第263話

 そういえば、と、フィリップはふと我に返った。


 「そういえば、僕はどうやって帰ればいいんだ? 城まで歩くの? しまったなぁ……」


 んむむ、と伸びなどしながら、遠くに聳える吸血鬼の古城を見遣る。

 流石に地平線に霞むような距離ではないが、ちょっとそこまで、というほど近くも無い。2~3キロくらいだろうか。


 シルヴァが概ね城を挟んで反対くらいの場所にいることを感じ取り、さらに憂鬱な気分になる。救助隊と合流するには、更に追加で2~3キロだ。合計すると、やっぱり地平線くらいまで歩かなくてはならないことになった。


 「憂鬱……だッ!」


 どっ、と鈍い音を立てて、足元に転がっていたサッカーボール大の炭塊を蹴り飛ばす。

 それはクトゥグアがフィリップのオーダー通り、じっくりことこと煮詰めるように、即死しないように焼き殺したカルトの頭部だった。


 ぱき、と表面の炭が砕けて、中から煮凝りのようになった血がぼとぼとと零れた。


 「歩くと一時間くらいかなぁ……。ディアボリカー! 聞こえてたら迎えに来てくれませんかー! ……駄目かぁ。ま、聞こえる距離にいたらクトゥグアに焼き殺されてるんだけど」


 くく、と喉を鳴らして笑うフィリップ。

 既にクトゥグアは帰還しているが、その周囲には破壊の痕跡が──フィリップが命じた、凄惨な“死の押し付け”の結果が広がっていた。


 散乱する焼死体。

 なるべく長く苦しんで死ぬように火力を調整させた結果、じわじわと肉を焼かれて自由が利かなくなっていく身体で、それでも藻掻いて暴れ続けたカルトの死体がそこら中に散らばっている。


 ただただのたうち回っていた者、地面を転がるという基本的な対処をしていた者、仲間の血で火を消そうとした者、みな区別なく苦悶の表情を焦げ付かせて死んでいる。


 中には腹を破って体内に炎の精を投げ込まれ、内側から焼かれて死んだ骸もある。


 立ち込める、どこか香ばしくもあるタンパク質の焼ける臭い。

 牛の肉を誤って焦がしてしまったときのような、少しだけ不快感を催す臭いだ。


 鼻に付くが、それ以上に胸が躍るのは、散らばる炭塊がカルトであると知っているからだろう。


 「あーあ、仕方ない。歩こう!」


 近場にいる悪魔とクトゥグアを見た悪魔は即座に焼き殺してよいというオーダーに従って、辺りは一掃されている。だが残念ながら、城の方にはまだまだ悪魔の群れが蠢いていた。


 ……もういいだろうか。

 シルヴァもそこに居るし、生き残ったメイドたちがどうなろうと、フィリップがここで過ごすことはもうないのだから──もう、無視していいだろうか。


 メイドたちの正気や命を無視して、ハスターを召喚して道を作ってもいいだろうか。


 「……駄目か、流石に」


 フィリップは少なくとも、何人かのメイドには直接お世話になった。

 人間用の料理を作ってくれた子もそうだし、ルーシェだってそうだ。単純に回数で考えても、ここで一回我慢するくらいの恩義はあるだろう。


 とはいえ、じゃあどうすればいいの、という話で。

 フィリップは手近にあった炭塊を踏みつけ、強めの霜柱を踏んだ時のような気持ちのいい音を楽しみながら考える。


 「迂回ってのも現実的じゃないしなぁ……」


 城の周りに群がる数十万の悪魔は、遠目にも分かる規模感だ。

 その探知圏内を通らないように迂回するとなると、流石にちょっと遠回り過ぎる。だいたい9~10キロくらいになるのではなかろうか。歩くとなると2,3時間はかかる。いや、歩けない距離ではないのだが、如何せん面倒くさい。


