第六話 敵か味方か

 魔法舎の生活にもだいぶ慣れたある日のお昼過ぎ、私はルイの部屋へ訪れていた。

「して、我に頼みがあると言っておったが、どうかしたか?」

「どう、と言うほどではないのですが……。あの、ルイはこの魔法舎で一番の長寿だと言っていましたよね?それならこの世界をよく知っていると思うんです。だから、私にもっと詳しく世界のことを教えてほしいんです。あと、この世界の字も」

 私は知らないことが多すぎる。この世界に来たばかりだというのもあるが、だからこそ知りたい。私を迎え入れてくれた彼らのことを、彼らが生きているこの世界のことを。

 ちゃんと知って、力になりたい。

 それに、月のことも知れるかもしれない。それはきっと瑠輝につながるきっかけになるはず。

 そんな思いから私はルイに頭を下げた。

「どうかお願いします。私にこの世界のことを教えてください!」

 しばらくの間をおいてかすかに笑う気配がした。

 ゆっくり顔をあげて目の前のくせっ毛な男性を見るとやはり口元がほころんでいる。

「頭を下げるようなことではない。この間も言ったが、そう思ってくれることが嬉しいのじゃ。世界についてもまだまだ話せていないことが多い。それを知りたいと思ってくれて嬉しいぞ。……よし!ならばこれからは時間があるときに授業をしよう!世界の歴史やら文字やらを賢者に教えるための勉強会じゃ!」

「あ、ありがとうございます!」

 いろんなことに対する不安が消えることはないが、とにかく今はこの世界のことを知ることに専念しよう。そんな風に決意を胸にルイとこれからの予定をたてようと話をしていると、にわかに外が騒がしくなった。

 何かあったのかと思っていると慌ただしい足音と少し焦ったようなノックが部屋に響いた。

「ルイ様、いますか?すぐに談話室に来てほしいんですが…」

 切羽詰まった声にルイは表情を硬くして手を少しかざし、扉を開ける。

 そこには少し青ざめた顔のラピスが立っていた。

「あ、賢者様もいたんですね。ちょうどよかったです。ランスロットが不審者を捕らえたようで、とりあえず談話室に連れて行ったんです。お二人も来ていただけますか?」

 私はルイと顔を見合わせ、急ぎ足で談話室へと向かった。

 駆け足で入った談話室ではおろおろした男性を椅子に座らせ、ランスロット、グレイ、キースの三人が取り囲んでいた。

 三人とも険しい顔つきをして男性を見下ろしている。

「あれ、あなたは確か書記官の……」

「は、はい!中央の国で書記官をしています、セクレタリスです!覚えていただきありがとうございます、賢者様!」

「あの、ランスロットが彼を見つけたと聞いたのですが、これはどういう状況なんでしょうか?」

 ランスロットはセクレタリスから視線を外すことなく淡々と状況を話し始めた。

 日課の鍛錬を終えて魔法舎の周りをパトロールしようとしたところ、魔法舎の入口をうろうろしているセクレタリスを見つけたようだ。何かを企んでいる可能性もあるためひとまず捕らえ、今に至る。

「で、お前は何の目的で魔法舎の前をうろついていたの?内容によってはこのまま牢獄行きかな」

「ひぃ!誤解です!私はただ賢者様に会いに来たんですよ!」

「ふむ、おかしいのう。もし本当にそうならこちらに知らせが回ってくるはずじゃ。おぬし、約束を取り付けずに来たのか?」

「正式な訪問がない限り部外者は魔法舎へ入ることができない。賢者様と賢者様の魔法使い以外の出入りができないように入口は隠しているし結界だって張ってるんだ。書記官であるあんたはそれぐらい知っているだろう?」

 ルイとグレイの正論にセクレタリスは短く声を漏らし、観念したかのようにぽつぽつ話し始めた。

「じ、実は、今回の訪問はリグナ様のご指示なんです。賢者様を魔法舎の外におびき出すよう言われました。ですが、決して賢者様に危害を加えるためではないんです!それは信じてください!」

 私を魔法舎の外におびき出す?

