White Out
第415話
キャンペーンシナリオ『なんか一人だけ世界観が違う』
シナリオ18 『White Out』 開始です
必須技能は各種戦闘系技能、【クトゥルフ神話】です。
推奨技能は【サバイバル】等の野外探索技能、【科学(気象学)】です。
また、寒冷地用装備の携行と、【サバイバル】【自然】【医学】等、極限環境における生存を補助する技能の取得が強く推奨されます。
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『子喰いの洞窟』での遭遇災害から数日。
王都に帰ってきたフィリップたちは、休養期間を終えて再び依頼を受けようという話になっていた。
今日は休暇の最終日だ。
各々、装具の確認や携行品の補充を済ませている者もいれば、今日になって漸く重い腰を上げた者もいる。いや、エレナは単に一日あれば終わると経験的に分かっているだけなのだけれど。
フィリップはというと、ずっと忙しそうにしていたが、ギリギリで予定に都合が付いたフレデリカの家にお邪魔していた。
いつものようにお菓子持参で、お茶会に……というのは目的の半分。本題は、ティーセットの隣に置かれた無骨な鉄と木の複合機械、フリントロック・ピストルについてだ。
「実際に魔物相手に撃ってみて、どうだった? 一応、飛距離と精度の実験だけはしたんだけど」
二口ほど飲んだカップをソーサーに戻し、フレデリカがテーブル上の銃器を示す。
青い双眸に宿るのは製作者としての義務感と、いち学徒としての好奇心。未知の武器が、実際にはどの程度の威力──攻撃性能ではなく、全般的な実戦性能──を誇るのか、彼女も気になるようだ。
「そうですね……。威力不足は感じました。もっと一撃で確実に殺せるくらいのパワーが欲しいです」
先日の洞窟での戦闘で、フィリップはあのゾ・トゥルミ=ゴに──後からナイ神父にその名前や生態を聞いた──発砲し、命中させた。
しかし、止めを刺したのはミナだ。フィリップはそいつがまだ生きていることにも気付かなかった。
倒れたということは、衝撃か、或いはショック系のダメージを与えることは出来たはずだが、死には至らなかったのだ。
「カーター君……これはそういう道具じゃないよ。あくまでも鉄礫を飛ばすだけの装置なんだから」
困ったように言うフレデリカだが、それはフィリップも分かっている。
これはあくまでも大砲のミニチュア版だ。現代の戦術理論に於いて、一般の戦闘魔術師に汎用性で劣り、上位の魔術師には威力さえ劣るという無用の長物であるとされる大砲の、さらに威力に劣る下位互換品。
ルキアやステラやミナのような、ワンアクションで敵を吹っ飛ばすような極大火力が望めるものではない。精々、強弓の一射をワンアクションで再現する程度だろう。
「要は一撃で相手を仕留める場所を狙えばいいだけのこと……なんだけど、それはキミの腕次第だね。今更ながら一応教えておくと、狙うべき場所はここと、ここと、ここだ」
言って、フレデリカは自分の眉間辺りと、胸元、そして鳩尾の横辺りを指した。
「まずは脳幹部。ここを矢が貫通した人間は例外なく即死している。先生が言っていたけれど、指をピクリと動かす暇もないそうだ」
再び眉間辺りを指したフレデリカが語る。
脳幹部。ルキアやステラから真っ先に教わった、大抵の相手に通じる急所だ。ごく一部の魔物を除き、ここをブチ抜かれて戦闘を続行できる存在はいないと。
「次に心臓。血液によって生命を維持する全ての生物は、心臓が止まったら数分で死ぬ。ただし、戦闘状態や薬物中毒などで極度に興奮している場合、その数分間は戦闘を継続できるから注意すること。まあ、古龍相手に逃げ回れるキミの回避力なら問題ないかな」
揶揄でもなんでもなく、心の底からの信頼を感じさせるフレデリカに、フィリップは曖昧な苦笑を浮かべる。
