カエルの村

第368話

 キャンペーンシナリオ『なんか一人だけ世界観が違う』

 シナリオ16 『カエルの村』 開始です


 必須技能は各種戦闘系技能です。

 推奨技能は【クトゥルフ神話】、【薬学】か【医学】です。



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 夏休みが明けて実習の日々に戻ったフィリップたち。

 よく晴れた秋のある日、フィリップ、エレナ、ミナのいつもの三人は、王都から離れた街道上──いや、道のように見えた枯れた川床の上で呆然と空を見上げていた。


 辺りは見渡す限りの不毛な荒野で、王都どころか村の一つも見えはしない。遠くに見える森が、当面の水分補給のための臨時目的地だ。


 「……ねえ、フィリップ君」

 「なに、エレナ?」


 ここまでどのくらい歩いたのか、疲れ切った様子のフィリップとエレナが呟き程度の声量で会話する。

 最後尾をのんびりとついてくるミナだけはまだまだ余力十分といった感じだが、そりゃあそうだ。アンデッドは疲労しないのだから。


 「もしかして、地図って100年前のじゃ駄目だった?」

 「……まあ、うん、そうだね」


 当たり前だろと言いたいところだが、強く責めづらい。

 こうなった原因の一端は、間違いなくフィリップにあるのだから。


 それは四日ほど前のこと──。



 ◇



 夏休みが終わり、魔術学院では後期の授業が始まった。

 三年生は授業の半分ほどが実習となり、中でもフィリップたち冒険者コースでは、これまでの模擬依頼とは違う本物の依頼が課題として与えられる。


 前期と同じ教室に集まった冒険者コースの学生たちは、担当教諭とジョンソン教授に脅され──もとい、厳しく教えられていた。


 「後期課程では実際に冒険者ギルドへ寄せられた依頼のうち、最も簡易であるとされるDランクの依頼をこなしてもらう」


 フィリップはテキストに目を落とし、冒険者のランク区分についてのページを繰る。


 冒険者のランクは実力別に四つ。

 最低のDランクから順にC、B、Aと上がり、自分のランク以下の依頼しか受注できない。


 基本的に依頼達成回数と難易度に応じてランクが上がるが、Aランクへの昇格は強さだけでなく人格についてもギルド側が審査し、実戦経験と依頼成績も加味して判断される。


 通常、冒険者になるとDランクのライセンスが発行される。

 Dランクの依頼は最低ランクだけあって極めて簡易な採集や害獣駆除などで、これなら魔術学院の野外試験の方が難しいくらいの代物ばかりだ。また、王都ではサバイバル訓練や戦闘訓練といった講習が義務付けられている。要は冒険者見習いみたいなものだ。


 Cランクから漸く、所謂「冒険者」らしい依頼を請け負うことになる。

 魔物の駆除、専門知識を要する薬草採集、ダンジョン攻略や未開墾領域の調査など。Bランクにはより高難易度のものが割り振られる。


 Aランク冒険者は、軍学校と魔術学院の成績上位卒業生以外で唯一、衛士団の入団資格を満たす基準だ。

 フィリップが目指すのはここ……なのだが、かなりキツい。ランク評定はパーティーを組んでいるならパーティー単位で下されるので、エレナとミナに頼ってランクを上げることは可能だが、それでは相応しい強さが伴わない。というかそれをするなら、龍狩りの一件の報酬で衛士団に入っている。


 ちなみに冒険者のランクには通常の四つの他にもう一つ、Sランクがあるが……これは普通に依頼をこなしていても辿り着けない例外規定なので、フィリップには関係ない。


 ジョンソン教授の話は続く。


 「魔術学院生は本課程をパスして卒業することで最低限度以上の戦闘・探索能力を持つと認められ、初めからCランクのライセンスを発行される。つまり言い換えるなら──今後、君たちに付される課題はその全てがライセンス発行試験だ。そして確かに依頼人の存在する仕事であり、仕損じれば困る誰かが生まれる。君たちのせいで、だ」