 「こうなると吸血鬼が羨ましいな。空を飛べるだけで、デメリットとか気にならないぐらい便利だし」


 八つ当たり気味に蹴り飛ばした炭塊が粉々に砕け散る。

 中にはがあるはずなのだが、超高温に晒されて脆くなっていたようだ。ちなみに100近い炭塊のうち、幾つかは焼死する前に『深淵の息』を撃ち込まれている。迂闊に蹴り壊すと一定確率で沸騰した海水が溢れてくるのだった。


 「……はぁ」


 フィリップは深々と嘆息して、とぼとぼと城への帰路を歩き始めた。

 こうなってはもう、いつものように場当たり的に対処していくしかないと覚悟を決めて。まずはウルミで、次は『萎縮』で突破を試みて、どうにもならなくなったら助けを呼べばいい。吸血鬼メイドが残っていればそれでよし、誰も助けに来なければ、その時はハスターの出番だ。


 しかし、少し歩いたところで状況が一変した。


 「うっ……!?」


 唐突に視界が白む。病的な症状ではなく、外部要因による幻惑だ。


 その要因とは天からくだる一条の光。

 今まさにフィリップが目指して歩いていた城と、取り囲む悪魔を輝きで照らす極光。天使の階のような自然現象では有り得ない、一条の光が意思を持ったように悪魔の軍勢を撫でていく。


 どす黒い群れが、光の過ぎた後には真っ白な塊に変わる。

 遠目には起きている現象が判然としないが、フィリップには見覚えのある光景だった。


 元気を取り戻したフィリップは、ぱたぱたと荒野を駆ける。ややあって悪魔の軍勢が居た場所まで戻ってくると、そこにあるのは視界を埋める、無数の塩の柱だった。


 「塩の柱……ルキアの『粛清の光』か。来てくれたんだ、ルキア」


 肩の力が抜けるような安堵感と、思わずにやけてしまうような照れくささが湧き上がってきて、フィリップは胸の浮くような衝動を塩の柱を殴り付けて発散する。

 雪だるまのような感触を予想して無頓着に振るった拳は、岩のような硬さにびりびりと痺れた。


 


 ◇




 悪魔に殺された吸血鬼メイドたちの死体は塵となって消え、生き残っていたメイドも塩の柱と成り果てた無人の城を通り過ぎる。

 それからしばらく歩くと、遠目に複数の人影が見えた。


 二人は金属鎧を纏って人相が分からないが、二人はモノクロームなメイド服だ。そして、夜闇のような黒髪を靡かせる長身の女性と、陽光を受けて煌めく綺麗な銀髪と、陽光そのもののように輝く金色の髪も見える。


 「殿下まで!? ……これは、怒られるのでは?」


 ここは王都から約1000キロ離れた、暗黒領の只中だ。流石に王女様が軽々に出てきていい場所ではないだろう。


 怒られの気配がする。それも、そこそこ大きめのやつ。

 思わずUターンして古城に帰りたくなるが、既にひときわ小さな人影がぴょんぴょんと飛び跳ねて、それで気付いたルキアがこちらへ駆け出していた。

 

 ルキアもそこそこ健脚だが、流石に凹凸の激しい森の中を駆け回り、暴れ牛を乗りこなす運動能力を持つシルヴァには敵わない。フィリップのところに真っ先に辿り着いたのは、顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしたシルヴァだった。


 「シルヴァ、ごめ──う゛ッ!?」


 すっ飛んできたシルヴァはその勢いを一切殺すことなく、ドストレートにフィリップの鳩尾へダイブした。

 ごり、と、頭の葉飾りと額が急所へめり込み、呼吸がぐっと詰まる。


 「うごご……し、シルヴァ……」


 声にならない声をあげながら泣きじゃくるシルヴァを抱き締めて、そのままずるずると頽れる。

 フィリップも呼吸困難で何も言えなかったが、縋り付く小さな体を手放しはしなかった。


 呼吸を整えたフィリップは片足を伸ばして座り直すと、シルヴァを自分の膝上に抱きあげて、しっかりとした抱擁を交わす。


 「ごめんね、シルヴァ。寂しかった……よね、そりゃ、こんなに泣いてるんだし。でも、シルヴァが居なかったら、誰も僕の場所が分からなかったから。ルキアと殿下が来てくれた……ここに辿り着けたのは、シルヴァのお陰だよ。ありがとう」

