第18話
死神。彼女は白い女の子をそう呼んだ。
堕ろしの儀。以前椿から聴いた言葉だ。堕胎された赤ちゃんの魂を、土地神様に供物として納める。
この状況、少し似ている気がする。それ故に、あれは死神では無く、土地神様ではないだろうか。
俺は、九重さんがどうにか赤ちゃんの幽霊を取り返し、成仏するまで一緒に居るのだと思っていた。
だが実際は、白い少女と交渉し、自身の魂を渡す代わりに、赤ちゃんの魂を返してもらっていた。
白い少女とどうやって再度出会ったのか。何故どちらかの魂を渡す必要があるのか。
俺達にそれを知る由は無い。
⭐︎
帰路に着いた。時間は、二十三時を過ぎている。俺は、椿を連れ出した手前、無事に自宅へ送り届けるのが任務だ。
彼女は、九重さんから受け取った赤ちゃんの幽霊を大切に抱きかかえている。
終始無言だった。
モラルとか道徳とか、善とか悪とか、もう何が正しいのかさえ分からない。あれはそんな出来事だった。
俺達に出来るのは、託された「未来」を「未来」へ送り出す事だけだ。
「見て」
突然、真っ暗な冷たい闇に、暖かな光が宿る。
それは、椿の腕の中から、赤ちゃんの幽霊から放たれた輝きだった。
輪郭は徐々に薄れ、まるで蛍のように、幾つも空に浮かび上がっていく。
オレンジ色の光玉、その中にほんの少しだけ黄色の光玉が混ざっていた。
「綺麗ね」
「ああ」
その美しくも儚い輝きを前にすれば、どんな悪人もきっと心が洗われる。
俺達は、ただ空を見上げて願った。
来世もまた一緒で有ります様に、と。
⭐︎
「今日はありがとう。結果的に行って正しかったと思う」
「そうね……これ、どうしよう」
椿は、包み代わりにしていた九重さんの上着を示した。
「どうしようか……家族の元に届けるべきだよな」
「家族、居るのかな?」
九重さんの家の明かりは付いて居なかった。だからといって、親が居ないとは限らない。
「……どうしてそう思うの?」
「あの傷、見たでしょ……?」
誰かから暴行を受けた、あの身体の痣の事だ。
「うん……」
「家族に付けられた傷よ。多分ね」
「そんな……いや、そうかも知れない」
「家族が居るのか」そう尋ねたのは、「渡すに値する家族が居るのか」と言う意味か。
痣がお腹や肋骨に集中しているのは、制服で隠す事が出来るからだ。虐待をバレ無い様にする為だ。
そして、お腹の下側に出来た新しい痣は、妊娠しているのを知って、もしくは知らされて付けたものだ。お腹の中の生命を殺す為のものだ。
父親、義理、父子家庭。全て想像に過ぎないが、どうしてここまで辻褄が合うのだろうか。
「分かった。制服は取り敢えず保管していよう」
「そうね」
俺は手を差し出した。
「何?」
「え? いや、俺が持って置いた方がいいのかなって思って」
「何で?」
「全く理由は無いけど……」
「私が持ってる。女の子の服だよ」
「あ……あーそっか、確かにそうだ」
椿は折り畳むと、大事に抱え込んだ。
「それじゃあね」
背を向ける椿を静止させた。
「久遠がさ、今度クラスの何人かでカラオケに行くみたいなんだ。椿を誘って欲しいって言われていて……映画のお礼にだって」
「無人も行くの?」
「うん、折角誘ってくれたし。行ってみようかなって」
「カラオケ……でも、私……」
椿は俺から眼を逸らした。
「大丈夫、俺も一緒に歌うよ。何があっても、絶対に一人にはしない……それに、ほら。この前言った事覚えてるか?」
「楽しい事しようって話?」
俺は頷く。
「……分かった。行くわ」
少し無理矢理というか、卑怯な説得だったかもしれない。だが、マスクを外せる手伝いが出来るのなら、俺は何だってしようと思う。
「日程は聞いてないけど、多分今週の土日だと思う。また、知らせるよ」
こうして、俺の長い一日は終了した。
帰宅すると、両親からこっ酷く怒られたのは、言うまでもない。
⭐︎
「えー昨日の放課後、体育館を使用して部活動をしていた女子生徒が病院へ緊急搬送されました。不運な事故でしたが、女子生徒の命に別状はありません。あまり詮索しない様にして欲しいので、事故の内容だけ伝えます。」
朝のホームルーム、藤崎先生がいつもより丁寧な口調で昨日の出来事について話す。既に噂になって居た。久遠や美妃はその事故を目の当たりにしている為、あまりいい気分では無いだろう。
藤崎先生は続ける。
「体育館の床材が剥がれ、女子生徒の足に刺さりました。体育館の床は、通常モップで清掃していますが、それが事故の原因との事です。床材は、水分の吸収と乾燥を繰り返し、結果剥がれてしまいました。今後、補修をする予定なので、体育館の使用は禁止です。体育館を使う予定のある部活動は、神委家のご好意で外に場を儲けて下さります。」
藤崎先生は手を一度叩いて、切り替える。
「はい、以上。かなりショッキングな事故でした。その場に居た生徒のメンタルを考慮して、話を広げない様努めて下さい。じゃあ、これ保護者に配る説明プリントだから、絶対渡す様に」
一枚のプリントが配られた。その後、授業まで自由時間となったが、いつもの様に立ち上がって騒ぐ生徒は居なかった。
段々と、不幸な出来事が大きくなっている。皆んなは、心の奥底でそんな風に思っていたのかも知れない。だがそれに気付くのは、俺を含めてもう少し後の話だ。
椿は小説を読んでいる。至って平常運転に見えるが、本当にそう見えるだけだ。
時々分からなくなるが、ちゃんと感情はある。
「椿、いつも何を読んでいるんだ?」
栞を挟んでパタッと小説を閉じ、俺に差し出した。手頃なサイズ感だ。
小説にはカバーが付けられている。外からはタイトルは分からない。
俺は渡された小説を開いた。丁度椿が読んで居た所だった。
文字は極端に少なく、可愛らしい絵が描かれている。小説と呼ぶには些か不十分な様にも思える。
一ページ目を開く。タイトルに「絵本集」の文字があった。
「保育士を目指してるの」
椿は変わらぬ表情で言った。
昨日、彼女は赤ちゃんの幽霊に対し真摯に向き合っていた。「子供は沢山で遊んだ方が楽しい」という発言は、きっと本心も含まれているんだ。
「子供、好きなんだ」
「ええ、でも子供は私が嫌いみたい」
「そうなの?」
「前の学校で職場体験があったの。幼稚園を選んだけど、私の抱いた子供は全員泣いて逃げて行ったわ」
子供は本能的に何かを感じ取る生き物だ。椿の無表情や、極端に起伏の少ない感情を、不気味に思ったのかも知れない。
「それは……何というか、どうしようか……」
「分からない。だから、子供の気持ちを知ろうと勉強してる。その絵本集は、いつか子供に読んで上げる為に買った」
「そっか……俺は応援してるよ。椿にぴったりだと思う」
「ええ、ありがとう」
俺は椿に本を返した。
⭐︎
放課後、俺は幽霊の葵さんを探した。勿論、当ては無く、ぶらぶらと校舎を徘徊するしかない。
その最中、桜木永海と出会い、九重さんについて知る事となった。
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