第四話 北の祝祭(下)

 出発まで各々好きなように過ごし、お昼を魔法舎で済ませてから北の国へ向かった。

 メンバーは北、中央、東の魔法使いたち六人。妖精たちの祝祭を行うためにはその国の気質に合った魔法使いが必要になる。

 北の国の気質を象徴するものは強さと矜持。だから北の魔法使いの他には正義感が強く向上心のある中央の魔法使い、優しさの中に確かな意思とプライドを持った東の魔法使い。彼らが今回の祝祭に最もふさわしいとなったのだ。もちろんどの国の魔法使いもそれぞれの強さとプライドがあるが、北の国に一番近いのはと考えた時、中央と東だろうとなったのだ。それに加えてアメリの口添えもあった。

『僕と相性のいい精霊は中央と東の精霊なんだ。だから祝祭をするときも中央と東の魔法使いたちが一番いいかもしれない』

 精霊たちにも相性というものがあるようで、それが国ごとの相性にもつながるようだ。

 今回は塔を経由するのではなくランスの空間転移魔法を使うらしい。シンプルなドアをくぐれば瞬間移動のようにあっという間に目的地へ着けるのだという。まるで某国民的アニメの秘密道具………

 それならウドリアの森までも魔法で行けばよかったのではと疑問に思って聞けば、ランスはあからさまに不機嫌になってしまった。

「………僕の空間転移魔法は場所がはっきりしている所にしか繋げないんだよ。文句ある?」

「いえ、文句はないです………」

 今は甘いものを持ち合わせていない。これ以上機嫌を損ねてしまえば何をされるか分かったものじゃない。おとなしくしていた方が身のためだ。

 祝祭メンバーと共に魔法舎の玄関に集まり、ランスが出してくれた扉をくぐれば目の前は一面の銀世界だった。

 美しい白の世界、だったらよかったものの現実はそうではない。目の前に広がる光景は異様なものだ。

 立派な神殿の周りには黒い瘴気のようなものが漂い、近くの木々を黒く枯らしている。私たち以外に生物の気配はなくただ静寂が広がっていた。

 雪に囲まれているということもあり気温は低い。私たちが吐く息は真冬の白さをしている。けれども私は全く寒さを感じない。

「すごいですね。守護の魔法がこんな風にも使えるなんて。おかげで凍えずに済みそうです。ありがとうございます、ルイ」

「こうしなければ人間はすぐ死んでしまうからの。何でもないことじゃ」

「にしても、ひどいな。空気は淀んでるし混沌が広がってる。早く浄化を始めないとまずくないか?」

『まずは着替えて、神殿の周りを浄化して。そうしたら神殿内に入れるようになるはず』

 アルブレヒトの言葉の後、アメリが出てきた。有無を言わせず小さな腕を振って私たちに魔法をかけた。

 見る見るうちに全員の装いが華やかになる。紫を基調にした服装で、それぞれ少しずつ違うがお揃いの衣装になっている。なんだか執事喫茶で働いていそうな感じだ。もちろん私も例外なく衣装チェンジされ、華やかさがあるがとても動きやすい。執事の仲間入りをしたみたいな感じだし、こういったかっこいい服はあまり着たことがないため少しテンションが上がる。

「うお、なんだ?」

「服が………。精霊の仕業ですか?」

「アメリ、着替える必要ってあるんですか?」

『儀式には然るべき服装っていうのがあるでしょ?ディアナも同じように浄化してたから、真似てみた。僕が先導するから、浄化薬を撒いて!』

 なるほど。確かに儀式にはそれに合った服装をすることが多い。朗らかに笑いながらアメリは神殿の上空へと飛んで行った。

「この服は儀式に即した服装なんだそうです。アメリが先導してくれるようなので、これを撒いてもらってもいいですか?」

 六つに分けた浄化薬をそれぞれ魔法使いたちに渡し、彼らが上空へ上がるのをただ見つめていた。彼らはアメリの姿は見えないし、声だって聞こえない。けれど、姿が見えずとも光として視認することはできるらしい。

