま皆さんも談話室へ来てください。他の魔法使いの皆さんにも声をかけていますので」

 そのまま「では後ほど」と言い残して魔法舎へと歩いて行った。

「衣装合わせが終わるってことかな?」

「あいつ、本当に衣装を見ていたのかわからないな」

「まあ、とりあえずサンを呼んで談話室に行こう」

 三人で魔法舎に戻り、ラピスはサンを呼びに行った。




 アルブレヒトと共に先に談話室へと向かえばほとんどの魔法使いが揃っていた。

 全員ラルクに集められたようだ。

「お茶が入りましたので皆さんどうぞ。クッキーも焼きましたよ」

 キースがカップやらソーサーやら浮かせながら優雅な足取りで談話室に足を踏み入れた。男の俺から見ても色気がある彼はつい目を奪われるくらい美しい所作でお茶を入れている。

 丁度サンとラピスも来て、魔法舎にいる魔法使いが揃った。

「これはこれは、ありがとうございます。一息ついたら衣装替えをしましょう」

 その言葉に談笑していた魔法使いも口をつぐみ、妙な静けさが広がった。

 かくいう俺も、少し戸惑っている。

 衣装替え、ということは別の衣装に着替えるという意味だろうか。

「…………あの、衣装替えって元の服に着替えるってことですか?」

「いえ、違う衣装を着ていただきます」

 決定的なその言葉でさらに場が静まり返る。もはや吹雪いていそうなほどに冷たい。

「なあラルク、俺たちはパレードもパーティも今着てる衣装なんだろ?他の衣装っていうのは何なんだ?」

「確かにグレイの言う通りですね。私が今回受けた依頼も、今皆さんが着ている服のことです。なのでここからは個人的なものですね」

「それじゃ説明になってないけど。それとも、お前は僕の機嫌を損ねて殺されたいってこと?」

 やばい、ランスが魔道具のグレイブを持ちそうだ。顔は笑っているが目が笑っていない。むしろすわってる。早急に何とかしなくては魔法舎を壊しかねない。

 ランスは機嫌が悪くなるとすぐに何かしら壊そうとする。そうなると手が付けられなくなることもざらにあるから困りものだ。

「それならお望み通りに殺してあげるよ。焼き殺されたい?串刺しになりたい?ああ、それとも魔法舎の瓦礫に沈められたいのかな?」

「ま、待て待て!魔法舎を壊すのはだめだぞ。お前は前にも一度やらかしてるんだ、忘れたわけじゃないだろう?」

「そんなの知らないよ。癇に障るあいつが悪い」

 横暴だ。まあ、北の魔法使いは自分の好きなようにする奴が多いし、仕方のないことなのかもしれない。北の魔法使いは他の国の魔法使いに比べて力が強い。魔力が高いし、幼いころから魔法を使って生きながらえてきた者が多いのだ。

 北の国は人が生きるには厳しい気候の国。魔法使いが庇護しなければまともに生活ができないなんてことがよくある。

 つまり、北の国では魔法使いが絶対の存在、のようになっている。魔法使いに逆らってはいけない、貢物をして守ってもらわなければいけない。そんな対象として見られる北の魔法使いは、人間から畏怖される。そんな話にさまざまな尾ひれがついた噂となって他国へ入り、北の魔法使いは恐れられ、他の魔法使いも怖い存在なのだという認識が生まれた。

 ランスはずっと北の国で生活していた。詳しいことは知らないが、自分勝手に動くあいつを見ていたら、きっとそういう生き方しか知らないのだろうと思う。

 だが、アランがあいつを魔法騎士団に迎え入れ、賢者の魔法使いとして魔法舎で生活するようになって、少しは周りに合わせるということにも慣れてきたのではと思っていた。いや、実際慣れてきていた。出会ったばかりのころは今よりもツンケンしていたし、人と話すこともほとんどしていなかった。

 けれど、騎士団で過ごし始めてから少しずつ会話は増え、あいつは部下にも結構慕われていた。

 もともと守る場所が違っていたから話す数は少なかったが、ランスが先に賢者の魔法使いになって、会うことも少なくなっていった。

 そして二年前、俺が賢者の魔法使いに選ばれて久しぶりにランスと会った時、本当に驚いたんだ。ツンケンしていたはずのランスがにこやかに他の連中と話していたから。そうして壁を作っていただけかもしれないし、俺の前ではすぐツンケンした感じに戻っていたが。