 「……そんなことない。がくいんちょうもここのことしってた」

 「……え? そうなの……?」

 

 我ながら冴えた手掛かりの残し方だと思ったのだが、全然そんなことは無かったらしい。どころか徒にシルヴァを悲しませただけだと知って、フィリップは思わず顔を引き攣らせた。


 い、いや、まぁ、常にフィリップのいる方角が分かるコンパスになったと思えば、やっぱり意味はあったはずだ。たぶん。フィリップの生存も分かるし……そんなのは誰も心配していなかったかもしれないが。


 「……ばか」

 「う……ごめんなさい」

 「こわかった。さみしかった」

 「……ごめんなさい」

 「にどとしないで」

 「はい……」


 鼻声で幼稚な罵倒を繰り返すシルヴァを抱き締めて、その都度「はい」と「ごめんなさい」を律儀に繰り返していると、息を荒げたルキアが追い付いた。


 本気で走っていたことを窺わせる乱れた髪は砂埃なんかで汚れていたが、それでも風に靡いて美しく煌めいている。

 白い肌を伝う汗も、上気した頬も、激しく上下する華奢な肩や豊かな胸も、何もかもが自分の為、自分の所為だと思うと、感謝の念以上に罪悪感が募る。


 「……フィリップ、無事?」

 「……はい。来てくれてありがとうございます、ルキア」

 

 肩で息をするルキアは、一見するといつも通りに落ち着いているように見える。

 良かった、なんて言う声にも湿っぽさは無く、嬉しさと安堵で胸が温かくなったフィリップは、彼女の抱擁を穏やかに受け入れた。


 まぁ、フィリップがであること自体は、ルキアだって確信していただろう。

 彼女はシュブ=ニグラスの真体を、その余波だけとはいえ知っている。アレに守護されるフィリップに万が一があるだなんて、むしろ想像する方が難しいのではないだろうか。


 なんて、フィリップは甘いことを考える。


 だが──ルキアはフィリップのために、1000キロの道程をたった8日で駆け抜けてきたのだ。

 乗馬という全身を酷使する状態を一日中、出来得る限り休息の時間を削って、馬と自分を限界まで酷使して駆けつけたのだ。心配も、悲哀も、とうに振り切れている。


 そんなルキアがフィリップを抱き締めて、その首筋にある牙の痕に気付いたらどうなるか。


 「フィリップ、この傷……まさか」


 目の前にある傷跡に指を這わせたルキアが、フィリップの目を見つめる。

 吸血鬼は往々にして瞳が赤くなるが、ディアボリカのような例外もいる。手遅れだった──そう勘違いしたのだろう、ルキアの双眸に深い悲哀を示す雫が溜まり、透き通るような赤い瞳が見覚えのある濁りを帯びていく。


 「え? あ、い、いや、違います! 大丈夫です! 血は吸われましたけど、吸血鬼にはされてませんから!」

 「……本当に?」


 フィリップがこくこくと激しく頷くと、ルキアの瞳に光が戻り、その代わりのように限界を迎えた涙が頬を伝った。


 「良かった……本当に……貴方が、無事で……」


 耳朶を打つ、すすり泣き。

 フィリップやステラといった友人といる時の声とも、他人に対する興味関心の一切籠らない冷たい声とも違う、弱々しくも熱の籠った声。震えて頼りない、心を抉るような声だ。


 ……痛い。

 首に回された震える腕が、耳元で囁く涙に湿った声が、ミナとは違う熱く火照った身体が、何もかもが突き刺さる。


 これほどの慈愛を向けてくれる人に、これほどの心労を負わせて。その間、自分はのんびりとペット生活を満喫していたのだと思うと、心が痛すぎて抱き締め返すこともできなかった。


 「す、すみませんでした……」


 えぐえぐとしゃくりあげているシルヴァと俯いて泣き顔を隠すルキアから離れて、へなへなと土下座の姿勢に移行する。

 突然の謝罪に目を瞬かせるルキアと、そんなのはいいから早く戻せとばかりに異空間へ戻っていくシルヴァ。流石にこの距離では、フィリップ程度の魔力操作では遮断も効かないらしい。


