第11話

「えっ? 白鷺さんも映画鑑賞部なの!?」


 美妃虎子がそう言った。


 放課後、俺はゲストを招集していた。美妃虎子と遠鐘久遠、白鷺めい、純恋樹咲の計4名がそうだ。葵椿は、今日から晴れて正式に映画鑑賞部の部員となった為、ゲストには含まない。


 今日の部活動は、1年の桜木永海を含む7名で実施する。間違いなく過去1番の大所帯だ。


「私は茶道部だけだよ。」


「わ、私も同じ……」


 白鷺が答え、彼女に寄り添って離れない純恋もそう付け足した。


「因みに俺は、虎子ちゃんに強制されただけだけどな。」


 俺の元に真っ先に集合した久遠は、同じく部室への誘導を待っている椿とのお喋りを中断し、そう言った。


 久遠と椿の会話を聴いていたが、下心をあまり隠さない彼に、流石の椿も心無しか怒っている様子だった。これも俺の脳が勝手に補完して、そう見えただけに過ぎないかもしれない。

 

 久遠は基本いい奴だが、本能に忠実過ぎるという噂は間違いないようだ。


「はぁ〜!? あんたも乗り気だったじゃん。ムカツくんですけど……」


 美妃も、何故か機嫌が悪そうに見える。


 純恋は俺達を警戒しているのか、椿以上に心を開く様子が無い。白鷺は、今朝の桜木との件があって、互いを誤解したままだし。今日のメンバーは、不穏な予感しかしない。


 俺は視聴覚室で待機している筈の桜木を、長時間待たせるのも悪いと思い、この訳有りで参加した4名と椿を連れて、教室を出た。


 連れてと表現したが、椿以外は視聴覚室の場所を知っている。その為、椿と久遠が前を進み、俺と美妃がその後ろ、最後尾に白鷺と純恋の順で廊下を歩いた。


「美妃さん、今日部活はいいの?」


 前後はペアを作って会話をしている。俺は隣で面白くなさそうにしている美妃に声を掛けた。


「ん? んー良くはないけど、1日くらいサボっても平気じゃん?」


「まあ、そうだな……でも、確か部長だったよね?」


「部長は休んじゃいけないってルールでもあるの?」


 美妃から怒気を感じる。だが、これは俺が悪い。他意は無かったが、遠回しな皮肉と捉えられても仕方がない。


 俺は素直に謝罪すると、美妃は頭を抱えた。


「あー、ほんとごめん。今の意地悪だった。私どうかしてるわ。」


「俺も悪かった……」


「もういいや! 今日は楽しむって決めた。」


「そ、そうだな! ……ところでさ、気になってたんだけど、今日はどうして参加してくれたの?」


 美妃は廊下の天井を1度見てから、薄茶の瞳を此方に向ける。彼女の色黒の肌は、よく見ると幽霊の葵さんとはまた違った魅力があった。


「神委に映画館は無いからさ……友達と一緒に見るのが夢だったの。いつか、彼氏とも行きたいなあ。」


「……彼氏、いるの?」


「居ないよ! 居たらの話……あ、でも好きな人は居るからね、ざーんねんっ!」


 美妃は小馬鹿にしたようにケラッと笑った。さっきまでの暗い雰囲気はもう無さそうだ。


「美妃さんに選ばれる人は幸運だね。」


 彼女は表情を一変させ、何処か恥ずかしそうにしている。その姿は、普段抱くイメージとは反していて、とても可愛らしかった。


 美妃と不自然に眼が合い続ける。俺は何度か視線を逸らしたが、ようやく意図を察した。


 彼女の眼は、次第に前方を歩く久遠へと移動し、それと同時に顔で合図を送る。


「まじ?」


「……マジ。」


 彼女が好意を寄せているのは、あの遠鐘久遠だったようだ。彼とも小学校以来関わりは殆ど無かった。彼の事は外側しか分からない。だけど、筋肉質なボディと明るい性格は、女性からするとかなりプラスに働いていると思う。たがらこそ、俺は人気者の彼に苦手意識を持って居たのかもしれない。