 とにかく、誰にでも冷たく当たるのではなくなっていた。きっと、人との接し方を覚えたのだろう。

 だが、瑠奈が新しく賢者として魔法舎に来てから、ランスは少し昔に戻ったように感じる。悪い意味ではなく、自然体でいられるようになった、というべきか。

 にこやかな笑顔で壁を作るのではなく、ありのままのランスでいることが増えてきた。そんなあいつを瑠奈は受け入れていたし、他の連中も特に気にする様子はなかった。

 だからこそ、油断していた。

 ランスは、北の魔法使いらしく血の気が多いことを、忘れていた。

「とりあえず落ち着け。ラルクにも何か理由があるんだろう。すぐ殺そうとするのはよせ」

「邪魔だよグレイ。こいつは信用できない。いつ賢者様に害を為すかわからない。それとも、先にお前が殺されたい?」

「その時はその時だ。今決めることじゃない」

「僕、見てたんだよね。こいつがあのネックレスに魔力を流してたの。賢者様の大事なものなのに、変なことをしようとしてたんだよ?グレイも見てたでしょ、目の前で」

 あの時部屋にはいなかったのに。あれを見ていたのか。

 守ると決めたものは何が何でも守り抜こうとする。そんなランスの姿勢は尊敬する。そして瑠奈とヒスイもその対象に入っている。

 だからあんなことをしたラルクを不審に思っているのだろう。その考えは理解できる。

「だが、それとこれとは別だ。賢者様に害を為すかもしれないとして、それは決まったことではないし、何の確証もない。それに今は、俺たちにパレードの衣装とは別のものを着てみてほしい、という提案をされているだけで何も危険はないだろ?」

「…………」

 その言葉を聞いてほんの少し落ち着いたのか、ランスはむき出していた敵意をほんの少しおさめた。

「ラルク、個人的にということだが、なぜ依頼とは別の衣装まで着てほしい、というか持ってきているんだ?」

「単純なことです。これから先、あなたたち賢者の魔法使いに降り注ぐであろう多くの危険に備えてですよ」

「き、危険って、なんのことですか?」

 不安そうに聞き返したのはラピスだった。

 確かに、月守との戦いのことを指しているのならば危険なんて毎年のことだ。

 にもかかわらず、まるでそれ以外にも危険があるような口ぶりが気になる。

「北の大地を管理していらっしゃるルイ様には及びませんが、私の予言もまあまあ外れないんですよ。大体が漠然としたものですが、危険を回避するには問題がない程度かと」

「回りくどいぞ。さっさと中身を言えよ」

 少しイライラしたようにアルブレヒトが口早に言った。

「これは失礼。簡潔に言いますと、賢者様が月守に攫われます。そこに至るまでの過程でも、攫われた後も、皆さんがひどく傷つく未来が見えました。普段の月守との戦いとは全く異なる危険さかと思いましたので、今回は耐久性に優れた生地で皆さんの服を作って贈ろうかと思ったのです」

 俺達のために、ということか。だが、なぜそこまでする必要があるんだろうか。

 別に昔からの知り合いではないし、賢者が再びこの世界に召喚されて魔法使いを集めたのだって六年前。数百年の間起きなかった争いが再発し、月守が襲来した後だ。

 アランが言うに、ラルクはずっと西の国で店を構え、ついこの間中央の国に新しい店を開いたらしい。つまり、賢者の魔法使いとも賢者様とも何もつながりがない。個人的な付き合いがある可能性も考えたが、他のやつらの反応を見るにそれもなさそうだ。

「なあラルク。なぜそこまでするんだ?お前は別に賢者の魔法使いじゃない。ここにいる奴らと昔からの知り合いというわけでもなさそうだ。俺たちが危険にさらされることを案じてくれることは嬉しいが、わざわざそこまでする理由が見つからないんだが……」

「そうですね………。ルイ様はご存じなのですが、僕は賢者様専属の仕立て屋だったのです。月の女神だったディアナ様が地上との交流を取る前、あの時は月守の力も強く毎年凄まじい戦闘がありました。石になるものも多く、代替わりが激しかった時代でもあり、賢者様はひどくお心を痛めておりました。だから魔法使いたちを少しでも守るために当時の賢者様が私に依頼してくださったのです。『争いがなくなるその日まで、賢者の魔法使いに頑丈な服を作ってほしい』と。当時から賢者の魔法使いに選ばれていたルイ様とはその時知り合い、この魔法舎にも何度も足を運んでおりました」

 今とは比べ物にならないほどの戦闘が繰り広げられていたというのは学校でも習った。そんな争いを無くすべく、月の女神が交流を取ろうと地上に降りてきたことも。

 その時のつながりがあるから今回のようなことを言い出したのだろう。

「あの時の賢者様のことはあまり覚えていませんが、彼に頼まれて服を作りそれを渡したときの顔だけは、鮮明に覚えています。とても、嬉しそうにして、同時に泣きそうな顔をしていました。『戦ってほしくないのに、戦わせることしかできない。そんな彼らにしてあげられることはこれくらい。賢者の力を使っても守りきれなくて、そんな役立たずの僕を守るために石になって、どうしようもなく苦しい』。そうおっしゃった賢者様の顔が今回の依頼を聞いて頭によぎったのです。一度争いがなくなり、依頼も完了したことになりました。ですが今の賢者様に同じ思いをしてほしくないので、依頼ではなく個人的に服を贈ろうと思った次第です。魔法使いは、賢者の魔法使いでなくても賢者様を大事に思うのでしょうね。………まあ、僕の勝手な思いかもしれませんが」

