第397話
ウォードが示したのは、モニカと同年代くらいの──15,6歳に見える少女だった。
ロブカットの茶髪は王国では少しだけ珍しいが、目の色はオーソドックスな青。勝ち気そうな吊り目がちの双眸が鋭く動き、フィリップたちを一瞥する。
スレンダーな身体を包むのは平服と旅装のマントで、エレナでなくても白兵戦向きの身体が作られていないと分かる。きっと狩人か魔術師だ。
「待たせたわね、モニカ、ウォードも。……誰?」
自分のパーティーメンバーに軽く挨拶し、その話し相手を適当に指す。
ぞんざいな扱いだが、完全な他人同士だし無理もない。
そんなことより、フィリップは隣に立った彼女からふわりと甘い匂いが漂ってきたことの方が気になった。
不自然な、作られた花のような香り。香水か何かだ。
となると、狩人という線も無くなった。
森に潜み、獣の鼻すら掻い潜る彼らは、常に自然の匂いを纏っている。土や、葉っぱや、木の匂いを。これから依頼に行こうというときに香水をつけるはずがない。
魔術師か、でなければ非戦闘員だが──モニカがほぼ非戦闘員なので、それはないだろう。ウォードも枷を二つも付けて依頼に赴くほど馬鹿ではない。
「軍学校時代に知り合った子と、そのパーティーの人たち。フィリップ君、ミナさん、エレナさん。……こちらが僕のもう一人のパーティーメンバーで、パーティーリーダーのリリウム」
「リリウム・パーカー。魔術師よ」
自慢げに薄い胸を張って名乗ったリリウムに、フィリップとエレナは顔を見合わせた。
その後、エレナはミナを、フィリップはリリウムを見遣る。
エレナは「魔術師なのに姉さまに反応しない……?」なんて訝しんでいたが、フィリップの疑問はそこではなかった。
「え? あの、失礼ですけど、お幾つですか?」
「失礼、と口にはしても礼を失さないのがマナーよ」なんてディアボリカの声を幻聴するが、ここは敢えて押し通す。
リリウムは少しむっとしたようだったが、
「……16だけど?」
と答えてくれた。
フィリップの予想通り、外見通りの答えが返され、フィリップは思いっきり目を瞠る。
「さ、サボり……? ウッソでしょ……!? 授業をサボるのはともかく、学院を抜け出すのは流石に聞いたことないよ!?」
驚きのあまり、思わず口調が素になってしまうフィリップ。
16歳、つまり学院に正規の年齢で入学していた場合、二年生か三年生だ。
そして今日は平日。普通に授業があるだろう日の、授業中であるだろう時間。野外訓練の時期にはまだ早いし、学院生がこんなところにいる理由はもう一つしか思いつかない。
サボりだ。
……が、流石にここまでの大逃走は聞いたことがない。
というか、普通に校内でブラブラしていたり、図書館や寮に引き籠っていたりしても、100パーセント授業時間内に教員の誰かが見つけると専らの噂だった。
そして、それは事実だろう。
学園外縁には学院長の──聖痕者の展開した結界魔術があり、高位の魔術師には壁どころか建造物を丸々一個見通す魔力視がある。脱走も隠避も不可能だ。
しかし事実として、リリウムは学院から遠く離れた二等地の冒険者ギルドに居る。
ならば、まさか。
「あぁ、またその勘違い。私はね、天才なの」
フィリップの衝撃を見透かしたかのように、リリウムは自信たっぷりな表情で語る。
「所謂遅咲きってやつ? 魔術学院には入れなかったけど、独学で魔術を使えるようになったのよ! 見なさい! 《ウォーター・ランス》!」
詠唱に従い、リリウムの掌中に二十センチ大の水の槍が形成される。
渾身のドヤ顔を浮かべる彼女に、フィリップはどんな言葉をかけるべきか測りかねて黙ってしまった。
いや、独学で魔術を使えるようになったのは凄いことだ。
魔術学院という最高の環境で、ルキアとステラという最高の教導役に教授され、それでも日常系魔術師の域を出なかったフィリップにはそれがよく分かる。
「……おぉ、ホントにちゃんと発動してる。独学で? 凄いですね」
「ふふん! そうでしょ! この凄さが分かるってことは、あなたも結構賢いみたいね!」
凄い。相当な努力、それもがむしゃらではなく正しい努力を積んだのだろう。
それは本当に凄いことだし尊敬できるのだが──魔術には才能が必要だ。
