第384話

 電磁パルス装甲。


 蛇人間が全くの無挙動でミナの攻撃を弾いたトリックはそれだ。或いはツールと言い換えてもいい。

 ネックレスの先に飾られた結晶。装身具に見せかけたそれが、強力な磁場を作り出す装置なのだった。


 右手のフリントロックとは違い、こちらは彼が作ったものではなく三億年前の蛇人間第一王朝時代に作られたもの。そして現代の人類文明では製造不可能なもの。所謂、オーパーツだ。


 「……ねえフィリップ君、あれなに?」

 「僕に聞かれても困るよ。あいつとはさっき知り合ったばかりなんだから」


 そもそも今の現象は、フィリップの目には魔力障壁とほぼ同じに見えた。

 ミナが違うと言ったから別物だと分かっただけで、その正体すら全く分かっていない。


 しかし──ふと思い出したことがある。


 「……ところで、見たことのない技や武器を前に考えるべきは正体や原理じゃなく、倒せるかどうからしいよ?」


 言うと、エレナは胡乱な目でフィリップを一瞥した。

 何言ってんだコイツと顔と視線に書いてあるが、言い出しっぺはフィリップではない。精強無比なる衛士団の中でも伝説的戦士として語られる、先代衛士団長の御言葉だ。


 或いは、空を飛ぶドラゴンに上裸で突っ込んでいく変態の言葉ともいえる。


 「え、なにその脳味噌まで筋肉で出来てそうな思考……。敵の正体も技の原理も分かってなきゃ突破法も考えられなくない?」

 「うん、僕もそう思う。これを教えてくれた人は「そんなの見ればわかる」って言ってたけど、どう?」


 ボソボソと会話する二人の隣で、ミナが立て続けに三発の大槍を撃ち出す。

 その全てが、軽いスパークと共に逸れてあらぬ方向へと飛んでいった。


 「……試してみないと分かんない。直接攻撃なら効くかも?」

 「だよね──っと!」


 また乾いた炸裂音が空気を震わせ、ミナの左手が飛来した鉄礫を捕らえる。その位置はやはり、フィリップの眼前だ。


 「気を付けなさい。頭蓋骨くらい砕ける威力よ」

 「でも直線攻撃だね。それに狙ってる」


 だったら、『拍奪』を使えば当たらない……はずだ。流石にあの外見で、二つの目と脳で物を見ていないなんてことはないだろうし。


 「クロスボウと同じで、引き金を引くタイミングで直線上にいなければいいよね? じゃあボクでも避けられる」


 そしてミナは見切るどころかキャッチできる。

 相手の攻撃面に関しては、少なくともあの道具フリントロックによるものだけは対処可能だ。


 防御面、謎のバリアらしきものと、身体を覆う鱗は既知。どちらも剣で直接斬りつければ、もしかしたら徹せるかもしれない。


 問題は攻守共に、まだ何か隠し玉を持っている可能性があることだが──そんなことを気にしていては、何とも戦えない。


 「行くよ、フィリップ君、姉さま!」


 拳を握りしめた──三人の、いやこの場の誰よりも武装の薄いエレナの号令が、そのまま開戦の号砲となった。


 「えぇ──」


 静かな応答と共に、血溜まりを歩くためのヒールが一歩目を踏み出し──ミナの身体が掻き消える。瞬きの後、彼女の身体は蛇人間の背後にあった。


 白銀の断頭剣が目視不可能な速度で振るわれ、電磁パルスに触れた瞬間、やはりスパークを散らして弾かれる。

 一度剣を弾かれた後、ミナはもう一度剣を押し込もうとしたが、押し切れない。


 ばちばちばち! と凄まじい火花と紫電が爆ぜ、ミナの一撃が力場のような何かと拮抗する。


 「姉さま、そのままね! はッ!!」


 エレナの拳が風を切り、ミナとちょうど反対側へ強烈な一撃を加え──弾かれたように、というか実際に弾かれて飛び退いた。


 「あっつ!? 姉さま、なんか武器作れない!?」


 尋常ではない拳速故か、ミナの攻撃を防ぐのにエネルギーを回していたのか、或いは意外と攻撃性能は持っていない防御特化の障壁なのか、エレナは拳をフーフー吹く程度で済んでいる。手首から先が消し炭になっていたりはしない。


