第3話 テリコ・ザ・ギャンブラー



 恐らく、この異常な状況でなければ、中在地は彼女のことを綺麗な子だなと思ったであろう。

 その輝きで分かる。ワンレングスの金髪は生来のもの。気だるげに細められたエメラルドのような瞳もそうだ。白い肌は外国の血を強く思わせ、血色の良い唇とのコントラストは、年不相応な色気を演出していた。

 そう、年若い女だった。どう多めに見積もっても、二十歳は超えないであろう。少女、と呼ばれて然るべき女だった。

 しかし、呑気に「綺麗な子だ」という感想を浮かべるには、何もかもが異常過ぎた。

 何故、少女がこのような血生臭い賭場にいるのか。

 何故、あるいはベネディクト以上に平然としているのか。

 ……そして何故、スクール水着姿なのか。

 言い表せぬ困惑と疑問に対する無数の予測が中在地の頭を埋め尽くした頃、テリコと呼ばれた少女が口を開いた。

「ベネディクトさん。そっちは?」

「CIRO(Cabinet Intelligence and Research Office:内閣情報調査室)のナカザイジ。俺の客だ」

 問い掛けた割に興味はなかったようで、少女は「そう」と短く応じた。

 そこでようやく、中在地は口を開いた。

「……ベネディクトさん」

「なんだ? ……綺麗な娘だろう? だが、すまない。お前の接待はさせられないな。俺達の大事な代打ちだからな」

 代打ち、とマフィアは言った。組織や個人に依頼され、代理で賭け事に挑む人間だと。

 だとしたらやはり、そうなのか。

「私の聞き間違いじゃなければ、この若い女性が水槽で勝負をすると、あなたはそう言ったのか?」

「そうだ。俺達『シェオル』の代表として、『アバドングループ』のエージェントと戦う」

「……どうして、そんなに不思議そうな顔をするの」

 と。

 テリコが会話に割り込んでくる。

 気だるげながら、些か不満そうな表情で。

「どうして、って……」

「あなたのこと、少し前から見てた。『いきづまる水槽』のことは、理解できないと思いながらも、何も言わなかった。けど、私が代打ちと分かった瞬間、疑問を口にし始めた。どうして?」

「どうしても何も、不思議に思うものだろう」

「私が若いから? それとも、女だから? どちらにせよ、あまり良い気持ちにはならない」

 ごめん、それだけ伝えたくて。そう呟き、視線を水槽に戻す。

 少女の言うことは、ある意味、至極尤もだった。人が死ぬかもしれないギャンブルについては沈黙を守りながら、それに挑戦するのが少女だと知るや否や、質問をぶつける。それはテリコの少女性を特別扱いしているのではないか。畢竟するに、差別的ではないか、と。

 こんな状況でなければ自らの浅慮を反省するところだったが、そもそもの問題として、「人が溺死しかねないギャンブルが行われる」という状況が異常なのだ。倫理と常識から遥か遠く離れた状況下で、差別について論じることに何の意味があろうか。今、これから起こり得るのは殺人である。

 そう、この『いきづまる水槽』では、人が溺死し得る―――。

「無自覚な差別については頭を下げたいと思う。……ところで、何故水着姿なんだ?」

 一番気になっていた質問を少女にぶつけた。

 テリコは、何を当然のことを、と言わばかりに答えた。

「水に浸かって勝負するんだから、水着の方が都合良いでしょ」

 いや、その状況が既に良くねえだろ。

 中在地が抱いた感想を知ってか知らずか、テリコは現場視察を済ませたらしく、そのまま去っていった。

 残された二人の男の内、他方、ベネディクトが訊ねた。

「ナカザイジ。君はあのような子が好みなのか?」

「え? どうしてですか?」

「テリコの言ったことと同じ意味だよ。君はギャンブルが好きなようには見えない。人が死にかねないイカれたものなら尚更だ。だが、俺と話している間は抱いた不快感を全く態度に出さなかった」

「……そう仰られてしまった時点で、私は上手く、取り繕えていなかったようですね」

「いや、お前の仮面は大したものだったよ。ただ俺もギャンブラーとして、人を見る眼には秀でているつもりだからな。それはさておき、だ。俺も訊きたいんだ。お前が何故、テリコを見た瞬間、動揺したのか」

「言葉を返すようですが、」

 と、中在地が応じる。

「この『いきづまる水槽』で行われるのは、対戦者が溺死しかねない勝負だと説明を聞いております。それに挑むのが少女と分かれば、多少は驚くものだと思います。私のような小市民なら」

「くくく、なるほど。“少女”、ね……」

 如何にもおかしそうにカジノ王は笑い、言った。

「お前の価値観を咎めるつもりはないが、俺の思想を伝えておこう。年や性別は関係ないんだよ。大事なのは、ギャンブラーとして勝負に挑む気持ちがあるか否かだ」

 矜持。自負。気概。あるいは――一分。

 ギャンブルにおいて必要なのは、それだけなのだと。そうベネディクトは言うのだ。

「彼女には、それがある、と?」

「ああ、ある。だからこそ代打ちを任せている。言っておくが、強いぞ、アイツは。特に今日のような勝負では」

 そこで気付いたらしく、男はすまないと詫びた。

「そう言えば、伝えていなかったな。今日のゲームは『太子将棋』――時間を使うほどに溺死の危険性が高まる変則将棋」

 そして、テリコの真剣師としての腕は、超一流だ。



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