瑠璃と琥珀の戦争
第470話
キャンペーンシナリオ『なんか一人だけ世界観が違う』
シナリオ21 『瑠璃と琥珀の戦争』 開始です
必須技能は各種戦闘系技能、【クトゥルフ神話】です。
推奨技能は【目星】等の調査系技能、【言いくるめ】等の対人系技能です。
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帝国領西部、山岳地帯。
峻険な山脈の狭間、清流によって栄えた穏やかな緑色に彩られる谷底平野を、馬車の一団が通っていた。
豪奢な装飾が施された六人は乗れそうな大きさのクーペを中心に、キャラバン型の馬車が十数台。一見して分かる護衛は、車列の周囲を警戒する軽騎兵数十名に、重装騎兵十数名。馬車の中には当然、魔術師も乗っている。
彼らを高空から見下ろすと、車列の前方と後方にも騎兵の集団がいることが分かる。前衛と後衛、広域警戒要員だ。
ルキアがミュローの町に赴いた時なんかとは比にならない──あれを「なんか」と言ってしまえるくらい、大規模で厳とした布陣。
その理由は、彼らが身に付ける意匠を見れば分かる。
装備品や、軽騎兵が掲げる旗に象られるのはアヴェロワーニュ王国の国章。そして車列の中心で最も厳重に守られる馬車が掲げるのは、その王家の紋章だ。
クーペの中には、アヴェロワーニュ王国第一王女にして次期女王たるステラが乗っているのだった。
四人の同乗者もまた、大半が尊ばれるべき存在。
ステラと同じ聖痕者であるルキアと、同じく聖痕者にして魔術学院長であるヘレナ。魔術学院や王城の防御結界の管理者であり、王国防衛の最後にして最大の壁であるヘレナが王都を離れているのは、かなり珍しい。
そんなヘレナが複雑そうな表情で見つめる先、三人目の同乗者は、“最も正統な吸血鬼”、あらゆる吸血鬼の頂点に君臨する女王、始祖の系譜であるミナ。
彼女も彼女で、十万の命など関係なく一撃で自分を殺せる聖痕者に囲まれてか、かなり不機嫌そうな顔だ。
そして最後の一人は、ミナに抱き寄せられてぼーっとしているフィリップ。
この面子に囲まれての旅路も二週間目を迎えて場違い感にも慣れ、早く着かないだろうかという期待感も萎んできて、かなり無気力状態になっていた。
王国の要人を載せた車列が進むのは、帝国領。その目的地は帝国領東部、首都である帝都だ。
長い旅は二週間ほど前、この大集団がミュローの町を訪れたその日に始まった。
◇
ミュローの町の一部を怯えさせた“呪い”騒動は、首謀者である運送屋の主人が焚刑に処されて終わりを迎えた。
自らの利益のため大衆の利益を侵害し、剰え呪いなどという風説を流布し民衆に恐怖を与えた罪人には、概ね相応しい末路だろうか。初めから妨害であると判明していて、「呪い」なんて言葉が出なければ、或いは鞭打ちと焼き印くらいで済んだかもしれないけれど。
当初の目的を達成したフィリップは、他にやることもなく──ミュローの町の最大の特徴である近郊の大型ダンジョン“ペンローズの虚”は、流石に面白半分で挑める難易度ではないし──普通に王都に戻るつもりだった。
が、しかし。フィリップが盗み聞きや独断専行について怒られてしょんぼりしていたところに、王都から一通の手紙が届いた。
召喚魔術で使役されたスティンガーイーグルが運んできた、封蝋に王家の紋章が捺された手紙。ルキアと、フィリップにも宛てたものが。
差出人はステラで、内容は封筒の華美さに反して極めて簡潔なものだった。
『そこにいろ。迎えに行く。遠出の準備をしておけ』……と。
そしてその一週間後、例の大部隊が公爵領に到着した。
まず先触れがやってきて、その後に騎兵が、大型馬車が公爵邸の庭に並んで、漸くクーペが玄関先に付ける。その後もぞろぞろと荷馬車がやってくるのだが、窓から見ていたフィリップはクーペにステラが乗っていると確信して、それが公爵邸の門をくぐった時点で窓辺を離れて玄関に向かっていた。
フィリップがルキアと公爵夫人と一緒にステラを出迎えると、彼女は再会の挨拶を終えるや否や、表の馬車を示して言い放った。
「旅の支度は出来ているな? ではミナを呼び戻せ。帝国に行くぞ」
そして大方の事情を察して面倒そうな顔のルキアと、“ペンローズの虚”で遊んでいたところをいきなり呼び出されて不機嫌なミナと、今一つ状況の分かっていないフィリップを載せると、車列はすぐに公爵邸を出発した。
「……王国の聖痕者全員にミナまで連れて、帝国に? 戦争ですか?」
割と本気で尋ねるフィリップだが、気負いはない。
馬車内の戦力だけで導き出した推測が本当なら、フィリップ自身も戦場に連れて行かれるわけだが。