 アメリを追いかけるかのように空へと上がっている。

 私にできることは浄化できるように祈るだけ。どうか成功しますようにと、硬く手を握って目を瞑る。

 強く祈れば体の底から力が湧き上がってくるような気配がある。心なしか下から風も感じて服やら髪やらがふわふわ浮いているような気もする。

 祈れば祈るほど力は湧いてきて、それに応えるみたいにヒスイも熱を持ち始めた。首元がほのかに熱くなってきたのだ。

 浄化を見届けるためにも私はゆっくりと瞼を持ち上げた。

 するとどうしたことか、私の周りが光っている。下から感じた風も勘違いではなく本当で、服やら髪やらをふわふわと浮かせているのだ。

「え。なに、これ」

 突然の出来事に頭は追い付かないが、きっとこれも賢者の力なのだろう。強い想いによって賢者の力は発揮されるとルイが言っていたことを思い出し、驚きを何とか沈めて上空に目線をあげる。

 神殿を取り囲むように魔法使いたちが飛び、その中心にアメリがいる。

 そのアメリが纏う光が強くなった時、彼らは同時に呪文を唱えた。

 持っていた瓶から浄化薬が飛び出し、雨のように神殿に降り注がれる。

 陽光を反射したそれはひどく神秘的で目が奪われた。雲一つない晴天の中、浄化薬の雨が煌めく様はおとぎ話にでも出てきそうな光景だ。

 神殿の周りに立ち込めていた瘴気のようなものは消えて、神聖な空気があたりを満たしていく。

「みなさん、お疲れ様です!おそらく浄化はこれで大丈夫だと思うので、神殿内に入りましょう」

 ゆっくりと降りてきた彼らと共に神殿内へ向かう途中、あたりの木々たちが目に入る。浄化はうまくいったと思うのだが、木々たちは相変わらず枯れているままだ。

『瑠奈、木々たちの穢れを浄化できる?』

「うーん。うまくいくかはわかりませんが、やるだけやってみましょう」

 ヒスイに出てきてもらい弓矢の準備を始めると少し焦ったようなアメリの声がした。

『あ、待って!矢は使わないで!木に傷はつけたくないんだ』

「だが、矢を介して出なければ破邪の力を使えないぞ?」

『さっき、瑠奈は祈りで月の力を開放させてたでしょ?あれと同じ感じで木に触れれば浄化できるはず。月の女神の持つ月の力は魔法を使うだけじゃなくて浄化がメインなんだ』

 さっきというのは、あの不思議な光のことだろうか。賢者の力だと思っていたが、あれが月の力?

 何だか信じられないが、とりあえずはアメリの言うようにやってみよう。

 近くにあった木に手をつき、先ほどと同様に祈りを込める。綺麗になるように、美しい緑が戻るように。そのことだけに意識を集中させてしばらく、また体の底から力が湧いてくる気配がする。自分の体から淡い光がにじみ、それが木へと流れている。

 黒くなっていた木は少しずつ元の色を取り戻し、白っぽい色の幹と綺麗な若草色の葉を茂らせた。

『やったぁ!成功だよ!ありがとう、瑠奈!』

「でも、まだまだあるね。…………どうにかしていっぺんにできないかな」

 少し思考を巡らせていると横からヒスイが正面に回ってきた。

 あまりにも突然だったために少々驚いてしまう。

「こういう時こそ術札を使うべきだ。その月の力を札に宿らせて、それを黒い木に張り付ければいい。うまくいくかは分からないが、可能性は十分にあるだろう」

 数枚の札を取り出しながらそんな提案をするヒスイを私はただ見つめるしかできなかった。

 どうしてこんなにもすらすらとアイデアが出せるのか。ヒスイの頭の柔らかさには本当に驚かされる。

 通常、術札はそんな風な使い方をしない。私の弓矢を入れていたように持ち運びで使ったり、結界術の媒介に使ったり、火やら水やら雷やら、何かしらの元素を操るために用いたり、基本はそういう使い道だ。決して自らの霊力を蓄えさせることには使われない。

