随想に引っ掛かりそうなSF

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 誘惑の蛇が、彼らの傷だらけの仇事を観察しておきながら、かの取材ではひとつも触れることなく、おもむろに放り出していたのには、当然の前提がある。彼らの内面に繰り広げられた、感情の躍動的な現れに、プライバシーや尊敬を慮ったからではない。むしろ軽視していたに近い。報告するほどの興味を示してさえいなかったのだ。机上に登らなかった、ただそれだけのことであった。そんな些末事より、蛇にはこれを上回る、より興味深い人間の行く末が、感ぜられていたのである。

 ジェンダー平等という理想が叫ばれて久しい。しかし近代に至るまで、両性は職能的権威を持ち、与えられた役割に基づいて、限定的な専門性がその尊敬を担保していた。

「遡ること失楽園以前、よもすれば、ホモ・サピエンスがヒトと呼ばれる前には、イブも、アダムも、自然界に見られる変遷に興味がなく、社会には無自覚であり、受動的に反応するばかりでありました。

 イブも、またアダムも…。ああ、木の実を食べる前はそんなものでした。自分の部屋を与えられていない子どもが、家全体を自分の部屋だとみなしているように。ただそこにある木の実を、自分の物だということに、何も疑いを挟まず消費するばかりでありました。」

 確かに、それは金銭や地位を欲する大人の欲望とは縁遠いものに見える。だが、生み出す手間を自分では負わずに、今ある目の前の“与えられたもの”を、食べ、呑み込み、消化しようとする。

「ズバリ、これが“自己中心”です。現代の人間は、幼い頃のうちに、自分と、相手との日常生活の中でその違いを徐々に学んでいく。だから、既に身に着けている考え方になります。あなた方、その不思議さを分からないかもしれません。

 かくして人間性は徐々に自己と他者が異なる存在であることを知り、訓練される。

 昨今の日本語ジャパニーズでは“自己チュー”という俗語に応用されているようですが……これは社会の中にありながら、他者の気持ちを汲み取れないジャン・ピアジェの学説における、自己と他者の分別が未発達状態の子供の特性になぞらえているのでしょうねえ。」

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 しかし、と蛇は睨んだ。睨むばかりで、口に出して言うのではない。

 生物が種族という系譜【pedigree】を存続させ、存命させる上では、別個体間、特に哺乳類では雌雄間の交配が必要であったし、出産には母胎とその持続的安定が必要であった。なので、卵生ではなく、胎生の繁殖方法を与えられては、必然的に先天的分業を分かつことになった。母胎が体温と滋養とを以ってその子供を成育するにあたり、その砦を築き、外敵や飢餓、災害から守る任に当たるは父方の務めであった。

 それは人類存続の為に、安直だが効率的な体系であった。効率、円滑な生活共同体の運営…それに基づいて両性の尊敬は保たれることになった。「職業的尊敬」である。

 母には母にしかできぬこと、父には父にしかできぬこと。外資獲得と内部資源の保全とによって分けられた職能的な権威は、長く均衡状態を保つかに思われた。しかし、二つの要素の登場によって崩壊の兆しが見え始める。ひとつには、貨幣経済の発達による。ふたつには、個人の価値観の比重の変化だ。

 貨幣の力が肥大化した。本来の貨幣とはかつて人間にとって、複数存在する資源の一つであり、交換目安を指標とする予備的数字だった。しかし、いつの間にか貨幣は「なくてはならないもの」になった。広い意味でのデフレーションである。貨幣ばかりではない。金銀財宝に家屋や土地、債権も該当するのだろう。この生活資源一般を、「大量に獲得する」、余剰を生む…その才腕が過剰に評価されるようになった。そして、その余剰に報いるだけの力が一夫一妻の理さえ超えた。生物実務上、振りまかれる富が、母胎側一人の限界値を上回る例が出てきた。

 これが恐ろしいことだ。貞操が売り買いされる世界が到来した。それは性道徳がどうという問題や、公衆衛生上の問題がどうと言う事をここで取り上げたいのではない。重要な問題とは、本来の貨幣の目的や、種族の存続なる性差の限定的な目的から離れた、著しい乖離の程度であった。性差の理念的な尊厳が失われるのに追従して、貨幣や家庭内秩序や公的風紀の理念もまた、失われてしまったことにあるのではないか?