そりゃあ『拍奪』の性質上、よく狙って攻撃してくれる相手はカモ同然だが、恐慌状態で手当たり次第に乱雑な攻撃をばら撒く相手は天敵だ。
そして心臓をブチ抜かれた相手は、まあ十中八九後者の振る舞いをすることだろう。あまり回避能力を当てにできそうにない。
フレデリカは最後に、鳩尾の横辺りを示した。
「最後に腎臓。肋骨の守りのギリギリにあって、特に背中側から狙いやすい。動脈もあるけど、血液の循環に関わる重要な役割を持っている。傷付いたところで即死はしないけど、ショック死しうる大出血は見込めるし、血液の循環に問題が出て遠からず死ぬ」
その言葉に、フィリップは薄く笑みを浮かべる。
生死の懸かった──相手に一手でも与えたらこちらが死ぬような、切迫した殺し合いの中では狙いにくい。だが、殺し合いではなく惨殺する目的なら、そういうじわじわ死ぬタイプの攻撃の情報はとてもありがたい。
今度カルトに遭ったら試してみよう。
「勿論、私は戦闘には詳しくないし、その武器を実戦で使ったことも無い。これは医学的知識に基づく、ただの提案だよ。キミが実戦的でないと判断したのなら、無理に従う必要は無い」
「いえ、参考になりました。流石、僕の知る人間の中で二番目に頭がいいだけあって、凄く頼りになりますね、先輩」
フィリップの礼も賛辞も、心の底からのものだ。
「人間の中で」なんて言い回しになったのは無意識だが、フレデリカは単に「知っている人の中で」という意味に受け取った。咄嗟に「ヒト種の中で」という意味だと思うには、フィリップのことをもう少しよく知っていないと無理だろう。
ちなみにヒト種トップはステラだ。
薬学や錬金術の知識量ならフレデリカやステファン先生が勝るだろうが、単純に「思考能力が高い」という意味で、フィリップが一番だと思うのは彼女だった。
「いやいや、キミの知人を考えると、私はどれだけ高く見積もっても四番目だよ。それに、私は君と面識がないだろう大勢の人から沢山のことを学んできた。今は文字の中にしかいない、偉大な先人たちからもね。私なんて、まだまだ愚昧だよ」
フレデリカの答えを聞いて、フィリップは今度は優し気に笑った。
「蒙昧であることは悪いことじゃないですよ。それを啓くことが、必ずしも良いことだとも限りません。重要なのは、自分が蒙昧であると理解していることです」
いや、きっとそれこそを“啓蒙”と言うのだとフィリップは思う。
自らが無知であると知ることから、智への探求が始まるのだから。どこぞの悪魔や天使のように、自分が全能であるなどと思って立ち止まっているうちは、智慧への道は拓かれない。
「……古い賢人の言葉だね。読書家なのは知っていたけれど、歴史に興味があったとは知らなかった」
「僕の言葉のつもりだったんですけど……。尊敬できそうな人が居たんですね」
或いはフィリップやルキアたち同様に、一度触れて帰ってきた類の人間か。
それならその思想に至るのも納得だが、したり顔で語ったことが既に別の人に──それも「古い賢人」などと呼ばれるレベルの人物に語られていたというのは、なんとも気恥ずかしいと、フィリップも思わず苦笑を浮かべる。
ちょうどそんな時だった。
コンコンコン、と硬質な音が耳に入る。フィリップもよく知る音、このレオンハルト邸のドアノッカーの音だ。つい十数分ほど前に、フィリップも鳴らした。
来客の予定があったのかとフレデリカを見遣るが、彼女は不審そうな顔で、そして僅かに怯えてもいた。
かつてこの家が彼女の祖父の住まいだった頃、訪れた招かれざる最悪の客のことを思い出したのだろう。いや、思い出したという言い方は不適切か。
彼女は片時もそのことを忘れたことはない。フィリップやエレナが遊びに行くと約束していても、玄関に迎えに出る時には必ず気化毒の入った小瓶を後ろ手に構えているのだから。
