第6話【ゲームの牢獄は不用心】
先程から同じ声が聞こえてくる。
人間の声ではない。機械音声だ。無機質な感情を持たない声……
俺は、その機械音声が煩わしくなり、目を開けた。機械音声は、聞こえなくなった。
代わりに波が、何かに打ち付けられるような音が聞こえる。
目の前に広がるのは、夜の海だろうか。長く突き出た通路に、俺はいた……
右手側に、多数の船が停泊していた。反対側には、海しか見えず、絶えず波が押し寄せている。
近くによると、飛沫が足にぶつかりはじける。
波止場か……
船を停める場所であり、様々な作業が行われている。
埠頭とも呼ばれている港の施設である。もっとも、ここには、誰もいないようだが。
俺は、変なゲームの世界に入って、捕まって投獄。自害して、ゲームオーバーのはずであった。
「ここが、スタート地点か?」
俺の声は、意外にも遠くまで通り、こだまする。
ここは、いわゆるリスポーン地点ではないだろうか。
だとしたら、ここからどうにかすれば、ゲームでよくある最初の街に行けるのかもしれない。
船を使うしかないだろう。
後ろを振り返ると、暗い霧で先は見えない。ここから徒歩で進むのは、危険である。
もう一つの方法である船を使う選択肢だが、俺には船を動かす技術がない。
船の中には、誰かいるだろうか。いた場合は、操船を頼み込もう。
船の中を覗き込んでみると、視界がぐるっと回って歪みはじめた。
心音が、激しく乱れはじめた。後退りして、目をゆっくりと開く。
✢
視界が戻ると、鉄格子が目の前に現れた。HPバーが浮き上がる。
数ミリ残った状態になっていた。
ここは、俺が、自害はずの牢獄だ。
リーフデが去って以来、真っ暗だった空間は、ほんの少しだけ明るくなっていた。
悪臭はキツくなっている。
前後左右に違和感を感じる。俺の頬は、ジメッとした冷たい感触があった。
「あぁ、倒れていたんだな……」
俺は、起き上がって周囲を確認する。全体的に、少しだけ違和感を感じた。
復活したようだ。
リーフデの説明では、HPバーが空っぽになると死ぬと言っていたが……
【不死鳥の矜持】を獲得。
脳内に何かが囁く。声とも文字とも言えない。口でも文でもうまく説明できない。
俺が、自害の末に得たものであり、今もなお生きている理由を教えてくれるものだった。
名前からして、致命傷を受けても回避できるというものなのだろう。
俺は、不死鳥の矜持の効果とすぐにでも再利用できるのかを調べようとした。
だが、そもそも調べる方法が分からない。
圧倒的に、このゲームについての知識が不足している。
当然だ。
ついさっきまで、普通に生きていたのだ。こんな牢獄に放り込まれることになるなんて……
俺は、深く息を吐いた。
──皆様、本日もお疲れさまです。ハイリアルは、まもなく夜をむかえます。
あの波止場で聞いた機械音声だった。
──本日、ハイリアルで得た英気や経験をリアルの朝に持って帰って下さい。
──私達は、また皆様のお越しをお待ちしております。あと1分で、強制ログアウトとなります。
放送の内容を端的に言えば、営業時間の終了ということである。
ハイリアルの夜は、リアルの朝。
リアルの夜は、ハイリアルの朝なのだろう。
俺自身は、どうなるのだろうか。足元に転がる椅子を見つめる。
その側にちぎれた鉄の鎖……
【壊れた咎人の鉄索】と書かれていた。俺は、自分の両手を見た。
いつの間にか、鉄索や拘束具はちぎれていたようだ。俺の死とともに外れたのだろうか。
俺は、鉄格子を見る。もしかしたら、夜になって何らかの変化があるかもしれない。
【咎人の鉄索】が、強制ログアウトの影響で、外れたのだとしたら……
あの鉄格子も、この鉄索と同じように役割を終えていたりするのではないだろうか。
俺は、地面に落ちている【壊れた咎人の鉄索】を拾い上げて、それを鉄格子に向けて投げつけた。