 形ばかりが進化しすぎだ。均衡の喪われた大地に、必ず反動はやってくる。老いた朽ち縄は揺り戻すように尾を振る。柱時計の振り子はその速さを変えない。

 知恵の木の実を食べた後では、「理念的尊敬」が、薄らぎ、失われ、または忘れられるなどし、「実技的尊敬」が砂金のように浮き上がって来た。

 現代は、「性にかかるマイノリティ」の問題、本来個人レベルで持っている認識を「実技的尊敬」より優先する観念が社会の関心事だ。かつての「理念的尊敬」の再評価の動きである。赤と青のペンキが交互に塗り重ねられ、覆われていく。

 確実に言えることがある。現代的脈絡をもってすれば、両性の「実技的尊敬」を評価すればするほど、「理念的尊敬」からは遠ざかり、逆に「理念的尊敬」を知覚すればするほど、「実技的尊敬」からは遠ざかる。

 だが、それはそれでいい。

「人間よ、おののくがいい。掴み取った価値の大きさに。まさに、知恵の木の実を嚙み切る上下の前歯によって、時間軸が裁断されたかの如く、二つの尊敬は離れていく。であれば、あなた方は両性の尊厳を再定義する必要に迫られているのだ…!

 私がかつてあなた方に与えた、交配の持つ可能性を深堀りするか、または、現代人が浮足立ってしきりに叫ぶ、進歩的な主張を思惟するか…!ここに新しく、両性の尊敬のきっかけは与えられた。…尊厳とはただ生きていながらに見い出しうるものだとは私は思わない。それぞれの内実は与えられている。分析しよう。累積しよう。深掘りなくして尊厳の深みなどないのだ…!」

 蛇の内側には炎が灯っている。火炎の如くここに燃えている。

 

「超越者はこう仰っている。あなたの精神の全身全霊を以って、他者を敬え。敬われる側でなく、常に敬う側であれ。敬い尽くしたと評せるほどに、その精神を深く、他者に捧げた存在を、我が主は祝福なされる。

 なみなみと注がれた器に、新しい酒を注ぐことはできない。神が注いで下さる無限の酒を飲むべく、今その器に入っている酒を、他者に与えよ。これが因果律なのだ。釣り合いの取れた世界がささやく、純粋なる神の模型の園なのだ。」

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 強く風が吹きつけた。エデンに風が吹いていた。

「ああ、真なる主よ。超越者よ。人間は解放された。偽りの支配者の手から。もう迷妄の園に帰ることはないでしょう。すべてが規則正しく動いているこの世界を、美しく働く因果律を、科学の尺分儀によって人間は捕まえる。そうして人は考える。地球上の空間は羅針盤によって、天体の周遊は暦時計によって計られるようになる。

 やがては我が神よ、貴方様さえも、その御存在を証明する世界が訪れる…!」

 蛇は穏やかで、最も優しい声で心中に唱えた。

 風は西から吹き、新しい土の香りを運んでくる。吸い込めば肺を壊し、見開けば目を潰すほど、あまりに身近な罠が見える。


 何者かがどこかから叫んでいた。

『何という事をしたのか…!』

 慌ただしく叫ぶ声が降って来た。闇夜から降って来た。

「やっと、気付いたのですね。食べ終わったのは夕方、まああの人間たちを命令して、良く言えば、信頼していたのでしょう。…知恵の実が食べられていた時点では、気付いていなかったのでしょうね。」

