Dragon Slayer

第265話

 キャンペーンシナリオ『なんか一人だけ世界観が違う』

 シナリオ11 『Dragon Slayer』 開始です


 必須技能は各種戦闘系技能です。

 推奨技能は【クトゥルフ神話】、【医学】【薬学】などの病気に対する【知識】を拡張する技能、【伝承(龍)】、【他言語(エルフ語)】です。

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 魔術学院生が吸血鬼に拉致された事件から、一カ月が経った。

 夏の盛りは過ぎたものの暑い日が続くなか、今日は珍しく昼間でも長袖が要るような肌寒さだった。


 王都二等地の住宅街の片隅、絶妙にアクセスの悪いところに建った小さなバシリカ型教会『投石教会』。その中はいつにも増して閑散としており、翳り気味の陽光がステンドグラスを抜けて、神秘的な色を聖堂へ投げかけていた。


 「…………」


 普段は一人の神父と一人の修道女が勤めているはずのそこには、人影は一つだけ。

 たった一人、信徒用の長椅子に座り、苛立ちも露わに肘掛けをこつこつと叩くフィリップだけだった。


 隣に置かれた冒険譚の本には中ほどに栞が残されていたが、その表紙に一瞥を呉れると、興味無さげに教会の奥へ繋がる扉へと視線を戻す。


 教会の中は相変わらず小綺麗で、古い建物ながらよく手入れされていることが窺える。

 祭壇に置かれた花や燭台の蝋燭もきちんと取り替えられているし、近所の人に聞いても、超絶美形の二人組はいつも居ると当然のように返される。


 だが──この一週間、フィリップが来ると、絶対に伽藍洞だ。

 参拝者が入ったすぐ後に入っても、ミサが開かれているはずの日曜の朝に行ってみても、絶対に誰もいない。今だって平日の昼間なのに、全く無人だ。一般人も、ナイ神父も、マザーもいない。


 「……ふぃりっぷ、かえろ?」

 「……うん、そうだね」


 苛立ちも露わなフィリップに、するりと現れたシルヴァが控えめに声をかける。

 怯えているのか退屈したのか分からない幼女と、つい苛立ってしまった自分自身に苦笑して席を立った。


 教会を出て少し歩き、大通りに戻ると、豪奢なキャリッジ型馬車が待っていた。扉と屋根にはためく旗印に象られているのは、王国最高位の貴族、サークリス公爵家の家紋だ。

 御者らしき平服の男と燕尾服を着た如何にもな執事風の男の二人が、フィリップを見て深々と一礼する。その所作からは深い教養と長きに亘って染み付かせた作法が見て取れて、感嘆に瞠目してしまう。


 「お帰りなさいませ。屋敷へ戻られますか、カーター様」

 「……はい」


 扉を開けタラップを登る時には手まで貸してくれるという至れり尽くせりのエスコートをする執事。この一週間ほどでフィリップも慣れてきたとはいえ、やはり染み付いた平民根性から気後れする。


 慣性や揺れを殆ど感じさせない滑らかな動きで走り出した馬車は、平時では危険走行として衛士に止められてしまうような速度で二等地を駆け抜ける。「危ないなぁ」と眉をひそめる歩行者も、彼らの目当てになるような出店の類も、普段の半分以下しか見当たらない。


 ──寂しい。


 静かだと思う以上に、そんな感傷が胸に刺さる。

 二等地は住民の大半が貴族階級の一等地とは違って、普通の平民と裕福な平民が大半だ。無為に騒がしいのは嫌いでも、無駄に賑やかなのはむしろ好み。昼間には井戸端会議が邪魔すぎて、店に入るのも一苦労。だったらいっそ混ざってしまえ。そんな住民性のある土地だったのに、今は殆ど人出がない。


 モニカと一緒に駄菓子を買いに行った店も、厨房の遣いで食材や道具を買いに行った店も、よく家族連れが遊んでいる公園も。どこもかしこも、閑散としている。


 水路にかかる跳ね橋を渡って一等地に入ると、静寂は痛いほどに増した。

 全くと言っていいほどに人気のない大通りは、いくら貴族の多い土地であり、品位ある沈黙を美徳とする一等地でも異様な光景だ。


 窓から見える種類の様々な店の扉には『準備中』の札が例外なく並び、雨戸の閉まった店も数多い。


 フィリップの故郷である田舎町より、何倍も、何十倍も人口のある街のはずなのに──それより何倍も、何十倍も寂寥感がある。


 しばらく馬車に揺られていると、馬車はここ数日で馴染みつつある大きな館に入った。


 以前にも泊まったことのある、サークリス公爵家の王都別邸。

 大きさや絢爛ぶりでは二等地の建物とは比べものにならない素晴らしいものだが、派手一辺倒ではなく、むしろ細やかな部分にこそ注力した『精緻な美しさ』に傾倒した装飾がちりばめられている。


