第二話 スターマインを守りし者

 ウドリアの森のずっと奥地、開けた場所に静かにそびえ立っていた大樹。そこには目当てのスターマインが神秘的な光を携えていた。

 手分けして収穫し、いざ帰ろうと木に背を向けて歩き出して数歩、とてつもない殺気を感じた。

 魔法使いたちも何かを察したようであたりを警戒している。

「みな、気を付けるのじゃ。何か来るぞ」

 全員が魔道具を持ち周りに意識を向けていると、五メートル以上ありそうなスターマインの木よりもさらに大きな白い鱗のドラゴンが現れた。

 陽光を反射させてきらめいているその鱗はとても神秘的な輝きを放っている。

「ホワイトドラゴンじゃと?!なぜ太古の魔法生物が?!そもそも北の奥地に住まうはずのものが東の森におるなど、ありえぬぞ!」

 こんなにも驚いているルイは初めて見る。

 私はそもそもドラゴン自体初めて見るし、驚きすぎて開いた口が塞がらない。

 大きいな、綺麗だな、何食べればあんなになるんだろう。なんてどうでもいいことばかり頭に浮かんでくる。

 棒立ちになってドラゴンを見ていると目が合ったような気がした。その瞬間、背筋が凍った。

 やばい、逃げないと。そう思うのに体が固まってしまっている。

「賢者様!早くこちらに!走ります!」

 そう呼び掛けられ手首をつかまれたと同時に後ろへ引っ張られた。

 危うくこけそうになったが、おかげで走り出すことができた。手首をつかんで引っ張ってくれたのはラピスだ。とにかく逃げることを優先しているためどこを走っているのかわからない。

 ドラゴンは口から凍えそうなほど冷たい息吹を吹き出したり、大きな腕で森の木々をなぎ倒したり、随分と大胆な攻撃を仕掛けてくる。魔法生物はむやみに攻撃してこないはずなのに。というか、魔法生物と魔物の区別の仕方がわからないせいであのドラゴンがどっちなのか判断できない。攻撃してくるということは魔物なのだろうか。

 体が大きければ攻撃の範囲も大きいため、避けるので精一杯だ。私を守りながら逃げているということもあって、みんな思うように攻撃ができていない。

「みなさん、私のことはどうか気にせず、反撃してください!このままじゃみなさんまでやられてしまいます!」

「さすがに賢者を放っておくことはできぬ。……ランスロット、アルブレヒト!やつへの攻撃は任せる!我とラピスで賢者の護衛とおぬしらの援護を請け負う!」

 ルイの指示を聞いてアルブレヒトとランスは走るのをやめて、それぞれの魔道具である大鎌とグレイブをドラゴンに構えた。

「ルイの言いなりなのは嫌だけど、ただ逃げ回るなんてもっと嫌だし。早く終わらせてあげる」

「ランスロットなんていなくても、俺一人で片付けてやる」

 相変わらずな二人に思わず苦笑がこぼれた。こんな時でもブレないのはさすがだ。

「二人とも!気を付けてくださいね!」

 ルイとラピスに挟まれながら、私は真っ直ぐ走り続けた。

 後ろからは金属がぶつかる音やドラゴンの雄叫びが聞こえてくる。心配で振り返りそうになるが、振り返ればきっと、走れなくなってしまう。

 だから私は前を見て走り、心で無事を祈るしかない。

「そうだ!ルイ、賢者は魔法使いを守護して導くんですよね?力と加護を与えるって。それ、どうすればできるんですか?!」

 彼らがボロボロにならないように、賢者の加護を与えることができれば。そう思ってルイに問いかけた。

「加護を与えたい賢者の魔法使いのことを思い浮かべながら祈ればよいのじゃ。強く祈れば祈るほど、加護の効果は増す。力を与えるときは賢者の印に意識を向けて『力を与えよ』みたいな感じで唱えればよい。どちらも賢者の意志の強さによって与えられる大きさが変わるのじゃ」