 その言葉では私を捕らえようとしている風にしか聞こえない。それは他の魔法使いたちも同じだったようで、みんな一様に険しい顔つきをしている。

「賢者様を外に連れ出して、あんたたちは何をしようとしている?」

 厳しい顔つきで声を硬くしたグレイは腰の剣に手をかけて必死な様子の書記官を見据えている。

「それ、は………。まだ、確証はないですが、おそらくリグナ様は……。ま、魔法舎を、攻撃、しようとしているのかと……」

 とても、とても小さい声ではあったけれど、今ここにいる全員に彼の声は聞こえたようで、みんな声を失っていた。

 そんな静かな空間に、外からガチャガチャという音がかすかに聞こえて来た。

 グレイがそっと外を確認すると驚いた顔で固まった。

「お、おい、兵が魔法舎の中に入り込んでるぞ。結界が張られているはずなのに、どうして?!」

「俺が結界を解いたんだ。向こうが攻撃する気ならこっちも迎い撃たないとだろ?正当防衛ってやつだ」

 にこりとも笑わず冷たい表情をしながらアルブレヒトが談話室に入って来た。

 表情こそ冷たいがその声音にはどこか楽しんでいるような、わくわくしているような、そんな色が混じっている。

「アル、なんでそんなことするんだよ!賢者様にもしものことがあったらどうするんだ?!」

「賢者のことは守り通す」

「そういうことじゃない!守るのは当然だけど、わざわざ賢者様を危険の中に放り込まなくてもいいだろって言ってるんだよ!」

 またアルブレヒトとラピスの言い合いが始まった。

 そうこうしているうちに兵たちはすぐそばまで迫っており、彼らは剣やら弓やらで魔法舎に攻撃を仕掛けた。

「魔法使いを倒せ!賢者様をお助けするのだ!」

 指揮をとっていた眼鏡の男性はどこか見覚えがある。

「リグナ様?!もう突入なさったのですか?!」

 そうだ、魔法統制管理大臣のリグナだ。

 彼は初めて会った時も、魔法使いを悪者のように言っていた。魔法使いは悪い人ではないのに、勝手に決めつけていた。

「……私、リグナさんと話してきます」

「お待ちになって、賢者様。今あなたが外に出ればそれこそ彼の思うツボです。とにかく今は安全な場所に行きましょう」

「で、でも……」

「キースの言う通りだ。賢者である瑠奈を渡すわけにはいかない。どうか俺たちと一緒に安全な場所まで来てくれないか?」

 真剣な顔つきでそんな風に言われてしまえば頷くしかない。戦う術を持ってない私が攻撃を仕掛けている人に向かって行っても捕まるだけ。

「……わかりました」

 足手まといになるだけならば、安全な場所まで移動した方が得策だろう。

 私はグレイ、ランスロット、ラピスの三人と共に談話室を飛び出し、魔法舎の一番端に位置する各国へとつながる部屋がある塔へ走った。

 他の魔法使いたちは中庭の方に集まっている兵たちを何とかしてくれている。

 だが、数が多いようで、零れた兵たちが私たちめがけて矢を放ったり、剣で切りつけたりしてきた。

「グラディース・カストディア!」

「フェリクス・アスク」

 グレイとランスロットはさすが騎士と言ったところだ。次々に飛んでくる攻撃を剣でいなし、ランスロットにいたっては、いつの間にか槍を持っており私たちの周りには短剣をいくつも出現させている。

 それらが向かってきた攻撃を跳ね返してくれていた。

 ひたすら走ってようやく塔の中に入った時、私はつまずいて転んでしまった。

「……いったぁ」

「瑠奈!」

 グレイの焦った声に後ろを向くと私めがけて矢が飛んできていた。

 体がすくんで動けず、痛みを覚悟してぎゅっと目を瞑る。

 しかし、いくら待っても痛みは来ず、うっすらと目を開けると目の前にラピスが立っていた。

「賢者様、ご無事ですか?!」

「は、はい。………ありがとうございます」

「瑠奈、手を。こっちに」

 グレイの手を借りて立ち上がり、私は魔法使いたちの背に庇われるような体勢になった。

 明らかな怒りを携えた魔法使いを前にして兵たちは少しひるむ。

「ば、ばか!賢者にあてようとしてどうする!傷つけずに城に連れ帰ることが目的なんだぞ!」

「誰も賢者様をお前たちなんかに渡すなんて言っていないんだけど。これはリグナ大臣のさしがね?今目の前にいる僕たちが誰かわかってるよね?魔法騎士団のツートップだよ?一介の兵が太刀打ちできる相手じゃない。おとなしくおうちに帰りなよ」

 嘲笑と共に冷たい声音がランスロットから放たれる。自己紹介をしたときはにこやかで優しそうだと思ったが、少し怖い一面ももっているのか。腹黒ということの信憑性が少し上がった。

