第481話

 「連中は『琥珀の眷属アンバー・ファミリア』といって、“長”と呼ばれる人物を崇拝するカルトよ。教祖と“長”はまた別物らしいわ」


 フィリップとノアの間で話が纏まったあと、アデラインは徐にそんな情報を明かしてくれた。


 組織の名前と性質。

 初めに開示するに相応しい、基本的な情報だ。フィリップもミュローの街で予め聞いていた、前提情報でもある。


 しかしもう既に、智慧に引っかかるものがある。


 「ん? えっと、その“長”と会ったことは?」


 琥珀の長、と呼ばれる存在がいる。

 ハスターの化身の一つであり、最低限人類程度の知能を持つ存在の前にしか姿を見せないという。


 黄衣の王の姿とは違い本物のローブを身に付けた、二足二腕の生物の抜け殻のような姿をしているのだとか。

 これは「教導する化身」であるとされ、人類を含む宇宙に犇めく知性体たちに、神話的なまでの難問を通じて深淵の知識を与えているらしい。


 ちょっと厳しいハスター版のナイ教授みたいなものだと、フィリップは勝手に想像している。


 それはさておき、連中が多少の智慧を持っていることは間違いない。

 それも旧支配者屈指の強者であり、ヨグ=ソトースの落胤であるハスターの化身直々に導かれたカルトである可能性さえ出てきた。


 せめて“長”の外見だけでも分かれば、それが本物の“琥珀の長ハスター”であるかどうかを判別できる。

 そう思っての問いだったが、残念ながらアデラインは「いいえ、誰も見たことが無いわ」と頭を振った。


 「そうですか……」


 まあハスターも馬鹿ではないし、「可愛い信者のためだ。魔王の寵児を殺そう」なんて冗談でも言わないだろうけれど、フィリップがカルトに接触できないよう秘匿するくらいのことは……する、だろうか?


 分からない。


 今のところ、ハスターの信者に対するスタンスは判然としない。

 殊に信者を可愛がるイメージは無いが、自身に接触できる程度に智慧のある手合いはしっかりと認知できるだろう。更なる智慧を与える程度の戯れもするのなら、庇護したっておかしくはない。


 ……幸いにして、ハスターと接触する方法はフィリップも知っている。あとで聞いてみよう。

 カルトがどういう手合いかはともかく、想定すべき最悪の切り札である邪神召喚は、ほぼ無効化できていると言っていい。あとで「暫く僕以外からの召喚には応じるな」とでも言っておけば解決する。


 ハスターの信徒だろうがなんだろうが、カルトはカルトだ。

 全員殺す。邪魔になるくらいなら構わないが、邪魔をするならそいつも殺す。


 それが邪神であったとしても。


 「潜入を試みたことも何度かあるけれど、すべて失敗に終わっている。我々と彼らの接触は常に戦闘が前提となっているし、アジトを襲撃して情報を探ったこともあるけれど、こちらも殆ど成果無し。連中、こちらが攻めると死兵を使ってまで足止めして、大多数が逃げるのよ」


 物騒なことを考えているフィリップを引き戻すように、アデラインが更なる情報をくれる。

 

 「彼らは十人長と呼ばれる、所謂チームリーダーを中心とした十人程度のグループを形成し、帝都の各地区に散らばっているわ。表立った布教活動はしていないようだけど、構成員は全部で100人以上はいるというのが、私たちの推測よ」


 十人長。

 さっきフィリップが戦った、一人だけ異質だった少女のカルトもそう名乗っていた。


 百人中の十人を統括するチームリーダーだとしたら、単純に考えて、あれが全部で十人いることになる。中々厄介そうだ。


 「戦闘能力は個人によってまちまちだけれど、大半は戦士──非魔術師。中には素人もいるわ。けれど、十人長はそれを補って余りある魔術を持っている」


 アデラインの言葉に、フィリップも「あの触手ですね」と頷く。

 現物を見ていないノアは「触手?」と疑問顔だが、それ以上声を上げることはしなかった。


 「えぇ。うちの魔術師たちでは解析もできず、前兆を感じることも出来なかった謎の魔術。私もこの目で見るのは初めてだったけど、確かに異質だったわ」


 フィリップは今度は頷かず、顎に手を遣って思案する。

 