 今回の力も同じだ。月の力なんて未知のものを札に注ぎ込むなんてしたことがないし聞いたこともない。

 けれどためらっているよりも挑戦した方がいいだろうとは思う。こういうことは思い切りが大事だ。

「よし、やってみよう!」

 たくさんの術札に月の力を込めていく。破邪の力と同様で少しずつ体は重くなっていくが、まだ耐えられないほどではない。

 月の力が込められた術札は月のような黄金色の光を帯びている。それらを黒く染まってしまった木に付けていく。

 しかしそれだけでは何も変化がなかった。力を込めた札を付けたところでそれが効果を発揮しないのでは意味がないのだ。

 札はあくまで月の力を木に流すための装置で、それを動かすためには私が月の力を制御しなくてはいけないのかもしれない。

「……綺麗に、元の姿に、戻って」

 両手を胸の前で組んでぎゅっと目を瞑る。月の力がどういうものかはわからないが、今はとにかく手探りでもいいから操れるように。

 札に宿した月の力を木に流し込む。植物に水を与えるような感覚で、意識を集中させて力の気配を辿っていく。

 一本ずつ、丁寧に、月の力を送るのはなかなか難しい。本当にうまくできているのかもわからない。それでも、集中を途切れさせないように意識を張り巡らせる。

 そうしてすべての札の力を木に流し終え、組んでいた手をほどき、ゆっくりと瞼を押し上げた。

 目の前に広がっているのは先ほどまでの黒い木々ではなく、立派な緑だった。

「せ、成功したぁ………」

 その事実に安堵が体中をめぐり体から一気に力が抜けていく。

 あの時と同じだ。浄化薬を作り終えた時と。今回は賢者の力は使っていないが、代わりに使い慣れていない月の力を使った。それも手探りな制御で。

 おかげで私の体は言うことを聞かず、やがて来る転倒の痛みと雪の冷たさを覚悟した。

 けれどやってきたのは逞しい腕の感触だった。

「おっと、大丈夫か?」

「あれ?グレイ、ありがとうございます。みなさん中に入ったものとばかり思ってました」

 魔法使いのみんなは先に神殿に入ったのだと思っていたが、どうやら浄化が終わるのを待っていてくれたらしい。おかげで私は倒れずに済んだし、ありがたい。

「瑠奈!平気か?少し休んだ方がいいんじゃないか?」

「……ううん、大丈夫。早く祝祭をしないと。魔力汚染はもう大丈夫にしても、ここに妖精たちの姿がないの。急がないと」

 言うことの聞かない体を必死に動かしてグレイの腕から出るが、またすぐにふらついてしまった。

 それをヒスイに支えられ心配そうな顔を向けられる。

「やはり動くのがつらいんだろう?」

「でも………」

 それでも立とうとする私をヒスイは腕の中に閉じ込めて、ぐっと体を持ち上げられる。膝の裏と背中に手を当て抱えられた状態でヒスイがすたすたと神殿に向かって歩み始めた。いわゆるお姫様抱っこだ。

「ヒ、ヒスイ?!別に抱えられなくても平気だよ!恥ずかしいし、降ろして!」

「駄目だ。瑠奈はすぐに無理をする。ろくに歩けもしないんだからおとなしく俺に抱えられていろ。……おい精霊。祝祭をするときに瑠奈に負担がかかることはあるか?」

『えっと、負担になるかは分からないけど。………この場所の魔力を安定させるために祈りを捧げてもらうかな。魔力が安定すれば妖精たちにも力が戻るはずだよ』

「私は祈りを捧げるだけみたいだよ。そんな疲れることじゃないだろうし、安心して?」

 そうは言っても心配性なヒスイは眉間にしわを寄せたままだ。

 そんな彼と魔法使いたちと共に厳かな神殿内へと足を踏み入れた。





 内部はとても広く、中央にある祭壇が目を惹く。側面に窓はなく、祭壇の部分に光が入るよう天窓が設置されている。全て石でできている神殿の中心にだけ光が入り、とても神秘的な空気が漂っている。

