第421話
それからフィリップと「ミ=ゴの兵器」は、カルト「ウェンディゴのしもべ」の残骸で焚火を作りながら話をした。
元々彼らが作っていた焚火に、テントや、その中にあった日用品から魔導書までを分け隔てなく放り込んで作ったキャンプファイヤーだ。
死体はまあ、そのままでいいだろう。身包みだけ燃やせば、残りは獣が食うか、腐って朽ちる。
「ミ=ゴの兵器」曰く、彼女はミ=ゴが地球で作ったキメラらしい。
星間航行能力を持つ生物の内臓、高い戦闘能力を持つ生物の外装、ミ=ゴの太陽系随一の科学技術、そして「想像力」という優れた能力を持つヒト種の赤子の脳を培養し改造した生体演算処理装置を積載している。と本人が自慢げに語った。
具体的には、ビヤーキーの内臓と磁気感知器官、グラーキの破片を培養した反応刺胞装甲を全身に備え、骨格・牙・爪・筋肉は全て古龍の組織を培養して作ったものだそうだ。
聞く限り、物凄く強そうではある。あるが。
「で、なんでカルトなんかにボコボコにされてたの? あいつら戦闘魔術師どころか、戦闘慣れさえしてない宗教家だったよ? ……あぁいや、一人だけ、ちょっとヤバそうなのはいたか」
「わ、私だってただボコボコにされたわけじゃありませんよ!」
心外だと言いたげに柳眉を逆立て、彼女は詳しい事情を語る。
そもそも、彼女を含むミ=ゴの一団は、もっと北方の山岳地帯に棲んでいたらしい。しかしコロニーにしていた山が突如として丸ごと消し飛び、その消滅に巻き込まれずに済んだ一部のミ=ゴと彼女は、別な拠点へと向かって移動していたそうだ。
目的地は大陸南部、魔王支配下の暗黒領だったらしい。
ここに彼女がいる事実が示す通り、到達はしていない。道中で無益な
「落下地点付近に
「ふーん……。強いんだ?」
彼女が語った単語は所々分からないものがあったが、概ねグラーキの装甲に、古龍の爪牙を持ち合わせた化け物ということだろう。
それに何より、「原住生物殲滅用兵器」だ。コンセプトからして強く作られているのは間違いない。
「勿論です。あんな人間、ちょちょいのチョイですよ!」
しゅっしゅ! と風切り音を口で言いながらシャドーボクシングなどする「生物複合兵器」。
このバカっぽい振る舞いも、人間のような知性を持った相手──“油断”という機能を持った相手に付け込む演技や擬態なのかもしれない。
……いや、違うか。少なくともフィリップを本気でナイアーラトテップやシュブ=ニグラスの化身だと思う程度には馬鹿だ、こいつは。
そんなことを考えて胡乱な目をするフィリップの脳裏に、ふと閃くものがあった。
「山が消し飛ぶ」なんて現象、早々起こるものではないだろう。……もしや。
「……山が消し飛んだって、もしかして王龍にやられたの?」
問うと、彼女は意外そうに片眉を上げた。
「あ、そうです! 意外と情報通なんですね?」
「暴れてるって話だけはね。……意外と?」
「いやあ、困りますよね。まあ私たちのせいではあるので、因果応報と言えばそうなんですけどね!」
あははは! と明朗に笑う、横開きの大顎を持つ化け物。
顎は閉じられたままなのに、笑い声はよく通るのは不思議だが──そんなことよりもっと聞き逃せないことがあった。
「……ん? 君たちのせい?」
どういうこと? とフィリップが首を傾げると、彼女は「やれやれ」とばかり両掌を上向けて語る。
「いえね? ミ=ゴは私という実験機の素晴らしさを見て、いざ本番と製作に取り掛かったのですが、ここで素材の不足が発覚! しかし丁度良いところに古龍がいるし、古龍を倒した経験もある。「これで問題解決!」と襲い掛かり、これは実際に勝ったのですけれど……それがどうやら、王龍の配下だったらしく」
「報復されたのか……」
どうして事前に調査しなかったのか。
次元断の魔剣も、シュブ=ニグラスの血を受けた武器も無しに古龍を倒せるのだから、ミ=ゴはかなり強いのか?