甲高い金属音が、石造りの天井に響き渡る。だが、それだけで何も起こらない。
警報音もならなければ、鉄格子に何らかの罠が仕込まれている様子もない。
そして何よりも、誰も来ないのだ。
俺は、しばらくその場に立って様子を見るが、水滴の音が響くだけだ。
強制ログアウトもされない。鉄格子に近づく。
鉄格子の扉部分を指先で押してみた。錆びついた音とともに鉄格子は、少し開いた。
「……やっぱり、夜になった影響だ。運営が、監視作業を止めたのか……フラグスイッチみたいなのを切ったとか。それで鉄索も外れて、明かりも……」
俺は、鼻で笑う。自分に都合の良いことばかり起こるはずはない。なぜなら、ここまでの人生がそうだったのだ。
俺は、自身のHPバーを見た。自然回復はしないようだ。
HPバーは、数ミリ残ったままだった。
俺は、息を整えながら扉を押し開ける。鉄格子から出た。何も起こらない。
やはり、監視はされていない。
周囲を見ても、誰もいない。それどころか他の鉄はなく、心なしか狭くなったように感じる。
俺の呼びかけに応じないのも納得できた。もともと独房のようなものだったのだろう。
石造りの部屋には、俺が閉じ込められた鉄格子とリーフデたちが去っていった通路しかない。
通路の入り口付近の天井は、かなり風化しているようで、黒ずみボロボロになっていた。
そこから、水が漏れていた。牢獄の中で聞いた水の音は、ここから聞こえていたのだろう。
複数箇所の水漏れを確認。思っていたよりも、酷かった。
俺は、リーフデたちが去っていった通路を慎重に歩いていく。
奥にある扉につく頃には、悪臭をまとっていた重い空気が少しは良くなる。
ドアノブを指先で、小突いた。何も起こらない。
俺は、ため息を吐く。自身のHPを考えれば、何が死につながるかわからないのだ。
(よし、ドアを開けるぞ……いきなり看守に見つかって、ゲームオーバーだったりしないよな)
監視カメラは、設置されていないだろうことは確信してもいいだろう。設置されていれば、今ごろは、大騒ぎだ。
このドアの先は、未知の世界──何が起こるかわからないし、保証もない。
俺は、ドアに耳を当ててみる。何も聞こえない。
ドアノブを握って、ゆっくりと回した。
匂いが変わる。かなり明るい。長そうな通路が、ドアの先に見えた。ドアの隙間から、顔を出す。窓ガラスを通した日差しに目を細める。
誰もいないようだ。左右に伸びた通路が、俺を出迎えた。ゆっくりとドアの外に出る。
張り詰めた空気。心臓は、勢いよく鼓動する。生きている証拠だ。
片側の壁──俺が出てきた壁の方には、ドアが等間隔に並んでいた。そのドアには、数字が書かれている。
俺が出てきたドアには、207号と書かれていた。両隣のドアにも書かれている。後ろを振り返る。
吸い込まれそうなほどの通路がある。奥の方などは、遠すぎて見えないくらいだ。
どうやら、それぞれのドアの向こうには、何らかの部屋になっているようだ。
俺のいた場所と同じならば、それぞれの部屋に囚人がいるのだろうか。
ただのゲームならば、全てのドアを開けて、中に入って探索でもしただろう。
ここもゲームなのだろうが。
とても、ツボや調度品などを調べたり割ったりなんてする気にもなれない。
俺は、通路の右方向に向けて歩き出す。石畳をゆっくりと足音を立てずに歩く。
通路の突き当りまで進むが、看守はいない。分かれ道はなく、右方向に通路は続いていた。
「ゔぎああああああああああ!!!!!!!!!!」
俺の心臓は、ぎゅっと圧縮され、荒れ狂う。
呼吸が荒くなる。足が震えて、立っていられない。肺から悲鳴が、聞こえてくる。
通路の先から、人のものと思われる断末魔のような叫びが聞こえたのだ……
第6話【ゲームの牢獄は不用心】完。
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