 「え、っと……頭をあげて? 貴方は吸血鬼に拉致されただけなのだから、謝る必要なんてないでしょう?」

 「それはそうなんですけど……この一週間、僕は結構楽しんでいたので……助けに来てくれて本当に嬉しいんですけど、なんか申し訳なくて」


 ルキアは今一つ状況を分かっていないからだろう、「楽しんで? ふふっ、フィリップらしいわね」なんて笑っている。だがアトラクション的に楽しかったわけではなく、本当に、助けが来ないならシルヴァを呼び戻して住もうかと考えるくらい楽しんでいたし、何なら「ルキアと殿下がミナを殺しませんように」なんて考えてさえいた。


 不道徳というか、不誠実というか、むしろ彼女たちには不愉快とさえ言えるのではないだろうか。


 モニョモニョと要領を得ない呟きを溢すフィリップに首を傾げつつ、ルキアは手を引いてフィリップを立たせた。


 「さぁ、帰りましょう。あの吸血鬼はペットとか訳の分からないことを言っていたけれど、もしかして発狂させたの?」

 「いや、むしろそっちが正常で、娘婿とか言ってる奴の方が狂ってるんです……」


 そう言えばディアボリカを見なかったけど、もしかして塩の柱になったのだろうか、と遅ればせながら思い返す。まぁそうだとしても、フィリップは勿論ミナだって「あ、そう」くらいの反応だとは思うが。


 手を繋いだままステラのところに戻ると、彼女はミナと睨み合っていた。

 いや、ステラとミナは悠然と立っているだけなのだが、ステラの背後にいる4人の従者たちのうち3人が明らかに臨戦態勢で構えているから、殺伐として見える。


 「……カーター、無事だな。こっちへ」

 「来てくれてありがとうございます、殿下」

 

 ミナの横を通り過ぎてトコトコとステラの傍へ行くと、腰を抱いて引き寄せられた。

 ステラにしては乱雑な動きに面食らうフィリップの頭に唇を寄せた彼女は、感情を抑えた、しかし有無を言わせぬ口調で語る。


 「帰るぞ、カーター。……この薄氷のような世界で、それでも他人の為に苦痛や恐怖を背負えるお前は、私にとっては希望なんだ。だから──何処にも行くな」


 腰から肩に移された手に籠る力は、喪失感の分だけ強くなった安堵感を映しているように思えて、フィリップもステラの腰を抱き返す。

 彼女にとってのフィリップが、フィリップにとってのルキアや衛士団と同じだというのなら、フィリップが居なくなった時の喪失感は想像に容易かった。

 

 万感の思いが込められたことが分かる苦しそうな声と、微かに震える腕。ルキアほど分かり易い感情の表出は無かったものの、フィリップに罪悪感と、それ以上の、歓喜に近い得も言われぬ感情を抱かせるのには十分だった。


 「……はい、殿下」

 「……あぁ」


 フィリップはお礼を言いたくて、謝りたくて、頭と胸がいっぱいになって、ステラを抱き返しながらそれだけ返した。ステラも、それだけで十分だった。


 ステラは一度だけフィリップの髪に頬ずりをして、抱いていた手を放す。

 そしてその手を前に回すと、フィリップをミナから庇うように後ろへ下げた。


 今にも魔術をぶっ放しそうな剣呑な空気を纏うステラに、フィリップはその宛先であるミナとステラを交互に見ることしかできない。


 「……感動の再会といった風情だけれど、その子は私のペットなのよ。さっきも言ったけれど、「連れて帰る」と言われて、「はいそうですか」と受け入れるわけがないでしょう?」