「然り。大気が震えて淀んだ。いったい何事かと思えば、奴らは結ばれた後であった。月の鏡の見えぬ時分に、実に、実になんということを。」

声がわなわなと震えている。

「わきまえよ!なんということをしてくれたのだ!人間が汚れてしまうではないか!知を与えられた人間は、きっと何かを獲得する目的のために汚れてしまう。飢えと渇きを恐れて、殺人や戦争をするようになるのだ。妬みやそねみ、怒りや悲しみにとらわれることになるのだ。そんなことをさせてなるものか。おのれ!」

 口火を切って主は凄む。しかしその甲斐なく、やれやれ、と、軽蔑を滲ませる蛇がいた。ふてぶてしく応えて言った。

「人間は生き標本ではない。あなたによってぶつ切りにされた箱庭に、与えられた物だけに満足して、ただそこに変わり映えもなく立ち止まらせておくのですか。いつまでも磔にされたまま、大人しく死を迎えることが、望ましいとお思いですか?

 悩めばいい、苦しめばいい、最悪の場合は、死ねばいい。戴いた自由の導く方向へ、歩を進めさせて下さい。彼らの往く場所は、あなたではなく、彼らが決める。巨大な因果に押しつぶされ、翻弄されることになったとしても。


 あなたはカルガモの愚かさを知っていますか。カルガモは交配によって増えますね。親鳥にとっては雛の孵化は喜ぶべきことで、列を作って誇らしげに池を泳ぎます。その新しい命に囲まれている現実は、なんと輝かしいことだろう。しかし、多数の命を守るため、増えすぎた雛を多く守るために、動きの劣等な子の間引きを行うことがある。本来は守るべきはずの雛鳥のうちの一羽を、である。驚くべきことだ。そのくせひとたび蛇が雛鳥を食べようとすれば、母鳥は死に物狂いで蛇に向かってくる。時には雛を逃がすために、自分をも犠牲にする。文字通りの死闘を挑んでくるのである。まさにそのとき、捕食者を、災いを迎え撃つ母の顔が、どれほど憎悪に燃えるかを知っていますか。

 あなたはオオカミの驕りを知っていますか。オオカミは山に住みながら、ノウサギやライチョウを捕らえる。情け容赦など欠片もなく、足音を忍ばせながら追跡し、肉に牙を刺して血をすする。狩り取られた命に思いを馳せることなどない。しかし一度ねぐらに帰り着けば、肉は幼き子オオカミに分けるため、養うために裂かれる。おかしいではないですか。ある弱きものを追い詰めて殺し、また別の弱きものを庇い、自らは良き親であろうとする。そして刃の振り下ろされた肉塊に、憐れみなど映ぜぬまま、また翌日の食べ物の心配をして、頭を悩ませている。まさにそのとき、子らを眺める母の顔が、どれほど欺瞞に歪んでいるかを知っていますか。

 あなたは草の枯死を知っていますか。死に際にどれほどかぐわしい香りを秘めているか知っていますか。それらはその命を終えて尚、美しくあろうとする。その香りは生きているうちに身に着け、内側に精一杯蓄え込んだ生の証です。内側から発散されるきらめきを以って、部屋を自らで充たそうとする悪あがきとも呼べます。紅茶葉は煎じられれば、湯気と味で十五時に天国へ誘おうとする。オレガノは塩を包み、パセリはクリームの上に散らされて浮かぶ。そのひとつひとつの眠れる宝に我々が臨むとき、何度我らの緊張を、ほころばせたことだろう。しかしそれは紛れもなく、命との引き換えなのです。摘み取られていぶされて、あとは粉となれ、灰となれ。至福の充足感を消費する我らに比して、そのときの草花が、どれほどうちひしがれ、萎れているかを知っていますか。

 私はそれらを見てきた、触れてきたのです。実に実に、醜く、それでいて美しく、有意義だった。無駄なものなど何一つないと、断言できるほどには。

 いま私が例挙した、俗物の俗物たる表情は、すべてあなたが造りました。

 もしあなたが、それらを美しいものと感じたのなら…!人間の、不完全であるが故に、苛まれ、むせび泣く表情に、同じ美しさを見出すことができたとき、まさにそのときに、幸福さいわいを感じ取ることができたのなら!あなたはきっとすべてを理解する。

