第8話 改稿予定
夢を見た。
何処か懐かしく、そして儚い夢。
日足の先の小さな神社。綺麗な深紅の鳥居を越えて、石畳が続いている。
子供達が遊んでいる。私もそのうちの1人だった。3人の大人は側で談笑。私が大人らの腕を引いて、一緒に遊ぼうと誘った時、神社の陰から覗く者が居た。
醜い化け物だった。大人は石を投げた。だから、私達も石を投げ、命中。
そして、暗転。
世界は業火に包まれていた。背の伸びた私の股からは大量の血が垂れて、地面を赤く染め上げた。転がる死体は飲み込まれて沈んでいく。
眼が覚めたら、真っ先に眼に入るは、白い天井だった。3方をカーテンで囲まれている。
どれくらい寝ていた? ここは、多分保健室だ。
頭がズキズキと痛む。でも、その割に他は意外と大丈夫だ。
落下の瞬間、それは写真のように切り取られて、俺の記憶に焼き付いている。手を伸ばす桜木と凡そ12段下の踊り場。そして、衝撃。
桜木は無事だろうか。
俺は頭痛を堪えて起き上がる。すると、椿が俺の左手を握って、椅子の上で首を俯かせていた。
慌てて、左手を下げると、彼女は眼を覚ました。
「おき……た、のね。」
彼女は虚ろいながら、俺を見据える。相変わらず黒いマスクは外していない。
「どうして?」と俺が問うより先に、彼女が口を開いた。
「感心したわ。あの女子生徒は無事よ。」
「そっか……良かった。彼女は今何処に?」
「骨折の可能性があるから、病院に行ったわ……西華先生に連れられてね。」
俺は自分の腕や足に力を入れた。少々痛みはあるが、数日すれば治りそうだ。頭痛に関しては、頭の瘤か気を失っていた事に原因がありそうな為、これも数日で完治するだろう。
だけど。
「その顔は……何?」
真顔の彼女は、眉ひとつ動かない。
「桜木は……その女子生徒は、病院に行くほどの怪我を負ったのかと思うと……俺はこんなにぴんぴんしてるのに……」
「あの高さから落ちれば当たり前よ。骨折で済むなら幸運ね。」
「……そっか、そうだよな。」
「ええ。」
椿の足元には鞄が2つある。1つは俺の物だ。時間を確認すると16時を越えている。椿がどうして未だ学校にいるのか、いやそれよりも、この場に居る事自体に疑問を抱かざる得ない。
「……椿は何故ここに?」
「凪人が女子生徒の頭を抱えて転げ落ちるのを、丁度下から見ていたのよ。」
「あの場に居合わせていたのか。」
あれは旧校舎の何階だったろうか。記憶が曖昧だけど、確か3階から2階へ降りる途中だった。2階には1年の教室がある。椿が其処で何をしていたのか、わざわざ問う必要も無いか。
何にせよ、彼女が直ぐに通報してくれたお陰で、桜木は直ぐに病院に行く事が出来たみたいだ。
「立派だったわ。」
「色々、ありがとう。助かったよ。」
「ええ。」
桜木は病院帰りに帰宅するとして、俺は西華先生を待った方がいいのだろうか。
「鞄、ここに置いておくから……」
椿はそう言うと、立ち上がった。
「何処か行くの?」
「凪人が目覚めた以上、私がここにいる必要は無い。だから、帰るわ。」
「……そう、だよな。」
「何?」
「ああ、いや何でもない。わざわざありがとうな。」
居て欲しいなんて言える筈も、そんな義理も無かった。彼女がここまで残ってくれた事に俺は感謝しなくてはならない。
そもそもそんな気持ちを抱いた時点で、俺はどうかしている。
「お大事に。」
最後まで表情を崩さない彼女は、カーテンを開き保健室を後にした。
俺は取り敢えず西華先生を待つ事にした。
数十分して、西華先生が保健室に帰ってきた。話によると、桜木は骨折ではなく、ただの捻挫だったようだ。全治2週間程度で、私生活になんら影響はない。俺は其れを聴いて、深く安堵した。
それから俺の容態についてだが、自覚している通り頭を打った事による一時的に頭痛があるだけで、2、3日で治るらしい。
西華先生にとことん褒められ、桜木からも感謝されているらしく、俺はようやく自分の行いに誇りを持てた。
だが、今思えば無茶な行動だったと思う。それについては、西華先生からも怒られた。次同じ事が出来るとは限らない。様々な思考が一瞬で渦巻いて、結果桜木を守る事が出来た。俺は、あの感覚を一生忘れる事は無いだろう。
「そうだ、椿ちゃんの入部届無事に受理されたよ。」
「ありがとう御座います。」
「あんな美人な転校生を捕まえるなんて、凪人君も手が早いわね。」
「先生、誤解です。多分藤崎先生の入れ知恵です。俺は何もしてません。」
「ふふっ、冗談よ。……そう、藤崎先生が教えてたみたいね。最も楽な部活って……」
「なんだか、あの人に言われると心外ですね。」
西華先生は大笑いして、机の書類を整理し始めた。俺はいつでも帰宅していいそうで、そろそろお暇しようとした。
「そういえば、椿ちゃんすっごい心配してたよ。」
そこ迄言うのであれば、眉くらいは動いた筈だ。あの無表情からは全く想像が出来ない。
「あんまり否定的に捉えないで欲しいですが、そんなに心配していた様子は無かったですけど……」
西華先生は椅子をクルッと回転させて、人差し指を立てる。
「女心が分かって無いわね、凪人君は。貴方をベッドに運んだ後、わざわざ追いかけて来て、『いつ目覚めますか?』『大丈夫ですか?』って言ってたわよ。」
「……そうですか。あの椿が……」
「あんまり怒らないで欲しいんだけど、幽霊よりも、椿ちゃんと仲良くしてくれると、先生安心するわ。どう言う関係になってもいいけど、先ずは友達、作って欲しいな。」
「そう……ですね。」
友達。俺は中学を卒業して以来、友達は1人も居ない、と思っている。恐らく俺を友達だと認識してくれている奴らは居るが、俺はそれを素直に受け入れる事は出来ない。
西華先生は俺の気持ちを汲んでか、顔を曇らせていた。
「その、幽霊の事なんですが……ここ1ヶ月くらい見ていないんです。何処へ行ったのか、全く分かりません。」
「……そうなの。でも、幽霊は本来成仏するのが普通なのよ。理屈や理由は分からないけど、大体は未練が無くなったり満足すれば、この世への執着が無くなって消えてしまうの。それはいい事なのよ。」
西華先生の言いたい事は分かる。でも、納得はしていない。葵さんは消えてしまった訳では無い。俺がそう確信しているのは、意図的では無いにしろ、彼女に未練を残させているのは俺自身だ。やりたい事、行きたい場所、この半年間で沢山の約束をしている。
特に彼女を学校から解放するのが、最も重要な任務だ。それをせず、消えてしまうのは、俺の独り善がりでは無く、互いに有り得ないと思っている。
「私達の人智の超えた事よ。神委家にだって分かりはしないわ。」
「……そう、ですね。」
俺は帰る用意をした。と言っても、椿が持ってきてくれた鞄を取り、体を持ち上げてベッドから出るだけだ。
「先生、ありがとう御座いました。」
「お大事にしてね。」
俺は保健室を後にした。
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