終章

影と密約

 馬で野営地に戻ってすぐ、ザカリアは剣と天秤に向かって「回収」をかけた。それぞれから、二種類の「大天使ミカエル」の絵画――グイド・レーニとジョス・リフェランクスによるもの――の魔石が生まれた。

「ラザロには、行き過ぎた正義感は身を滅ぼすとたびたび警告していたんだが。二重の魔力には抵抗できなかったようだね」

 ザカリアは、眠り続けているスーロフの近くにしゃがみこんだ。彼にかけられているのは、イザヤの「ユダ」とは明らかに異なる魔術だ。教会で「エンデュミオンの眠り」を放ったところも見られている以上、もはや言い逃れはできない。

 ザカリアは丸太に腰掛けると、ジェリコ村の方角に目をやった。教会を焼き尽くした火はようやく消えたらしく、白み始めた空を背景に黒い灰が舞っているのが微かに見える。

「燃えてしまったな。旧世界の遺物も、地下にあった絵も、すべて」

「そうですね」

 ピエタの描かれたキャンバスに思いを巡らせ、イザヤは口惜しい気持ちになった。あの「楽園」は消えてしまったが、ニコデモやセトを逃がしてしまった今、「始まりの地」としての意味はまだ失われてはいないのかもしれない。

「子供たちが死んだと嘘をついてしまって、よかったのでしょうか」

 イザヤはクレアの泣き声を思い出しながら言った。ザカリアは肩をすくめる。

「そう言わないと、あの母親は諦めなかっただろう。どのみち、二度と会うことはないんだ。死んだと思って忘れた方が、彼女にとっても幸せだ」

 そういうものなのだろうか。会えなくとも、どこかで生きているのだと思えば、少しは慰めになるのではないか。

 けれども、会いたいという未練は一生ついて回る。彼女はおそらく、それを断ち切ることはできないだろう。

「子供たちは、夜が明け次第、僕が保護しに行くよ。教会への報告も任せてくれ。ラザロの調査の件も併せてうまくやっておく」

「男児が産まれなかったのは偶然で、教会の火事は事故、ということにするのですか」

「まあ、そういうことになるな。ニコデモ司祭は生死不明、ラザロは煙を吸って気絶したとでもしておくよ。怪我の理由にもなるし、彼の名誉も守られるだろう」

「傀儡魔化したことが教会に知れたら、ラザロさんはどうなるんです」

「なんらかの処分が下されるだろうね。何にせよ、彼に用意されていた未来を取り戻すことはできなくなると思うよ」

 つまり、あの出来事を知るのは立ち会った者たちだけになるということだ。

「ところで、君の『目』は不在なのかな。さっきから、ぴくりとも動かないけれど」

 ザカリアが、イザヤの左目を見ながら言った。

 エレミヤの声は、ジェリコ村を発ったときから聞いていなかった。動かなくなったのも同じ頃合いからだ。おそらく、意識を肉体に戻しているのだろう。

「本部に戻ったのではないかと」

「そうか。僕の『目』も本部に戻っている。ちょうどいい、二人きりでゆっくり話をしようじゃないか」

 ザカリアは丸太の空いたところをぽんぽんと叩いた。緊張を抱えながら、彼の隣に座る。

「なぜ僕がジェリコ村の教会に現れたのか。まずはそれから話さないとだね」

「ニコデモ司祭に用がある、と言っていましたね」

「司祭というより、彼が隠し持っていた『あるもの』が目的だった。それを捜し出すのが、僕に与えられた役割だ」

「『あるもの』、とは?」

 イザヤの問いかけに、ザカリアは肩をすくめた。

「悪いが、極秘任務でね。詳しくは話せないんだ。でもまあ、しいて言えば、『世界の運命を動かすもの』、かな。それらしきものを司祭の寝室で見つけたとスーロフから報告があったのが、一週間前のことだ」

「スーロフから?」

「彼は元々、僕の任務に協力してくれていたパートナーなんだ。彼を雇っていたのは、ラザロだけじゃなかったってことだよ」

 そう言って唇の端を持ち上げたザカリアを前に、イザヤはしばし絶句した。

「スーロフなら傀儡魔になることはないと思っていたんだが、甘かったようだ。機を見て盗み出すよう伝えたんだが、うまくいかなかった。それでも、プロ意識のおかげか、報告は途絶えることはなかったけどね。ラザロの案件に君が駆り出されたと聞き、便乗して乗り込もうと思ってやって来たってわけだよ。地下に行く前に寝室を見たけど、既に持ち出された後だった。だから司祭を捜してたんだ。まんまと逃げられてしまったがね」

