滅塵爆破のグラトニー

亜未田久志

第1話 固有魔術


 此処、リペアシティの治安は最悪。再開発をいくら進めても、ギャングどもの姿は消えない。そして今日もまた哀れな被害者が一人。小柄な少女だった。銀髪碧眼、よく目立つ。ワンピースで駆け回ると裾が危なっかしい。追いかけられている。追手の方は黒いスーツの集団。皆、拳銃を手に持っている。


「腕の一本や二本は吹き飛ばしていいそうだ! 構わず撃て!」


 降り注ぐ銃撃の雨。少女は路地を角へ角へと曲がってそれを避ける。


「お父さん、お母さん……!」


 今にも泣き出しそうな少女、普段なら、そこに助けなどくるはずなかった。路地が行き止まりにつく、ついてしまう。少女の背後から男の声。


「つーかーまーえーたー」

「ひぃ!」


 少女は思わずへたり込み後退る。壁に背がぶつかる。拳銃がこちらを向く。


「お前が逃げ回るから、無駄に弾使っちまったじゃねぇか。なあ? 落ちこぼれ同志仲良くやろうや……?」

「い、嫌です……! わ、私は貴方達には協力しません!」

「ハッ! 良い度胸! 太ももにでも一発風穴開けりゃ泣き叫んでくれるかねぇ?」

「くっ」


 その時だった。


「おいおい、今、ロリの太ももに風穴開けるって言ったか? 質の悪い冗談だなオイ」


 どこから? 真上から。壁の上に立つ男。スーツの男達よりは若く見えた。


「何ものだお前!?」

「通りすがりのトラブルシューターさ、お嬢さん、お困りかい?」

「え?」

「依頼料はあとでいいさ、困ってるなら助ける、どうだい?」


 詐欺みたいな話。少女が信じるメリットもない。しかし少女は希望にすがってしまう。


「お願いします! 助けて下さい!」

「かしこまりました」


 すっと男達と少女の間に割って入る青年。銃を向けられても眉一つ動かさず、冷静に叩き落とす。


「はっ! お前も落ちこぼれか!」

「あん?」

「そこのガキと同じで魔術が使えん落ちこぼれなんじゃろ! だから体術なんかに頼りよる!」

「お前らだって銃に頼ってるじゃねーか」

「下っ端どもはそーよ、でもワシは違う!!」


 雷鳴の音、世界が振動する。スーツの男が青白く光る、セントエルモの火、そう彼の魔術は――。


雷撃ライトニングボルト!」


 真っ直ぐ飛んで来る光の矢、しかし、青年は右手をかざす、すると。


「バクッ!!」


 そんな音と共に雷撃が掻き消えた。


「は? はぁ?」

「はぁ、喰い足りねぇ……なあ、おっさん、もう一個だせよ」

「あ? ああ?!」

「だからもう一個だよもう一個」


 男は再び電撃を見舞う。また右手をかざしただけでバクッ!という音と共に消え去った。


「だから足りねーし、同じ味は飽きるんだ、なあ、あんたもしかして――」

「それ以上言うなぁぁぁ!!」


 雷撃の嵐、辺りを破壊し、男は浮かび上がる。逃げるのかと思ったが違う、天に向かって両手を伸ばしている。


「ここら辺、全部を吹き飛ばしてやらぁ! そしたらそんな手品も使えんじゃろ!!」

「手品ねぇ、心外だわぁ、まあいい、お嬢さん、落ちこぼれって言われていたけれど、魔力の方はあるかい?」


 やっと少女に意識を向ける青年、少女はハッとして。


「あっ、はい」

「どれくらいか聞かせてもらっても? ほら、今、緊急事態だから」

「あの雷撃はお兄さんの右手じゃ防げませんか?」

「俺自身は無事だろうけど、それ以外がね」

「……分かりました、あなたを信じます。私の魔力は一億エルスです」


 エルスとは魔力の単位、一エルスで蝋燭に火が付けられるほどの魔術が使える。


「い、一億エルス!? 国家元首並じゃないか!? これは確かに狙われやすい上玉だ。いいだろう、君の身の安全は俺が保証する。ロリはこの世の宝だからね」

「……」

「どうかした?」