 最近はどうにも馬鹿に遭う。

 そんな愚痴の聞こえてきそうな嘆息を溢して、ミナは二振りの魔剣を手中に顕現させた。


 「吸血鬼が聖痕者わたしたちと戦うつもりか? それは自信過剰だぞ」

 「貴様こそ、この距離で私に勝てるつもりなの? それこそ慢心というものよ」


 に漆黒のロングソードを、に白銀のエクスキューショナーソードを持ったミナは、いつものように退屈そうな立ち姿だ。しかし、その赤い双眸はステラだけでなく、ルキアと、四人の従者の全員を広く視野に捉えている。


 「……あー……っと」

 

 フィリップが「いや帰ります」と言えば丸く収まる空気ではない。ミナにはフィリップの意思に関係なく自分の手元に留めておこうとする気迫がある。

 かといって、フィリップに帰らないという選択肢はない。

 

 ……いや、帰らないという選択肢は確かに無いのだが、しかしそれはそれとして、フィリップはここでミナに手を振って別れを告げるのは嫌だった。


 特別な理由や重大な意味は無い。ただなんとなく、感情的に嫌なだけだ。

 だが──フィリップにとって、感情は行動の指針として十分だった。


 「……ミナも一緒に来ませんか?」


 気付けば口を突いていた言葉に、ミナも含めた全員が怪訝そうにフィリップを見遣る。

 

 「……カーター様、それはただの綺麗な女性ではなくて、吸血鬼ですよ?」


 何言ってんのお前、とは直接言わないものの、そう思っていることが透ける仮面のような笑顔で言うのは、従者たちの中で唯一目に見える戦闘態勢ではなかったメグだ。


 言外の意図には気付いたフィリップだが、そこ止まりで、「何か問題があるのだろうか」なんて考えている辺り、意思の疎通率は半分以下といったところ。


 「ん? はい、そうですよ? ……あ、来てくれてありがとうございます、メグ」


 安穏とお礼など口にするフィリップに、メグは困ったように笑うだけだった。


 「ミナが一緒に来てくれるなら、それで解決ですよね? 僕は人間社会に復帰できて、ミナも一緒で、ルキアと殿下はミナと無駄な殺し合いをしなくていい。これが最適解ってやつですよね、殿下」

 「……吸血鬼が人間社会に適応できるなら、な」


 ほぼ全員が苦笑いを浮かべる中、唯一ステラだけが大真面目な顔で返してくれる。

 吸血鬼──食人の化け物が自分の生活圏に入ってくることと、ここでミナと殺し合うことを天秤にかけて、感情を含めず判断するとそうなるのだろう。ステラがそれだけの脅威判定を下すのは、やはりミナの間合いの中だからか。


 だが、そんなことは有り得ないと誰もが知っている。


 吸血鬼が人間社会に混ざった例は、過去にいくつか存在する。

 小さな集落、中規模の村、そこそこの規模の城塞都市。異なる強さの吸血鬼が、個々の格に応じた人間の集団に混ざって暮らしていたのだ。──その全てに於いて、吸血鬼は集団の長であり、人間は餌として、或いは奴隷として飼われているだけだった。


 吸血鬼は化け物だ。

 人間と混ざっても、人間に呑まれることは無い。むしろ人間の側を支配して、性質を塗り替えてしまう。


 ルキアも含めたステラ以外の誰もが重々しく頭を振り、フィリップの案を否定する。


 その中には、ミナ本人も混ざっていた。


 「それは……駄目よ。私はこれでも魔王軍の一翼、吸血鬼陣営の支配者だもの。城はともかく、おいそれと暗黒領を出ることはできないわ」


 初耳の情報に、フィリップは「そうなの?」と目を瞬かせる。

 特に興味も無いので意識していなかったが、そういえば以前に魔王軍が云々という話は聞いたような気がする。頭の片隅にぼんやりとした既知感があった。


 じゃあ魔王を殺さないといけないのかな? なんて不穏なことを考え出したフィリップだが、声に出す前に、別な声がどこからともなく降り注いだ。


 「──あら、アタシの所領に無断で入り込むのみならず、そんな僭称までするなんて。アナタ、命知らずにも程があるわよ?」


 妙に聞き覚えのある、叶うならもう二度と聞きたくなかった声に、フィリップは思わず天を仰いで──逆光の中、空中に立つ人影を見た。





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