身分階層

 王都マグニポールに着いた三人は、予約していた宿に戻る前に、魔獣から回収した黒い太陽をバイヤーに売りにいった。

 黒い太陽は魔獣討伐の証である。ハンターはバイヤーの仲介で、これと引き換えに国から褒賞金をもらい、生活の糧にする。

 黒い太陽の値段は純粋に大きさと重さで決まる。一般的な相場では、オオカミ型の魔獣なら一個で銅貨十枚前後、クマ型なら一個で四分銀貨二枚、ネコや鳥などの小型の魔獣では銅貨数枚にしかならない。

 実際は何だかんだとケチをつけられて、相場より高値で買い取ってもらえることは少なく、命懸けの割には合わない。それでも小作人や召使いよりはマシだが、王都に暮らす二等市民と同程度の年収しか得られない。


 ハンターには王都の正式な市民になれなかった者が多い。悪魔の軍勢の侵攻から、ノルダン王国の制度は王都中心に変わってしまった。地方領主は戦争で死亡したり、領地を失ったりして数を減らし、辛うじて王都に逃れ着いても、財産が十分なければ二等市民扱い。だから村落の難民は市民にもなれない。

 王族、貴族、官吏、高額納税者の一等市民、安定した収入と住所を持つ二等市民、市民に仕える小作人や召し使いと、それ以下の奴隷という、王都の身分階層から外れた存在がハンターなのだが、本当のところは二等市民以下、小作人や召使い以上という位置づけである。


 バイヤーは王都の端も端の人目につかない片隅で、まともな店も構えずに荷車だけで営業している。魔獣討伐は国が推奨しているにもかかわらず、魔獣そのものが全ての人間に忌み嫌われているので、こういう場所でしか営業を許可してもらえない。

 野生動物のハンティングなら、肉や毛皮を売ることもできるが、こと魔獣については需要がない。ハンターも魔獣の肉を食らったり、毛皮をまとったりはしない。穢れの塊のようなものだからだ。

 現在の時間帯は深夜だが、ハンターの主な活動時間が夜間なので、バイヤーも日没から明け方まで営業している。


「オオカミの心臓、九個だ」


 マーシャルが黒い太陽の入った袋をまとめて差し出し、バイヤーに話しかける。

 バイヤーは商売的な笑みを浮かべたりせず、つまらなそうな顔で事務的に袋を受け取った。そして左手に手袋をはめると、流れるように秤にかける。


「……全部で二斤だな。四分銀と銅二十八」


 バイヤーの価格鑑定にマーシャルは不満そうな顔を隠さなかったが、値段について交渉したりはしなかった。相手は商売人ではなく、どちらかと言うと役人に属する。ちょっとやそっとのことでは高く買ったりしない。売る側としても、全く使い道がないものを買い取ってくれるのだから、文句は言えない。

 とりあえず、四分銀一枚あれば数日は暮らせるが、それは宿と食事だけを考えた最低限の生活の話。実際には次の狩りの準備などで、もっと現金が必要になる。三日に一度は狩りをして、それなりの成果を得なければ、専業のハンターとしては暮らしていけない。


 もらうものをもらって宿へ戻る道中、イヴォーナが独り言のようにつぶやいた。


「そろそろ大物が欲しいね」


 オオカミ型の魔獣を何匹狩っても、大きな儲けにはならない。もっと大きな動物の魔獣か、悪魔そのものを狩る必要がある。

 イヴォーナの言葉を受けて、エーリックは遠慮がちに提案する。


「もっと北か、西の――」

「ダンパの森か」


 マーシャルがエーリックの言おうとしていたことを先回りして言った。驚いた顔をするエーリックに、マーシャルは問いかける。


「故郷の仇を討ちたいんだろ」


 ダンパの森は王都から西に少し離れた、ステンスタッド村の跡地の北にある。昼間でも暗い森で、悪魔の軍勢の侵攻以前から、地元の人間でも近づかないような場所。


「行かないからな」

「えっ」

「一つの村を壊滅させる軍勢を相手に、俺たち三人だけで何とかなると思うのか?」


 マーシャルの断固とした態度に、エーリックは何も言えなかった。文句のつけようもない正論だからこそ、彼の胸の内には悔しさが募る。

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