いや、この話せば話すほど馬鹿っぽい──人間のような生物複合兵器を作ったというのだから、とんでもない技術力を持った種族なのだろう。反面、兵器に戦闘を任せるということは、種族それ自体はそれほど強くないと考えられる。
「っていうか君、王龍に負けたの? 「原住生物殲滅兵器」なんでしょ?」
「いやあ、神に片足突っ込んでるようなのはちょっと……。私はあくまでミ=ゴが拠点にする場所の安全を確保する、一個エリアを制圧するための兵器ですから」
なるほど、とフィリップは彼女との会話で初めてかもしれない納得に落ちた。
彼女の言い訳に納得しただけであって、「名前負けがすごいな」という不満はあるけれど。
「ふーん……。ちなみに、聖痕者には勝てる?」
将来、もしもミ=ゴが人類に敵対したときのために──ルキアやステラの前に立ちふさがった時のために聞いておく。
グラーキの反応刺胞装甲とやらは接近戦用の器官だとしても、古龍の素材が使われているなら、或いは強力な魔術耐性を持っていたりするかもしれない。
流石に空も飛べない劣等種と比較されるのは気に障ったのか、「原住生物殲滅兵器」はむっと眉根を寄せた。
「勝てますよ! 馬鹿にしないでください! ……まあ、条件次第ですけど!」
座ったまま足をばたつかせ、全身で不満を表現する少女型兵器。
条件付きなのによくもまあ「舐めんな」って顔できたなコイツ、とフィリップは呆れ顔だったが、答え自体は賞賛と警戒に値するものだ。
「いやいや、条件付きでも勝てるなら大したものだよ。ちなみに条件ってなに? ……あ、「魔術を使われなければ!」とか言ったらブン殴るからね」
こいつなら言いかねないぞ、というフィリップの警戒は、まあ正しかった。
正しかったが──フィリップの警戒がぴったり適当だった例は数少なく、今回もまた不足していた。
「宇宙空間でなら勝てます!」
「……あの、ごめん。僕、お兄ちゃん以外と喧嘩したことないからさ、喧嘩売ってるならそう言って貰える?」
自慢げに胸を張る馬鹿に、フィリップはびっと中指を立てた。
ミ=ゴの作法なのか知らないが、まだるっこしい。
いや正面から「喧嘩しよう」と言われたら、きっとその時はその時で「こいつ馬鹿か?」と冷笑するけれど。というか、フィリップは自分に敵対する者は例外なく馬鹿だと思っているけれど。
「ひぇっ!? ととととんでもないです! あなた見た目は弱そうですけど、外なる神の臭いがべったり付いてますし、タダモノじゃないですよね!? 見た目は弱そうですけど! 騙されませんよ!」
「弱そうって二度も言う必要あった? いや、確かに弱いけどさ」
弱いのが事実で、そして自覚があって良かったな、とフィリップはまた中指を立てる。
言葉の内容自体には反論の余地がないし、そもそもどれだけ馬鹿にされようが自他共に泡なので、誰に何を言われても暴言の内容自体が突き刺さることはない。
だが、単純に「暴言を吐かれた」「喧嘩を売られた」ことに対する苛立ちはあった。
「……あの、本当に神の化身じゃないんですか?」
恐る恐るといった風情で尋ねる少女の姿に、フィリップは魔術学院に編入したばかりの頃を思い出した。
「違うってば。ただ……近所の教会にナイアーラトテップとシュブ=ニグラスがいるだけで」
「……え? ……は? はい? 月に吼える無貌の神と、星を変生させる大地母神が? 同時に? こんなド田舎の星に? どういう冗談……いやでも、この気配の濃さは……」
確かに冗談みたいな話ではあるけれど、ここに関して嘘はないので信じてもらうしかない。
……いや、まあ、フィリップが逆の立場だったら「物凄い幻覚見てるなこいつ。殺してあげるか……」と憐憫を以て首を刎ねるところだけれど。
「……まあ、確かにね。はぁ……やっぱり馬鹿と話すと疲れるな。僕はそろそろ行くよ。目的も達成したしね」
「え? あんまり迂闊に動かない方がいいですよ! ここ、ノフ=ケーの縄張りですし、しかもあいつら、なんかおかしいですし」
立ち上がったフィリップの後ろを、馬鹿呼ばわりに気付かなかった馬鹿がトコトコ付いてくる。