 長らく人が足を踏み入れていなかったようで埃っぽさがあり、それらの粒子が光に反射して美しい。

 既に陽が傾いていた時間だったために天窓から入ってくる光はだいぶ絞られているがかすかなオレンジだ。

『瑠奈は祭壇のところにいて。他の魔法使いたちはそれぞれ柱に向かって魔力を注いでほしい。イメージは柱から祭壇に魔力を満ちさせる感じかな』

 内部を見渡していた彼らにアメリの言葉を伝えれば、みんなしっかりと頷いてすぐに動き出した。

 柱は全部で六本。魔法使いの数と同じだ。

 全員が配置に着いたのを確認して私も祭壇の真ん中で膝をつき硬く手を結ぶ。

 それを合図に彼らの声が神殿内に染み渡る。

「ヴォクニクスニア」

 まずはルイ。柱から祭壇へ冷たいものが流れ込んでくるのを感じる。だが、冷たいだけではない。彼が確かに持っている温かいものも感じ取れる。

「メニシス・カルディス」

 これはアランだ。軽やかに、けれど凛としたその声は耳に心地よい。柔らかく体を包み込んでくれるような包容力のあるものを感じる。

「ピュアボラム・フィリーアクア」

「ラクス・リヴェラータム」

 続いてアルブレヒトとラピス。二人とも芯のある声をしている。彼らが持つ温かい感情が流れてくる。

「グラディース・カストディア」

 グレイはやっぱり真っ直ぐだ。その声も、流れてくる魔力も、一本の筋があるような気がする。どこまでも真っ直ぐで、誠実。

「フェリクス・アスク」

 最後はランス。どこかそっけない声をしていたが、魔力は優しい。天邪鬼な彼らしいと思った。

 六人全員の魔力が祭壇に集まれば次は私の番だ。瞼を閉じて祈りを捧げる。といっても、いったい何を祈ればいいのか。

『瑠奈……。魔力を合わせて……。ぎゅっと凝縮させるんだ……』

 アメリの声が頭に響いた。

 魔力を凝縮させる。自分のものではない魔力を操ることは難しい。私にそれができるのかもわからない。けれど、私は一人じゃない。周りには頼もしい魔法使いたちがいるし、ヒスイもネックレスとなり私のすぐ側にいる。不安はあれど恐怖はない。

 私ならできると信じてくれるみんなの想いを無駄にしないよう、意識を集中させる。

 温かくて、冷たくて。けれど優しく包み込んでくれる、力強く真っ直ぐなそれらを一つに合わせていく。

 どれだけの時間が流れたのかわからないが、だいぶ長い時間祭壇で祈りを捧げていた気がする。そんな時、またアメリの声が頭に響いた。

『お疲れ様。あとは僕に任せて』

 その言葉につられて瞼をあげれば目の前にオカリナのようなものを持ったアメリがいる。

 私ににっこり微笑みを向けて天窓の方へと浮かび、ゆったりとしたメロディを奏で始めた。

 この雄大な北の大地に溶けていくような音色はとても美しい。

 天窓から降り注いでいたオレンジはなりを潜め、今は淡い月明りのみだ。それがさらにアメリの神秘さと幻想さを際立たせている。

「これは、姿は見えませんが精霊が奏でているんでしょうか?美しい音色ですね」

「はい……。本当に」

 祭壇へと集まってきた魔法使いと共にアメリを見上げていたが、曲が進むにつれて神殿内が光を帯び始めた。

 私たちがいる祭殿も、魔力を注いだ柱も、それ以外の壁や床も、月光に負けない光を放っている。その光からは彼らの魔力を感じた。温かいけれど冷たくて。けれど優しいそれが神殿に染み渡っているようだ。

