第5話【ゲーム画面は、真っ暗闇】

 水が滴り落ちて、はじける音が、闇の中に響いていた。


 俺の目の前に見えるのは、HPバーのみだ。それが、少しずつ減っていく……


 約720秒ごとにHPバーが減っているようだ。


 ゆっくりとだが、確実に死に向かっている。


 俺は、リーフデと名乗る男に、リアルの俺が見つからなければ、死ぬことになると言われた。


 その猶予が、あとどれくらいあるのだろう。もちろん、リーフデの言葉が、真実であるとは言い難い。


 この世界の俺に対する扱いを考えると、すぐにでも殺されると思っていた。


 自分の悪運に笑ってしまう。悪運と言っても良いものではない。書いて字のごとく、悪い運だ。


 生まれてから今に至るまで続く不運の連続のことである。


 しかし、リアルの俺が、どうなっているかなんて自分でも分からない。


 見つかるかどうかなんて、居場所すらわからない。俺は、どこにいるのだろう。


 ここにいる自分は、リアルの俺ではないのか? それならば、この思考は何なのだろう。誰かに作られたものなのか?


 そもそも、明晰夢がこんなに長く続くわけがない。


 俺は、減っていくHPを見つめながら、水滴がはじけるたびに本当の自分──リアルの自分のことを考える。


 リーフデの言葉が、頭の中で反響した。HPが0になれば、本当に死ぬことになるのだろうか。


 思考が、ぐるぐると回っている。状況の整理ができなくなってきた。


 この世界は、彼らによると、ハイリアルと呼ばれるゲームの中らしい。


「なら、俺は……ゲームの中で死ぬのか?」


 俺は、うわ言のように呟いていたことに気付いた。声が、反響して返ってくる。


 ここは、それほど広くはないのだろう。


 おかしい……


 ゲームの中で、死ぬことなんてできるわけがない。それは、死ではなくゲームオーバーである。


 普通は、セーブポイントに戻るか、最初の町に戻るか、ゲームの死なんてそんなものだ。


 リーフデは、嘘を言ったのだ。俺をからかうため、あざ笑うために……


 その言動からは、意地が悪く、品性のかけらもない男の人生が、浮き彫りになっている。


 あんなのが、運営するゲームなんてろくなものではない。


 俺以外にも、多くの人間がこのような目にあってきたのではないか?


 その人たちも、俺と同じ経緯で、ゲームの世界に強制的に入れられたのだろうか。


 考えても、考えても、答えが出ない。こういうときは、賢者や仙人が導いてくれるはずだ。


 きっと、この近くにいるのだ。そこで、俺に呼ばれるのを待っているのである。


 なるほど、テンプレートだ。単純な話。


「誰かッ!! いますかッ!!」


 賢者や仙人でなくてもいい。


 ここが、牢獄であるならば他にも囚人がいるのではないか。


 誰かがいてくれたら、なにか情報を引き出せるかもしれないと思った。


 俺は、そう考えて大きな声で呼び続けたのだ。呼ぶたびに、跳ね返ってくる反響は──俺の気持ちをしぼませていく。


「だ、誰もいないのか……」


 何度か呼びかけたが、返事はなかった。なんの反応も気配も感じない。


 ただ、ただ、水滴の落ちる音と俺の独り言の反響音が聞こえてくる。


 輪唱にも似た反響音が耳に届くたびに、一人の虚しさが迫ってくるように感じさせられた……


 俺は、頭を振る。なにか別のことを考えよう。このままでは、この雰囲気に、真っ暗闇に飲まれる。


「モグラ……リーフデが、俺のことそう言ってたけど……」


 モグラという名前から想像すると、土に隠れ住む暗い動物というイメージがある。


 そもそも、リーフデの言っていた『モグラ』という言葉は、動物のモグラなのだろうか?


 ここは、少なくとも俺のいた時代とは違う。もしかしたら、平行世界や異世界の可能性だってある。


 彼らの言葉を言葉通り捉えていいのか、それもよく分からない。


 仮に「モグラ」という言葉が、土竜を指すならば、世間から隠れ潜むような存在。


 このようなイメージだろう。


 やっぱり、俺をあざ笑いたいだけだ。


 あのリーフデとかいう奴は、ただの根性の腐った男である。


 狂った運営だ。


 もうやめよう。


 もっと別の楽しいことを考えるべきだ。ここは、ゲームの世界。


 きっと、魔王もいるだろうし、勇者もいる。剣と魔法の世界。


 そんな中で、俺は、勇者や英雄などと持て囃される。


 運命に選ばれた仲間たちや宿命とも言えるヒロインとの出会い……


 様々な冒険の数々……


 何も見えない。妄想も黒く塗られる。一寸先も見えないではないか。


 この光の届かない独房のような虚無と深淵の空間に、吸い込まれて消えていくようだ。


 どんなに妄想をかさねても。


 俺は、このゲームの世界では不審者であり、今や囚人に成り下がったのだ。


 いや、リアルの俺がいるなんて保証もない。死を待つ死刑囚とも言うべきである。





 どれくらいだったのだろう。


 俺の独白は、誰に聞かせるわけもなく、小さな子どもの頃から現在に至るまでの人生を語っていた。


 鬱蒼と生い茂るイバラと、底なし沼にしか見えない人生だったと締めくくり、俺は決断をする。


 自害しようと……


 咎人の鉄索を使えば、HPを減らすことが可能である。ここにいても、いずれは、死ぬのだ。


 どう考えてもリアルに自分がいるとは思えない。俺にとってのリアルは、今ここだ。


 無論、リーフデが、本当のことを言っているという可能性がある。


 殺されずに生き残るか、それを待たずに殺されるという可能性もある。


 真っ暗闇の中、そんな希望や絶望に悶えるくらいなら……死を選ぼう。


 俺は、大きな声で叫びあげながら、腕をデタラメに動かした。


 急激にHPが減っていく……


 電気が走るような痛みが、腕から全身へと駆けずり回る。


 心臓が悲鳴を上げても、俺は目を見開きながら大音声で、生殺与奪の権利は、自分のものだと。


 減りゆくHPを見ながら主張した。


 やがて、俺のHPバーは、隅に残った小さな汚れのように見えないくらいにまで減少した。


 何も残せない人生だったと、途端に可笑しくなった。


 俺は、自分に臨終の経をあげる。自らの葬式を終了させた。


 雷に撃たれたように全身が、反り返ると椅子から転げ落ちた。


 最後に見たのは、HPバーの消失である……


 第5話【ゲーム画面は、真っ暗闇】完。

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