警戒と恐怖を映した瞳が揺れるのを見て、フィリップはテーブルに置かれたフリントロックを取って立ち上がった。
木と鉄の外装だけではない、中身の詰まった重みを掌に感じる。フィリップは銃を、常に装填した状態で持ち歩いてる。感覚的には、剣を常に研いでおくのと同じだが──今のところ、フィリップもフレデリカも暴発の恐怖を知らないが故だ。
「……僕が出ます」
「えっ、いや、私の家──」
「もしかしたらエレナかもしれませんし」
内心を覆い隠す仮面のような笑顔を貼り付けたフレデリカを片手で制し、フィリップはそれ以上の問答を立ち上がって拒否した。
フレデリカには「エレナかも」なんて笑ってみせたが、違うだろう。
彼女は今日、明日からの冒険の準備をしている最中だ。何か薬品が欲しくてここを訪れることはあるかもしれないが、前回の冒険で彼女の製薬技術が揮われなかった以上、薬が不足しているなんてことは有り得ない。
銃をホルスターに仕舞い、ジャケットの前を開けたまま広い廊下に出る。
正直、ツーマンセルの“使徒”だったら、単発銃一丁ではどうしようもない。勿論、これは人類にとっては未知の武器だし、フィリップもクイックドロウの腕前はナイ神父に仕込まれて相当なものだ。
だが、一発しかない。
教わった通りに脳幹部を撃ち抜けても、殺せるのは一人だ。
そしてその後は、対魔術師戦を想定して動く“使徒”が、余裕も侮りも何もかも捨てて本気で殺しに来る。まあ単体攻撃をメインにしている内は避けられるし、王都でドンパチしていたら衛士団がすっ飛んで来るだろうけれど、初手から範囲攻撃が来たら詰みだ。
どうするか。
最悪の展開に対する答えを出せないでいると、再度のノック。
フィリップは諦め交じりに──最悪、また王都の一部を吹っ飛ばすことになるという諦め──ドアノブを回した。
「はーい、どちら様で……え?」
玄関先に立っていたのは、顔に影を差すほどつばの広いスラウチ・ハットを被った女性だった。
「やっと出てきたか」と言わんばかりに腰に片手を当てているが、立ち姿からは横柄さではなく、むしろ威厳が感じられる。彼女の内にある絶対的な自信が、気品と威厳となって放出されているかのようだ。
……ただ、フィリップはそのオーラに気圧されて言葉を呑んだわけではなかった。
陽光を編んだ金糸のような髪に、蒼玉の如き双眸、パンツスタイルのジャケット姿でも分かる女性的魅力に溢れた肢体、帽子の影が差してなお輝くような美貌──どれもこれも、意識にすら上らないほど見慣れていて、どれもこれも、フィリップに親愛と安堵を齎すもの。
既知の人物、いや、親愛なる友人。只一人、フィリップを理解し、フィリップが理解する大切なひと。
……ただし、王宮を出て二等地をフラフラしていていい人物ではない。
「……何してるんですか、殿下?」
「お前を誘いに来た。少し付き合ってくれるな?」
揶揄うように悪戯っぽく、しかし絶対的な自信を滲ませて不敵に笑うステラに、フィリップは「ホントにこんなところで何してるんだ
「くれるか? とは聞かないんですね。いいですけど」
軽く応じて、フィリップは半身を切ってステラを招き入れる。
ステラと一緒に出掛けるのは構わないし楽しめそうだが、今はフレデリカとのお茶会の最中だ。心配させてしまうし、流石に黙って出て行くわけにはいかない。まず事情を説明しなければならないが、ステラが一緒に居たらスムーズだろう。
そんな考えは、まあ、正しい。
正しいが、フレデリカからすると、いきなり第一王女が護衛も無しにやってきたどころか、リビングドアの前で身構えていたら「邪魔するぞ」なんて言いながら入ってきたわけだ。
彼女は危うく龍血入りの強烈な気化毒の入った小瓶を取り落とすところだった。
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