 言われた通り、この場にいる四人を思い浮かべ、祈りを捧げる。左手の甲に意識を向けて、小さく、けれど強く祈って言葉を紡ぐ。

「彼らに、力と加護を、与え給え」

 唱えた後、賢者の印がチリッと熱を持った。見れば印全体が白く光っている。これは賢者の力がうまく使えている証拠なのだろうか。

 答えを求めるように左右を見れば、優しく微笑んだルイとラピスがいる。

「体の奥から力が湧いてきます。賢者様、ありがとうございます。必ずあなたをお守りします」

「ああ、我らがついておるのじゃ。不安に思うことは何一つない」

 後ろでドラゴンと対峙している二人に向けて援護魔法を放ちつつ、とにかく走り続けていると後ろからものすごい声と一緒に爆風がきた。

 あまりの衝撃に私たちは空へと飛ばされてしまった。

 思わず目をつぶってしまったが、開けば真下に一面の緑が広がっている。さっきまで走り回っていたウドリアの森だ。

「え、これ、落ちる?!う、うわぁぁぁぁぁ!」

「賢者様!!」

 下に向かって落ちていくところを箒に乗ったラピスがキャッチしてくれた。

 本当に、死ぬかと思った。

 そのまま箒の後ろに乗せてもらい、すかさずお礼の言葉を贈る。

「ら、ラピス、ありがとうございます!もう、本当に死ぬかと思いました………」

「いえ、こちらこそ反応が遅れてしまいすみません。俺がもっと早く対処できていれば賢者様にそんな思いさせずに済んだのですが……」

 結果として私は助かったのだから、そこまで落ち込むことではないのに。彼は優しいから、自分を責めてしまうのだろう。何も悪くないのに、どちらかと言えば悪いのはあのドラゴン。

 でも、あのドラゴンは怒っているというよりも、悲しんでいるように見える。ドラゴンの声が聞こえた訳ではないから、私の勝手な思い込みかもしれないが、何か理由があって私たちを攻撃していると思えてならない。その理由までは分からないが。

 気づけば他の魔法使いたちも上空に来てドラゴンと対峙している。

 魔法舎が襲撃に合った時のように、ランスはいくつもの短剣をドラゴンへと向けている。それらが一斉に振りかざされても、あの大きな翼で威力を弱められてしまい、大したダメージは与えられていないようだ。

 悪戦苦闘の中、ランスと共に主戦力として戦っていたアルブレヒトが静かにこちらに近づいてきた。

「ラピス、賢者を連れて先に魔法舎へ戻れ。時間がないんだからここで全員が足止めを食ってたらだめだ」

「そんな!確かに俺はあまり戦力にはならないけど、アルたちを置いて帰るなんてできないよ!」

「そうですよ!私がここにいれば、皆さんに加護を与えることができます!先に帰るなんてしたくないです!」

 私たちは声をそろえてアルブレヒトに抗議する。出会ったばかりではあるけれど、彼らは大切な仲間だ。私を受け入れてくれた、数少ない仲間。そんな彼らを見捨てるような真似はしたくない。

 私が加護の力を与えていてもなお、ドラゴンの方が優勢に見える。ここで私がいなくなれば、加護の力も消えてしまいもっと悪い状況になってしまう。

「それに、少し気になることがあるんです。それを確かめるまでは、帰りません!」

「気になること?」

 怪訝そうな顔をされたが、確証はないし下手なことは言えない。そもそもこれを言ってしまえば絶対反対されてしまうだろう。だからあえて何も言わずにルイを呼んだ。

「すみません、後ろにヒスイを乗せてあげてくれませんか?策があるので、ルイにも協力してもらいたいんです」

 了承を得てからヒスイを呼び、怒られるかもしれないが札から弓矢を出してもらう。これがないと何も始まらないのだから。

「ヒスイ、破邪の矢を使いたいの。あのドラゴンを囲むように五角形の配置。軌道の微調整をお願い」

「五本も使うのか?!前はなんともなかったとはいえ、一度に五本なんて使ったことないだろう?!瑠奈の体への負担があるかもしれないんだぞ?!」

 案の定、ヒスイは眉を吊り上げて怒っている。彼の言うことはもっともだ。五本なんて使ったこともない。体にどんな影響が出るかもわからない。

 けれど、まずはあのドラゴンの動きを止めないと。私は彼と話がしたいのだから。

「わかってる。体のことを考えればするべきじゃない。けど、どうしても、確かめたいことがあるの。確かめて、伝えたいことが。それはランスがギリギリドラゴンを止めてくれている今しかない。だから、お願い!」

