ダンパの森
スカウト
前回の狩りから二日が経ち、三人はそろそろ次の狩りに出かけなければならない。また近場の森で魔獣を追い回すことになるだろうと、王都の宿の一室でエーリックとイヴォーナは考えていた。ところが、朝の散歩から戻ってきたマーシャルが新しい話を持ってきた。
「二人とも聞いてくれ。王都の騎士団が、近々ダンパの森に出征するらしい。そこで騎士団に先駆けて森の偵察に出てくれる者を募集しているそうだ」
エーリックは目の色を変えて、マーシャルに問いかける。
「行くのか!?」
「ああ、出すものは出してくれるらしいからな。志願者は正午にダンパの森の前まで来いとさ」
もう乗り気のエーリックとは対照的に、イヴォーナは慎重な意見を言う。
「アタシは賛成しない。どうも臭うよ、これは」
「何が?」
マーシャルの問いかけにイヴォーナは顔をしかめた。
「スカウトなら騎士団にもいるだろう?」
「だが、連中は悪魔や魔獣との実戦経験に乏しい。もう何年も王都にこもってばかりだからな。ここらで動かないと、騎士団は存在価値を疑われる」
「そんな奴らが村一つ滅ぼすようなのを相手にできる?」
「四の五の言わずに行くぞ。報酬は小金貨一枚、参加するだけでも純銀一枚だ」
「ますます怪しいって。金に目がくらんだのかい?」
「バカを言うな。分別を失うほどじゃない。詳しくは後で語るが、アテがあるんだ」
「今ここで話せないこと? はぁ、皮算用じゃないといいけどね」
ああだこうだと言い合った末に、結局はイヴォーナが折れる。
エーリックは安堵の息をついた。たとえ騎士団の引き立て役でも、憎い仇敵を打ち倒せるなら不満はない。腰の重い騎士団がようやく動いてくれたのだと、エーリックは前向きに捉えていた。
そして正午、王都を西へと発ったエーリックたち三人のハンターは、ダンパの森の近くに設置された小規模なキャンプを発見する。
既に何組かのハンターが森の中に偵察に入っているようだ。先発の者たちに後れを取ってはいけないと、マーシャルは拠点の前にいる衛兵に話しかける。
「やあ、ご苦労さん。スカウトを募集していると聞いてきたんだが」
「向こうのテントで手続きをしろ」
返ってきたのは見下すような目と、冷淡な言い方。エーリックは反感を覚えたが、マーシャルとイヴォーナは平然と聞き流す。
「はい、はい」
この衛兵は王都のガード、下級官吏だ。王都の人間がハンターたちをどういう風に思っているか、二人はよく知っている。
衛兵の指示どおり、三人は拠点の中に置かれたテントの一つに近づいた。テントの前では数人の役人が書類を整理している。
マーシャルは手近な役人に話しかけた。
「スカウト希望だ」
「名前は?」
「マーシャル。こっちがイヴォーナ。それとエーリック」
「三人だけか?」
「ああ」
役人は三人の名前を羊皮紙に書きこむと、ボロ紙の束をマーシャルに押しつけた。
筆はもらえない。インクが必要だと言えば、貸してはもらえるだろうが、当然タダというわけにはいかない。
鉛筆も万年筆も未発明の時代、インクも容易には手に入らない時は、筆の代わりに小枝を使い、墨の代わりに土や煤、果汁を塗った。要するに、その辺のものを適当に使えというわけだ。
「それに森の地図を描いてこい。注意することなど、詳細に描いてあるほど、高値で買い取る」
「銀貨は?」
「まともに生きて帰れたら渡す。死人に銀貨を配るほど、財政に余裕はないのだ」
それだけ言うと、役人は話を打ち切った。
嫌な奴だと、エーリックは心の中でツバを吐く。今回の偵察でハンターたちの中から死者が出たとしても、どうせ明日も知れない下等民だからと軽く見ているのだ。
キャンプから離れた三人は、いよいよダンパの森に踏みこむ。
その前にマーシャルはイヴォーナに鉛筆とボロ紙を押しつけた。
「マッピングは任せた」
「絵は得意じゃないんだけど」
「ならエーリックにやらせるか?」
マーシャルとしては冗談を言ったつもりだったが、エーリックは本気にする。
「やってもいいよ」
「本気か? 字は書けるのか」
「少しは」
鉱山の村に生まれたエーリックは、方向感覚には自信があった。太陽を頼りにできない坑道内で、自分がどこにいて、どこをどう掘っているか把握することは重要だ。代々鉱員の血筋で、それに関しては天与の才があった。一方で決して学があるわけではないから、文字の読み書きは生活や鉱員の仕事に必要な最低限しか知らない。地方の村落で暮らしている平民は、大人も子供も同様に無教養だ。
「じゃあ任せたよ」
イヴォーナはエーリックに鉛筆とボロ紙を回す。
今度こそ三人はダンパの森に入る――と思いきや、イヴォーナが足を止めて思案顔でマーシャルに声をかけた。
「あのさ、マーシャル……やっぱりこれはおかしいよ」
「何が?」
「分からないのかい? スカウトってのは普通、素人は弾くもんだ。足手まといにしかならないからね。だけど、あいつらアタシたちの経歴すら聞こうとしなかった」
「やる気がないのかもな」
「どういうこと?」
「逆に素人が問題を起こすのを期待してるんじゃないのか? ハンターのせいで偵察に失敗した。だから討伐は中止する。そうなることを望んでいるんだろう」
邪推と言えば邪推なのだが、王国の騎士団に対するハンターたちの評価はこのようなものだ。自分たちは前線に出ないで、堅牢な城壁に守られた王都の中で威張りちらしている。見た目だけは華々しく立派だが、実は臆病な張子の虎。
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