「ザカリアさんは、あの村で何が起こっているのか知っていたんですか」

「いや。けどスーロフからの報告で、なんとなく真相は読めた。できれば、君を関わらせたくなかったよ。彼らの誘惑に心が揺れるんじゃないかってことは、予想がついたからね」

 心の内を見透かすような先輩回収人の言葉に、イザヤは鋭い目線を返した。

「私は、機構の回収人です。彼らの語る絵空事に付き合う道理はありません」

「君は嘘が下手だねえ」

 ザカリアがくすくすと笑う。

「動揺すると、君の睫毛は震えるんだ。さっき僕が『地下にあった絵』と言ったときもそうだった。君はあの絵に惹かれていた。あそこでの生活に、少なくない魅力を感じていたんじゃないか?」

「どう感じようが関係ありません。行動を見て判断してください。私は、回収人としての任を果たすことを選びました」

「うん、それはわかっているよ。君は立派な回収人だ。けど、秘密を抱えているよね。背信行為に当たるかもしれない、重大な秘密を」

 ――来た。

 イザヤは魔石を握る手に力を入れた。白い渦を孕んでいるだろうそれは、手袋の中でとくんと震えた。

「ラザロ。そしてスーロフ。君はこの二人に、『ユダ』とは違う魔術を放ったね。おそらく、修道院で君もかけられた、ディアナの魔術じゃないかと思うんだけど」

 イザヤはゆっくりと目を上げ、ザカリアの右目を見つめた。嘘をついたところで、逃れられはしない。どのみち秘密を握られてしまうのであれば、ここはひとつ、エレミヤにあやかって「賭け」をしてみるのもいいかもしれない。

「その前に、ザカリアさん。ひとつ、確認してもいいでしょうか」

 言われて、ザカリアは意外そうに片眉を上げた。

「確認? 何かな」

「どうしても、わからないことがあるんです。教会で傀儡魔になったとき、ラザロさんはこう言いました。『どいてください、ザカリアさん。私はイザヤさんを斬らねばなりません』と」

 イザヤの静かな言葉に、ラザロはゆっくりとうなずいた。

「そうだね。確かに、そう言っていた」

「なぜでしょう。彼は『この世界から稀人を殲滅させ、すべての魔力の痕跡を払底する』ことを目的に剣を振っていました。なのにどうしてザカリアさんを無視し、私だけを斬ろうとしたのでしょうか」

 このことに気づいたのは、炎を背に村を出た後のことだった。傀儡魔と化したラザロを前にしていたときは、彼の言葉に胸を引き裂かれるような思いになっていたため、冷静に考えることができなかったのだ。

 ザカリアは唇を引き結び、視線をラザロのほうへと向けてから答えた。

「それはおそらく、ラザロの個人的な感情が関係しているんじゃないのかな。彼は、特に君に執着していたようだからね。愛情が、憎しみに変わったんだろう」

「それは違います」

 イザヤは即座に言葉を返す。

「大天使ミカエルは、主の命令を実行するだけの駒に過ぎないのですよ。ザカリアさんは、主が悪魔を愛していたと考えているんですか? ラザロさんの中には、初めから私への愛情などなかったのですよ」

 次第に強くなる語気と呼吸。イザヤはザカリアから顔をそむけ、膝の上で拳を握った。

 ラザロはイザヤを「悪魔」とみなしただけでなく、「化け物」だと言った。黙示録にそんな言葉は記されていない。あの言葉はおそらく、彼自身の意志から来るものだったのだろう。

「言っていて、つらくないのか」

「つらいですよ」

 吐き捨てるように言う。

「けれども、今は自分のちっぽけな心にかまっている場合ではないのです。私は、機構の回収人としての務めを果たさねばなりません。事実を、確認しなければならないのです」

「事実?」

「あなたはあのとき、ラザロさんと私を残して部屋を出ていきましたね。魔力を溜めるためだと言っていましたが、本当は、ラザロさんがあなたを無視していることを私に気づかせまいとしての行動だったのでは?」