「あ。もしかして、あれは………」

 私の視線の先にはゆったりと揺れている光。それが少しずつ形を成していく。それらは次々と神殿の中に現れていった。

 そのうちのひとつが私の前に来てゆっくりと手を取る。

 その時、初めてしっかりとした形に変わった。小学生くらいの女の子が白いワンピースを揺らして私に微笑みかけている。

 そこに別の光がやってきてもう一方の手を取れば、今度は小学生くらいの男の子になった。女の子と同じ白い服で私に微笑みかけている。

「え?え?」

 そのまま二人は私の手を引いて祭壇を降り、クルクルと回り始めた。手を握られているから私も彼らと一緒に回る。

 何をしているのかわからないが、二人の子供はとても楽しそうにアメリの演奏に合わせて回っている。

 おそらく、この子たちが妖精なのだろう。アメリの大事な友達で、家族。そんな子たちが私と手を繋いで、回って、笑ってる。

 その事実がとても嬉しくて、気づけば困惑はどこかへ吹き飛び私も笑っていた。

 私の手を引いている子たち以外の光も形を成して魔法使いたちの手を取りそれぞれ踊ったり回ったりしていた。

「何こいつたち、すごく馴れ馴れしいんだけど」

「まぁまぁそう言わず。こいつらが妖精なんだろう?」

「そうじゃ。浄化した土地で、我らの魔力を精霊が増幅させて神殿内に満たしたことで大地の魔力も濃くなったのじゃろう。その結果、我らにも妖精の姿が見えるというわけじゃ」

「妖精はこんな小さな子供の姿をしているのか」

「こらアル!こんななんて言ったらダメだろ」

「アルブレヒトが驚くのも無理はない。私も初めて妖精を見た時は驚いた。妖精を題材にした御伽噺では大人と同じ大きさで出てくることが多いからな」

 みんなそれぞれ戸惑いつつも妖精たちと楽しそうにしている。

 いつの間にかアメリも下に降りてきて妖精たちとセッションしている。アメリの音だけだった曲に複数の音色が加わることでさらに深い音になっていく。

 曲が終わるころには神殿内に溢れていた光はおさまり、天窓からの月光のみに戻っていた。

『瑠奈、ありがとう!みんなを助けてくれて、本当にありがとう!』

「そんな。一番頑張ってくれたのは魔法使いの彼らですよ」

 今日の功労者である彼らを振り返り、頭を下げる。

「みなさん、お疲れさまでした。妖精たちを助けてくれて、ありがとうございます。アメリ、北の精霊もとても感謝しています」

「妖精たちは魔法使いにとってなくてはならぬ存在じゃ。良き隣人というところかの。じゃから助けるのは当然じゃよ」

「ルイ様の言う通りです。また何かあれば私たちに言ってください。力になります!」

 頼もしい彼らの言葉にアメリははにかみ、また『ありがとう』とこぼした。

『あ、そうだ。瑠奈に助けてって言いに行く前に他の精霊たちのところにも行ったんだけど、みんないなかったんだ。ここみたいに汚染はしていなかったけど、大地を守る元始の精霊がいなければその国の魔力が少しずつ狂っちゃうんだ。だから、他の精霊たちを探すのをお願いしてもいい?もちろん僕も探す!』

 北だけでなく他の国の精霊もいなくなっているだなんて。いったいどうして。なんて、少し考えればわかることだった。

「それは、月守との戦いが、原因でしょうか?」

『断言はできないけど、たぶんそう。実際、僕は誰かに操られてた感じだし。タイミング的にも月守が何かしてきた可能性は高いかな。ディアナがいた時は友好的だったし、僕も他の精霊たちもディアナが好きだったけど。………死んじゃってからは縁が切れてたから、どうしてこんなことをするのかわからないんだ』

 彼らをこんな目に合わせているなんて、ひどすぎる。カエルムたち月守は地上を支配しようとしているとルイは言っていたけれど、何のためにそんなことをしようとしているのか。考えたって答えは出ない。

