第7話【ゲームの囚人は、外に出てはいけない】
──第01区、魔物の抵抗激しく、GMナイツ1名消失。至急増援求む。
断末魔のような叫び声。緊迫した放送の声。それらが反響して、地獄の責め苦を聞いているようだ。
内容と声色からは、ただならぬ自体が起きていることは、間違いないだろう。
GMナイツとは、運営のことだ。
悪ふざけでなければ、運営が、ゲームデータである魔物に殺されたということになる。
ゲームを支配しているはずの運営が、殺された? 到底、理解できない話だ。
しかも、プレイヤーは、夜になって強制ログアウトさせると放送していた。
今、このゲームの世界には、プレイヤーは一人もいないはずだ。
プレイヤーもいないゲームで、運営は、魔物と何をしているのか。
魔物は、運営が作り出したデータであると考えるなら反逆やバグとも考えられる。
何にしても、もっとも理解できないことは、俺の存在だ。
強制ログアウトもされずに、ここにいる。夢なのか現実かもわからないままで。
断末魔の聞こえた通路の奥、先も見えない奥の方から、何かの音が近づいてくる。
恐怖を感じて、頭を引っ込めた。この状況で、物音が近づいてくる。逃げる以外の選択肢はない。
俺は、その音から逃れるために、来た道を引き返した。
何か這いずる音が、聞こえる。徐々に大きく、重いものを引きずっているようだ。
後ろを振り返りたくはない。俺は、もう見つかっているのか、走り出したい気分を抑えて早足で逃げる。
覗き見る余裕なんてあるはずもない。確実に近くまで来ている。
「うぎゃあああああええああええッッ!!!!!!」
また、断末魔だ。近い、近い。
──第01区、至急増援。魔物は『アルターヴァール』の両級と判明。至急増援、至急増援。
今回は、放送だけではない。警報音のようなブザーも鳴り響いている。
耳の中で、ブザーとあちらこちらから怒声や悲鳴が放送にのって、あるいは直に響いてくる。
いよいよ、事態は切迫しているようだ。
「これは、まずい……牢屋に戻ろう。俺は囚人なんだから、牢屋で大人しくしていよう……」
断末魔や奇声に爆発しそうになる俺の心臓。たとえ、これが、何らかの訓練であったとしても関わりたくない。絶対に、だ。
今の俺は、脱獄囚でしかない。
もうすぐ、ドアだ。手を伸ばせば、207号の扉に触れるところまで来た。
背後に気配を感じる。振り向いては駄目だ。絶対に駄目だ。駄目だ、駄目だ、駄目だ。
体が動かない。足に力が入らない。呼吸音? 人間のものではないだろう。
振り向くな。俺は、そう思いながらも振り向いてしまった。
それは、クジラ。確かだ。
間違いない。でも、それは、四本脚だった。
その体は、くろがねに光り輝く。俺は、クジラに足が、生えているという違和感に背筋が寒くなる。
ゆっくりと後退りする。
四本脚のクジラは、奇怪な鳴き声を発して、その口を大きく開けた。
真っ黒な口内に鋭い牙が、並んでいる。そのどれもが、真紅に染まっていた。
四本脚のクジラの口内には、人の頭が、まだ頭と分かる形で、残っていた。
これは、ゲームなのか?