「単なる推測だな」

 一笑に付したザカリアを、イザヤは乾いたまなざしで見つめた。

「続けます。以前、『大事なもの』について尋ねたとき、あなたはご自身を必要としてくれる人に報いることだと答えましたよね」

「ああ」

「私はそれを、機構のために働くことだと解釈していました。でも、実際は違う。あなたは機構ではなく、教会のために働いているのではないですか」

 イザヤの顔を見つめたまま、ザカリアはゆっくりとまばたきをした。しばしの沈黙が、二人を包む。

「なぜ、そう思う」

「ラザロさんの言葉で、ずっとひっかかっていたものがあるんです」

 ――ザカリアさんだって初めて会ったときはいい男だと思ったけど、修道院で君を見たときにはその印象も霞んじゃったよ。

「その言葉からは、ザカリアさんと私と出会ったのが、それぞれ別々のタイミングだったことが窺えます。それだけ見れば、何もおかしなことはありません。あなたは教会との折衝役を務めているのですから、修道院の一件の前にラザロさんと出会う機会はいくらでもあったでしょう。けれどもザカリアさんは、修道院でラザロさんに真っ先に『初めまして』と言いました。あなたは私がいた手前、教会との裏の繋がりを悟られまいと咄嗟に初対面を装ったのではないですか。そしてラザロさんもそれに応じた」

 ザカリアは黙ったまま表情を動かそうとしない。イザヤは続ける。

「理由は、他にもあります。先ほどあなたが言っていた、ラザロさんに対する『警告』のことです。あなたは『たびたび警告していた』と言いました。もしあなたたち二人が修道院の一件で知り合っただけの関係なら、『たびたび』警告するというのは不自然です。つまり、ラザロさんとあなたは、旧知の仲だった。だから、稀人であるにも関わらず、傀儡魔化した彼はあなたを特別視して除外したのです。あなたが、教会側の人間だから」

 イザヤの言葉を聞きながら、ザカリアはジェリコ村のほうへと目を向けた。しばしの沈黙の後、くくっという笑い声が上がる。

「やられたよ。油断してしまったようだね」

 ザカリアは目を細めてイザヤを見た。

「そうだよ。僕は、君とは違う。書類上は機構で育ったことになっているが、実際は幼い頃に教会に拾われて十歳までそこで育った、元野良稀人だ。僕を拾ったのは、ニコデモの言っていたイサク司祭だよ」

 そこで言葉を止め、ザカリアはイザヤの顔を覗き込んだ。

「イサク司祭。稀人の教育係をしているとき、傀儡魔化した司祭だ。名前と同じ主題、『イサクの犠牲』の魔力に突如取り憑かれた。廊下で拾った小刀をそのまま持ち歩いていて、それがアトリビュートになったそうだよ」

 イザヤは、ザカリアの視線を固まった横顔で受け止め続けた。まさかという驚きと、やはりという安堵が、同時に胸を支配する。イサク。それが少年時代、イザヤに初めて絵を見せてくれたあの老司祭の名なのだ。

「教会は、傀儡魔化した代償として彼に巡礼を命じたんだ。馬も護衛もつかない、長距離の巡礼だ。案の定、すぐに行方知れずになってしまった。でもまさか、密かに同志を集めていたとはね」

「ザカリアさんは……イサク司祭に育てられたのですか」

「いや。教会で僕を育ててくれた司祭は、今のカナン支部長だ。イサク司祭は、拾った僕を上司に届けただけ。それ以降関わりはないし、僕が教会で育ったことは知らないはずだよ」

「そう、ですか」

 二人の稀人の子供と、ほんのわずかな間だけ関わったイサク司祭。今の自分を取り巻いている状況の根底に彼の存在があったことを知り、イザヤは改めて彼の優しい表情を思い起こした。

「彼は……イサク司祭は、どこにいるのでしょうか」

「それはわからない。教会でも捜し続けているが、まるで成果がないんだ。だがニコデモははっきりと『合流する』と言った。何らかの形で連絡を取り合っていたんだろう。今回のことは大きな前進だよ。イサク司祭の足取りが、初めて掴めたんだからね」

 ザカリアの話を聞きながら、イザヤは自身の中の罪悪感が、だんだんと別のものに変じていくのを感じていた。

 ――会いたい。会って、話がしたい。

 なぜあのとき、小刀をすぐに返さなかったのか。

 この世界のことを、イザヤのことを、どう感じ、どう思っていたのか。

「教会と機構に罪を償わせ、世界を浄化させる」などという途方もない夢を抱くきっかけは、一体何だったのか。

 今、どこにいるのか。回収人となった自分と再会したら、何と声をかけるのか。

 ただただそれを、知りたいと思った。

 ――求めれば、与えられるのだろうか。

「さて。これで、君の『確認』は終わりかな」

 ザカリアが静かに微笑む。

「今度は君の番だよ、イザヤ。その魔石のこと、教えてくれるんだろう?」

 イザヤは、無言で拳を握った。そうして、魔石に魔力を溜められること、別の魔術を吸収できるらしいことをザカリアに告げた。あくまでも実験であり、「世界を作り替える」という目的については明かさなかった。