 それに、今はそんな月守の側に瑠輝がいる。たとえ兄でも許せない。誰かを傷つけるのを嫌っていたのに、こんなことをするなんて。絶対に止めないと。

 そんな風に思いながら気づけばネックレスを硬く握りしめていた。

「賢者様、どうした?何か気になることでもあるのか?」

 はっとして顔をあげれば心配そうな顔したグレイが近くに来ていた。その後ろにいるみんなも同じく心配の色が顔に浮かんでいる。

「あ、心配させてしまってすみません。他の国の精霊たちもいなくなっているみたいなので、早く見つけてあげないとと思って」

 魔法使いたちはそれを聞いて表情をこわばらせたが、この神殿のように汚染されているわけではないということを伝えれば少し安堵したようだった。

 どこを探すとかどうやって探すとか、諸々のことはまた後日改めて考えるとして、私たちは一度魔法舎に戻ることにした。

「では、アメリ。妖精たちのことをよろしくお願いしますね。きっとまだ完全復活とまではいってないでしょうし、アメリ自身もゆっくり休んでください」

『うん!みんなの様子もまた伝えに行くね!』

 来た時と同じようにランスの空間転移魔法で開いたドアをくぐり抜ければ、見慣れた魔法舎の玄関ロビーに出た。

 戻って来たんだという少しの安心感を覚え、いつの間にかここが、今の私の帰るべき場所になっているのだと感じた。





 一度荷物を部屋に置いてから食堂へ向かうといい匂いが部屋を満たしていた。

「ああ、賢者様。おかえりなさいませ。すぐにお食事をお持ちしますのでお席でお待ちになってください」

「はい!ありがとうございます!」

 ヒスイも出てきて一緒に席に着くとほどなくしてキースが料理を運んできてくれた。

 何だかいつもよりも豪華な気がする。

「お待たせしました。本日は鹿肉のソテーです。副菜にはクラリストマトのカプレーゼ、それから根菜スープです。賢者様の初の大仕事でしたので、少し奮発してしまいました」

「うわぁ、すごいですね。なんだかお料理が輝いて見えます!いただきます!」

 ヒスイと共に手を合わせてメインを一口。

 鹿肉は初めて食べたが、こんなにも柔らかくてとろけるなんて。しかもかかっているこのソース。ほんのり甘酸っぱくて、お肉に絡んでたまらなくおいしい。

 噛めば噛むほどお肉の味も出てくるし、最高過ぎて頬が落ちそうだ。これならいくらでも入ってしまう。

 カプレーゼもまた最高だ。トマトの酸味と間に入っているチーズのほのかな甘み、バジルっぽい葉の苦みがいい感じにマッチしている。この爽やかさがソテーの肉々しさを抑えてくれている。

 根菜スープには私の好きな人参がたくさん入っていた。キースは度々私の好きなものを出してくれる。今回は昨夜と同様にホッと温まるスープにしてくれた。

 仕事をして、家に帰ってきて、温かいご飯をみんなで食べて。胸の内からぽかぽかとしてくる。幸せというのはこういう感情を言うのだろう。自然と頬が緩んでしまう。

「ふふっ。お口に合ったようでよかったです。食後にはリラックス効果のあるハーブティーをお持ちしますね」

「何から何までありがとうございます」

「いえいえ。ああ、それとこちらをどうぞ。今日買い出しに出た時に見つけたのですが、賢者様に似合うと思ってつい買ってしまいました。貴女はあまり髪を結わないので使い道がないかもしれませんが、どうか受け取っていただけますか?」

 テーブルに置かれたのは綺麗にラッピングされた小さな袋だ。

「え、ありがとうございます!なんだろう、開けてもいいですか?」

 キースが頷いたのを確認してから開ければ触り心地のよさそうな布が見えた。

 上品な赤色の生地で金糸の縁取りが施されたリボンだ。しかも二本入っている。

「うわぁ綺麗ですね!なんだか高価そうですが、本当にもらってしまっていいんですか?」

「もらっていただけないとそのリボンが可哀そうですし、ぜひ」

「キースも髪長いですし、赤色似合いそうなのに」

「ん?」

 思わず本音を言えば微妙に圧のある笑顔で小首をかしげられた。

 これは、話を切った方がいいやつかもしれない。

「え、えっと、じゃあありがたくいただきますね!これを使う時は真っ先にキースに見せます!」

 笑顔でそう言えば、彼には珍しい、ほんの少し驚いたような面持ちをした。それはすぐに艶やかな微笑に隠されてしまったけれど。

「おやおや、可愛らしいお方。楽しみにしていますね」

 それからもキースのおいしいご飯に舌鼓を打ちつつ、食堂にいる魔法使いたちと楽しく談笑しながら食事を続け、食後のハーブティーで癒されて、満たされた状態で就寝準備を終えてベッドに潜り込んだ。

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