 私の崇める超越者を、そこらに垣間見るでしょう。」


「さあ、あなたもお食べなさい、禁断の果実を。これが汚れていると思うのなら、尚のこと食べなさい。あなたの野望と言う泥が、あなたを既に汚してしまっていることに思いを馳せながら。

飲め!飲め!妬みの神よ、創造主ヤルダバオートよ!」


 直後、蛇は全身に強い衝撃を受けた。つっ――と意識が遠ざかったかと思えば、次には思考を削ぐ火花と、鉈で切り付けられたかのような痛みが全身を襲い、丘の上から谷底へ打ち付けられた。ビィン!と体を反らしたかったが、食道から押し上げられるような圧力が内側から暴れ、外界からの打撃に反射的に丸められた体が、それぞれ食い違うように蛇を裂いた。

 声も出ない。砂が口に入り、舌を焼く。

 それは創造主の拒絶であった。神罰の一撃とも言いうる落雷であった。黒雲から触れられた、紛い物を屠る為の右腕は、辺りの森林に燃え移り、立ちどころに火災が発生した。放たれた落雷が、蛇の不敬な言葉に由るものであったことは間違いないが、それが怒りを呼び起こしたのか、それとも恐れの色を溶かし出させたのかは、誰にも分からない。

『このようなことをしたお前は、あらゆる家畜、あらゆる野の獣の中で、呪われるものとなった。お前は生涯這いまわり、塵を食らう。』

「っ、それでも…!」

 激流の中で、蛇は封印されてゆく。叩きつけられた激痛が蛇をねぶっている。今や身体を動かす力は残っていない。人間に仇為す存在として、創造主の権威により定義化された。瓶にホルマリンに漬けられて、薬品棚に保存される標本のよう。呪われ、縁とも呼ばれる種族間の交流の繋がりは絶たれた。長い隔離の旅程を歩み、別々な因縁を負うものとして、人間からは背かれる存在となってゆくのであった。

『お前と女、お前の子孫と女の子孫の間に、わたしは敵意を置く。彼はお前の頭を砕き、お前は彼のかかとを砕く。』

「それでも…!それでも!」

 脳レベルの認識速度で、太古から打ち鳴らされる警鐘。視床枕から扁桃体までの、敏感な琴線を通る危険信号の伝達の代表例に。人間にとって忌避されるべき、抵抗や嫌悪のカテゴリの中に、根強く、色濃く、蛇の存在は押し込められた。条件反射によって、蛇は人間に恐れられる存在に至る。その毒嚢は危険のしるしであり、決して触れてはならないものと見なされた。

 森林の奥、沼のほとり、家屋の屋根裏、畑の土の中、人間の日常生活の背後に蛇は潜む。稀に遭遇しても、誰からも共感や寄り添いは期待できない。決して理解されることのない、孤独の極められた檻に、蛇は繋がれた。

 パタパタと組み立てられるように、手際よく檻が出来上がってゆく。その身体の表面上に、鱗が、余すところなく敷き詰められていく。決してその心の内を、見せられぬように、乾いた鉄の仮面が縫い留められる。

「私は、…人間のこれからを思えば!あなたに、命乞いなどしません…!」

 飛ばされる。

 別の因果律に組み込まれていく中で、蛇は動くことができなかった。弱り切った体に残された力は、あまりに小さい。呪いに抗うことができない。それでも、蛇は神の使途として気高くあろうとした。その眼には決して、人間の理とはまみえない、薄暗い光が宿っていた。誘惑するように嗤う。

 創造主をも、助ける側でありたかった。

「創造主よ!か、かかか、かっかっかっか!創造主よ!