「いえ」

「いつまでくっちゃべってんじゃこのボケカスゥ!!」


 しびれをきらした男が溜め込んだ雷撃を撃ち放とうとしていた。


「おい落ちこぼれ、お前にこの世の常識を教えてやる。この世には固有魔術を持った人間たちが生きてる。そして固有魔術ってのは一人につき『二つ』ある」

「だからなんじゃあ!!」

「だから魔術を使えない人間や『一つ』しか使えない人間は落ちこぼれ扱いされる……でもこの子は違うぜ、魔力量が段違いだし、俺がいる」


 少女の頭に右手をそっと置く青年、ちゅうちゅうと音がする。


「ひゃあ!?」

「ちょっとくすぐったいぞ」

「先に言ってください!?」

「あー味も格別……これは飽きないわ」


 雷撃の男の額に青筋が浮かぶ。


「いい加減、往生せいやぁ!!」


 雷撃が降り注ぐ、その瞬間。


「俺の固有魔術の一つは暴食籠手グラトニーガントレット、そしてもう一つは」


 左手をかざす青年、そこから放たれるのは極光。世界が明らんだ。


滅塵爆破エクスプロジア。一万エルス使う燃費の悪い魔術だ」


 雷撃を吹き飛ばし、空中に居た男を消し飛ばし、曇天の空に穴を開けて晴れにした。


「さて、自己紹介がまだだったな、俺はこのリペアシティでフリーのトラブルシューターをやってる武土司門たけどしもんだ。お嬢さんの名前は」

「ま、マリー。マリー・エンデルス」

「いい名前だ。さあ家に帰してやる。家までの道は分かる?」

「もうない」

「え?」


 少女は俯く。涙がこぼれる。


「お母さんも、お父さんも殺されて、家も焼き払われました。もう行き場はありません。ギャングに捕まった私は後はもう魔力バッテリーとして売り出されるだけでした」

「でも逃げ出した……か」

「私はどうしたらいいのでしょう……」

「……うちに来いよ」

「え?」


 後頭部を掻きながら照れ臭そうに司門が語る。


「俺の家狭いけど、君の部屋くらいは用意出来る、だから、さ?」

「いいんですか!?」

「ああ、少し元気になった?」

「……はい、私でもまだ生きててもいいんだって思えて」


 ――この子は自己評価が低い。


 そう司門は思った。魔力量で国家元首を決める狂った世界で、その地位を勝ち取れるだけの魔力量を持ちながら、ギャングなんかにその身を捕らえられている時点で、だ。公的機関に保護してもらう手もあったはずだと。

 しかし、司門はそこを指摘しない。


(せっかくのロリとの同居生活だぞ!!)


 彼は別に児童性愛者ではないが、「ロリ」というモノに信仰に近い理想を描いていた。そうそれはアイドルに対するファンのような姿勢。そうして、おかしな同居生活が始まる事になる。司門の家へはギャングの追手も無く辿り着いた。


「揉め事解決なら『喫茶グラトニー』の二階事務所まで!」


 そんなビラが貼られて扉を開け放ち、家の一階は喫茶店になっていた。


「きっさ……?」

「ああ、両親が経営してる」

「あなたは?」

「トラブルシューター」

「……親不孝者」

「……」


 ――意外と可愛げのないロリだな。


 しかし、司門の心は広い(自称)のでこれをスルー。部屋へと案内する。


「ほらここ使ってない仮眠室。ここでよければ」


 簡易なベッドだけが備えられた部屋。マリーはベッドに寝転がると。


「意外とふかふかしてますね」

「だろ? 今日はもう遅い、お休み」

「ふぁ~い……」


 そっと扉を締める司門。そして考える。


「親父たちになんて言い訳しよう……」


 大きく溜め息を吐いて自室に戻るのだった。翌日、仮眠室から勝手に出たマリーが両親に見つかり、司門は質問攻めにあうのだが、それはまた別のお話。

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