王城へ行こう!

第186話

 キャンペーンシナリオ『なんか一人だけ世界観が違う』

 ボーナスシナリオ『王城へ行こう!』 開始です


 推奨技能はありません


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 ローレンス伯爵領への吸血鬼襲撃事件から、一週間が経った。


 一人の死者も出さずに帰還した生徒たちには、10日の療養期間が与えられていた。魔力は三日もあれば回復するが、心の休息と、あとは吸血鬼に関する情報収集、事情聴取に協力した報酬だと思えば妥当だ。


 まぁ召喚術選択者に限った話ではなく、校外授業期間明けの、カリキュラム通りの休暇なのだが。


 それはさておき、直接対峙したフィリップの報告は、魔物研究局の人にもたいそう喜ばれたらしい。


 普通は恐怖や動揺で観察どころではなく、何なら生還することが珍しい強大な魔物ということもあって、報告の絶対数が少ないのだとか。その点、フィリップの報告は客観的かつ戦闘能力に関する情報が詳細で、性格に関して推察プロファイリングできる程度には会話量が多い。


 ローレンス伯爵領の魔術師や衛兵より価値のある報告を上げたフィリップは、いま、校庭の芝生を駆けまわっていた。少年らしく、無邪気に、何の訓練でも無い、愉快な疾走だ。


 「きゃー! あははは! ふぃりっぷ、がんばれー!」

 「いやいやいや無理! 普通に無理だから! あははは!」


 本当に楽しそうに声援など飛ばすシルヴァは、狼の背に乗って風になっていた。

 フィリップはその背中を追って走る。


 ちなみに、狼の瞬間最大走行速度は時速5~60キロメートル。

 これは馬が全速力を出してギリギリ振り切れる程度であり、フィリップ、というか、魔術的強化を施していない人間なんぞ、一瞬で置き去りにする速さだ。


 しかも狼──ステラの使役下になったそれは、群れの中で最強のアルファ個体。

 恵まれた体格と、高い知性、膨大なスタミナを備え、更にはフィリップに怯え切って本気を出している。


 シルヴァに本物の鬼ごっこを教えていたら、いつの間にか無理ゲーが始まっていた。


 「……平和だな」

 「平和ね……」


 少し離れた木陰で二人を見守りながら、のんびりと言葉を交わすルキアとステラ。

 ルキアの隣で身体を丸めて眠っている狼は、飼い主の徹底した躾によってフィリップの臭いに怯えなくなっていた。


 「ああしていると、ただの子供なんだがな……」

 「……どっちの話? フィリップ? それともシルヴァ?」

 「後者だよ。こう言ってはなんだが、カーターを“ただの子供”と見るには、色々と知り過ぎた」

 「……シルヴァの方こそ、“ただの子供”には程遠いけれどね」


 ステラが草臥れたように言うと、ルキアは同調も否定もせずに応じる。

 そして二人は同時に、数日前の記憶を想起し始めた。



 ◇



 ローレンス伯爵領から帰ってきたフィリップは、その足で投石教会に向かった。

 別にマザーの抱擁が恋しくなったとか、ナイ神父の嘲弄が懐かしくなったわけではない。主観記憶では間違いなくズタズタになった左手が、気が付けば治っていた不思議──不気味とも言える現象が怖かったからだ。


 邪神が怖くないのに不思議体験は無理なのかと言われると苦笑も浮かぶが、肉体の変質──人外化が原因でないとは言い切れない。

 そんな懸念があっては、ステファンのところに駆け込むのは躊躇われた。一番ありそうな仮説が「ヨグ=ソトース介入による局所的時間逆行現象」なのだし、怖がり過ぎくらいが丁度いい。


 それに、身体の無事の確認の他に、もう一つ目的がある。

 

 シルヴァだ。

 

 フィリップは彼女の保護を、召喚物として契約することで果たそうとしていた。

 ルキアとステラに「それは魔力を持たない異常存在だ」と言われた時も、「じゃあ魔力の貧弱な僕でも契約できるのでは?」と、むしろ憂いが晴れてウキウキしていたのだが。


 「まさか、僕どころか二人の血でも契約できないなんて……」

 「召喚術は植物や鉱物──魔力や知性を持たない物体とは契約できない。知性は……最低限あるように見えるが、魔力が無いのではな」


 シルヴァは一般人代表のフィリップどころか、人類最強の二人でも契約できなかった。

 人類では使役出来ない存在なのか、或いは契約術式に不適合な──植物や鉱物に近しいモノなのか。それは不明だが、とにかくこのまま──誰の召喚物でもない謎の存在のままでは魔術学院に入れないからと、ナイ神父の智慧を借りに来たわけだ。


 「じゃ、二人はここで待っててくださいね。場合によってはアレな方法でアレコレするので」


 投石教会の玄関で、フィリップはさも当然のように二人に言う。

 要領を得ない言葉に顔を見合わせたルキアとステラは、鏡写しのように苦笑を浮かべた。


 「お前な……まぁいい、分かった。行ってこい」

 「あとで神官様にご挨拶させてね」

 「……はい。シルヴァ、起きて」


 馬車の揺れで眠ってしまい、背負っていたシルヴァを肩越しに見遣る。

 すうすうと静かに漏れていた寝息が乱れ、翠玉色の双眸が開かれた。


 「んぅ……おはよう、ふぃりっぷ」

 「うん、おはよう、シルヴァ。体調はどう? 変わらない?」

 「ん……ねむい」

 「あはは、そっか。それは大変だ」

 

 軽く笑いながら、フィリップは薄く安堵の息を吐く。

 シルヴァがドライアドではないとしても、その近縁種であることは間違いないはずだ。生まれ育った森から出て、遠く離れることで、何かしらの問題が生じるのではという懸念があったのだけれど──馬車の中でも注意深く観察していたし、王都に戻っても何も不調を来さないのなら平気だろう。


