緑色の水底
第330話
キャンペーンシナリオ『なんか一人だけ世界観が違う』
シナリオ14『緑色の水底』 開始です。
必須技能は各種戦闘系技能、【クトゥルフ神話】です。
推奨技能は各種探索系技能と【薬学】【化学】【博物学】などの調査能力を拡張する技能です。
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初回の実習でとんでもない高得点を叩き出した誰かのせいで、今年の冒険者コースは豊作だという言説が流れ始めてはや数か月。そろそろ前期の中間試験の時期を迎えた。
本当に才能が豊作だったのかピグマリオン効果なのか、実際に例年よりも平均点が高く、冒険者コース担当のジョンソン教授はある懸念を抱いていた。
もしかして──難易度設定を間違えたのでは? と。
冒険者コースの目的は、勿論、冒険者を志す生徒たちに“冒険者とは何か”を教えることだ。
勿論、冒険者コースの卒業生が全員冒険者になるわけではないし、そもそも王国としては冒険者になるような落ちこぼれの生徒がどうなろうと知ったことではない。
しかしジョンソン教授は教師として、そして人間として真っ当な価値観を持っている。
自分の教え子が死ぬというだけでも彼女には苦痛だが、それが無知ゆえとなれば、教師である彼女が殺したにも等しい。──少なくとも彼女はそう考えている。
冒険者は時に未知なる場所に赴き、何もわからないまま未知の相手と戦うことだってある危険な職業だ。彼らでは倒せない魔物が衛士団に回されるという順番上、分不相応な相手を押し付けられることもある。
そんな彼らの最大の敵は、未知。
では次点、最大ではないけれど、彼らを殺すのに必要十分な威力のある“敵”は何か。答えは“慢心”だ。
このぐらいは行けるだろう。
その甘い考えが原因で死んだ冒険者は数多い。……彼女の教え子にも。
このまま「自分たちは優秀なんだ」と思ったまま卒業すると、確実に死人が出る。これではよくない。何か、是正策を用意しなくては。生徒たちの鼻っ柱を折り、警戒心を植え付けられるような。
「こういうとき、人脈があって良かったと実感するな……」
ジョンソン教授は便箋を取り、一通の手紙を認めた。
宛先は──冒険者ギルド・ギルドマスター。
◇
「これより、冒険者コースの前期中間試験課題について説明する。各自メモを取るなどして、あとから質問をすることなどないように」
ジョンソン教授の不機嫌そうな声と顔にも慣れてきた生徒たちは、夏前の気だるさに包まれた緩慢な動きで鞄を漁る。
流石のエレナもその例に漏れず、気だるげに頬杖を突きながらかりかりとノートの端に落書きしている。フィリップに至ってはノートを間違えて持ってきていることに気づき、鞄に仕舞いなおす始末だ。
「ごめんエレナ、ノート忘れたから後で写させて」
「ん、いいよー。じゃあちゃんと書かなきゃ……」
クラス全体の準備が概ね整ったことを確認して、ジョンソン教授が講義を再開する。
フィリップも含めてノートを出していない生徒も何人かいたが、殊更に注意したりはしないようだ。
「今回、君たちには本職の冒険者に対して依頼が出され、成功者が出なかった調査依頼をこなしてもらう。君たちなら出来ると思ってのことではない。簡単な模擬依頼をこなせたからといい気になって、本物の依頼、本物の未知とはどういうものかを知らないまま現場に出すわけには行かないからだ。故に、中間試験の実技課題は極めて困難なものになる」
「配点は二割。筆記試験の比重を八割へ引き上げる。筆記試験が通れば前期の実習課題をパスできる。……ただし、もしもこれらの依頼を達成することが出来れば、前期の実習課題は即、満点とする。筆記試験も受けなくてよろしい」
筆記試験免除。
その言葉が教室内に広がる速度が一瞬ではなく、むしろじわじわと「え?」「いま」「テスト無しって言った?」と浸透していくような遅々としたものだったのは、やはり夏前の気だるさのせいだろう。凄まじいデバフ性能だ。
しかし、テスト免除という言葉はもっと高威力だ。倦怠感を吹き飛ばして余りある。
「やった! 冒険者ギルドで使われる固有名詞とか全然分かんないから助かった! フィリップ君、頑張ろうね!」
「うん! 一科目減るのはラッキーだ! 後でルキアと殿下に自慢しよう!」
「ほどほどにね!」なんて言うエレナだが、表情に呆れや苦笑の気配は微塵もない。それだけ別言語の固有名詞は扱いづらいのだろう。
教室内の喧騒がある程度落ち着くのを待ち、ジョンソン教授がパンパンと手を叩いて注目を集める。