 まぁそうだな、と漫然と聞いていたフィリップに、エレナが隣席から身体を傾けてひそひそと話しかける。


 普段なら先生に見咎められるからやらない行為だが、夏休み明けでまだ浮かれているのかもしれない。


 「そう言われると急に緊張するね……!」

 「簡単な依頼しかないみたいだし、これまでの模擬依頼よりマシじゃない? というか前期の期末試験よりマシでしょ」


 というか、そうでなければ困る。

 湖に行ったらグラーキの破片が潜んでいたあの一件と同等かそれ以上の事件が起こったら、いよいよエレナの正気が危うい。


 ひそひそと会話していると、ジョンソン教授が咳払いしてこちらを指した。

 最近では彼女は不機嫌なのではなく不愛想なだけだと分かってきた生徒たちだが、どちらにしても先生に怒られるのは嫌なのでフィリップはさっと姿勢を正す。


 「その通り。Dランクの依頼は大半が白カード、実行依頼だ。君たちは何も考えず、書かれたことを書かれた通りにやるだけで良い。……そう思うかね?」


 そうだろう、とフィリップも含めた大半の生徒が頷く。

 白カード、実行依頼は書かれたことをやるだけの簡単な依頼。対して赤カード、調査依頼は目的だけ与えられて手段を委任される形態上、『何をしなくてはならないのか』をまず調べる必要がある。手間も難易度も大違いだ。


 「至極簡易な依頼ばかりだ。どの森のどの辺りに生えているのかまで分かっている薬草の採取、どの辺りに出没するのかまで分かっている害獣の駆除、エトセトラ。魔術一発どころか、一発も撃たずに終わる依頼だって少なくないだろう。ちょっと難しい子供のお使いみたいなものだ」


 この言葉にも、生徒たちは頷く。

 冒険者コースに居る時点で魔術の腕前に自信が無いのは明らかなのだが、そんな落ちこぼれの彼らでも、今のところ誰一人として課題で死闘を演じたことはない。死人どころか、大怪我を負った者もいないくらいだ。


 野外試験だの魔術戦演習だので散々鍛えられているから、学校側としてはそれで当然という認識なのだが──例年、死人や怪我人は出る。当たり前だ。教員の庇護下を離れて魔物と戦う、死線上に身を置くのだから、怪我もするし死にもする。


 今年は優秀な方だ。


 生徒たちが、ではなく、担当教授が。

 生徒の実力をよく理解し、「冒険者ってなんとなくカッコいいよね」みたいな甘いノリで進路を決める馬鹿が一人も出ないよう、かなり厳しい模擬依頼を作りカリキュラムを組んできた。先の未達成依頼の件、生徒たちの増長を防ごうとした件もその一つだ。


 誰も死なないライン。そして誰も油断しないライン。

 その二つがちょうど重なったいい塩梅の課題を作るセンスを、彼女は高い水準で持っていた。


 生徒をあたら無駄死にさせぬよう全力を尽くす。

 そんな彼女が夏休み明けの緩慢な空気を増長させるようなことを、まさか口にするはずもない。言葉は続く。


 「もし仮にミスをすれば、君たちは子供のお使い程度の仕事さえこなせない無能ということになる。……栄えある魔術学院生が、まさかそのような醜態を晒してくれるな」


 前の方の席にいた生徒二人がひそひそと言葉を交わし、クスクスと忍び笑いを漏らす。

 最後列に座っているフィリップは気付かなかった程度の小声に、しかし、ジョンソン教授は耳敏く気付いて眦を釣り上げた。


 「左様だ。今年は確かに、本当に子供がいる。しかしだ、16歳と17歳の諸君──生徒の成績を開示することは原則ないが、冗談を言う余裕があると思っているそこの二人のために教えておこう。彼は現状、コース内で三番目に好い成績を誇っている。君たちの大半は、13歳の少年に負けている。恥じ入り、奮励するように」


 最低限のプライドはあるのか、クラス内の空気がすっと冷える。

 「龍狩りの英雄に勝てるワケないだろ」という意見もあるようだが、冒険者になろうという連中は、得てして大望を抱くものだ。それこそ、龍殺しのような。「勝てるわけがない」で終わるような“頭のいい”手合いは、こんなところにいない。


 冷えた空気が熱を帯びていく。

 負けん気──熱気を、帯びていく。


 そんな中で、安穏とした空気のままの二人がいる。


 「わ、三位だって! すごいねフィリップ君!」

 「そりゃミナとエレナがいれば、実習課題は余裕だからね。座学も暗記が大半だし、エレナに語句の説明をするのにちゃんと理解しなくちゃいけなかったから……エレナのおかげだよ」


 二人して「えへへへ」と照れ笑いを向け合うフィリップとエレナ。

 実際、知識を要求される課題ならフレデリカという王国が誇る頭脳を頼ればいいし、武力を要求される課題ならミナがいる。座学の成績でフィリップを上回る者はいるだろうが、実習課題で誰かに負けたら、それはもう勝った奴の方が異常と言っていいだろう。


 「緊張感とモチベーションは高めたか? では課題を配布する。パーティーリーダーは並んで取りに来るように」


 ジョンソン教授は「締まらない奴らだ」とでも言いたげな苦笑を浮かべていた。




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