 玄関扉を開けると、最奥で聖女像を眺めていたナイ神父がこちらに気付き、にっこりと笑った。

 意外と人見知りなのか、シルヴァはフィリップの背中にしがみつく力を強くする。


 「やぁ、フィリップ君。お久しぶりですね」

 「……どうも」


 聖女像に向かって跪くでもなく、祈りを捧げるでもなく、美術館の展示品を眺めるように顎に手を遣っていたナイ神父。

 その険しい視線に違和感を覚えたフィリップは、何をしていたのかと視線で問う。


 ナイ神父はその意図を正確に汲み、その上で無視した。


 「面白いモノをお連れですね。星の表層、ヴィカリウス・システムの幼体ですか」

 「……はい?」


 何の話だろうと振り返るが、背後には誰もいない。

 その動作だけでフィリップの認識をある程度理解して、ナイ神父は口元を嘲笑の形に歪める。


 「君が背負っているその子ですよ。……どうやら彼女自身も、自分が何者かを理解していない様子ですね。ふむ。……ではまず、ヴィカリウス・システムについてご説明しましょう。お掛け下さい」

 「え、あ、はい……」


 言われるがまま信者用の長椅子に掛け、隣に座ったシルヴァと一緒に、数分程度の短い説明を受ける。

 ナイ神父の説明は立て板に水だったが、フィリップは途中で慌てたように片手を突き出して遮った。


 無作法に気分を害した様子も無く、ナイ神父は「どうしました?」と微笑する。


 「……全然分かりませんでした。ちょ、ちょっと待っててください」


 フィリップはぱたぱたと駆け出し、ややあってルキアとステラの手を引いて戻ってきた。

 二人とも、特にステラは著しく嫌そうな顔をしている。玄関を開けた時からナイ神父の嘲笑が見えていれば、無理もない反応だが。


 ルキアとステラを座らせ、ナイ神父を別の椅子に座らせ、その隣にフィリップも座る。教会の中を興味深そうに歩いていたシルヴァは、フィリップが座るととことこと戻ってきて、膝の上に陣取った。


 「よし、もう一回お願いします」

 「……魔術に関連した説明というわけでは無かったのですが、まぁいいでしょう。ではもう一度初めから、その子の正体についてお話しします」

 「……カーター、本当に危険は無いんだな?」

 「あ、はい。聞いた限りでは。さっきも言いましたけど、僕が一度聞いて、邪神絡みじゃないことは確認済みです」


 それならまぁ、と聞く体勢になったステラに嘲笑の色濃い一瞥を呉れ、ナイ神父はフィリップにしたのと同じ説明を繰り返す。

 二回目ということもあって、フィリップもそれなりに理解できた。


 曰く、ヴィカリウス・システムは星の表層であり星の機能。その存在理由や行動基準に明確なものはなく、“ただそこに在る”モノ。

 海、雨、大気、地面、山脈、砂漠、森林、河川、エトセトラ。この星の表層である生命の集合や非生命が具現化した概念の化身であり、その存在歴は数億年規模。生命でないが故に死を知らず、その概念が星の表層に存在する限り、ヴィカリウスもまた存在し続ける。


 数千万年周期で訪れる環境の大規模変化、生命整理を乗り越えたものだけがその階梯に在る。


 シルヴァはその中の一個体、森の代理人、ヴィカリウス・シルヴァ。

 今はその幼体だが、いずれは「森そのもの」のような振る舞いを見せる人外なのだという。子供のような振る舞いも時と共に成長し、やがてはヴィカリウス・システムに特有の超越した視座と価値観に染まるのだとか。


 「つまり、イス種族や盲目のもの、ロイガーやツァールといった──」

 「!?」


 ぱちん、と乾いた音を立てて、ナイ神父の言葉が途切れる。

 先程とは違う説明をしようとした、人類圏外の知識を開帳しようとしたナイ神父の口元を、フィリップが勢いよく押さえた音だ。


 「いきなり何を言い出すんですか……!」

 「ははは、ちょっとしたお茶目ですよ」


 ちゅ、と小さなリップ音が鳴り、フィリップは嫌そうに手を離した。ついでにその手をナイ神父のカソックで拭いておく。

 

 ルキアとステラを慮って目を向けると、二人はフィリップを安心させるように頷きかけた。

 ナイ神父の発音が絶妙だったからか、或いはある程度の耐性があるのか、二人とも邪神の名前に対する拒否反応を起こしていないようだ。それが邪神の名前であるということも、フィリップの反応から推察しただけかもしれない。


 「要は、君たちヒトという種族よりも遥かな昔から存在する……環境の擬人化、とでも言いましょうか。存在の格で言えば、一部の旧支配者を上回るでしょうね」


 ふむふむ、と頷くフィリップ。

 逆に、ルキアとステラは今一つ理解できていないようだ。


 「旧支配者云々は無視してください。こっちの話──なので」

 「……分かったわ」

 「そういう話は私たちのいないところでやってくれ? それは兎も角、ヴィカリウス・システム……ヴィカリウス・シルヴァか。使役契約できるのか?」


 使役契約という単語に、ナイ神父の形の良い眉がぴくりと震える。

 明確に不快を示す形に歪められた両眉と双眸に、通路を挟んで反対側の長椅子に座っているルキアとステラが、いつでも立ち上がれるように足に力を込めた。


 「使役契約?」


 ナイ神父が厭わしそうに吐き捨てる。

 その宛先は言うまでも無く、フィリップの膝上で退屈そうに足を揺らしているシルヴァだった。




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