ステラの言葉には従っていい、従うべきだという信頼も大きな理由だが、何より、本当に戦争が始まっても欠伸交じりに殲滅して帰って来られるような面子というのが大きい。ついでに言うと、何の接点も無い帝国人が何万人死のうと知ったことではないというのもある。
言葉の内容に反して安穏とした声での問いに、ステラは微妙な顔で頭を振った。
「30点だな。確かに戦争の準備ではある。だが王国と帝国の戦争ではなく、人類陣営と魔王陣営の戦争だ」
「あぁ、そう言えば魔王が既に復活してるってミナが言ってましたね。……え? じゃあ、まさか?」
魔王を殺しに行くつもりか、と戦慄する。
そりゃあ大抵の相手は物理で──魔術も含めた「通常の」攻撃で、鎧袖一触に殲滅できるような戦力だけれど、相手が龍種となると話が変わってくる。
龍は老化せず、成長を続ける特異な生物だ。
その存在格は歳月と共に大きくなり、500年も生きれば人間からの干渉を無効化するだけの格差を──存在の次元が一つ上になるくらいの格を得る。
王龍となれば存在歴は1000年を超え、しかも魔王龍サタンはミナでさえ勝てない相手だという。
聖痕者三人とミナは、まあ、いいとしよう。だが他は……余分だ。意味がない。
数百人の護衛。
恐らくは全てが腕利きの魔術師と騎士。
そんなもの、ルキア一人が一秒で消し飛ばせる。そして恐らく、魔王にも似たようなことは出来るだろう。人間に出来ることが王龍に出来ないとは思えない。
大量の足手纏いを連れて行って、大量の徒死者を出すのはステラらしからぬ選択だ。
怪訝そうに眉根を寄せるフィリップに、彼女はやはり頭を振る。
「いや、流石に違う。そもそも勇者が不在の現状では、魔王が目の前で首を差し出していたとしても勝ち目がない」
ですよね、とフィリップは頷く。
古龍レベルでさえ人間の攻撃を無効化する程度の存在格があったのだから、王龍となればそれ以上だろう。というか、人類は既に「魔王に攻撃を効かせるには、まず勇者が聖剣の一撃を入れなくてはならない」という知見を持っている。
魔剣ヴォイドキャリアの一撃で古龍の存在格を「人間に傷付けられるモノ」にまで落としたときのように、存在格の隔絶を取り払う方法が無ければ、いくら聖痕者が超火力を持っていても意味がない。
勇者が現れていない今、魔王と戦うことは自殺行為でしかない。
帝国の聖痕者と合流して魔王に挑む、というわけではなくて一安心だ。
フィリップが何を考えていたのか概ね察したステラは、苦笑交じりに先を続ける。
「魔王がいずれ復活すること自体は知っていた。当然ながらな。問題は、その報告が教皇庁からではなくミナから齎されたことだ」
「魔王の復活をいち早く察知し、警告する。それが教皇庁の役目だったし、そういう名目で、私たちが百年前に死ぬほど苦労して捕縛した魔王の預言者を手紙一通で連れて行ったのよ? それが機能していないのなら、或いは何らかの思惑があって秘匿したのなら、次の魔王戦役に教皇庁は必要ない。……いま何が起こっていて、私たちはどうするべきか。それを協議するために帝国に行くのよ」
ステラの言葉に、ヘレナが横から補足をくれる。
「へぇ……聖痕者会議みたいなものですか?」
「プラス、三国首脳のな。私は兼任だが」
さらりと言うステラに、フィリップは今更思い出したように「すごいなこの人」という内心の透ける目を向けた。
その隣で、ミナは胡乱を通り越して正気を疑うような目をしている。
「……一応言っておくけれど、私は参加しないわよ。人間を守るための会議なんて」
だって死ぬほど面倒臭そうだから。無理やり参加させたら死ぬのはお前。
そう明記された顔のミナに、ステラは冷静に、そしてどこか挑発的に笑ってみせた。
「ほう? 人類が魔王の軍勢に絶滅させられたら、次は食料を失う吸血鬼の番だと思うが?」
「私はエルフの血でも飢えは凌げるし、他の吸血鬼が全て餓死しようと知ったことじゃないわ。……それに“牧場”がある限り、人間は絶滅しないんじゃないかしら」
対して、ミナは冷酷に思えるほど淡々と語る。
かつては吸血鬼たちの支配者として君臨していた彼女だが、やはり同族意識が殆ど無いらしい。
ステラは小さく嘆息し、ごく自然に見えた笑顔の仮面を投げ捨てて気怠そうに背凭れに体重を預けた。
「……まあ、そんなことを言うだろうとは思っていたが。道中、お前の知る限りの情報を話してくれ。それが終わって帝都に着いたら、あとはカーターと遊ぶなり好きにしろ」
言われるまでも無いことだと、ミナは頷きさえしなかった。
その代わりのように、フィリップがステラの言葉に食いつく。
「帝都? もしかして、協議って帝都でやるんですか?」
「そうだ。あぁ、カーターは帝都は初めてか」