 彼はきっと美妃の気持ちには勘付きもしていない。そう思うと、不憫でならない。


 好きな人と一緒に映画館へ行く事を夢見る1人の乙女の、手伝いが出来るのは光栄だ。ちゃんとした映画館では無いけれど、せめて今日は楽しんでくれると嬉しい。



 視聴覚室に到着した。既にカーテンは閉ざされており、スクリーンに反射する青色だけが教室の光源になっていた。教室の中央には、6つの座席が1列で並べられている。


 割と雰囲気のある空間に、呑気な久遠はテンションが上がっている。


 最後に入室した白鷺は俺の脇腹を突いたが、彼女は何も言わなかった。


 待機していた桜木は、待ちくたびれた様子で俺の元までやってくる。俺は軽く謝罪した後、桜木を全員に紹介して回った。順に彼女も挨拶を交わして行くが、白鷺の番になって桜木は、明らかにその表情を歪めた。それに対して白鷺は笑顔で返していた。青い光のせいか、妙にそれは不気味に見えた。


「今朝の人が来るなんて聴いてませんよ。」


 桜木が耳打ちする。


「それは悪かったが、頼むから仲良くしてくれ。」


「むうぅ、善処します。」


 頬を膨らませた彼女の頭を軽く叩いて、各々が会話を弾ませているゲスト達へ、席に着くよう促す。


「椿、何処でも好きな所に座っていいぞ。」


 椿はコクリと頭を縦に振ってから、1番右に座った。すると、久遠は当たり前のようにその隣に座る。


「神栖君、一緒に座ろ……」


「えっ? ちょっ……」


 明らかに拗ねている美妃に手を引っ張られた。彼女は久遠の隣には座らず、1つ席を空ける。彼女の左手によって引っ張られたせいか、俺は自然と彼女の左隣に座る形となった。


 6席中4席が埋まってしまったが、空席なのは1番左と、そこから4番目の2席だ。いつもセットでいるイメージのある白鷺と純恋は別々にならなければいけない。どちらかと言うと、純恋が白鷺に付いて回っているようなので、この状況を嫌がるのは純恋の方だ。


「樹咲、そっちに座って。」


 白鷺が諭すように言った。


「で、でも……」


「いいから、皆んな待ってるよ。」


 白鷺は先に俺の隣に座り、純恋は渋々久遠と美妃の間に座った。


「俺変わろうか?」


「ううん、きっと平気だよ。」


 なんとも異質な席順となったが、保護者のような白鷺がそう言うのであれば、大丈夫なのだろう。いい機会だから、親離れも必要という事らしい。


 椿が転校する前は、幽霊の葵さんと2人だけで映画を見ていたが、今は7人も参加している。ここに彼女も居たならば、きっと楽しんでくれていたと思う。


 そういえばと背後を見ると、ちゃっかり座席が1つ増えている。桜木が用意した映画は、当然自身が視聴済みの物であるから、俺達の反応を後ろから見て楽しむつもりなのだ。


「神栖先輩そろそろですか?」


「ああ、始めてくれ。」


 そう言ったものの、桜木が機器の前で手招きしている。操作は未だ殆ど教えていない。俺は気付いて、準備を始めた。といっても、スクリーンは降ろされ、プロジェクターの電源は入っている。後は、DVDを入れ、再生と音量調整をするくらいだ。


「今日ご紹介する映画の説明を少しさせて頂きます。」


 桜木が全員に向けて言う。打ち合わせはしていなかったが、察して俺は再生をしなかった。取り敢えず、ここで彼女の話を聞こう。


 青い光に薄っすらと彼女の顔が見えるが、ちょっと楽しそうだ。


「見て頂く映画は、ホラー映画となります。」


 純恋から不安そうな声が上がった。


「大丈夫ですよ、純恋先輩。ホラー映画と言っても、幽霊とかは出て来ませんから。」


「ホラーという位置付けなのは間違い有りませんが、これは呪いの物語です。呪いを解明し、死の運命を回避する物語です。」


 昨日屋上へ向かう前に桜木は、「今年の神委高校にぴったりな映画」と言っていた。思い当たる節はある。西華先生が気にしていた事だ。実際俺や桜木もその影響を受けた可能性がある。