 魔石に何が起こっているのかイザヤ自身にもわからないことを知るや、ザカリアは大変面白がった。

「なるほど、育つ魔石か。いいね。面白いよ」

「機構に、報告しますか」

 ザカリアは、溶けそうな笑みをイザヤに向けた。

「さて、どうしようね。君はどうする? 教会の間者として、僕を機構に差し出す?」

「その場合は、あなたも私の秘密について報告するのでしょう」

 そうなれば、イザヤとザカリアだけでなく、二人の『目』も同時に処罰の対象になる。問題行為を知りながら放置したことになるからだ。

 ところがザカリアは、笑顔のまま首を振った。

「いいや。そんな『場合』は起こらないよ。君も、君の『目』――エレミヤ君も、機構に僕のことを報告することは決してできない」

 イザヤは瞠目した。一瞬、聞き間違いかと思った。注意深く、ザカリアの表情を見つめる。その自信に満ちた笑みに、イザヤは信じられない思いで唇を震わせた。

「なぜ……なぜ、彼の名を」

「僕の『目』は優秀でね。影のように機構内の様々な場所に侵入することができるんだ。回収人が立ち入れるのは、せいぜい文書庫の開架くらい。けど僕の『目』は、閉架はもちろん、限られた職員しか知らないスペースにも立ち入ることができるんだよ。本来なら持てないはずの魔石を、彼が持っているからだ。教会経由で手に入れたものだから、機構は全く気づいていない。本当に笑えるよ」

 そう言うと、くっくっと声をかみ殺すように笑った。

「イサク司祭の傀儡魔化とその顛末も、彼が秘密裏に手に入れたものなんだよ。そして、エレミヤ君のことも、イザヤ、君のこともね」

 指先が、石のように冷えていく。ザカリアは、ゆっくりと膝に頬杖を突いた。

「イザヤ、君はイサク司祭のことを知っているんだろう? あのとき彼が教育していた稀人が君だってこと、僕は知ってるんだ。君と初めて出会ったとき、まるで生きていること自体が罰だと言わんばかりに影を背負っているのを見て、なるほどと思ったものだよ。君はずっと、あの事故に対して罪悪感を持って生きてきたんじゃないか?」

 ザカリアの言葉は、胸を抉るようだった。イザヤは彼の問いには答えず、ぎゅっと拳を握る。

「そろそろ過去の呪縛から逃れる時期が来たんじゃないかな。君は悪くない。イサク司祭が、拾った小刀――手術用のメスを、すぐに返さなかったのがいけないんだ」

「あなたがどんな情報を手に入れたのかは知りませんが」

 イザヤは握った拳に力を入れて、ザカリアをきっと見返した。

「私がどんな思いを抱えて生きてきたのかなど、あなたにわかるはずがありません」

「わかるよ。見ていれば、わかる。君はまだ子供だからね。子供というのは、純粋で無知だ。わかりやすいんだよ、君は」

 言いながら、すっと笑みが消えていく。自身の赤い左目を指差し、ザカリアは続けた。

「知ってるかな。『目』の肉体は、機構の建物の中でもかなりの深奥部に隠されているんだよ。意識がない間は人形のように無防備になる。誰かに傷つけられても、すぐには気づくことができないからね。だからその居場所は職員でもすぐにはわからないようになっているんだ。ただし、例外がある」

 動かない赤い瞳に、同じく動こうとしない自身の左目に意識を向ける。――まさか。

「例外とは……ザカリアさんの、『目』のことですか」

「察しがいいね。僕の『目』は、君の相棒――エレミヤ君とおしゃべりをしている最中だよ。拘束されていても、随分と元気があるようだ。伝言があるなら伝えようじゃないか」

 飛び上がるように立ち、ザカリアを見下ろす。歯の隙間から、荒い息が漏れた。

「一体、いつ……!」

「村を出る少し前だよ。エレミヤ君も油断していたようだね」

 そう言うと、ザカリアは目を細めた。

「外傷を残さずに殺す方法はいくつもある。エレミヤ君の場合は、過去の経歴からして、突然死したとしても特に問題視されないだろう」

「あなたは……私を、脅しているんですか」

「そう取ってもらってかまわないよ。簡単なことだよ、イザヤ。互いの秘密を守り、これまでと同じように任務をこなしていくか。相棒を見殺しにして、証拠のない密告をするか。考えるまでもない二択だと思うけどね」