 思わずランスロットを凝視してしまっていると、視線に気づいたのか目が合ってしまった。

「…なに?」

「いえ、何でもないです……」

 冷淡な彼の言葉で兵たちはさらにひるんだ。

 逃げるなら今だと思った時、後ろの扉が大きな音を立ててゆっくりと開いた。

 中から出てきたのは凛とした青年だった。

 さらさらした銀糸のような髪に海よりも深い蒼の優し気な瞳が印象的だ。

 彼は兵たちに追い詰められている私たちを見て大きく瞳を開きしばし固まってしまった。

 そんな中、兵の誰かが小さく声を漏らす。

「あ、アラン、殿下……」

 アラン?どこかで聞いたことのある名前だ。

 何だったか思い出せず、私はまじまじとアランと呼ばれた彼を見つめていた。

「これは、どういうことだ?グレイ、そこの女性が新しい賢者様だな?どうして兵たちに追い込まれているんだ?」

「リグナが兵を率いて魔法舎に攻撃を仕掛けてるんだ。他の魔法使いたちは外の兵を抑えてくれているはずだ」

 グレイの言葉の直後、視界の端に赤色がよぎった。何かと思い横を向くと窓の向こうに揺らめく炎やら火の粉やらが見えた。

「あ、あの、窓の向こうが……」

 私の声で魔法使いたちも窓を見る。

 全員が外の炎に絶句する。

 真っ先に兵を睨み、悲しさや悔しさをにじませた声を漏らしたのはラピスだった。

「ひ、ひどい。お前たち人間はそんなに魔法使いが嫌いなのか!魔法舎に火を放つなんて!」

 そんな彼に気おされたように兵たちは一瞬ひるんだが、私たちに剣を向けて突っ込んできた。

 魔法使いたちが臨戦態勢をとったとき、螺旋階段の奥から不思議な言葉が聞こえてきた。

「サナーティオ!」

「オーキシリウム!」

 気づけば兵たちは動きを止め、武器が宙に浮いている。

 兵たちにも何が起きたのかわからないようで、困惑の表情を浮かべている。

「はあ、危なかったな」

「これはいったい、何があったんでしょうか?」

 上に続く螺旋階段から二人の男性が下りてきた。一人は赤と白の髪を揺らして切れ長の瞳が少し冷たい印象を出している。もう一人はおっとりした雰囲気のたれ目で優しそうだ。

 事情を話そうとするとまた一人、右目にモノクルをつけた紺碧の凛々しい瞳の男性が階段から下りてきた。

「外が燃えていますが、これはどういう状況でしょうか」

 きりっとした顔つきとは裏腹に、少しゆったりとした話し方はなんだか癒される。

 とりあえず、事情をかいつまんで話をするとアランが眉を寄せ、申し訳ないように声を沈めた。

「そんな。……賢者様を危険な目に合わせてしまい、申し訳ありません。中央の国の王子として、謝罪させてください。それと、リグナは私が何とかしますからとりあえずどこか一か所にみなを集めましょう」

 その後、アランは私たちを追いかけていた兵たちを鎮め、火元となっている中庭にいるリグナも止めて、てきぱきと全員に指示を出し、荒れてしまった室内の片付けに率先して動いてくれた。

 とても凛々しく、彼について行きたくなるような気がする。見た感じ高校生くらいだと思われるが、彼の立ち振る舞いや言動は大人びており、いかにも王子というような風格だ。





「で、リグナ。これはどういうことだ?私は賢者様たちを城にお連れするように言ったはずだが……。なぜ攻撃をしたんだ。火まで使うなんて。彼らがお前たちに危害を加えようとしたのか?」

「い、いえ。……申し訳ありません。ですが、魔法使いどもを野放しにしていてはいけないと思うのです!奴らは信用なりません!火だって、奴らが放ったに違いありません!」

「その魔法使いどもと言うのは止めてくれ。私だって魔法使いだ。お前は私も信用ならないか?」

 アランの言葉にリグナは言葉を詰まらせ、小さく「いえ、申し訳ありません…」と声を漏らした。

「この魔法舎は彼らの家なのだ。そこに急に押し入られたら怒るのも当然。そもそも自分の家に火を放つわけがないだろう?かといって、リグナたちが放ったとも言い難い。魔法使いは生きる時間こそ違えど人間と同じで心があるし、悲しむ。それを忘れないでくれ」

 談話室では狭すぎたため、今は食堂に集まっている。ここも他の部屋と同様に机やら椅子やらがあちこちで倒れ、嵐が去った後みたいなありさまだ。

 そんな食堂を兵と魔法使いが一緒に片付けをしているが、交流はなくどこかぎすぎすしたような雰囲気だ。私とヒスイも片づけを手伝い、全てが終わるころには完全に陽が沈み、外はかすかな月光に照らされた闇に包まれていた。