 今の神委高校は、不幸な出来事が起こり易い。


 オカルトをこよなく愛する桜木は、何か掴んでいるのかもしれない。


「神委高校で、今から30年前、15年前に何が起きたか皆さんご存知かと思います。そう、それぞれの年に1人ずつ屋上から飛び降りてます。それも全く同じ場所からです。」


 久遠は面白そうに1人頷く。割とこの話は、タブーにしている生徒も多い。特に純恋は、顔を引き攣らせていた。


「30年前に自殺したのは、如月夏さん。15年前は……」


 俺は驚いて、思わず桜木の話を遮った。


「お前亡くなった人の名前まで知ってるのか!?」


「ええ、私を誰だと思っているんですか?」


 凄い誇らし気だ。


「更に凄い情報を……神委駅を過ぎても乗り続ける神委高校の制服を来た女子生徒の噂、これも有名ですよね?」


 全員が頷く。確かその先にある共同墓地へ行っているとされる普通に実在する人物だ。見た事は無いが、他の噂話より目撃情報は圧倒的に多い。なんなら写真も出回っているという。


「その方にコンタクトを取ってきました。」


「永海ちゃん、すげえな!」


 久遠は大絶賛で手を叩いた。


「その方の名は、如月夏というそうです。」


「は?」


 そう言ったのは俺だが、全員が疑問符を浮かべているのが分かる。


「いやいや、それおかしくないか?」


「ええ、とってもおかしいです。ですが、如月さんに訊ねても返答はありませんでした。」


 純恋が「幽霊?」と身震いすると、桜木はそれを否定した。


「念の為、触れさせて頂きました。」


 彼女の行動力は流石としか言えない。そして、如月夏が一体何者なのか非常に気になるが、その答えはやはり分からないとの事だった。


「じゃあ、何で今その話をした? 映画とどう関係がある。」


「15年周期の可能性があるんです。まるでそれは呪いみたいに、今も私達に遅い掛かっています。皆さん薄々気付いていますよね? 何か変だと……現に私と神栖先輩は昨日、階段から落ちています。」


 白鷺と椿を除いた3名が、驚いた様に俺を見る。白鷺には何も伝えていないが、事情を理解しているように見えた。

 

 だが、俺はそれを訂正する。


「滑らしたのは桜木だけどな……」


「もぉー、話の腰を折らないでください。神栖先輩は黙っていればいいんです。」


「あっ、ごめん。」


 彼女は、もっと雰囲気を出したかったようだ。だが、充分にそれは果たせていると思われる。椅子に座る4名は、「何か変だ」という事には心当たりがあるようで、難しい顔をしている。椿は良く分からなかった。


 その違和感、具体的に言うと不幸な出来事が最近多いという事。それは単なる擦り傷から、昨日のような事故が該当する。


 桜木は、屋上で15年置きに自殺した2名の生徒、そして今年がその15年目に当たる、だから、不幸が続いている、とそう結び付けたようだ。


 ただ、15と聞くとキリが良く聴こえるが、仮に自殺した2名の生徒が16年置きだった場合、16年周期なんて言ってしまえばいい訳で、要するに桜木の論は完全にこじ付けだ。しかし、そのこじ付けこそが、桜木の言うオカルトなのだと思う。


 事実は、今年が15年目だという事、多数の人が違和感を感じている事、その2点だ。後者に関しては何かの呪いだと言われると、確かに頷いてしまいそうだが。


「さ、もう充分雰囲気は出ただろ? 純恋さん、凄い怖がってそうだし、暗くなる前に映画観ようぜ。」


「わ、私は平気だから……」


「樹咲、本当に怖くなったらこっちおいでね。」


 強がる純恋に、白鷺が言った。心配なのは分かるが、純恋が白鷺離れ出来ない原因は、こういう所なのかも知れない。


「分かりましたよ。じゃあ、再生して下さい。」


 俺は映画を再生し、教室に重低音が響いた。

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