 戦ってほしくない、か。前の賢者様も同じことを言っていた。月守との戦いが近づいた頃、窓から月を眺めて悲しそうにしていたような気がする。

 戦って、怪我をする俺たちを見たくなかったのだと思う。ただ、瑠奈もそうだが前の賢者様は不思議な力を持っていた。

 最初はその力を使って一緒になって前線に出ようとしていたらしい。俺が選ばれたときは後方からの援護に徹していたが、それでもやはり守られるというより一緒に戦うという感じだった。

 自分だけが守られて無事というのが嫌なんだと聞いた。

 瑠奈も、守られるだけは嫌だ、力になりたいと言っていた。

 数百年以上も前の賢者様がどんなだったのかはわからないが、今の話を聞く限り一緒に戦うということはなかったのだろう。前の賢者様や瑠奈のような力を持った賢者様がいたことはないとルイ様から聞いているし、ラルクに依頼をした当時の賢者様はそんな自分が許せなかったのかもしれない。ただ傷つく魔法使いを見ていたくなかったから、わざわざ頑丈な服を頼んだのだ。

「………そう、だったのか。瑠奈のことを想ってくれてありがとう。瑠奈は、俺たちの力になりたいと言ってる。守られるだけは嫌だって。だからきっと、どんなに危険があっても、逃げずに俺たちと一緒にいる気がするんだ。………だから、頑丈な服を作るなら瑠奈の分も頼む。こんなこと、俺が勝手に言うべきではないんだが、どうか………頼む」

 心を込めて、頭を下げる。俺の気持ちが伝わるように。

 すると頭上から「おやおや」というあまりにも暢気すぎる声が聞こえた。

「頭をあげて、グレイ。そんなに必死にならなくてもいいのですよ」

「え?」

「元来、賢者様は戦いに参戦するものではありません。ですが、一つ前の賢者様は皆さんと共に戦っていたとルイ様からお聞きしています。そして、今の賢者様も、皆さんと共に戦っている未来が見えました。なのでもともと賢者様の分もお作りしようと思っていました」

 そう話すラルクの表情はとても優しい。けれどどこか悲しそうにも見える。

 ラルクは賢者様に傷ついてほしくないと言っていた。なのに俺たちと一緒に戦う未来を見てしまえば、そんなことは言っていられないと察したのだろう。

「私は賢者の魔法使いではありません。月守との戦いに参加するには黒桔梗の紋が必要なので、共に戦いたくても戦えません。ならば危険から守るための服を作るしか出来ないのです。…………僕の服を、受け取っていただけますか?」

 しばらく談話室は静まり返っていた。誰もが、どう言葉をかければいいのか迷っていた。

 そんな静寂を破ったのは以外にもランスだ。

「ふん、どうせいらないって言っても渡してくる気だろ。なら聞くな」

 ぶっきらぼう過ぎる言葉だが、ラルクは花が開くような笑顔を見せた。

「ありがとう、ランスロット!ではさっそく試着をお願いします!セトルーク・グリード!」

 そうして、二回目の試着会が始まった。




 一着目、二着目、三着目。

 次から次へと服が変わり、そのたびにラルクは一人ずつチェックをする。

 これを付けた方がもっといい、ここはもう少し詰めた方がいい、そんなことを確認しながら服をあてがっていく。

 それはもう、とてもイキイキとして。

「ちょっと、ベタベタ鬱陶しいんだけど。チェックぐらいもう少し離れててもできるよね?」

 ランスが限界を迎えたようで小さく抗議した。しかし、講義された本人は何食わぬ顔で作業を続けている。

「こうやって実際に触った方がわかるのです。それに、皆さん本当に見目が麗しいのでどうにも追求したくなってしまうんですよね。なので我慢してください」

 ランスは額に青筋を浮かべている。

 あれは相当きてるな。

 いつ爆発してもおかしくないようなイラつきレベルだと察せられるが、誰がどう言っても変わらないのだからどうしようもない。

 そんなこんなでもう何着目かもわからなくなった頃、ようやく試着が終わった。

 気づけばそろそろアランと瑠奈が返ってくる時間だ。

「では皆さん、本日はこれで終了です。お疲れさまでした」

 手短に挨拶をしてラルクは帰っていった。本当に嵐みたいだった。

 突然やってきて、目まぐるしい試着。何だかどっと疲れた。

 そういえば、ラルクはルイ様と知り合いだったんだよな。昔話をしてくれた時もそんな事は一言も言っていなかった気がするが。

 とりあえず、やっと落ち着けた。

 しばらくの間動けずにいると、玄関の方から物音がした。

 足音が少しずつ近づき、談話室のドアが開く。

「ああ、賢者様にアラン、おかえり」

「ただ今戻りました。あの、何かあったんですか?みなさん疲れているようですけど……」

 少し心配そうな顔でそう問いかけてくる。こいつだって慣れない会議で疲れているだろうに俺達を気にかけてくれる。本当に優しい人だ。

 どうか、賢者様が傷つきませんように。願わくば、彼女がずっと笑っていられますように。

 そんなことを考えながら、今日起きたことをだいぶかいつまんで二人に話した。

 詳しい報告はまた後日しよう。

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