黒い太陽

 魔獣は心臓を止めるまで死なない。それはハンターたちの間では常識である。魔獣は頭を潰されようとも、驚くべき再生力で復活する。

 エーリックは地面に転がったオオカミ型の魔獣を、足で転がして仰向けにすると、まず木のメイスで胸部を何度も打ち据えて、肋骨をバラバラに砕いた。そしてショートソードで胸部を切り開き、剣先で心臓をえぐり出す。

 子供の握り拳ぐらいの大きさの真っ黒な塊――これが魔獣の心臓だ。エーリックが魔獣の心臓を拾い上げると、冷気と黒いが彼の手に纏わりつく。

 この不気味な黒い心臓は、ハンターたちの間で「黒い太陽」と呼ばれている。他に類を見ない、あまりに異質な物体なので、素手で触れると病気になるだとか、呪われて精神が狂うなどと言われている。

 そういう噂を知っているエーリックは、穢れたものを扱うような手つきで、魔獣の心臓を巾着に収めた。その後にマーシャルとイヴォーナを顧みる。二人もそれぞれ今回の狩りで倒した魔獣から、心臓を抜き取っていた。

 マーシャルはエーリックの視線に気づくと、追走中とは違って落ち着いた声で彼に指示する。


「来た道を引き返して、魔獣が転がっていたら、心臓を抜いていけ。何もなければ、そのまま森の外で待っていろ」

「分かった」


 エーリックは慎重に森の中を歩いて、倒れている魔獣を探す。

 さっそく一匹の魔獣が倒れているのを発見して、エーリックは駆け寄った。


(この斬り口はマーシャルだな)


 無言で心臓をえぐり出しながら、彼は考察する。

 強い力で胸部を引き裂かれているものはマーシャル。エストックの鋭い一撃でピンポイントに心臓部を貫かれているものはイヴォーナ。まるで二人の性格が表れているようだと、エーリックは一人で感心した。


 彼が倒れている魔獣を一つ二つと片づけていると、後からマーシャルとイヴォーナが彼に追いつく。

 マーシャルはエーリックに問いかけてきた。


「心臓はいくつ抜いた?」

「三つ」

「俺たちが倒した魔獣は、全部で何体だった?」

「えーと、八か九……ぐらい」

じゃなくて、ちゃんと数えてろ。十一だ。拾った数が十一に足りなかったら、取りこぼしたか、逃げられたってことだ」


 狩りの最中でも、マーシャルは仲間が倒した数を記憶している。エーリックは己の未熟さを恥じると同時に、マーシャルに対する尊敬の念を深めた。


 結局、三人が森を出るまでに回収できた黒い太陽は九つ。つまり二つは取りこぼしたことになるが、マーシャルもイヴォーナもあまり気にしてはいなかった。

 森から少し離れた平原で、三人は火を囲んで小休憩する。


「お前、才能ないよ」


 干し肉を炙っている最中、マーシャルがエーリックに向けて言い放った。木の枝を削ってクロスボウのボルトを作っていたエーリックは、ぎょっとして身を竦める。

 直後にイヴォーナがエーリックを庇う。


「狩りは今日が初めてなんだし、よくやってるじゃないか」


 事実エーリックが狩りに直接参加するのは、今回が初めてだった。それまでは動かない魔獣の解体作業しか任されていなかった。


「そういうことじゃねえんだ。まるでセンスが感じられない。ド素人だ」

「そりゃそうだよ。鉱山の村の生まれなんだから。そんなこと言うなら、あんたはどうだったんだい? マーシャル、あんたの初めての狩りは」

「俺か? 俺は……覚えてねえな。そんな昔のこと」


 マーシャルは棒切れで火をいじりながら答えると、その後は沈黙した。

 当のエーリックはと言うと……マーシャルのきつい言い方にショックを受けていたものの、イヴォーナに庇われるのも気まずかった。


「アタシ、知ってんだからね。あんたの親父さんから聞いたことがあるよ」

「それで? どうだって言ってた?」

「親父さんの狩りに張り切ってついてったのに、老いぼれの大シカ相手に一発も矢を当てられなくて、悔しさのあまり大泣きしてたってさ!」

「まだ四つの時じゃねえか」


 マーシャルは鼻で笑うと、また火をいじりはじめた。しばらくして、彼は水を飲みながらエーリックに説教を再開する。


「お前は不器用だ。何をやらせても不細工で、てんでお話にならない。ハンターを続けたいなら、まず要領よくなることだ。あまり必死になるな」


 エーリックはわけが分からず、きょとんとしていた。助言してくれているらしいとは感じるが、今の言葉だけではマーシャルの伝えたい本音を察することは難しい。


「マジメすぎるんだ。全部に全力で向かわなくてもいい。嫌なこと、ダメなことからは逃げてもいい。そうじゃないと、つまらない死に方をすることになるぞ」

「……ああ」


 マーシャルの不器用な助言に、イヴォーナは口元を手で隠してうつ向き、こみ上げる笑いをこらえた。

 誰も口を利かなくなり、重苦しい沈黙が訪れる。その空気をいとうようにマーシャルは説教を続ける。


「移動中の射撃は難しい。狙いすぎるな。大ざっぱに射てばいい。ああいうのは感覚でやるんだ。どのタイミングでどう射てば当たるか、慣れてコツを掴むしかない」

「分かったよ」


 要するにもっと実戦に近い形で練習しろということだ。

 これまでマーシャルはエーリックの未熟さを何度も指摘しては貶してきたが、ただハンターをやめろと言ったことは一度もなかった。

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