妙に嬉しそうなフィリップに、ルキア以外の全員が見当外れの推測をした。
初めての土地に旅行するような気分ではしゃいでいるのだと。魔王との戦争や教皇庁の能力不足が懸念されている現状ではあるが、そんなことはお構いなしに旅行を楽しめるのは、如何にもフィリップらしいと。
しかし──フィリップはそれ以上にらしい理由で喜んでいる。
「はい。……それだけじゃないですよ。帝都にはカルトが居るらしいんです」
「……えっ?」
「……なんだと?」
それはもうウキウキの楽しそうで嬉しそうな声で齎された情報に、ヘレナとステラが驚きを通り越して困惑する。
ヘレナは「カルトがいる」という恐ろしげな内容を口にしたとは思えない声色と表情に困惑していて、ステラはその情報の出所が分からないことと唐突さに困惑しているという差はあるが、二人ともよく似た表情を浮かべていた。
「えっと、これはアズール・ファミリーの構成員から貰った情報なんですけどね?」
「……帝国マフィアのか?」
流石のステラも理解しかねたようで、説明が必要だと感じたフィリップはミュローの町で起こったことをかいつまんで話す。
途中ルキアからの補足や注釈を挟みながら“呪い”騒ぎの顛末を語り終えると、彼女は両手で顔を覆って深々と嘆息したあと、いつもの自信と威厳に満ちた微笑を浮かべてフィリップを見つめた。
「……それで、私たちはどうすべきだ?」
ステラがフィリップに意見を求めたのを見て、ヘレナは少し意外そうに目を細めた。
学院内でも仲の良かった三人だが、グループで何か意思決定が必要な時はステラがその役目を自ら負っていたし、フィリップもルキアも任せていた。
それに、ステラが他人の意見を求めるとき、その相手は彼女以上の知識や専門性を持っていることが殆どだ。ルキアやヘレナ、ステファンやフレデリカのような。
ならばフィリップは、対カルトに於いて一定以上の知識や専門性を持っていると考えられる。
以前にカルトに拐かされたことと、カール王子にカルト狩りの依頼を任されていることは聞いていたが、ステラが判断を委託するほどとは。
驚きと感心の綯い交ぜになった目を向けるヘレナを余所に、フィリップはさっと思考を回して肩を竦めた。
「表立っては動かない秘密組織らしいので、帝都の様子を見て決めればいいと思います。狂人がフラフラしてるようなら、まあ……その時は二人の安全を最優先に、帝都ごと吹っ飛ばしましょう」
一国の、それも一応は友好国である帝国の首都を吹っ飛ばすと、なんでもない事のように言うフィリップ。
ルキアとステラも「そうね」「分かった」なんて揃って軽く同意しているが、二人は、いや三人が三人とも、自分が帝都を吹き飛ばすつもりでいるので、実は微妙に噛み合っていない。
「えっと……町が正常だったら?」
大殺戮の計画には触れず、ヘレナはポジティブな、そして現実的な可能性の方に話を向ける。
カルトが潜伏しているからといって、街一つがカルト思想に汚染されることなどまず有り得ない。そもそもカルトは発見次第討伐されるのだから、教えを広めることすら不可能だ。
街頭演説なんてしようものなら、四方八方から石だの魔術だのが飛んできて肉塊に変わる。
かといって個宅訪問したとしても、初日に通報され、衛兵の警邏が厳しくなって早晩捕まる。その後に待っているのは焚刑だ。
だから帝都にカルトが潜んでいたとしても、街ごと吹き飛ばす必要性が生まれる状況にはなっていない。それは「はずだ」なんて接尾語が必要ないほど確実なことだ。
「聞くまでも無いな」
「そうね」
ルキアとステラ、そしてフィリップは、一年生の一時期だけ担任代理だった先生の質問を受け、顔を見合わせて可笑しそうに笑った。
「二人は協議に。僕は狩りに。学院長も含めて、誰の目にも何も触れさせないので、安心してください」
言って、フィリップは安心させるためにしては妙にどろりとした、配慮よりは愉悦に満ちた笑顔を浮かべる。
牙を剥くような表情からは、強烈なまでの嗜虐心──年に見合った悪戯心なんかとは訳が違う、もっと陰惨な感情が見え隠れしていた。
ある意味では他のどんな敵に相対したときよりも本気のフィリップに、ルキアとステラは違った反応を見せた。
「えぇ、頼りにしているわ」
「……はしゃぎすぎるなよ」
ルキアは無条件の信頼を感じさせる微笑を向ける。
フィリップと町の両方の被害を心配して苦笑を、ステラは向ける。
カルト狩りに際したフィリップの本気さ──それ故の傲慢さと無防備さを鑑みるに、どちらかと言えば、ステラの反応の方が正しかった。
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