 彼女からは確かにハスターの気配を感じた。

 しかし妙なことに、神威は感じなかったのだ。あの触手からも。


 あれは神格ではなかった。しかし、ハスターに強く関係するものだった。

 気配の濃さから言うのなら、ヨグ=ソトースとハスターの関係性よりも、もっとずっと近しい。


 本体ではない。だが別物でもない。

 領域外魔術で召喚したにしては低劣で、人間が作ったにしては高次過ぎる。


 これも、あとでハスターに確認しておくべきだろう。


 「何か気になることでも?」

 「……いえ。百人規模のカルトなんて、暗黒大陸の悪魔崇拝者でしか見たことありませんけど、軍隊は動かないんですか?」


 アデラインではなくノアに尋ねる。

 帝都の治安維持を担う軍隊や、最精鋭とされる騎竜魔導士隊が参戦してくる可能性は、帝都で狩りをすると決めたときから危惧していた。


 流石に聖痕者や衛士団相手に狩りの速度で勝てると自惚れてはいないので、先を越されたら嫌だなあ、なんて思っていたのだが。


 「帝都にそんな規模のカルトが潜伏してるなんて、公に出来ないの。軍が動けば帝都の民も流石に気付くし、もしかしたら他国にまでこの醜聞が広がるかもしれないでしょ? だから皇帝陛下か軍関係のお貴族様が、秘密裏に、静かに片を付けるようマフィアなんかを使ってるってワケ。あたしとしては、両方一か所に集まってくれたら大層楽なんだけど。一網打尽にできるし」


 にっこり笑って中指を立てるノア。宛先は勿論アデラインだ。

 そこまでされても困ったような笑みを浮かべるだけの主人に代わるように、背後でボディーガードのジャックが口元をヒクつかせていた。


 「なるほど……。まあ、教えを広めたいタイプのカルトなら、その存在を誰にも知らせないっていうのは、行動抑制にはなるのかもしれませんね」


 口でそう言いながら、フィリップの顔は内心を正直に映した疑問顔だ。

 アンバー・ファミリアは信仰も信用も必要としない。ただアズール・ファミリーを殺すだけ。──チームリーダー、十人長の四番セルベッドはそう語っていた。教えを広めることは目的としていないか、優先度は低いと思われる。


 まあ、それもどうでもいい話だ。


 「で、アジトの位置は?」


 殺せばいい。

 ハスターに智慧を与えられているかもしれないとか、フィリップの智慧にない謎の触手を使っているとか、そんな細々とした問題は、全員殺せば問題ではなくなる。


 死人は喋らない。智慧を使って悪さもしないし、触手を操ることもない。


 カルトは全員そうなるべきだ。

 静かで利口で善良な死体になるべきだ。


 自ら首を括らないと言うのであれば是非も無い。フィリップが執行人になるまでのこと。


 「十人長は各アジトに必ず居るんですか? アジトの内装、接触の方法、警備状況、他なんでも、とにかく持っている限りの情報をください」


 フィリップは断られるかもしれないなんて微塵も考えていない、期待に満ちた声で催促する。


 しかし。


 「おいお前、さっきから何を言ってるんだ! 黙って聞いていれば偉そうに! 俺たちが命懸けで集めた情報を渡せだと!? 聖下のご友人だか何だか知らないが、その情報のために仲間が何人死んだと──」

 「馬鹿、姐御が話しているときに口を挟むな! 申し訳ありません!」


 背後からの怒声に、倍量の怒声が即座に応じる。

 前者の主はフロアの掃除をしていたマフィア、後者はジャックのものだ。謝罪の宛先だったアデラインは、「いいのよ。ありがとうジャック」と鷹揚に頷いた。


 「御免なさいね? でもあの子の言う通り、私たちは戦って情報を手に入れているの。何人も殺して、何人も殺されて。その情報を、ただ請われたからと渡すわけにはいかないわ」


 尤もだ、とフィリップは頷く。

 その理屈は分かるし、怒鳴った彼の感情も理解できる。組織外の人間どころか外国の子供に情報を渡すのは、そりゃあ躊躇われるだろう。


 理解もしよう。同情もしよう。


 その上で、拒絶には強要を返す。

 殺してはいけない相手を拷問するのは初めてだが、まあ、残弾はそれなりに多い。


 「困ったね」

 「えぇ、困りますね」


 何故かニヤニヤ笑っているノアに、フィリップは静かに頷く。

 ノアは何が可笑しいのか、フィリップの表情を見ていっそうニマニマと頬を緩めていて、それに気付いたフィリップは不審そうな目を向けた。


 しかし何が面白いのかと尋ねる前に、アデラインが先んじて口を開く。


 「そうね……、アジトを一か所、教えるわ。と言っても未確定の候補地を幾つかという形だけれど……貴方がそこを壊滅させられたら、別のアジトの情報をあげる。というのは如何かしら?」


 フィリップはノアの態度を一旦脇に置き、アデラインの言葉を吟味する。


 取引としては悪くないように思う。

 フィリップは自分に最低限の調査能力と、アジト一つを壊滅するだけの戦闘能力があることを証明しつつ、カルトも殺せる。


 アズール・ファミリーの側としても、損をすることは無い。フィリップが調査段階で失敗すればそれまで。殲滅段階で失敗しても、アジトを突き止めるひと手間が省ける。あとは武装させた襲撃要員を使えばいいだけだ。