 だがあのスパークも単なるこけおどしや演出ではないだろうと、フィリップにも見ればわかる。電流か何かで攻撃を防いでいるのだろうと。


 「ありがと! ……わお、すっごくボク向きの武器。てっきり槍とか長剣かと思ったよ」


 ミナが血で編んだのは、細くしなやかなスウェプトヒルト・レイピアと、短めだがその分強靭そうなマインゴーシュの二本。掌中で弄んで重心を確かめつつ、エレナが意外そうに呟く。


 フィリップに言わせれば、それはミナを舐めすぎだ。

 ミナは単に武器として剣を使っているのではなく、確固たる理合と経験に基づいた剣術を使っている。フィリップにそうしているように、他人に教導することも可能なレベルで技を備え、体格、運動性能、性格、戦闘スタイルなんかを考えて最も適した武器を導き出す、なんて芸当も可能だ。


 「はぁッ!!」


 ミナが一度退いて体勢を整える隙に、エレナがレイピアとマインゴーシュによる連撃を叩き込む。

 今度は悲鳴と共に飛び退くようなことはなく、スパークの爆ぜる音は十を超えて重なった。


 蛇人間を挟んで反対側に回り込んだフィリップも、先のエレナを真似て同時攻撃を試みる。


 「っと、そうだった、これは伸びないんだった──ッ!!」


 手癖で柄の上部、龍貶しなら蛇腹の各関節のロックを外す留め具がある位置を何度か擦ったあと、やや慌てながら漆黒の魔剣を振り抜く。

 龍貶しと同等、鉄の剣でさえ斬り飛ばす鋭利さを誇る魔剣の刃も、やはり斥力のようなものに押し退けられて蛇人間の鱗にさえ届かなかった。


 「駄目ね。流石に『悪徳』も刃が触れないと悪性値は溜まらないし……『美徳』も無反応。いま全力を解放させても、あいつにとってはただの光る柱でしかないわ」

 「……え? あれ邪悪属性じゃないの? 嘘でしょ?」

 

 フィリップが「全力はナシ」とか言ったから魔剣の力を使わないのだとばかり思っていたが、まさかの事実だ。あんな見てくれで邪悪ではないらしい。

 ……いや、単純に熾天使の断罪権を上回るだけの防護を、ツァトゥグアから貰っているとかかもしれないけれど。


 「……ミナ、全力を出せば殺せる?」

 「電気的な何かで障壁を張ってるなら、足元には展開できないはずよね?」


 電流は地面に触れた瞬間、そちらに流れていくはず。だから障壁も地面より上にしかない……そういう読みか。

 だとしたら、ミナがよく使う、足元から血の槍を生やして磔刑に処す魔術攻撃なら障壁のない部分を徹せるはずだ。


 「……ちょっと試してみようよ」


 フィリップの言葉に頷き、ミナが嫋やかな指を上向きにフリックする。

 直後、赤い彼岸花が咲き──蛇人間が驚愕の呻きを漏らしながら、高々と宙を舞った。


 だが、血飛沫は上がらない。見る限り、無傷だ。


 爬虫類の無機質な目が上空からフィリップたちを睥睨し、甘い考えを嘲笑うかのように細められた。


 「足元まであったみたいだね。やっぱり魔術なんじゃない? 魔力もばちばちってするでしょ?」

 「魔術ならミナに見えないわけがないよ。……オーパーツの一種じゃない?」

 「あぁ、ダンジョンから出土するっていう……。あんな強力なのもあるんだ?」


 現行文明では製造不可能な物品オーパーツであることは間違いない。おそらく人類文明のものでさえないのだろうけれど。


 「あれは何か」「どういうものか」という疑問に逆戻りしてしまったことを自覚しないまま、ひそひそと言葉を交わすフィリップとエレナ。

 その隣で、ミナだけが攻撃を継続し、「ブチ抜けるかどうか」を試行していた。


 ミナがくるりと円を描くように左手を回すと、空気が渦を巻きながら赤い色に染まっていく。

 渦は深く、赤は鮮やかに、徐々にその存在感を増していき、やがて熱を帯び始めた。


 それを見たエレナがしかつめらしく頷く。


 「確かに、属性魔術なら通るかもね。攻撃そのものは止められても、熱が通るならそのまま焼き殺せばいいんだ」


 蛇──変温動物相手なら冷気攻撃の方が効果が大きそうだけれど、外見が意外と当てにならないのはさっき知った。あの見てくれで邪悪属性ではないというのだから、もしかしたら恒温動物かもしれない。

