第2話 人間爆弾


 喫茶グラトニーは司門の両親が経営するカフェテリアである。そこで簀巻きにされていたのは司門。


「こんな小さな女の子連れ込んでこの人でなし!」

「いや……違うんす……」

「お前さぁ……」

「親父も……その……」


 母と父から侮蔑の視線を受けて簀巻きにされた司門はうずくまる。マリーはその様子を「ざまぁないぜ」と言った風な顔で見ていた。


「マリーさん!? 命の恩人にその表情はなに!?」

「だまらっしゃい!」

「母ちゃんいてぇ!?」


 箒で叩かれた。魔術全盛の時代に箒とは古風な。テレビのニュースでは都市部での連続爆破事件が取り上げられていた。


「最近、物騒だねぇ……あんたこの事件なんとかしてきなさいな」

「依頼料もらえない仕事はちょっと」

「あん?」

「すんません……行きます……」


 両親に睨まれ、司門はとぼとぼ簀巻きのまま歩いて喫茶グラトニーを後にした。すると。


「あれ?」


 マリーが後ろからついて来てるではないか。


「どした」

「あなただけだと心配なので」


 簀巻きをほどくマリー。開放された司門は背伸びをすると、左手でマリーの頭を撫でる。


「ありがとう、んじゃまあ行こうか、連続爆破事件を止めに」

「あてはあるんですか?」

「ニュースを調べたけど発生現場の範囲は結構狭い。だから待ってれば向こうから現れる」

「そんなにうまくいくでしょうか」


 ジーンズのズボンに見ていたスマホを突っ込んだ司門は革ジャンのポケットから手鏡を取り出し、両親にボコられた時についた癖を直す。


「その金髪、染めてるんですか?」

「おしゃれだろ?」

「似合ってません」

「……そう」


 そうこうしているうちに都心部までやってくる。昔ほどギャングは闊歩していないが、それでも治安が悪い事に違いはない。


「あんまり離れるなマリー」

「え、いやです」

「……」


 つかず離れずで歩く二人。そこに悲鳴が先に上がる。そこには火だるまの男と女性。


「ぐ、ぐへへへへ」

「誰か……助けて……」

「人間爆弾……ギャングの製造品が逃げて来たんだ」

「じゃあ今までの連続爆破事件って!?」

「ギャングの仕業!」


 右手をマリーの頭の上に暴食籠手グラトニーガントレットを置く。ちゅうちゅうと音がする。


「ひゃあ!? だから先に言ってください!? くすぐったいんです!」

「緊急事態だ」


 左手をかざす。放たれる極光。人間爆弾だけを穿つ熱線を放つ滅塵爆破エクスプロジア


「黒幕がいるはずだ、人間爆弾を街に逃がした黒幕が」

「真犯人って事ですか?」

「ああ、そいつはきっと――!?」


 天空からの砲撃。すんでのところでかわす二人。一緒になって転がる。司門がマリーを抱きかかえるような形だ。


「離してくださいロリコン!」

「ひどくないかな!?」


 空中に立っているのはスーツの男。固有魔術二つ。ギャングの幹部クラスだ。ギャングとは大抵魔術が使えない落ちこぼれが魔術が一つしか使えない落ちこぼれが率いているものだが。さらにその上の上位組織には固有魔術を二つ持つ正常者が居座っている。治安が良かろうと悪かろうと、この世の格付けは変わらない。もし変えられるとしたら――


「いい事、思いついた。マリー、成りあがる気はないか」

「唐突になんです。あと離れてください」

「今危険だから……いやあいつを見て思ったんだ上に立ってるのが正常者だからいけないんだって。魔力量で国家元首が決まるなら魔術が使えない君でも権利はある。この街から成り上がって、君を国家元首にして、世界のルールを変える」

「本気ですか?」


 伏目がちにマリーが問いかける、彼女は自己評価の低い子だ。いきなり自分が国家元首と言われても肯定は出来ないだろう。

 砲撃の雨が降り注ぐ。マリーを抱えて逃げ回る司門。空中浮遊相手じゃ分が悪い。


「もっかい魔力もらうぞ?」

「……ちっ」

「今のは肯定って事にしておく」


 右手を頭の上に乗せる。ちゅうちゅうと音が鳴り、司門に魔力が充填する。


「撃てる滅塵爆破は一発。空を飛び回るアイツには広範囲爆破が必要だ」

「……業腹ですけど、もう少し魔力あげましょうか」

「いや気持ちだけありがたく受け取っておく、俺の魔力はもうオーバーロード寸前だ。だから確実に仕留めるためにマリー、囮になってくれ」

「はい」


 二つ返事で戦場へ飛び出すマリー、次いで司門が三角跳びで路地からビルの屋上へと駆け上る。


(視線はマリーに向いてる!)


 滅塵爆破を放とうとした時だった。


「なんじゃあワレ」


 胸がデカい女だなぁ。と司門は思った。背が高くて、全体的に赤くて、全然、司門の好みではなかった。


「なんだババア」

「殺す」


 剣が飛んで来る。こいつもギャングのようだった。


「二人いるとか聞いてねぇ……!」

「おい! 空座くうざ! こっちに獲物じゃ!」

赫虎あかとら、あんまり遊ぶな、俺らの任務は人間爆弾の実地試験だ」

「失敗したじゃろがい!」

「今、お前が遊んでるそいつのせいでな」

「じゃあ殺そうぞ!」

「いや帰る」


 いつの間にか赫虎を回収した空座は、司門を見やると。


「顔は覚えた」

「お互い様」


 そう言って別れた。


 ――その後。


 警察での事情聴取に付き合わされることに、あの人間爆弾に襲われていた女性にお礼が言いたいとかなんとか捕まったらそんな事になった。


「だから俺はフリーのトラブルシューターで……」

「許可証は?」

「家に忘れた。家は街外れの喫茶グラトニー」

「ふぅん、固有魔術は?」

「吸収と爆破」

「お連れの嬢ちゃんは? 妹?」

「はい」

「ふぅん、ま、いいや帰っていいよ」

「あざす」


 この街の警察なんてこんなものだ。まともに警察が動いていたらギャングが蔓延ってはいない。

 この街を変えるため。マリーを国家元首にする。その計画のためには――


「……なにすりゃいいんだ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る