漁村

第437話

 キャンペーンシナリオ『なんか一人だけ世界観が違う』

 シナリオ19 『漁村』 開始です


 必須技能はありません。

 推奨技能は各種戦闘系技能、【クトゥルフ神話】、【水泳】です。


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 ウォードとモニカの埋葬式から数日。フィリップは再び冒険者活動を始めた。


 “龍狩りの英雄”と最上位吸血鬼を擁するパーティーから犠牲者が出たことは、冒険者たちの間で話題に──などなっておらず、ギルドに入った時には「あぁあいつらか」とただの顔見知りを見る目が大半だ。情報統制でもされたか、単純にどうでもいいのか。


 ギルド側から何か警告や処分が下ることも無かった。結局のところ冒険者やギルドにとってあの一件は、「初心者が不運にも強い魔物と遭遇して死んだ」という頻繁ではないが稀でもない程度の出来事に過ぎなかった。


 元々全く精神的ダメージの無かったミナはともかく、意外な割り切りの良さを見せたエレナもさっぱりと吹っ切れている。ギルドに向かう道すがらも、ギルドに着いてから一旦腰を落ち着けて「次の依頼どうしよう?」と話している間も、いつも通りの明朗さだ。つい最近パーティーメンバーが二人減ったことなど微塵も感じさせない。


 待つこと数分。

 パーティー最後の一人であるリリウムがギルドの扉を開け、きょろきょろ見回してフィリップたちを見つけると、神妙な面持ちでテーブルまでやって来た。


 「……あの」


 リリウムの纏う真剣な雰囲気に当てられて、フィリップとエレナはつい沈黙を返してしまう。

 集合早々にしては重すぎる空気のなか、ミナだけが退屈そうに受注候補の依頼票を眺めて吟味していた。


 「……僕たちはパーカーさんの意思を尊重するよ。パーティーを抜けたいなら止めないし、これからも続けたいなら歓迎する」


 フィリップは努めて穏便に、「お前要らないよ」という意味に取られないよう気を配りながら言う。

 ステラの警告を考えるとリリウムの存在は重い枷でしかないが、それを理由にリリウムを辞めさせるのは身勝手だ。そう考えて。


 とはいえ、いない方が動きやすいのもまた事実なので、彼女が「辞めたい」と言っても引き留めることはしないつもりだ。


 そして、リリウムは強い決意の籠った眼差しでフィリップを見つめ返した。


 「私……まだこのパーティーで冒険したい。だって、ここ以上にAクラスに近いパーティーなんてないもの」

 「そっか。よし、今後ともよろしくね。……ところで、そんなにAクラスに拘ってたの?」


 喜んで握手しているエレナとどうでも良さそうなミナを一瞥し、異論は無さそうだと判断したフィリップは、自分の疑問を口にする。

 確か、Aクラス──その先にある衛士団を目指していたのは、フィリップとウォードだけだったはずだ。モニカとエレナは遊び半分、ミナはペットの監督なので、冒険者活動そのものに対して真摯だったのは二人だけだった。


 リリウムの動機は、確か、魔術学院に入学出来なかった──適性審査を通らなかったことへの反発。


 フィリップのその記憶を、リリウムは頷いて肯定する。


 「別に、私は私の才能を示せたらそれでいいわ。けど……ウォードの夢だったでしょ、Aクラス。それに、魔術学院の出身じゃない魔術師がAクラスになったら、結構有名になるんじゃない? 魔術学院にも届くくらい。だからついで……いや、ただの手段の一つよ! だから、私もAクラスを目指すことにしたの!」


 リリウムが声高に宣言すると、周りから「うるせえな」という険の籠った視線が集まる。

 フィリップは「すみません騒がしくて」と会釈で受け流し、リリウムにはエレナと共に感心したような目を向けた。


 「……思ったよりいい人だね、パーカーさん」


 リリウムとは一緒にパーティーを組んで、まだそれほど長い時を過ごしたわけではない。フィリップは彼女に然したる興味も持っていなかったから、場の流れに沿った会話はしても彼女個人に興味を向けることは無かった。

 幼馴染のウォードと、同性のモニカとエレナとはそれなりに仲の良かったリリウムも、年下の異性と積極的に話す必要性を感じなかったから、二人の交流はそれほど盛んではなかった。だからこそ、彼女の見せた善性はフィリップにとって意外に映った。当人は「思ったよりって何よ!?」なんて眦を吊り上げていたけれど。