 そう考えると、どちらでも関係ない熱攻撃は正解だ。


 そして──空高く打ち上がった蛇人間は、撃ち出された炎の渦に向けて手を突き出す。

 直後、ミナの魔術はあの障壁に触れるより早く、見えない壁に激突したような挙動で爆ぜ散った。


 「おっと、防いだね?」

 「つまりあの障壁には相性が悪いか、或いは限界値まで余裕がないかだ」


 魔術ではない以上、「無敵になる魔術はない」という現代魔術のセオリーに従うとは限らない。

 非人類文明の道具には、無敵の障壁を展開する代物があるのかもしれない。


 だが、そんなものがあるのなら、蛇人間は恐竜とやらとの生存競争に負けていないだろう。いやその“恐竜”が、全ての攻撃や挙動に次元断特性を持っているとかなら話は別だけれど。


 「そう思わせてるだけの可能性もあるよ、気を付けて!」

 「分かってる!」


 フィリップとミナは蛇人間の落下位置を挟み込むように陣取り、魔剣『悪徳』と血で編まれた二刀をそれぞれ構える。

 あからさまな着地狩りだが、空中で姿勢を変える術を持たない蛇人間は、その只中に降りる──落ちるしかない。


 べちゃりと潰れるように着地した蛇人間に、左右からフィリップとエレナが襲い掛かる。

 鉄さえ切り裂く魔剣『悪徳』の一閃と、エルフの身体能力で繰り出される連撃を前に、蛇人間は両腕を広げて二人を指差し──否、両手の燧発式拳銃フリントロックを照準した。


 しかし。


 「当たんないよ!」


 エレナの宣言通り、撃ち出された鉄球はフィリップとエレナを素通りしてどこかに飛んでいった。


 『拍奪』を使っているフィリップを、蛇人間はそもそも狙えていない。

 そして、エレナは持ち前の運動神経と動体視力によって銃口の向きから射線を見切り、引き金が引かれる瞬間に身を躱していた。


 返す刀でもう一撃、エレナが追加で五発ほど叩き込むと、遂に障壁の手応えが薄れて消える。

 魔力障壁を砕いたような手応えこそなかったものの、爬虫類ののっぺりとした顔に、フィリップでも分かるほどの焦燥が浮かんだのが見て取れた。


 「今だ!」


 言われるまでも無い。

 漆黒の魔剣が閃き、光も音も抵抗も無く、錆色の鱗を切り裂く。直後、血の双剣が人体であれば急所があるはずの位置を正確に貫いた。


 フィリップとエレナの斬撃をもろに受けた蛇人間は苦痛に満ちた断末魔と共に鮮血を噴き出し、どうと地面に倒れ伏した。


 「……死んだかな?」

 「死んでたら困るよ。まだ聞きたいことが残ってる」


 うつ伏せに倒れた蛇人間の身体を蹴って仰向けにし、鮮やかな血を垂れ流す大きな傷を確認する。

 どくどくと鼓動に合わせるように血が流れだし、浅い呼吸で胸が上下している──まだ生きている。虫の息だが。


 フィリップの暴挙に、エレナはむっと眉根を寄せる。


 倒れた蛇人間の傍に落ちていた謎の武器フリントロックを拾って適当に放ってはみたものの、苦戦のタネだった障壁を展開していた方法が謎だったので、武装解除は完了していないかもしれない。


 迂闊に近づくべきではないとか、瀕死の相手に暴行を重ねるくらいなら楽にしてやるべきだとか、そんな言葉も浮かんだが、もっと気にすべきことがある。


 「あいつの声、言葉じゃないよ。人語でもエルフ語でもないどころか、聞いてるだけで気分が悪くなる。あなたはさっき言葉のように聞こえたのかもしれないけど、それは頭を打って幻聴を聞いてたようなものだからね?」

 「でもこっちの言葉は理解できてる。聞きたいことを聞いたら止めを刺すから、エレナはちょっと離れてて」


 言うと、エレナは渋々ながら離れる。

 意外──でもない。邪悪言語は大抵の智慧なき存在には毒だし、聞かなくて済むなら願ったりといったところか。


 ミナと一緒に離れていく二人を見送って、フィリップは震える目で見上げてくる蛇人間に向き直った。


 「さて……最後の質問だ」


 

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