何を言われても適当に流そうと思っていたフィリップだったが、忌々しいことに、馬鹿の言葉が頭に引っかかった。正確には、外神の智慧に。
「ノフケー? 旧支配者ゴ=ナプ=シスのこと?」
それこそもっと北方、イタクァ支配領域並みの超寒冷地帯を縄張りにする神格のはずだ。
地球原産の旧支配者で、厚く硬い氷の中に封印されているはず。それを為したのは多分、旧神か何か──残念ながらシュブ=ニグラスは理由にまで興味を持ってくれなかった──だが、復活し戦闘になったのなら人間一匹くらい殺せる存在だと、智慧にはある。
だが、この森の中に神威を放つモノはいない。或いは復活直後で、感覚の肥えたフィリップが分からないほど弱っているのか。
──だとしたら不味い。
と、フィリップは今度は顎に手を遣って、「最悪ハスターか」と切り札のことを考えながら呟く。
「ひえぇ……。あ、あの、さっきからずっとですけど、神の名前を軽々に音に乗せないでください……。そうではなくて、ノフ=ケーという種族のことですよ。ご存じないですか? おっきい毛むくじゃらの……立ったら五、六メートルくらいある、六脚の熊みたいなのです。冷気を起こしたり、吹雪を呼んだりするんですよ」
「知らない。何それ、怖……。熊ってだけでも怖いのに」
いやそもそもフィリップの知る熊は、立ち上がっても二メートルそこらだ。
エレナからなんとかホリビリスとかいう巨大で獰猛で強靭な熊の話は聞いたが、それでも最大三メートル弱だそうだし。
「ぷーすす、知らないんですか? 不意の吹雪は奴らの仕業なんて、雪山じゃ常識ですよ?」
「雪山の常識を雪山の外の人間に振り翳すのやめて? あと君、いまシュブ=ニグラスのこと笑ったよ」
しかも「ぷーすす」とか舐めた笑い方で。
当人──当神?──は劣等種の嘲弄なんて気にならないだろうけれど、フィリップは多少不快だった。まあ外神のトップがアレだし、強くなればなるほど無知になることも疑似体感として分かっているけれど。
「? まあ、折角ですから一緒に行きましょうよ。さっき言った通り、地球原生の生き物なら大抵は殺せますよ、私!」
「そんなこと言ってた? 王龍に住処を吹っ飛ばされたことと、人類最強の魔術師にも勝てないってことは聞いたけど」
ふい、と目を逸らす「原住生物殲滅兵器」。
「というか、なんで一緒に? 君の目的地は暗黒領でしょ? さっさと飛んでいけばいいじゃん」
体長五メートルの熊相手でどこまで戦えるのかは現状不明だが、少なくとも空を飛べることは確実なのだから、さっさと飛んで逃げればいいだろうに。
彼女がフィリップを守る理由は無いし、フィリップだって守ってもらう必要は無い。
いや、さっきカルト相手にはしゃぎ回ったせいで、ちょっと魔力枯渇気味ではあるけれど、即座にぶっ倒れるほどの消耗ではない。召喚術一回分くらいの魔力は残っているし、相手が非神格なら一発で十分に片が付く威力だ。
お互いに、一緒に行動する必要は無いはず。そう考えるフィリップに、彼女はそれがさもフィリップにとっても名案であるかのように、ぴっとサムズアップして言う。
「いえ! 私たちの信仰する二柱が化身を顕現されておられるのであれば、是非お会いしたいと思いまして! 案内と紹介をお願いします!」
暫し、沈黙。
何を言われたのか分からないと瞠目していたフィリップは、世界の軋む音をBGMに思考を回し、そして。
「ふふふっ……あははは! この僕を、外神へのアポイントメントに使うのか! あはははは!」
腹を抱えるほど大笑いしていたフィリップは天を仰ぎ、いつからか三つあった太陽──燃える三眼、ナイアーラトテップの化身に適当に手を振る。
「あっち行ってろ」というジェスチャー一つで、空は元通りの姿を取り戻し、ヨグ=ソトースとナイアーラトテップ真体との戦いは終結した。
「はーあ……ははは……。うん、いいよ。一緒に王都まで行こう」
駄目だ、とフィリップは一人、頭を振る。
こいつは殺せない。面白過ぎる。
「段々君のことが好きになってきたよ、僕」
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