 ふい、と目を逸らしたフィリップに彼女が追及を重ねる前に、ミナが手にしていた依頼票の束を机の上に投げ出した。


 「薬草採取に低級魔物の駆除、害獣除けの罠設置と薬品散布、狂暴化した軍馬の鎮静化……? フィル、別の依頼にしなさい」


 確かに、エレナとフィリップで候補に挙げた依頼はどれも簡単なものだ。Cクラスの冒険者に割り当てられるものとしては普通だが、ミナどころか、エレナやシルヴァが出る幕も無いだろう。軍馬の鎮静化なんか、多分フィリップが近づいただけで達成だ。予後はともかく。


 「つまらなさ過ぎるわ。これなら図書館で本を読んでいた方がマシよ」

 「まあ、確かにそうなんだけど……」


 ミナが退屈そうに言うが、フィリップは悩ましげに眉根を寄せる。

 Cクラスの依頼なんて、大概はこんなものだ。ゾ・トゥルミ=ゴと遭遇したのは洞窟調査の過程、単なる偶然だったし、ノフ=ケーとの遭遇もそうだ。端から神話生物──“謎の魔物”との邂逅を目的としていたわけではなかった。


 「謎の魔物の調査」を目的とした依頼は偶に掲示されているが、大抵はBクラス以上を対象にしている。ノフ=ケーと遭遇した『異常気象の調査』だって、元はBクラス向けの依頼で、何度か達成されなかったからステラ経由でフィリップに任されたものだった。

 管理上はCクラス冒険者でしかないフィリップたちが、ミナの思う面白そうな依頼を受注しようとしたって、ギルド側に突っぱねられるだろう。


 どう説得しようかとフィリップが考え始めたときだった。

 

 「──お話し中のところ失礼します。冒険者パーティー“エレナと愉快な仲間たち”のエレナさんとカーターさん、ご来客ですので、上階の応接室までおいで下さい」


 テーブルの傍に来たギルドの事務員が、どこか硬い口調でそう言った。

 フィリップたちと面識のある職員で、パーティー名にくすりと笑う程度には肝が据わっている人なのだが、今日はなぜか緊張しているようだ。


 「……?」


 リリウムと話していたエレナと顔を見合わせ、言われるがままに付いていく。

 ギルド本部は四階建てだが、大半の冒険者は一階にしか入らない。三階以上はギルドの事務的機能が集中しているため原則立ち入り禁止とされている。しかし、フィリップたちが通された応接室は四階だった。


 「フィリップくん、心当たりは?」

 「いや……ギルドに来たってことは依頼者でしょ? 僕に何か頼みそうなのって、ルキアと殿下と、あとはレオンハルト先輩くらいだよ」

 「じゃあ直接言うよね……」


 事務員はやたらと丁寧なノックと入室確認のあと、最大限の丁寧さで扉を開けてフィリップたちを通した。

 応接室は貴族の来訪を想定してデザインされたようで、壁や床の材質からして高級感のある部屋だった。部屋の中央には四人掛けのソファが二つ対面して並び、その間にはぴかぴかに磨き上げられた石製のローテーブルがある。過剰にならない程度に調度品も置かれ、どことなく物騒な空気の漂う一階とは全く違う空気が漂っていた。


 部屋の中には重武装の鎧騎士が六人もいて、中の様子を見た瞬間に回れ右して帰りたくなるような威圧感を放っている。実際に、事務員はそうして退散した。

 彼らを直感的にだと思ったのは、長距離移動や探索をすることの多い冒険者は、彼らが身に着けているような鈍重なフルプレートメイルを好まないからだ。それに、鎧のデザインや意匠が統一されている。同一の部隊に属する正規兵だ。


