紫煙の先に見ゆるは── ~安楽椅子探偵は5分の推理タイムを必要とする~
津舞庵カプチーノ
第1話『プロローグ・観光列車誘拐事件』
目を覚ますと、そこは見知らぬ天井だった──。
彼女──黒利雪那は、所謂普通の学生だ。
普通に生きて、そして普通に死ぬ。
平々凡々な人生という荒波の中で、今日もまた生きているのだ。
けれど、“現実は小説より奇なり”を体現する羽目になろうとは。
嗚呼、おそらく此処は列車の中だ。
見知らぬ天井に、見知らぬ内装。所謂、イギリスなどの西洋風味な絢爛豪華な観光列車。
雪那自身、一生関わりのないと思っていた事だ。
「──おや、ようやく起きたか」
誰かの声が聞こえてきた。
先ほどまでは内装に注視していたためか気付かなかったが、雪那自身の目の前には一人の妙齢の女性が座っていたのだ。
大人の女性──。
春溶け付近な白雪の中に混じる土模様な、それでいて雪解け水を思わせる銀髪。
深く深く、蒼い深海をも思わせる瞳。
我ながら凡欲の塊かと思うほどに注視してしまう、ボンキュッボンなその身体。
当たり前が当たり前な現代において、彼女のような特別な人間は、まるで宝石をも思わせる輝きを放っている事だろう──。
「……──貴女は?」
「これはすまない。仕事柄、あまり人と会う機会がなくてね。つい、挨拶などの礼儀を忘れてしまうんだ」
「は、はぁっ……」
「──では改めて。私の名前は、“レイン・クレイシス”。短い旅路でしょうが、よろしくお願いします」
青葉が揺れるような、言の風を聞いた。
しかし、ふと疑問を覚える。
確かに雪那自身とレインはの二人は、移動をしている列車の中。
けれども、旅路と言うにはあまりにも、雪那自身の記憶がなかった。具体例として挙げるのならば、それは彼女の部屋から列車に乗って此処まで来た事。
もしも、雪那一人だけならば、何も分からず何処へにだって行けない。そんな曖昧なまでの狭間へと落ちる事だろう。
だがしかし、目の前にはもう一人、レインと名乗った彼女がそこにいる。
聞いてみるのもありかな?
「……──あの、此処は一体? 一応列車の中だという事は分かりますが」
「残念ながら、私にも分からないな。一応、私の仕事場で夜を明かしたのは覚えているけど、それ以降に記憶はさっぱり」
「あ、それ私もです」
残念。
別に期待をしていた訳ではないのだけど、何処かで期待をしていたのだろう。
しかし、此処にいるのが雪那自身だけだったら、話はそこで終わっていただろう。
話はそこで終わっていなかったのだ──。
「──それで、君──確か雪那ちゃんと言っていたよね。君に少しお願いしたい事があるんだけど、いい、かな?」
「別に構いませんけど……。私にできる事なんて、本当に些細な事ですよ。いえ、その前に一体何をするのか、私聞いていませんけど」
「あぁ、それを伝え忘れていたね。またまた失敬を」
「実は私は探偵みたいな事をしていてね。──君と一緒に、この“誘拐事件”を解決したいと思っているんだ」
「はぁっ……」
「何だい、つれないなぁ」
「いえ、私は一応此処が何処なのか気になっただけで、……その誘拐事件とやらは専門外というか、あまり関係ないと言うべきか」
「──私たちは、いつの間にかこの見慣れない列車の中へと移動していた。それを誘拐事件と呼称するという行為は、果たして間違っているかな?」
確かに。
これは所謂、“誘拐事件”と呼ばれるべきものだ──。
もっとも、その探偵役とそこに居合わせた一般人には記憶がないという、少々特殊な事象になっているのだが。
「あ、いいえ」
乗りかかった船というやつだろう。
「──だが私に任せな! 名探偵だからな。判断材料さえ揃えば、推理時間なんて5分で終わらせてやる!」
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