魔術を使う才能を前提として、使用可能、或いは得意な属性や系統についても、全ては才能が決める。生まれ持った素質が。
指の一弾きでダンジョン一つを消し飛ばすルキアでさえ、適性のない支配魔術や補助魔術は使えない。
地頭の良さや専門分野への知見ではルキアやステラをも凌ぐフレデリカだが、魔術適性は並の魔術師にやや劣り、学院の実技成績は良くなかった。
どれほど良質な環境を揃えられても、結局は初級魔術さえ満足に使えなかったフィリップも、才能の必要性を裏付ける要素の一つだ。
勿論、才能が全てではない。
ルキアもステラも、幼少期からたゆまぬ努力を積み重ねて今の強さを手に入れた。魔術学院に首席入学したなんとかという学生も、まだウルミの練習中だったフィリップにさえ勝てない有様だった。
魔術分野において才能は種、努力は水だ。
努力無くして才能は開花しない。
だが、才能のない努力は全くの無駄だ。
そして魔術学院──いや、王国は魔術適性を計測し評価する方法を既に確立している。実数化なのか相対評価なのかは一般人には明かされていないが、過去、魔術学院に入学を許されていない者が中級以上の戦闘魔術師になった例は一件もない。その精度を疑う余地はないと言っていいだろう。
魔術学院への入学が認められなかったということは、どれほどの水を注いでも大成しない種しか持っていないということだ。
「そういうことなら、一緒にパーティーを組んでもいいわよ! 私があなたたちを助けてあげる!」
「いいね! 魔術師がいるなら姉さまも前衛に立てるし!」
魔術師と、リリウムをそう呼んでいいのかは疑問だが、ウォードが何も言わないなら戦闘に耐える程度には魔術を使えるのだろう。
だったら、フィリップから言うことは何もない。
「私はどちらにしろ前衛よ。この子、結局後ろを気にしながら戦えるようにならなかったんだもの」
「あー……。フィリップ君、目で見た攻撃でさえ「当たったら痛そうだし避けよう」みたいな避け方するもんね。見えてない攻撃に注意するのは難しいかも」
「完璧な分析どうも。……パーカーさんは──」
不意の批判にちょっと傷付きつつ、フィリップは内心「支援攻撃を味方に当てる方が悪いでしょ」と反駁する。相対位置認識を狂わされては狙いを付けるどころではないのだが。
そんなフィリップが問いを投げ終わる前に、モニカが不満そうに声を上げる。
「同じパーティーなんだから、堅苦しいのはナシにしようよ!」
「モニカ……。悪いけど、僕は流石にウィルヘルミナさん相手に馴れ馴れしくはできないよ」
年上の綺麗なお姉さんだから──ではなく、化け物であると知っているからだろう、ウォードは慄いたように言う。
フィリップは「実はエレナもエルフのお姫様で……」と明かしてみたくなったが、ウォードに揶揄いの域を出る量のストレスを与えそうなので口にチャック。
「……うん、まあ、皆が一番楽なようにすればいいんじゃない? で、パーカーさんの戦闘スタイルは?」
「後方から魔術を撃って敵を妨害するって感じかな。決定力はないけど、狙いは正確だよ」
ウォードが答える。
狙いの正確さなんて、フィリップ相手──『拍奪』相手では何の意味もない。
いや、むしろ目で見た通りの場所を正確に狙う限り、絶対に当たらないのが『拍奪』の歩法だ。
フィリップが気にしているのはそこではなく、何属性が得意で、何発同時展開出来て、どのくらいのレートで連射できるのかという具体的な戦形の話だったのだが。
「いや、魔術師は大体そうでしょ? それより、早く依頼を見に行こうよ!」
問いを重ねる前に、エレナが掲示板の方を示して待ちきれないと明記された顔で言う。
懐中時計を見るまでも無く、当初の予定、15分だけ話し合うといった予定時間を過ぎているのは分かった。
……予定といえば。
「あぁ、うん……うん? いや待って! 元はと言えばエレナが引き止めたんだよ! パーティー名はどうするの!?」
「あ、忘れてた……。まあいいや、一旦依頼を受けてから、なんか良さげなのを考えよう!」
そんなわけで、フィリップたちは一先ず“エレナと愉快な仲間たち”として、冒険者デビューを果たすこととなった。
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