 ヒスイは険しい顔つきのままあではあったが、どうにかわかってくれたようで、頷いてくれた。

「ありがとう!誰か、ドラゴンを囲むように五か所、矢が刺さるものを出せますか?」

「俺が出してやる」

「ありがとうございます、アルブレヒト!ルイは、私の破邪の矢を媒介に結界を張ってドラゴンを閉じ込めてください」

「了解じゃ」

 アルブレヒトがドラゴンの周りに的を出してくれたのを確認して、一つ息を整える。

 不安がないと言えば嘘になるが、私の周りには強力な魔法使いたちがいてくれる。彼らの存在があれば、きっと成し遂げられる。

 そう自分に言い聞かせ、一本ずつ、確実に破邪の力を集めて放つ。ある程度は私が狙いを定めるが、如何せん距離があるためヒスイに調整をしてもらわなければならない。

 少しの倦怠感を持ちつつも一本ずつ命中させていく。そうして五本目を放ち、的中した。体は、少しだるくはあるが思っていたよりも平気だ。

「ルイ、お願いします!」

「ヴォクニクスニア!」

 彼が魔道具の水晶玉を空に掲げ、高らかと呪文を声に出す。

 すると水晶玉から溢れんばかりの光が一直線にドラゴンへと放たれた。

 炎のように揺れている光を放つ破邪の矢を一本ずつめぐり、囲み終わる頃には大きな五角形の結界がドラゴンを包み込む。

 突然の出来事にランスは一瞬驚いていたが、すぐ状況を理解して後ろに下がる。

 彼の元へ近づけば、案の定というかなんというか、仏頂面をしていた。

「せめて一声かけてからしてくれる?僕まで結界内に閉じ込められたらどうするつもりだったの?」

「す、すみません。とにかくあのドラゴンの動きを止めないと、と思って……」

 声を小さくしながらごにょごにょ言う私をランスは目を細めて見ていたが、やがてため息をついた。呆れられてしまったのだろうか。

 ドラゴンに目を移せば、赤やら青やら、オーロラのように様々な色がマーブル模様を描きながら囲んでいる結界に体当たりをして出ようとしている姿が目に入る。

「ヒスイ、私をドラゴンのそばに連れて行って。話したいことがあるの」

 一同は目を見開いていたが、ヒスイは私の真剣な表情に根負けしたかのように頷いた。

 懐から一枚の術札を取り出し、口の中で何かをつぶやくと同時にその札を宙に放った。

 私たちの下からドラゴンまで、空中に一本の道ができたかのように淡い光を帯びている。

「……できたぞ」

 これはヒスイが得意としている術のひとつ、空気を物質化させる術だ。

 あまり広範囲には展開できないが、空気を固まらせるというもの。

 こうすることで宙にものが置けるし、人が空を歩くことも出来る。私は昔からこの術が好きでよく空中散歩をしていた。

 ラピスの箒から降りてゆっくりと光の道を歩き出す。

 一歩ずつ、ドラゴンとの距離を縮めて行くにつれ半端ない威圧感に襲われる。

 ドラゴンの前に立ち、目を合わせれば、鋭い目つきに射抜かれて身が竦みそうだ。

「あ、あの。私たちは、あなたと戦いたくないんです。一度落ち着いてください。あなたは、何を悲しんでいるんですか?私たちが、何かあなたを怒らせるようなことをしてしまいましたか?」

 私の言葉をきちんと聞いてくれているのか、ドラゴンは動きを止めて静かに私を射抜く。

 静かだからこその迫力に飲み込まれそうだ。

 ドラゴンが言葉を話すのかは分からないが、とりあえず何かしらのアクションがあるまでじっと待っていると、低く、身震いしてしまいそうな声が鼓膜を揺すった。

「お前たちが採っていったスターマイン。あれは、我がディアナから預かったものだ。誰にも渡すわけにはいかない。だから返してもらいたい」

「あなたにとって大事なものだったんですね。勝手に採ってしまってすみません。ですが、私達にもあれが必要なんです。北の太古の神殿をご存じですか?今、あの辺りが魔力汚染にあっているんです。それを浄化するためにも、スターマインを分けてもらえないですか?」

 ただ静かに私を射抜いていた瞳が微かに見開かれた。そして何かを逡巡するように下を向いた。

「その場所は、昔、我が仲間らと共に暮らしていた場所だ。汚染されているというのは真か?」

 その言葉にしっかりと頷き返せば、ドラゴンは少しずつ小さくなり、元々から半分ほどの大きさになった。敵意を治めてくれたようだが、それでも威圧感がすごい。

「………ならば、持っていくがよい。ディアナから託されたとはいえ、魔力汚染は見過ごせぬ。………にしても、お前からはディアナと同じ力を感じる。あやつと同じ魂を持ち合わせているお前は、いったい何者だ?」

 私が、ディアナという方と同じ魂?

