第386話
「なんでお別れも言わせてくれなかったの!?」
宿についてから漸く“拘束の魔眼”を解かれたエレナは、状況を理解するや否やそう食って掛かった。
しかしフィリップもミナも、エルフの怒気で怯むほど可愛い性格はしていない。
三人部屋のベッドの上で顔を見合わせ、肩を竦めて淡々と返す。
「だって暴れて危なかったし」
「そうね。フィルのことも殴ろうとしてたし」
あれは危なかったね、なんてヘラヘラと笑うフィリップだが、あれは直撃していたら顎の骨くらい折れていたかもしれない威力を孕んでいた。
そしてミナにとって、そのレベルの攻撃は許容範囲外だ。
そのレベルでペットを傷つけるのなら阻止するし、報復もする。
「次に感情に任せて私のペットを殴ろうとしたら、腕を斬り落とすわよ」
血よりも赤い、しかし冷たい瞳がエレナを見下ろす。
彼女にとってエレナは母親の親族だ。それは勿論ミナ自身との血縁関係を意味するのだが、その情報から感じるべき愛着や親しみといったものはない。
ミナは吸血鬼。エレナはエルフ。
血ではなくこれまでの生き方で、二人の在り方は隔絶している。
だからミナにとって、エレナの重要度は一緒に過ごした時間の分と、『母親の親族』ということだけ。
積極的に殺したりはしないし、多少の不興は許容するが、そこまでだ。一緒に過ごした時間も愛着も上回るペットを傷つけるなら、冷徹に報復する。
ミナの視線を受けて、エレナは怯えと共に冷静になる。そして漸く、数時間前の自分を客観視できた。
「……感情的になったのは、ごめんなさい。フィリップくんも、殴ろうとしてごめん」
「いいよ」とフィリップは軽く応じる。
直撃していたら、いや直撃して顎骨が折れていてもミナの血で治療さえすれば、「一発は一発」と殴り返してチャラにしている。当たってもいない攻撃のことでグチグチ言い続けるほど、フィリップは繊細ではない。
エレナは「ありがとう」と神妙に頭を下げ、その神妙な顔のままフィリップを見つめた。
「その上で言わせてもらうけど、ボクはフィリップくんの言ったことに、全然、何一つとして共感できない。誰かが死んだっていう状況は最悪だよ。その中で、たとえ慰めでも“良かった”なんて言わないで」
この一点だけは譲れないという強い意志を湛えた青い瞳が、昏く淀んだ青い瞳を真っ直ぐに見据える。
視線の交錯は一瞬。
フィリップはすぐに目尻を下げ、柔らかに笑った。
「うん、分かった」
「……ホントに分かってる?」
あまりにも軽すぎる返答に、エレナが柳眉を逆立てる。
フィリップはこういう時に適当に答えるタイプではないが、そう分かっていても疑ってしまうほど軽い声色だった。
だが──。
「勿論。逆に聞くけど、どうして僕が分かってないと思うの?」
分からないはずがない。
だって──そもそも人の生死に意味はない。
人は死ぬ生き物なのだから、頭を打って死のうが発狂した挙句自分で自分の心臓を抉り出して死のうが、同じ死だ。良い死も悪い死も、同じ死だ。
そして生者と死者の間に絶対の隔絶があると思っているのは、時間が不可逆のものであると、世界が一つであると、神がただ一柱のみだと思っているのと同じ。視座の低さに起因する、ただの勘違いだ。
死を覆せないのは、その力が無いだけのこと。
そして、死を覆すことにもまた、意味はない。
生者も死者も、同じ泡だ。現世も冥界も、天国も地獄も、泡沫の夢に過ぎない。
フィリップの言う「幸福な死」も、所詮はただの感傷。フィリップがなんとなくそっちの方が幸せだよね、と思っているだけのものだ。
これは別に、フィリップにとって何が何でも主張しなければならない譲れないモノではない。
「カルトを見逃せ」と言われたなら話は別だが、「幸せな死だと思っても口にするな」という主張は、それでエレナの気が済むなら呑んでもいい程度の要求だ。
「……ううん。分かってくれたならいいんだ! ありがとう、フィリップくん! やっぱりあなたはいい人だね!」
──────────────────────────────────────
キャンペーンシナリオ『なんか一人だけ世界観が違う』
シナリオ16『カエルの村』 バッドエンド
技能成長:【薬学】+1d4
SAN値回復:なし
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます