沈黙する王都

 エーリックがハンターになりたいと言ったのは、復讐心からだった。元々彼は生まれ育ったステンスタッドを守るために、ガードになりたいと思っていた。まだ青かった彼は地道に家業を継ぐよりも、戦士になることに魅力を感じていたのだ。

 当時、ノルダン王国と悪魔との戦争は長らく膠着状態だったが、半年ほど前にステンスタッドが攻め落とされ、廃村となってしまった。これをきっかけに悪魔との戦争が再び激しくなるのでは……と誰もが懸念していたが、予想に反して王都マグニポールの動きは鈍かった。そして、そのまま反攻の機会もなく現在に至る。

 エーリックは国というものを見限り、かつて夢見たガードになることを放棄して、あえてハンターの道を選んだ。そういう事情から、マーシャルもイヴォーナもエーリックの内心をよく分かっていた。


 なおもマーシャルは説教を続ける。


「人間、死んだらお終いだ。なんにもならん」

「分かってるって」

「弓の細かいことはイヴォーナに習え。弓なら剣よりは安全だ」

「マーシャル! 俺はビビッてなんか――」


 たまらずエーリックは反論しようとした。戦いがヘタなのは未熟なだけであって、決して命を惜しんでいるわけではないと訴えたかったのだ。

 しかし、マーシャルはまともに彼の言葉を聞こうともせず、炙った干し肉を持って立ち上がった。


「さて、王都に帰ろう。もう真夜中だ。こんな所で朝を迎えたくないだろ」


 イヴォーナがエーリックの肩を叩く。


「あいつ、あれであんたのことを心配してるのよ」

「……俺がガキだからだろ」


 そう言われてもエーリックはありがたいことだとは思わず、未熟者扱いされていると決めつけて不満がった。

 イヴォーナはやれやれと眉を顰めて小さく息をつく。若い内は見えないことがあるものだ。


 焚き火を消して、三人は王都マグニポールに向かう。

 ノルダン王国と悪魔の軍勢との緒戦で、王都から北にある集落は全滅した。現在、悪魔の軍勢と魔獣の群れは、王都の遥か北――イスフェルトの周辺に陣取っている。

 イスフェルトはどんな生き物も棲めない極寒の地。動物はおろか植物も育たない、ただ雪と氷に覆われた場所。当然、全ての悪魔と魔獣がそこで大人しくしているわけもなく、頻繁に南下しては人々の平穏な暮らしを脅かしている。

 つまり魔獣の主な活動範囲は王都より北で、ハンターの活動拠点は王都に集中するというわけだ。マーシャル、イヴォーナ、エーリックの三人も例に漏れず、そういうハンターたちの同類だった。


 だが……エーリックの故郷であるステンスタッドは王都の西南西にあった。ここが襲撃を受けたということは、悪魔の軍勢は王都を迂回して進攻したということ。

 その重大さを王都の中枢は理解していないのだろうか? あるいは王に国の将来を決めるような決断力がなく、重臣や貴族たちも政争に明け暮れるばかりで、身動きが取れなくなっているのだろうか?

 エーリックが真相を知るのは、まだ先のことになる。

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