 「悪くないね。報酬は?」

 「聖下もご参加を?」


 黙考していたフィリップを置き去りに、ノアが愉快そうに応じる。

 アデラインに問われると、彼女は平然と頭を振った。


 「いや? 興味本位の質問。まさかタダ働きはさせないよね? だって──それ、あんたたちの身代金だよ?」

 「……えっ?」


 いきなり飛び出した不穏な単語に、フィリップの思索が中断される。


 身代金。生命の代価。

 死地に飛び込ませる相手に支払うと考えれば、命を買い取る金という意味では通る。しかしその場合は、フィリップの身代金になるはずだ。


 アズール・ファミリーの身代金と言ったノアの言葉は、そういう意味ではないのだろう。


 では何か。


 「マフィアは結局カルト狩りでは何の役にも立たなかった、ってお貴族様が判断したら、あたしはあんた達を全員殺す。処刑台に送ってもいいし、あたしの権限で略式処刑してもいい。裁可を神に委ねるのも一興だ。あんた達が汗水垂らして血を流してカルトを探して戦ってるから、あんた達はまだ潮溜まりに変わってないだけ。その仕事を王国からのお客人に任せるってんなら、その存在価値は大きく下がる。仕事を放棄する猟犬なんか要らないからね」


 滔々と語られたのはフィリップ向けの説明なのだろうが、今一つピンと来ない。

 そもそもフィリップには「カルト狩りを任される」という意識が無いからだ。


 カルトは殺す。

 マフィアはその居所を突き止めるための足掛かりだ。


 雇われるとか、代行するとか、そんなつもりは毛頭ない。


 しかしまあ、それはフィリップ側の理屈でしかないことも分かる。

 帝国側としては、カルトを秘密裏に殲滅するために飼っていたマフィアが役目を全うしなかった、なんて展開は面白くないだろう。国外の人間にカルトの存在を知られるだけでも失態だし、解決までさせたとなれば、お貴族様とやらは非難の的だ。


 それに、犠牲を出しながらもカルトと戦ってきたアズール・ファミリーにとっても、「僕がやる」と言われて「じゃあ」と明け渡せる仕事でもない。


 「仰る通りですわね。けれど、そもそも全てをその子に任せるなんて、たとえボスが命じたとしても従わない子は大勢います」


 アデラインの言葉に、フィリップは困ったような笑顔を浮かべる。

 ボスの命令だろうが何だろうが、邪魔をするなら殺すし、フィリップが殺そうと意識しなくても勝手に発狂死する可能性だってある。


 まあどちらの末路を辿ろうと知ったことではないのだが、普通に邪魔はしないで欲しい。


 「私たちはこの町を穢すカルトに、本気で怒っているのですよ。聖下はご存じないようですが、私たちは皇帝陛下に命じられて奴らと敵対しているわけではありません。奴らと敵対していた私たちを、陛下が利用なさっているのです」


 アデラインは一度言葉を切り、ミードで唇を湿らせる。


 「それに……たとえ彼が全てのカルトを殺したとしても、そこに至る情報を集めた事実と能力を軽視するほど、は愚かでは無いと思いますが」


 優雅で蠱惑的な笑みを向けられて、ノアは挑戦的な笑みを浮かべる。アデラインの瞳の奥に宿る色を映したような。


 「そりゃあ、情報の量と精度次第だね。まあ、報酬は後で決めるとして、取り敢えず情報を頂こうか」

 「……えっと、ホントに僕の邪魔はしないんですよね?」


 いやに積極的なノアに、フィリップは思わず腕を引いて確認する。

 「私もやる!」とか言われたら流石に面倒だし、聖痕者と競争して勝てるはずもない。


 最悪ルキアとステラに足止めを頼むことになるかもしれないとまで危惧したフィリップだったが、幸い、ノアは可笑しそうに頭を振って否定した。


 フィリップの心情的には、してくれた、と言ってもいい。


 「いや、流石にそこまで暇じゃないって。あんたの監視に聖痕者会議……あ、監視って言っちゃった」

 「殿下に聞いてるので気にしなくていいですよ。そっか、昼間は軍務とか色々ありますよね」


 苦笑しつつ、フィリップはほっと安堵の息を吐く。

 監視はともかく、昼間は忙しいのなら、カルト狩りも昼にした方が邪魔されるリスクが減りそうだ。その分、帝都で暮らす一般人に見られるリスクが増えるけれども。


 「ま、そういうこと。怪我しない範囲で満喫しなね」

 「ありがとうございます。それじゃ、情報の続きを」


 端的な催促に、アデラインは変わらず蠱惑的な笑顔を浮かべていた。




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