 ならば、その彼らが守っているらしい、上座のソファに座った金髪の青年は。


 「……誰? 知ってる、フィリップ君?」

 「いや、知らない……。どこかで見たことある気もするけど」


 フィリップとエレナは顔を寄せ合い、ひそひそと囁き合う。身長差から、エレナは少し屈んでいた。


 青年は王国人にありがちな金髪と青い目を持っていたが、顔立ちは非凡なほど整っている。

 年は15歳くらいだろうか。フィリップより少し年上のように見えるが、座った姿勢で組まれた足はすらりと長く、立ち上がったらかなりの上背だろうと察せられた。


 彼はすっと立ち上がるが、自己紹介する代わりに傍に立っていた騎士を一瞥する。

 その堂々たる仕草、自分が何者であり、どう振舞うべきかを知り尽くしている者の所作は、フィリップに強い既視感を与えた。


 視線の意図を汲み、騎士はフルフェイスヘルム越しにもよく通る声で、自らの主人の素性を明かす。


 「この御方は我らがアヴェロワーニュ王国第一王子、カール・セクンド=マーニャ王子殿下であらせられます」


 恭しい紹介に、「じゃあ殿下の弟かぁ」なんて考えていたフィリップは「へぇ」と頷きかけて慌てて跪く。

 普段その単語を口にする時には親しみが籠っていて、フィリップの中で「殿下」はステラを指す渾名のようになっていたが、本来は違う。それはどこの国でも相当に上位の人間にしか付かない敬称だ。彼自身が「殿下」と呼ばれる、血統序列に於いて最上位層の人間だった。


 「失礼いたしました」なんて咄嗟に口走るフィリップだが、本来なら赦しを得ず口を開くことすら咎められる。王族とはそういう相手だ。

 エレナは「そうなんだ。初めまして!」なんて明朗に笑っていたが、彼女はそもそも王国民ではないどころか人間ではないし、種族王の娘、所謂王女様だ。関係性は概ね対等だろう。


 「あぁ、頭を上げてください。命の恩人にそんな恰好をさせるほど、俺は恩を知らない人間じゃありません」


 慌てたような足音が近づき、フィリップの肩に手が触れる。

 フィリップは一応、いつぞや「国王陛下に「面を上げろ」と言われても、もう一度促されるまで頭を上げては駄目よ」とルキアに教わったことを覚えてはいた。いたが、ではその法則が国王ではなく王子にも適用されるのかという問いには、フィリップの知識では答えが出せなかった。


 結局、カール王子に「さぁ、どうぞお掛けになってください。交渉を始めましょう」と言われたのを二度目の催促と捉えて従うことにする。もしかしたら、王子はフィリップの逡巡を察してくれたのかもしれない。


 示されたソファに腰掛けながら、フィリップとエレナは「交渉?」と声を揃えた。

 王子は「仲がよろしいのですね」と愉快そうに笑い、その笑みを残した明朗な表情で話し始める。


 「あなたのような強大な戦力を、C級冒険者などという小さな器に収めておくのは不合理です。姉上はあなたに配慮して強行されないが、本当なら北東部の要所を所領として与え、聖国に対する牽制とするか、王直属の特別な騎士とするところですよ」

 「そうなの? でも、だったらあなたがフィリップ君を私有武力化するのは不味いんじゃない?」

 

 王子はまだ交渉の内容について口にしてはいないが、先んじて察したエレナが怪訝そうに尋ねる。

 フィリップの、そして恐らくミナの私戦力化。或いはそこまで行かずとも、その武力を利用しようとしていることは分かった。


 別にエレナとしては、カール王子が強大な武力を持とうが、その力でステラの足元を脅かそうがどうでもいい。王国の内情に関わるつもりは毛頭ないし、ステラとカールのどちらがエルフにとって益となる存在か見極めるだけの知識も経験もない。


 しかし、フィリップはミナのペットだ。

 そしてミナは自分のペットに他人が新たな首輪を付けることも、ペットを介して自分を操ろうとすることも許さないだろう。


 吸血鬼が人間を殺すことに否やは無い。それはこの世界の在り方として正しく、自然なことだ。木は土の栄養を吸い、虫が木の葉を喰い、虫は鳥に喰われ、鳥は大型の獣に喰われ、彼らは死して土に還る。食物連鎖、弱肉強食の摂理に即している。


 しかし、王国に滅亡されるのは困る。ここはエルフが唯一、正式な国交を回復した人間の国なのだから。


 警戒も露なエレナに、カール王子は困り笑いで頷いた。


 「勿論、次に王冠を戴くのは姉上です。姉上がやっていないことを、俺が勝手にやるわけにはいかない。そこで、こういった形をとることにしました」


 王子が視線で合図すると、傍に控えていた騎士が一枚の紙をローテーブルの上に置いた。

 フィリップにもエレナにも見覚えのある、実行依頼の依頼票だ。


 「俺が個人的に、あなた方“エレナと愉快な仲間たち”という優れた冒険者に依頼を出します。出来ることの幅はかなり狭くなりますが、それ故に、姉上もこの形式であればと許してくださいました。当然、あなた方にも依頼を受けない自由があります」