 「……到着です。お疲れさまでした、カーター様」

 「……ありがとうございました」


 執事の手を借りて馬車を降りると、フィリップは案内を待たずにつかつかと玄関へ向かう。

 ドアの両隣に立った二人の鎧騎士はフィリップを見下ろして顔を確認すると、ガチャリと鎧を鳴らして敬礼の姿勢を取った。


 「お帰りなさいませ、カーター様」

 「……お邪魔します」


 ぺこりと一礼を返して館に入り、玄関で待っていてくれた侍女の供回りは断って勝手知ったるといった風情で中を歩く。


 やがてフィリップは、どうにも近寄り難い部屋の前で止まった。

 近寄り難いといっても、入り組んだ場所にあったり、正気を損なう霧が漏れ出ていたりするわけではない。ただ、ドアの前にアリアが立っているだけだ。──メイド服姿でありながら、鞘に納められた直剣を床に突いて、仁王立ちで。


 髪の長い戦士が弱いわけがないというのは、ソフィーとディアボリカという二つの例で学んでいる。マリーでさえ短髪にしていたのだから、背中まで伸ばすのは相当な自信が無いと出来ないことだろう。


 彼女は部屋に入ろうとするフィリップを、片手でそっと、しかし譲歩の余地はないとはっきりと感じさせる動きで止めた。


 「申し訳ございません、カーター様。お嬢様はつい先ほど、お休みになられました」

 「あ、そうですか。……じゃあ、また明日にでも出直します。お邪魔しました」

 

 すれ違う使用人たちに別れを告げ、時に惜しまれつつ館を出る。学院まで送るとの申し出は、有難く思いつつ断った。


 フィリップが公爵邸を出たその足で向かったのは、王都の中央に聳える白亜の王城だ。

 堅牢そうな金属製の城門の両隣に立つ鎧騎士に「フィリップ・カーターです」と告げると、顔をじろじろと確認され、「あぁ、そういえば」と言わんばかりに指を弾いて、その後はすんなり通された。


 顔パスとまでは言わずとも、名前パスで城門を通れるようになってしまったのは、ここ一週間ほど──ミナの城から帰ってきて、ほんの1日か2日くらいのことだ。……別に、ミナが恐れられているというわけではないのだが。

 

 とはいえ流石に国王と王族の居城であり政治の中枢、王国の歴史と財の集積地にして知恵と文化の発信所。一人でふらふらと歩き回るような真似は許されず、メイドの案内に従って一室へ通される。一部の道中は目隠しすらされる徹底ぶりだ。


 目隠し──頭からすっぽりと被せられた麻袋を取ると、目の前には苦笑を浮かべたステラがいた。


 「……何度見ても間抜けなものだな」

 「ですね……今度からカッコイイ仮面とかにして貰えるように言ってみますか? 仮面騎士とかファントムジオペラみたいなの」

 「いや、顔を隠すのが主目的じゃないだろう?」


 いつものように明るく笑うステラだが、彼女はベッドの上で上体を起こしただけの姿勢で、大きなクッションに背中を預けている。服装も仕立ての良いパジャマの上からガウンを羽織っただけで、見るからに寝起きだ。


 見慣れつつある広い部屋にはベッドくらいしかないが、扉と窓の傍には鎧を持ち帯剣した騎士がいる。

 王女の寝室に剣を持ち込めるあたり、相当な信頼と能力のある者たちなのだろう。


 案内役のメイドが持ってきてくれたスツールに腰を下ろすと、ちょうど視線の高さが同じくらいになった。


 「……殿下は、今日はどのくらい起きているんですか?」

 「お前が来る三十分くらい前に起きたばかりだよ。昨日までの傾向から言って、今日はまだ三時間くらい起きていられるんじゃないか?」

 「良かった。実はさっきルキアの家に行ったんですけど、ちょうど寝ちゃってて」


 フィリップはゴソゴソとズボンのポケットを漁り、懐中時計を取り出してハンターケースを開く。

 時刻は15時を少し過ぎたところ。ちょうどステラが眠る頃に学院へ戻れば、食堂のラストオーダー前には帰り着けるだろう。


 「お前は本当に何ともないんだな。……正常にお前を羨むのは、これが二度目かな」

 「何ともないですね……やっぱり、魔術師としての適性が高ければ高いほど発症率が上がるんじゃないですか?」


 発症率、という言葉が示す通り。いま、王都は──否、大陸全土は、とある流行感染症に蝕まれている。


 名を“眠り病”。

 三十余年前にも流行ったその病気は、記録上三度目の大流行となる、漸く詳細が判明しつつある段階の未知なる病だ。


 初期症状として疲労や倦怠感が現れ、本格化すると、極度の過眠と身体機能の著しい低下、衰弱を発症する。徐々に覚醒時間が減少していき、最終的には昏睡し、死亡する。

 その致死率は本格化から四日以上経って症状の改善が見られない場合──自然治癒の見込みがない場合、ほぼ100パーセントだ。過眠による身体機能の低下や脱水、栄養失調などで死ぬのではなく、ある日突然、心筋の衰弱が閾値を超えて心臓が止まる。