 椅子に座って休憩をしていると側にアランが近づいてきて、当然のように私の前で跪き左手を掬った。私の手を取る彼の右手、その甲には黒い桔梗の紋章があった。賢者の魔法使いである証だ。

 突然のことで私は慌ててしまったが、気にする様子もなくアランは凛とした声を発する。

「賢者様、ご挨拶が遅れて申し訳ございません。私は中央の国の王子、アラン・ステラートと申します。この度中央の賢者の魔法使いに選ばれましたのでこちらに参りました。この黒桔梗の紋にかけて、これから賢者様の剣として、盾として、あなたをお守りいたします。どうかよろしくお願いいたします」

 あまりにも様になっている言葉遣いと振る舞いに見とれてしまい反応が遅れてしまった。慌てて私は膝をついてアランに視線を合わせた。

「か、顔をあげてください!そんなかしこまらなくていいんですよ?私は瑠奈です。こちらこそ、よろしくお願いします」

 にっこりと微笑むとアランは海より深い蒼い瞳を優しく細め、「はい」と答えた。

 彼はすくっと立ち上がり、周りを見渡して声を張り上げた。

「今日はもう遅い。帰りを待つ家族もいるだろう。星屑灯ほしくずとうがあると言っても外は暗いことだし、私が夜道を照らすから、みな帰路につけ」

「では、殿下もご一緒に」

「私はまだ賢者様に話したいことがあるから後で戻る」

「ではだれか護衛を」

「それは必要ない。私は魔法使いだぞ?一人でも平気だ。いざとなれば、グレイやランスロットもいるしな」

 リグナは渋々といった感じで頷き、兵と共に外へ出た。

 アランもどこからか出した箒にまたがり窓から空に昇った。

「メニシス・カルディス」

 片手に魔導書を開き、優しい声音で呪文を唱える。

 すると瞬く間に魔法舎から街の方向へ淡い光の玉がいくつも現れ、兵たちを優しい光で包み込んだ。

 とても幻想的な光景で、私まで目を奪われてしまった。

 兵たちが返っていくのをしばらく見つめた後、アランはゆっくりと食堂へ戻ってきた。

 話があるとのことだったが、いったい何だろう。

 少し緊張した面持ちで待っていると、アランが柔らかく微笑んで私のもとへ来る。

「お待たせいたしました。改めて、今回のこと、本当に申し訳ありませんでした」

 彼は再び謝罪の言葉を口にする。もう何度目かもわからないそれに私は笑って返事をする。本当に気にしなくていいのだというのが伝わるように。

「顔をあげてください、アラン王子。もう何度も誤っていただきましたし、私たちももう気にしていないです。だから、それ以上悲しそうな顔をしないでください」

「……アランとお呼びください」

 眉根を寄せて困ったように笑う彼に私の気持ちは届いただろうか。それ以上何も言わない様子から察するにきっと大丈夫なのだろう。

 彼は続けて本題を切り出した。

 それは近々、新たな賢者を民に知らせる叙任式、賢者の魔法使いのパレード、パーティが催されるということだった。

「初めにパレードが行われ、街のみなに賢者様と賢者の魔法使いを紹介するのです。その後城の正面バルコニーで叙任式が行われ、夕方からは場内でパーティがあります。賢者様たちにはそれぞれこちらが手配した仕立て屋が服を用意しますので、そちらを着て出席していただきたいのです」

 にこやかに話を進めていくが、私は全くにこやかになれない。大勢の前に出るのは苦手だし、パーティにもほとんど参加したことがない。ましてやわざわざ仕立て屋が服を用意するだなんて、とんでもなく華やかそうな予感がする。

 私が浮かない顔をしていたからか、アランが気遣うような言葉をかけてくれた。

「ご安心ください。前の賢者様も初めは緊張なさっていましたが、次第に顔つきが柔らかくなっておりました。……そういえば、前の賢者様は?」

「あ……えっと、月斗さんは、この世界からいなくなってしまいました。月守が何らかの魔法を使ったようで……」

「そうでしたか……。帰る方法はまだわかっていませんが、私も多くの学者に研究させ、大昔には異界を行き来する者がいたということを突き止めたので、お知らせしたかったのですが……。賢者様も元の世界に帰りたいとグレイから聞いています。私としては賢者様に残っていただきたいですが、賢者様が帰れるよう、これからも務めますね」

 異界を行き来していた人がいたということが分かっただけでも収穫だ。それだけで不安がだいぶ減る。帰れないというわけではないのだから。

 私は精一杯の感謝を込めて笑顔を作った。

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