獣のアイアシアド(前編)

 マーシャル、イヴォーナ、エーリックの三人は、ツェザールとその仲間たちの三人を加えて、六人でダンパの森を進む。ツェザールが先頭でナタを持って、邪魔な若木を打ち払う。殿はマーシャルが務め、エーリックは後ろから二番目、イヴォーナは同じく三番目だ。

 しばらく歩いたところで、マーシャルがツェザールを呼び止めた。


「待て。この道は何だ?」


 今まで六人は特に深い考えもなく、通りやすい場所を通ってきた。だが、そのことが既におかしいのだ。未開の森の中に広い道ができている。道として整備されているわけではないし、足跡も消えているが、地面が平らに踏みならされている。明らかに大勢の人が歩いた痕跡。

 マーシャルはハッとして、歩いてきた道を振り返る。これまでは魔獣たちが、道を荒らして痕跡を消していただけなのだ。この近くには魔獣も近寄らない何かがある。


「ツェザール、引き返そう」

「いきなりどうした? ここで帰るわけにはいかない。本当に悪魔がいるなら、確かめなくては」


 マーシャルの様子がおかしいことに、イヴォーナもエーリックも感づいた。イヴォーナはツェザールたちの前で、あえてマーシャルに問いかける。


「悪魔がいる?」

「おそらく」


 魔獣どもは狂暴化しても、悪魔を襲わない。主人のように従うのでもない。ただ恐れて距離を取る。悪魔の軍勢の走狗として、ともに人間の集落を襲うこともあるが、互いに連携しているわけではない。悪魔の行動の妨げにならない程度に、勝手に人間を襲うだけである。

 しかし、悪魔や魔獣について詳しくない外国人のツェザールたちには、魔獣とは全く異なる悪魔の危険性が分からないのだ。

 そもそも彼らは悪魔の実在からして疑っている。聖別されたものや聖句の効かない『悪魔』とは何なのか? 仮に存在していたとして、今も健在なのか?


「君たちだけで引き返すなら止めはしない。私たちも危険な存在を確認したら、すぐに撤退する」


 ツェザールは落ち着いた声でマーシャルに告げたが、つまりここで撤退する気は全くないのだ。

 マーシャルは一つ深い息をついて、ツェザールに言う。


「いや、俺たちも行く。あんたらを置いて帰ることはしない」

「ありがとう」


 結局、六人はそのまま不気味な森の中を進むことにした。進めば進むほど、森の闇は深まり、獣の声さえ聞こえなくなる。

 これに気味の悪さを感じないほど、ツェザールたちも鈍感ではなかったが、彼らには彼らの任務がある。何の成果もなく帰るわけにはいかないのだ。



 森の中の奇妙な道は、分岐もなくただ一本、さらに深い闇の中へ続いている。もう明かりなしでは足元も見えないぐらいだ。木々の枝の隙間から見える空は、曇りとは言え少し明るいのに、この地上の暗さは何なのか……。

 しばらく歩いていると、急に先頭のツェザールが足を止めた。彼の視線の先には、一体の人影がある。彼はハンターかと疑ったが、そんなわけはない。


「あれは何だ?」


 ツェザールは冷静に相手を見極めようとした。闇の中に二つの目だけが、ギラギラと燃えている。彼はランタンを高く掲げて、相手の全貌を照らし出した。その正体は獣面人身の怪人……。

 しかし、ツェザールは動じない。盗賊や蛮族には野生の力を得ようと、まじないのつもりで獣の皮を被る者もいる。これが悪魔の正体に違いないと、彼は確信した。


「何者だ!」


 ツェザールはロングソードを引き抜き、構えながら威圧的に呼びかける。彼の二人の連れ合いも、剣の柄に手をかけた。

 獣面人身の者はゆっくり答えた。


「俺は『獣』のアイアシアド。人間よ、俺と見えた不幸を呪え」


 その堂々とした態度に、ツェザールは眉をひそめて少し警戒するも、小物の粋がりだと切り捨てた。


「何様のつもりか知らないが、名乗られたからには名乗り返さねばなるまい。私の名はツェザール」

「ザコでなければ憶えてやろう」


 アイアシアドと名乗った怪人は、牙を見せてニヤリと深く笑う。

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