第二話(裏) 月の賢者

 瑠奈が魔法舎へ向かっている様子を、僕は大きな水鏡から覗いていた。

「瑠奈、もうすぐ会えるよ」

 どこからともなく緩やかな風が吹き、白縹しろはなだ色の髪を揺らす。

 双子だというのに、僕と瑠奈はあまり似ていない。顔立ちは少し似ていると思うが、髪と瞳の色は全く違う。瑠奈は綺麗な茶色い髪に濃紺の瞳をしている。スタイルもよくて、キメ細かい肌で、可愛いと綺麗を兼ね備えた美人だ。

 そして僕も、自分でいうのもあれだが美形の部類に入る。二人そろって学校では注目を集めていたし、告白されることも珍しくなかった。

 だが、瑠奈のような髪も、瞳も、僕は持っていない。

 若干の青が混じった白い髪、白銀の瞳。それはさながら異国の人間のような風貌だ。だからこそ、瑠奈はただただ可愛い上に性格良し、頭脳も良しということでモテて、僕はこの淡い見た目がきっかけでモテて、というような感じだった。

 別にモテたい願望なんてなかったし、誰かと付き合いたいとも思わなかったためにいくら好かれても困るだけだったが。

 そんなことを考えていると、部屋に高らかな靴音が響き渡った。

「瑠輝様、ただ今戻りました」

「カエルム、だいぶヒスイを怒らせたようだったけど、何を言ったの?」

「何、と申されましても。私はただ瑠輝様をこちらにお連れしたのは私だと伝えただけですよ」

 腰よりも長い白銀の髪を高い位置で結っている彼はにこやかに微笑んで小首をかしげている。

 水鏡からは様子を窺えても声は聞こえない。そのため彼が瑠奈たちと何を話したのかは分からなかった。

 それでも、ある程度は予想できていたが。

 僕はため息をついて緩く首を振る。

「そんなことだろうと思ったよ。そんな言い方じゃ怒るのは当然だ。何しろ急に連れて来られたんだから。せっかく僕らの誕生日を祝っていたのに。……僕はあの時のことを今でも許してはいないからね」

 恨みがましく目を細めても、彼は肩をすくめるだけだった。どこまでも食えない男だ。

「仕方がなっかたと何度も言いましたよね?二人同時にお連れしたくても出来なかったと。月の魔力にも限界があるのです。ディアナが死んでから、月の魔力は不安定になりました。導く存在がいなければ魔力は保てないのです」

「わかってる。だから生まれ変わりの僕が必要だっていうのも、理解している。最初はなんで僕なんだって思ったし、今も少し思っているけど。……この髪と瞳、僕の持つ力が女神の生まれ変わりを証明しているんだろう?」

 月の女神、ディアナ。彼女と同じ髪と瞳を持ち、彼女の力の一部を僕は持っているのだという。

 僕の両親はこんな色はしていなかったし、先祖にもいなかったと聞いている。だから僕がこんな風貌で生まれてきたことに誰もが驚いていた。何かの病気か、呪いにでもかかったのか、そんな風に言われてきた。

 けれどここに来て、カエルムの記憶にあるディアナを見せてもらった時、本当に同じ色をしていて驚いたのだ。それに、彼女の纏う雰囲気がとても瑠奈に似ていた。

 生まれ変わり云々は置いておいて、何かしらのつながりはありそうだなと思った。

 それに加えて僕らの力だ。ディアナが持っていた浄化の力を僕たちは持っている。

 瑠奈が扱う破邪の力もそうだし、人よりも見る力が強いのもそうだ。僕は見る力がなく、浄化することしかできない。もとの世界でもそうだった。瑠奈は霊力がほとんどなかったが、代わりに僕は強い霊力を持っていた。それと引き換えに見る力は瑠奈が持っていたのだ。

 だが、瑠奈にはそれだけじゃない。の力も、持っている。本人は知らないけれど、確かに強力な力を。

 瑠奈が家を抜け出して僕を迎えに来た時、運悪く凶暴な怨霊と遭遇していた。僕が助ける間もなく、瑠奈を中心に強い衝撃と光が生まれ、気づいた時には怨霊は消えていた。代わりに気を失って倒れている瑠奈と、大地震の後みたいになった道や木々だけが残っていた。

 制御ができていないだろうその力は父によって隠された。大方、周りにもたらす危険を考慮してのことだろう。そのため、瑠奈はあの時僕に助けてもらったんだとずっと勘違いをしている。

 そんな破壊の力がこの月の女神の生まれ変わりであるという確かな証拠なのだそうだ。女神は浄化の力で導くとともに、破壊の力で変革をもたらす存在だと、カエルムは言っていた。

 僕にはないその力を持つ瑠奈こそが、次代の女神なのだろう。僕はその補助に過ぎない。

 瑠奈は僕に尽くそうとしていたけれど、本来なら僕が瑠奈に尽くす側なのだ。瑠奈の凛とした佇まいも、自分のできることに尽力するその姿勢も、上に立つにふさわしいもの。なのに、霊力はなく破壊するしかできない存在だと判断された瑠奈は、御神楽から疎ましく思われていた。彼女のことには目もくれず、僕ばかりをもてはやすあの家が、正直言って嫌いだ。

 そんな僕の心情を知ってか知らずか、淡々とした声が響いた。

「ディアナの魂が二つに分かれて瑠輝様と瑠奈様に受け継がれているのです。お二人はこの先の月に必要な存在。例え瑠奈様に力が偏っていたとしても、瑠輝様がいなくてはその力も正常に機能しないでしょう。ですから二人で、新たに月を導く者としてこの地に君臨するのです」

 月に連れてこられてからずっと言われ続けた言葉。この言葉と共に僕は月の賢者として魔力を安定させてきた。けれど、やはり僕だけの力では限度というものもある。

 だから瑠奈が来るまでの間、地上での役割を担っている太陽の賢者をこちらに連れて来ようともした。失敗に終わってしまったけれど、その結果太陽の賢者は力を使い果たし瑠奈がやってきた。

「……瑠奈が来た以上、彼はこの世界には不要だ。カエルム、折を見て向こうに帰してあげて。ついでに扉も壊して。……この世界にやってくる賢者は僕らで最後だ。あんな場所じゃなくて、この世界でずっと一緒に暮らしていくんだから」

 瑠奈の姿を映し続ける水鏡に腕を伸ばせば、手首を紅く彩る数珠のブレスレットが淡い光を放つ。

 母からもらった誕生日プレゼント。僕はネックレスで、瑠奈がブレスレットだった。式神を作るときに交換したから、僕の式神は瑠奈のブレスレットだ。

「ルリも、早くヒスイに会いたいかい?」

『えぇ、私の兄のような人だもの。もちろん瑠奈にも会いたいわよ?私の持ち主なのだから』

 瑠奈と一緒に作った式神のルリが石の中でふふっと笑う。

 瑠奈とよく似た彼女は愛らしい微笑みをいつも浮かべていた。その笑顔も瑠奈とそっくりだ。彼女を見るたびに瑠奈のことを思い出してしまうから、離れているときは寂しくもなるけれど、それももうすぐ終わり。

 瑠奈が太陽の賢者としてこちらにやってきた。今のままでは月で暮らしていけないから、その準備を瑠奈にはしてもらわないといけない。

「待っているからね、瑠奈」

 そんな小さなつぶやきは水鏡に吸い込まれて消えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る