 死に至るまでの期間は人によってまちまちで、四日で死んだ例もあれば、帝国には三十年前から昏睡し続けている患者も未だに存在するらしい。


 どういうわけか魔術師に多く感染者が存在することから、医療の未発達な田舎よりも、むしろ魔術師の多い王都やその近郊で被害が拡大している。

 特にフィリップの周りでは顕著で、ルキアやステラをはじめ、クラスメイトの3分の2が病欠。無事(?)学級閉鎖と相成った。フィリップが平日の昼間から投石教会に行ったり、友達の見舞いに行っているのはそれが理由だ。


 「今日も投石教会に行ってみたんですけど、やっぱり居ませんでした。ナイ神父はともかく、マザーの治療魔術ならどうにかなると思うんですけど」

 「……昨日、まだ発症していない宮廷魔術師たちが天使降臨による超高位治療魔術を試したが、効かなかった。曰く、病的症状の緩和自体には成功したが、根治できないが故に、またすぐに症状が現れてしまうらしい」


 フィリップの言葉をやんわりと否定するステラだが、フィリップの方がむしろ曖昧に笑って誤魔化す。

 天使降臨による大魔術でも治癒できなかったのは驚きだが、マザーとの格差が大きすぎて殆ど無関係な情報だった。


 「普通の病気じゃあないんでしょうね。もしも原因が地球圏外の存在によるものだったら、僕がどうにかしますけど……正直、そんな気配はないんですよね」


 病的な衰弱を齎す神格と言えば、ぱっと思いつくのは旧支配者ハスターリクだ。

 これは別名“病の王”とも呼ばれる存在で、様々な病気を変質させたり、強化したりすることができる。ちなみにフィリップが呼び出す旧支配者ハスターとは、よく似た名前の別人だ。全く関係ないはず。


 ……それにしても、「病の王」とは面白い権能を持った神だ。

 病気なんて、人間や地球産の生物のように複雑な身体構造を持った生命体にしか効果がないだろうし、そもそも「健康状態」という概念を持ち合わせない神話生物が大多数だ。魔物だって大半は病気にならないし、天使や吸血鬼のように存在格が上がれば尚更だ。


 そういう手合いにも感染し発症するような病気を作り出せるのがハスターリクなのだろうが……殴り殺した方が早い。ハスターのように、クトゥグアのように。

 病を操るなんて権能は、彼らのような戦闘能力を持たない証だ。フィリップだって殴り合いの強さが全てとは言わないが、殴られただけで負けるような神格には嘲笑を禁じ得ない。


 と、それはさておき、ルキアやステラを含む感染者からは、神威や残穢のようなものは全く感じない。フィリップがとうとう旧支配者の神威さえ感じられなくなったのでなければ、邪神の干渉は無いとみていいだろう。


 「どうだろうな。いま、ボード先生が原因や治療法を──」


 探っているが、と、ステラが言いかけた時だった。

 ばたん! と騒々しく扉が開け放たれる。王城の居住区という最上の静謐と品位が求められる場所には似つかわしくない騒音に、ステラは病人とは思えない反応速度で魔術を照準し、扉の側に控えていた二人の鎧騎士が抜剣して振り返った。


 「何者だッ!?」

 「止まれ! ここを何処だと心得るか!」

 「王女殿下の居室でしょ、知ってるから退きなさい!」


 騎士の声はフルフェイスヘルムでくぐもってはいたものの、明らかに女性だ。それにぞんざいに応じたのも、聞き覚えのある女性の声だった。


 「殿下! 大朗報です! 私共は遂に、つ・い・にっ! 大陸を蝕む“眠り病”の原因と対策を解明いたしましたわ!」

 「せ、先生! 興奮し過ぎです! 叩っ切られますよ!?」

 

 部屋の入り口でわちゃわちゃしている、二人の女性。

 フィリップはそのどちらとも面識があった。


 叫んでいるのは学校医のステファン・フォン・ボード。それを引き留めながら、向けられた剣の見た目で分かる鋭利さに顔を引き攣らせているのは、以前に一緒に宝探しをしたフレデリカ・フォン・レオンハルトだ。


 「ステファン先生と、レオンハルト先輩? 何してるんですか……?」

 「ノック無しで入っていいとは言ったが……まぁいい。お前たち、剣を引け。先生、詳しく聞かせて頂けますか」

 

 叱責もなく本題に入る辺り流石だなぁ、なんて、フィリップは不遜にも感心してしまった。








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