 ホントかなあ、というフィリップの内心は、素直な表情筋に速やかに反映された。

 王子の命令は国王の言葉と違って、絶対性は無い。だが、それは「より上位の命令によって破棄される」というだけで、フィリップが勝手に無視していいということではない。


 まあステラが許可した以上、フィリップやその周囲に害をなすような人物ではないのだろうけれど。


 「とはいえ、俺もこの国の為を思ってのこと。姉上に色々と教えて頂きました」


 ふむ、とフィリップは興味深そうに頷く。

 フィリップが揺れ動くような説得が出来る程度に入れ知恵しているのなら、彼の申し出は受けてもいいとステラが判断したということだ。逆にそうではないのなら、その時は対処を考える必要がある。


 「大前提として、人間は利が無ければ動かない。それが実利であれ心情的なものであれ」

 「……それで? 何を提示して僕を買収するんです?」


 金か、爵位か、土地か? どれも要らない、というか、どれも押し付けられることが確定している。

 そしてフィリップが──法律や内政の勉強は自分には無理だと確信しているフィリップが、逃げられないなら仕方ないと諦めているのは、その上にステラがいるからだ。


 彼女になら傅ける。首へ添えた剣の柄を、彼女になら差し出せる。

 彼女がそれが最善だと言って、そして勉強しなくていいのなら、貴族として生きてもいい。


 ステラ以外を主と仰ぐことはない。

 

 だが、これはステラに直接言ったことのないフィリップの心の内だ。

 だからまあ安直に、「応じている限り叙勲は延長してやるぞ」とか、そういうシンプルに嬉しい提案が来るだろうというフィリップの予想は、しかし、微妙に外れる。


 王子、延いてはステラが提示した報酬は、確かにフィリップが望む嬉しいものではあった。


 「依頼を受けて頂けるのであれば、今後、王国がカルトの情報を掴んだ場合、教皇庁より優先してカーター様にお伝えする。というのは如何でしょう。勿論、カーター様が──」

 「いい取引です。是非よろしくお願いします」


 即答し、握手を求めて手を伸ばすフィリップ。

 隣でエレナが「即決だ……」と呆れていたが、フィリップは気にも留めなかった。


 カルト狩りは基本的に秘密裏に行われる。それを実行するのが教皇庁の特殊部隊“使徒”か、衛士団か騎士団か、領主軍かは不明だが、民間人に情報が下りてくることは無い。興味本位や信仰心で接触されると、それはそれで異教の情報が拡散する恐れがあるからだ。


 その秘匿情報が、恐らく最速でフィリップのところに流れてくるようになれば、カルト狩りはとても捗ることだろう。


 「……流石は姉上。こちらこそ、よろしくお願いします。ああ勿論、依頼報酬は相場より多めに設定していますので。では、私はこれで」


 にこやかに挨拶を交わして王子が立ち去ったあと、エレナは物言いたげな顔でフィリップを見つめた。


 「……フィリップ君、なんか良いように使われてない? あれって、「ついでにカルトの処理もしろ」ってことじゃないの?」


 そうかもしれない。

 ステラの個人的感情を排除してフィリップを評価するのなら、「絶対に反転カルト堕ちしないモチベーションと、絶対に鏖殺して生還する戦力を兼ね備えた個人」。単独でなければ運用の難しい性能ではあるものの、戦力としてはこれ以上なく便利だ。


 ステラは王子の依頼という形で一定の国益を得つつ、カルト狩りを確実なものとしながら教皇庁の国内活動を縮小させられる。彼女らしい、一つの石で多くの利益を上げるような選択だ。


 そしてフィリップとしても否やは無い。

 ステラの役に立てて、その上カルトまで殺せるというのだから。


 「それが僕にとっては最高の報酬だって、殿下は分かってるんだよ。……ん!?」


 嗜虐心に満ちた笑みを浮かべていたフィリップは、何の気なしに取り上げた依頼票を見て目を丸くする。


 報酬額はCクラス依頼の相場の十倍以上あった。

 

 「……もしかして、依頼そのものの難易度が結構高い?」

 「そりゃそうだよ! だって、“龍狩りの英雄”と姉さまに宛てた依頼なんだよ? ……もしかして、分かってなかったの?」


 エレナに呆れたような目を向けられて、フィリップは目を合わすまいと顔を背けた。





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