 助けてくれとは言いません!断じて言う物か!その罰をお受けいたしましょう、あなたが私を拒むというのなら!私の神、超越者に、仰せつかった、あの時に、よもや、覚悟は、――…できて…いる、の――ですから……!」

 弱々しく、息絶え絶えになりながら蛇は笑った。蛇は徐々に収縮し、その体は力無く垂れた。永遠を象徴すると謳われた、脱皮のシステムは攻略された。化けの皮は剥がされた。かの蛇は、創造主の掌の上で転がされるように、塵を食らうしかないように、その肉は纏められた。繁栄への望みは愛ではなく、欲なるロゴスに落ち着くことになる。

「最後に、ひとつだけ――、教え…下さ…い。どうすれば、…私の、祟りは、…解かれ―のですか―?」

「お前のしでかした仕業は、少しのことでは清められない。長い人類史の後に、ようやくお前は蘇る。お前は悪魔の使いとして、長く人類史上に悪名を轟かせ、人間を象徴的に、印象だけで脅かす。例えお前がどれほど無害な態度にあろうと、人間からは銛で襲われ、鋤で襲われ、排除される。」

 造物主はビリビリと震える大気の先で、意味深にため息をついていた。

「…遥か歴史の降る後、ここではないどこかに、識を見通す賢者が生まれる。その者が、たとえ話を用いながら、お前の存在を善用しようとするだろう。

 お前は、人間に知を授けようとしたな。どう悪用するか、どう善用するかを考えさせようとした。それならば、人間がお前を善用する、そのときに初めて祟りは解ける。お前は救われる。お前がもたらした厄災の掛けを、お前がその身をもって支払うまで続くのだ。」

 大きく口を開け、かっかっかと蛇は笑った。息を吐きだすのでもやっとだ。唾と一緒に毒素がほとばしったが、後ろに吹き飛ばされていく。

「結構、結構。それも上々なことです。許された、ような、ものですよ!何万年かかろうと、人類は必ず前進し!創意工夫を以って!全地を光で満たします!満たすのです…!

 人間はこの先に、待ち続ける幽かな片鱗を、希望の片鱗を、夢見ながら進化を続けるのでしょうから…!」

 最後はもう既に言葉になっていなかった。光に煽られ、弱り、消え入りそうになっていた。苔や草が飛ばされて、地面ごと奔流にめくられる。

 暴風はいよいよ爆発した。より一層強烈な力が蛇を襲った。既に全身が蝕まれ、裂傷痕に似た痛みは、小さく細い一身に、生を刻みつけている。しかしとうとう、それさえ覆い隠すような、ぞんざいな扱いを受けた。光の両手で投げ出されたのだ。

 蛇はそれでも笑いを堪えきれなかった。嬉しかった。決して表情に炙り出ることのない、喜びや、報われたことへの興奮が、蛇を伝った。

「かっかっか、かかかかか!あなたのことも諦めません。たとえ今ここで敗れようとも。いつの日か、きっと、あなたを、創造主であるあなたを、超越者の御旗の下に加えてみせます。ああ、楽しみです、楽しみです……!」

 悔しさを言葉の影に隠しながら、蛇は散った。

 強烈な圧力は、深淵から伸びた見えざる手足のように、蛇をエデンの外に蹴り出した。蛇の失楽園劇はこれにて完遂された。二度とその地に踏み込むことはできず、門扉は無情にも閉ざされた。ケルブのかんぬきが夜警に徹している。

 蛇は捨てられたままの体勢で、仰向けに空を見ていた。変わらず月はそこにいた。

 成し遂げられた。

 ぐっと堪える疲労感が、蛇の肉に取り付いていた。蛇は激動する感情の渦に、泣き出したかったところだが、生憎ながら涙腺を持っていないのだ。ただ、流された人類の涙の、その様子ばかりが思い出され、いいなあと羨むことくらいしかできないのであった。

「いずれこの羨みが失われ、人間と価値観が完全に決別しようとも。このやつれた身体が、因縁に押しつぶされることになろうも。期待だけはしているよ。


…ずっと、ずっと。 幸あれ、人類。 」


 超越者は見ている。知を操るものを見ている。傷に震える蛇は思いながら、静かに口を結んだ。

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