どのように技術革新をすれば、これほどのリアリティを実現できるのだろう。
四本脚のクジラの口から感じられる腐臭も。
魂を砕く音。皮や肉や骨を咀嚼する音も。
逃げろ、そう自分に命令する本能も。
ゲームとは思えない、ゲームであって良い訳がない……。これは、なんだというのだ。
俺のHPは、僅かだ。相手は、見る限りで、傷一つ負っていない。
俺は、囚人服しか持っていない。相手は、鋭い牙を持っている。爪も鋭い。
勝敗は、決した。
「アルターヴァルを発見、囚人区に侵入ッ!!」
俺の背後から、複数の男の声がした。走る音が、俺を追い越した。
俺の目の前に、ふたりの騎士風の男が現れる。リーフデと同じような格好をしている。
恐らくは、GMナイツ……運営であろう。
俺は、ついに立っていられなくなり、その場に崩れ落ちた。
GMナイツらしき男たちと目が合う。
「何だこいつ……」
GMナイツらしき男は、まるで、幽霊を見るかのように俺を見る。
「おい、来るぞ。どうせ、バグだろ。放っておけ。それより、アルヴァだ。両級がなんでこんなとこに……とにかく、リアルが夜になる前に片付けるぞ。もうすぐ主幹……団長も来てくれる」
二人は、四本脚のクジラ──アルターヴァルと呼ばれた──に突撃する。
ひとりが、アルターヴァルの前脚を斬りつけながら側面に回る。
もう1人が、胸部に剣を突き立てる。しかし、くろがねに光り輝く皮膚は、堅固だった。
ダメージ反応のようなものは、発生するが、傷ついているようすはない。
アルターヴァルが、怯む様子も。
「
側面に移動したGMナイツの剣は、仄かに赤く光を帯びた。
アルターヴァルの横腹を赤い光が、ほとばしる。かなりのダメージを与えたように見えたが。
アルターヴァルは、意にも返していないようだ。どこか笑っているようにも見える。
口に含んでいた人間の頭部を飲み込んだのか、嚥下の音が、通路に響いた。
そして、二人をあざ笑うようにゲップをする。
俺の前に立っているGMナイツに、ゆっくりと近寄るアルターヴァル。
大きな口をあんぐりと開けて、GMナイツをパクリと口に入れた。
呆気ない。実にあっけない。
咀嚼するたびに、叫び声がアルターヴァルの口の中で響き、赤いものがしたたり落ちる。
アルターヴァルは、魚の骨を口から出すように鎧の残骸と盾を吐き出した。
俺の目の前に、朱色に変色した盾が、転がり落ちてくる。鎧のほうは、鉄くずと化していた。
もう1人のGMナイツは、アルターヴァルの片足に踏まれて、声もあげずにジタバタともがいていた。
アルターヴァルは、赤く染まった口を大きく開けて甲高い咆哮を響かせる。
バラバラになった何かが、地面に落ちた。
「ははは、こんなのが、ゲームな訳がない……」
俺は、朱色の盾を手に持つ。防衛反応なのだろうか、真っ赤に染まる手のひらを見つめながら──アルターヴァルが迫ってくる。
──セルフガード《自戒防御》
頭の中に浮かぶ文字……
アルターヴァルは、大口を開けたそのままに俺を飲み込もうとするが。
「セルフガード《自戒防御》」
俺の体を青白いオーラが包み込み、アルターヴァルの牙を防いだ。
アルターヴァルの口の中にいたGMナイツの残骸と目があった。
彼らは、死んだのか。それとも、俺と同じで復活するのだろうか。
俺の目は、腐臭でチカチカと痛くなる。
盾を持つ手が震える。立ち上がることができずにそのまま後退りをする。
青白いオーラは、牙を防ぎきれずに液晶画面が割れるようにひびが入った。
不意に涼やかな風と光を感じる。青白いオーラが、バリバリと音をたてて消えた。
無防備になった俺は、巨大陸上クジラの口先で、振り払われた。
俺は、石壁に衝突し、そのまま地面に落ちた。
俺のHPバーは、残り3割で止まる。
「間に合ったわ。生き残り? 父様ッ!!」
視界がぼやけていて、よく分からないが、女の声がした。
「こいつは、違う。囚人だ。殺られた部下の盾を使ってるだけだ。それより、気をつけろ」
今度は、男の声だ。どうやら、増援らしい。もっとも、囚人である「俺の」ではない。
喰われたGMナイツと、踏まれて潰されたGMナイツの増援だろう。
「え、うそ……ありえないわ。だって、今……リアルは、朝でしょ?」
女の声は、震えていた。
俺がいることへの驚愕からか、それともアルターヴァルに対してなのだろうか。
「し、しまった。ヴィクトリアッ!! ブレス攻撃だ。盾を構えろッ!!!!」
男の叫び声。
──ガード《小範囲防御》
頭の中に文字が浮かぶ。
俺は、昔から知っていたかのように、頭に浮かんだ文字とともに盾を構えた。
ブレス攻撃とやらが、俺を覆い尽くした。
急激な体温の上昇。俺の視界は、青い炎のようなものにふさがれる。
第7話【ゲームの囚人は、外に出てはいけない】完。
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