ここで騒ぎ続けてさっきの条件がナシになっては困るという考えは、教室の誰もが共有していた。
「期限は三週間だ。それまでに学校に帰り着き、結果を報告すること。遅れたらその時点で失格とする。……では、これから依頼票を配布する。パーティーリーダーは前に取りに来るように。内容はランダムだが、パーティー同士で交換できないよう、配布時にこちらで控えておくので留意すること」
浮足立った生徒たちが、ジョンソン教授が話し終える前にぞろぞろと立ち上がって列を成していた。
ジョンソン教授は呆れ顔だが、怒ってはいないように見える。
まあそうだろう。ハイテンションでいられるのは、どう考えても今のうちだけなのだから。
「エレナ、いい感じの依頼引いてね!」
初めての模擬実習が森での薬草採取で、満点を取った二人──正確にはミナもメンバーの一人だが、彼女はエルフの王女様の護衛という扱いなのでテストも成績も関係ない。
ともかく、あれから二人は三度の模擬依頼をこなした。
洞窟ダンジョンの探索と、荒野での毒蛇捕獲、そして街道沿いの魔物討伐。徐々に難易度が上がっていったものの、特にトラブルもなく、平均より少し上くらいの点数をキープしてきた。
勿論、カルトや神話生物にも遭っていない。エレナの言葉通り、楽しく、しかし難題や問題点もあった、心躍る冒険だった。戦闘面をほぼミナに依存できるのが本当に心強い。……まぁ、気が乗らないからパス、とか言い出したこともあったけれど。
しかし、流石にエルフとヴィカリウス・システムという反則級のカードを持っているだけあって、森でのパフォーマンスが桁違いのパーティーだ。
つまり狙うは。
「任せて、森の依頼を引いてくるよ!」
そう、森だ。
調査依頼ということは、武力よりも知識量と観察眼が必要になる。が、フィリップも、エレナも、ミナも、知識量で言えば常人よりは多いだろうが、それぞれ変な方向に偏っている。
しかしフィールドが森であるのなら、エレナにとってはホームグラウンド、シルヴァにしてみれば掌の上みたいなものだ。森を調べるなんて、二人に掛かれば息をするように簡単なこと。
果たして──エレナは顔を輝かせて戻ってきた。
「やったよフィリップ君! 大当たりかも!」
「いいね! カード見せて!」
僕の勝ちだ。本職の人間でも達成出来なかった調査だか何だか知らないが、テスト免除のために散るがいい。
そんなことを考えながら、薄汚れた赤いカードを覗き込み──首を傾げる。
「……いや、無理だけど?」
依頼名──『湖の水質汚染の原因解明』。
どう考えても王宮の学者とか研究職系の魔術師がやるべき内容だった。
なのにどうしてエレナは満面の笑みで、「楽しみだね!」なんて言っているのか。
「エレナ、水質調査なんて出来るんですか?」
「え? ううん、できないよ。フィリップ君もでしょ?」
「そりゃあ、まぁ」
そんな経験もノウハウもない。具体的に何をどうすればいいのかも分からないレベルだ。だというのに、何故。
フィリップの疑問は表情だけで伝わったらしく、エレナは「よく考えてよフィリップ君」なんて言いながら自分の席、フィリップの隣に座る。そして。
「水遊びできるじゃん! ボク、泳ぐの久しぶりなんだ! 楽しみ! あ、現地に着いたら、ボクの魚捕りパンチ見せてあげるね! 水中でばーんって……どうしたの?」
エレナが目を留めたフィリップの苦い笑顔のわけは、「なんか滅茶苦茶楽しそうだし、楽しみにしているみたいだけれど──どの程度の汚染かも分からないのに興奮しすぎじゃない?」と脳内で批判しているからだ。
そりゃあ、水がちょっと濁っているとか、藻が大量繁殖しているとかなら、泳げないことはないだろうけど。
「水が毒になってるとか、滅茶苦茶強酸性とかだったらどうするの? いや、そんなことがホントにあるのかは知らないけどさ」
昔に読んだ児童書に登場した魔境秘境の類を思い出して言ってみただけのフィリップだが、実はどちらもそう非現実的な可能性ではなかったりする。特に火山地帯の湖では。
まぁ、今の段階では行先さえ分からないので、懸念の一つとして言ってみただけだ。
エレナはなぜか得意げな顔で、自信たっぷりに笑った。
「フィリップ君らしからぬ愚問だね……そんなの、解決してから泳げばいいのさ!」
……紙一重、と言うけれど。彼女はどっちなのだろうかと真剣に考えるフィリップだった。
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