第2話『煙に巻く真相と葉巻』
「──それで、此処が何処かという手がかりとかはあるんですか?」
「流石に私とて、君が眠っている間何もしていないって訳じゃないから。──そこの窓から見える景色は、何か分かるかい?」
外を覗いた。
窓はそういう仕様なのか、とても固くて開きそうにもないが、それでも此処から外の景色を見るだけならば十分だ。
そこから見える景色は、壮大な草原が広がっていた──。
見える景色は広大で。日本の狭い風景とは違い、まるで世界の縮図にも思えるのだった。
「えぇ、見えますけどこれが?」
そんな雪那が振り返ると、そこには勿論レインの姿。
しかし、その手にあって差し出された物に、雪那は少しばかりの驚愕が奔ったのだった──。
「──葉巻、吸うかい?」
「いえ、私未成年ですので遠慮しておきます」
「そうか。君は学生だったか。──なら、成人になった時にでも吸うように、取って置きなさい。何なら、誰かにあげても構わないからな」
そう言って、無理矢理にでも渡された葉巻。
勿論最初こそ雪那は貰うつもりなんて更々なかったが、そこまで言われてはついつい受け取ってしまう。
嗚呼本当に、押しに弱いタイプだ。
……勿論吸わないよ。
「──そこの景色から見える景色はね、大体一時間程度は変わっていないの」
「え!? 一時間、ですか!」
「そう、おおよその列車の速度から計算すると、およそ百キロ以上同じ景色のまま走っている事になるね」
「……場所は分かるんですか?」
「残念。私の経験の中でも、何処か突き止める程度の知識はないかな」
日本に百キロの線路は、果たして存在するのだろうか。
いやそもそも、山道や海が面している土地が多い日本で、これだけの広大な草原はまずあり得ない。
ならば、此処は外国の土地か。
だがそれは決してまともな手段によるものではなく、ケースの中に詰め込まれた程度の出来事ぐらいは覚悟すべきだ。
もっとも、記憶がないので覚悟もクソもないけど。
「──そもそも、記憶がないのが問題ですね」
「まぁそれはあるね。──少なくともこの誘拐事件は、その記憶の部分に真実が隠されている。今私たちがやっている事なんて、それを浮かび上がらせる作業に過ぎないから」
「でしたら、どうします?」
「“刑事は足で稼げ”って言うしさ。──精々私たちも、足で稼ぐとするかな」
「──ところで。レインさんは、何故椅子に座ったまま葉巻を選んでいるんですか?」
「そりゃ勿論、私は安楽椅子探偵だからね。精々助手が事件の手がかりを持って来てくれるまで、此処で待っているよ」
/2
「あ~。折角の葉巻タイムが~」
「探偵が直接出向かない事件なんてあるんですか!?」
「フィクション小説の中」
「でしょうね!?」
雪那が先ほどまで憧れを抱いていたレインの像は、一体何処へ行ったのやら。
レインと雪那は、あのやり取りの後、客室から足を踏み出した。いやただ、何やらやる気のないレインを、雪那が無理矢理にでも連れだした結果に過ぎないのだが。
そしてそれから始まる、他客人への事情聴取。──所謂、足で稼ぐという行為だ。
そこでようやく腹を決めたのか、ケースから取り出していた葉巻を、レインは物凄く残念そうに仕舞うのだった。
「──さて、助手よ。君は“ノックスの十戒”というものを知っているかね?」
「話を逸らすつもりですか、あと助手って呼ばないでください違いますから。──ただ、ミステリーもののフィクション小説を書く際のルールだと覚えていますが」
「うん。それくらいあればいい」
ノックスの十戒と言えば、ミステリーを読む人ならばかなり親しみ深いものだ。
元々、推理作家が推理小説を書く際のルールとして有名だったが、昨今ではどちらかと言えばその名前だけが先行している感じ。
「──でもあそこに、中国人がいますよ?」
「何、……だと!?」
目を凝らすと、そこには確かに中国人がいた。
勿論、グローバル化が進む今現在、肌色や顔のパーツなどからそれを判断するのは困難を極める。
だがそれは、明らかというより中国人だと宣言するような見た目。
そうそこにいた彼は、所謂チャイナ服を着ていたのだ──。
「──それで。もしかして、ノックスの十戒とやらで答えを導き出そうとしていたのかもしれませんが、これでは通用しませんね」
少しだけ、期待していたのが馬鹿だったのかもしれない。
だが、そんな言葉を投げつけられたのに、そんな衝突事故じみた出来事に出会ったというのに。
それでもレインは、不敵な笑みを浮かべるのだった。
「──さて、では他の客にも事情を聞いてみるとするかな」
『──あ。此処に来た理由だって? そんなもん、俺が知る訳ねぇよ。てか、此処何処だよ!?』
『──職業ですか? ただの銀行員ですよ』
『──誰に連れて来られたって? さぁ、私もいつの間にか此処にいた口でして』
残念そうな雪那。
真相なんて、そんな重要な事分かるとは思っていなかった。
でも、真相に近づくための手がかりぐらいはあると、そう信じていたのだ──。
しかし、安楽椅子探偵を名乗るレインは違った。
気だるそうに雪那の情報収集を見聞きしていたのだが、すぐに納得をしたのだ。
「いえ。これでもう、手がかりは全て掴み終えた。あとはこの、“誘拐事件”を解決するだけ。──5分で終わらせる」
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