 イザヤは目を伏せた。答えはもう、初めから決まっているようなものだった。

 大事なもの。迷ったときに思い出せと言った本人を前に、イザヤは右手を強く握り込んだ。屈辱感が、黄色い魔石に熱を添える。

「――わかりました。あなたと、同盟を結びます」

 イザヤの言葉に、ザカリアはうれしそうに微笑んだ。

「賢明な判断だ。安心したよ」

「エレミヤさんを解放してください」

「もちろん。彼を自由にしてあげてくれ」

 自身の「目」に放ったらしい言葉のすぐ後で、イザヤの頭に懐かしい吐息が響いた。

『イザヤ』

「エレミヤさん! 大丈夫ですか」

『すまない。警戒はしてたんだが、むこうが一枚上手だった。奴の魔術のせいで、意識を左目に戻せなかったんだ』

「無事なんですね」

 合間に聞こえる苦しそうな吐息に、イザヤの声にも力が入る。

『ああ。まったく……なんて、奴らだ』

 ザカリアの左目がきらりと光り、イザヤを見た。その赤い瞳に、ぞくりと背筋が冷える。

「なあ、どうせなら秘密を守るだけじゃなく、より強固な協力関係を築かないか?」

 あくまで楽しそうな口調でザカリアが言う。

「例えば、こういうのはどうだろう。ニコデモ司祭の捜索に協力してくれないか。その代わりこちらは、機構の情報を渡そう」

「機構の、情報?」

 不審に眉をひそめたイザヤを見て、ザカリアはにっこりと微笑んだ。

「君はその魔石を使って、何か大きなことを成し遂げようとしているんだろう? 君の右目は、僕の右目と同じだ。その奥底に、大きな何かを隠している」

 イザヤは思わず、ザカリアの緑色の瞳を見つめた。

「もうわかっているだろうが、僕の極秘任務は機構ではなく、教会から下されたものだ。この任務が成功すれば、教会は非常に重要な鍵を手にすることになる。そこに機構の情報が加われば、よりよい未来を創る材料にできる」

「その『未来』とは、教会にとっての未来、という意味ですか」

「世界にとっての、だよ、イザヤ。もちろん、僕らにとっての未来でもある」

 僕ら、という言葉に、イザヤのまぶたがぴくりと動いた。

「僕ら稀人は、恐れられているんだよ。僕らは、強くて美しい。すべては人間の勝手な解釈の下にある。多くの人間にとって僕らは悪魔だが、イサク司祭やニコデモにとっては新しい世界を創る希望の光だ。魔術だって、捉えようによっては悪魔の奇術にも、神秘の奇跡にもなる。どちらにせよ、僕らが異質な存在であることに変わりはないがね」

 黙りこむイザヤを見て、ザカリアは「そうだ」と手をたたいた。

「機構の情報を渡すだけでなく、ニコデモ司祭の情報も二人で共有しようじゃないか。君にとっても悪い話じゃないはずだ。君は、イサク司祭に会いたいんだろう?」

 どくん、と心臓が鳴った。言葉を失ったイザヤを前に、ザカリアはくすりと笑う。

「なあ、イザヤ。イサク司祭は、なぜ小刀を持っていたんだと思う? 本人は、返すのを忘れていただけと言っていたらしいけど」

「わかりません。今となってはもう、知りようがありません」

「僕は、こう思うんだよ。本当は、何か別のことに使いたかったんじゃないかって」

「別のこと?」

「そう。例えば、鏡とか」

 イザヤは目を見開いた。手術の後の、刃面に映し出された瞳が脳裏によみがえる。

「彼は君に、君自身の美しさを知ってほしかったのかもしれないよ。それはつまり、自分を知るということだ。君が価値あるものを持っているということに、気づいてほしかったんじゃないかな」

 そう言うと、星屑の散った緑色の瞳を、静かにイザヤに向けた。

「イザヤ。君は繊細で幼いけれど、すごく面白い。君と同盟を組めること、喜ばしく思うよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る