 首をかしげて返す言葉を失っていると、賢者の印がほのかに熱を持ち、朝と同じように北の精霊が出てきた。

『やあ、久しぶり、フローズ。突然でごめんね』

「アメジリア、こんなところに来てよいのか。魔力汚染が広まっているのだろう」

『そうだね。けど、彼女がいてくれるから。……フローズ、彼女は異界から来た賢者、瑠奈だよ。そして、……ディアナの生まれ変わりだ』

「え?」

 私が、ディアナさんの生まれ変わり。そういえば、今朝もそんなことを精霊が言っていた。魔力汚染を浄化した人の生まれ変わりだと。

 けれど、にわかには信じられない。生まれ変わりだなんて、理解が追い付かない。

 ただ呆然と精霊を見つめることしかできなかった。

「確かに同じ力と魂だが………」

 見定めるような目をこちらに向けたが、すぐに精霊へと戻ってしまった。

「まあ、今はこんな悠長に話している場合ではないか。汚染を食い止めねばならんのだろう。早く行け」

「あ、ありがとう、ございます。あ、結界もすぐ解きますね!ルイ」

 声を掛ければすぐに結界を解いてくれた。ゆっくりとマーブル模様の光の壁が消えていく。一緒に媒介にしていた矢も手元に引き寄せ、私たちは東の塔へと向かった。

 その道中、私はラピスの後ろに乗せてもらって、ずっと考え込んでしまっていた。

「あ、そういえば、精霊さんってアメジリアっていう名前だったんですね」

『そういえば名乗ってなかったね。そう、僕はアメジリア。北の大地を守る元始の精霊だよ。よろしくね、瑠奈』

 にっこり微笑んで自己紹介をする彼はとても可愛らしい印象を受ける。

 あまりまじまじと見たことはなかったが、あらためて見ると胸のあたりに紫色に輝くアメジストのような宝石が埋め込まれ、服っぽいひらひらとした布を纏っている。薄紫色の肌に、肌と似た色のサラサラとした短い髪で、薄紫の光を体から放っている。

「アメジリア、じゃあ、アメリですね」

 何だか懐かしい名前な気がして、つい愛称をつけてしまった。

 いきなりなれなれしすぎたかもと慌てて精霊の方を向けば、彼は目を大きく見開いてこちらを見ていた。

「あ、あの、すみません。怒りましたか?急になれなれしいですよね」

『あ、違うよ!懐かしくて、驚いちゃった。やっぱり君はディアナの生まれ変わりなんだね。彼女も、僕のことをアメリって呼んでいたんだ』

 私の前世、でいいのかわからないが、ディアナさんも同じように呼んでいたのか。

 さすがは前世。価値観とか考え方が似ているのだろう。私がアメリの名前を懐かしく思ったのも、ディアナさんの生まれ変わりだから、なんだろうか。

「そのディアナっていう人はどんな人なんですか?私と同じ力を持っているってさっきのドラゴン、フローズ?でしたっけ、言ってましたけど。その人も破邪の力を持っていたんですか?」

『うーんとね、破邪とは少し違うんだけど、ディアナも邪悪なものを退けたり、使い魔を使役したりできたんだ。なんたって、月の女神なんだから!』

「………月の、女神様っ?!」

 あまりのことに大きな声が出てしまった。

 私を乗せてくれていたラピスは肩を震わせて驚いていたし、周りを飛んでいた魔法使いたちもみんなこちらを向いている。

 しかしそんなことを気にしている余裕は今の私にはない。

 魔法使いが戦うべき相手は月に住む月守で、ディアナさんが月の女神様だとすれば、月守たちと同じような立場か月守をまとめているトップの人である可能性が高い。そんな人と同じ力を持っている私は、どこの立場の人間になるのだろうか。

 急に賢者として連れてこられたが、こんな私を歓迎してくれた賢者の魔法使いたちを私は守りたい。そのための力だって持っているらしい。けれど同時に敵側の力も持っているかもしれない。こんな中途半端な私は、これからも彼らと一緒にいてよいのか。

 ぐるぐる考えても答えは出ないまま、東の塔へ到着した。

 来た時と同じようにルイが呪文を唱え魔法舎へと戻り、ごちゃっとした思考のまま浄化薬を作るためにキッチンへと向かった。

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