修学旅行

第195話

 キャンペーンシナリオ『なんか一人だけ世界観が違う』

 シナリオ9 『修学旅行』 開始です。


 必須技能は各種戦闘系技能、【クトゥルフ神話】です。

 推奨技能は【応急手当】【医学】【薬学】です。


 ルート分岐:人間性値が一定以上の場合。一部行動に制限がかかる、シナリオルートAが選択されます。

 人間性値を確認……閾値以上です。シナリオルートAが選択されました。



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 フィリップたち魔術学院二年生は、二十五日間もの馬車の旅に耐え、遂に聖国の一個都市、教皇領ジェヘナへと辿り着いた。

 名目上の目的は、修学旅行として四日後に執り行われる大洗礼の儀を間近で体験することだが──生徒たちの主目的は、一週間に亘って開催されるお祭り騒ぎに参加することだ。


 教皇領は既にお祭りムードで、古めかしい石造りの建物は色とりどりの旗に飾られ、石畳にはまだ新しい紙吹雪の跡がある。

 そこかしこで出店の屋台や見世物の舞台が置かれ、街並みなんて目に入らないほどだ。


 「あれ! ふぃりっぷ、あれなに!?」

 「わかんない! わかんないけど後で行ってみよう!」


 車列の前の方から、長旅の疲れを感じさせない楽しげな声がする。

 もうじき夕刻だというのに、幾人かがつられたように歓声を上げた。


 車列が止まる前から興奮気味の生徒たちだが、無理もない。

 教皇領と言っても、その実態は中規模都市が一つだけだ。しかし祭りの規模は、その全域が総力を挙げた分ではまだまだ足りない。


 観光客だけでなく、商人、劇団やサーカス団、吟遊詩人や大道芸人などが大陸中からやってくるのだ。

 祭りのイベント自体もごった煮で、明日には王国の牛追い祭り、明後日には聖国のワイン祭り、一週間後には帝国の火祭りを模したイベントがあるそうだ。


 四年に一度、全ての国家を、代表者を通じて一斉に祝福する大儀式。

 その空気を盛り上げるように、教皇領が全域を挙げて、異文化交流を促してくれる。そんなお祭りだ。


 フィリップたち魔術学院二年生は、馬車を降りると、足早に宿に向かう。

 長旅の疲れを癒すため、そして祭りを楽しむのに邪魔になる荷物を置くためだ。


 宿は学院の手配した高級宿で、殆どの生徒は二人部屋だ。

 しかしなんと、Aクラス生には特別に個室が与えられていた。──宿の部屋数的な問題と、宿を分けたくない学院側の都合なのではと言われているが。


 窓の外はすぐ大通りで、建ち並ぶ石造りの建物や石畳は落ち着きがあり、歴史を感じさせ、郷愁や栄枯盛衰の念を催させる。

 が、そんなことはどうでもよくて。いま重要なのは、眼下、特設で並べられた屋台の列や、そこかしこで芸を披露するパフォーマー、そして祭りを楽しむ人々の喧騒だ。


 「ふぃりっぷ、なんか、なんかすごいのいる!」

 「うわあああ何アレ!? ペガサス!? ほ、本物!?」


 領内でも有数の高級宿、その五階建ての五階という一番いい部屋の窓から身を乗り出して叫ぶフィリップとシルヴァ。

 普段ならかなり場違いだが、この時ばかりはそうでもない。なんせ、大陸中から貴族や富裕層が集まる二週間だ。そこかしこの窓から子供が身を乗り出し、部屋の中にいる親に「早く行こう」とせがんでいた。


 「はやく、はやく! るきあとすてら、よびにいこ!」

 「そう──っ、いや、駄目だよ。女子用の宿舎には入れないことになってるから。フロントで止められちゃうよ」


 フィリップの言葉は、学院側から再三の警告があったものだ。


 ちなみに、どういうわけか逆も然り

 修学旅行のしおり(原題ママ)には『男子生徒の女子宿舎への立ち入りは如何なる理由があろうと全面的に禁止』とだけ書かれており、逆のパターンを想定すらしていない。


 高級宿だけあって壁は厚そうだが、王都と比べると建築技術も製材技術もまだまだ未発達だ。

 なので夜に五月蠅くなるようなことがあれば、フィリップも客の一人として宿側に訴え出るつもりでいる。まぁ従業員の練度を見る限り、客から苦情が出る前に対処してくれそうだったが。


 「二人が呼びに来てくれることになってるから、それまで待ってよう」

 「ん……わかった」


 フィリップは大人しく頷いたシルヴァの頭を撫で、「賢いね」と褒める。

 心地よさそうに細められた翠玉のような瞳から、窓の外へと視線を移し──差し込む陽光が断続的に遮られ、目を瞠る。


 空を舞う複数の影。

 陽光を反射して煌めく金属の輝きに目を奪われた。


 眼下、観光客から歓声が上がる。


 「帝国の代表団だ!」

 「じゃあこれが、あの騎竜魔導士たちか!」

 「先頭が聖下なのかしら! おーい!」


 帝国の擁する水属性聖痕者が率いる、翼竜に騎乗した魔術師の部隊。

 長射程高火力に高い機動力と展開力を付与した強力な軍隊だ。聖人の軍事利用は国の内外から批判を集めたが、彼女は軍人になった後で聖痕を与えられていたため、そのまま勤務しているらしい。


 麾下の部隊も精強を極め、地上戦では王国の擁する王都衛士団に軍配が上がれど、騎乗しての空対地戦では殲滅戦になると豪語している。


 「……竜騎士かぁ」


 ドラゴンライダーと言えば、もうとんでもなくカッコよく聞こえるけれど、彼らが乗っているのは翼竜、或いはワイバーンと呼ばれる魔物だ。ドラゴンではない。


 「惜しいなぁ……すごく惜しい」


 折角、ルキアやステラと同じく世界最強の座に君臨する魔術師なのだ。

 ドラゴンの一匹や二匹、支配下に置いて欲しい。そして物語に出てくるような、本物のドラゴンライダーの姿を見せてほしいところだ。


 そんな身勝手な希望を抱いていたフィリップは、背後からの声に飛び上がった。


 「──ドラゴンは個体次第では旧神相当の力を持ちます。今の彼女たちでは不可能ですよ」


 耳触りの良い、耳障りな声。

 嘲笑と敬意を同時に感じさせる、聞き覚えのある声の主は、言うまでも無くナイ神父だ。


 彼は王都に勤める神官ではあるが、教皇庁からの出向だ。少なくとも書類の上ではそういうことになっている。

 それに目を付けたのは、魔術学院の女性教員たちだ。生徒たちの案内や深みのある学習のため、同伴することを願い出たらしい。ナイ神父もちょうど教皇庁に戻るつもりだったとかで、快く了承して今に至る。


 ……だから、まぁ、フィリップの泊まる宿を把握していることまでは分かる。

 部屋まで把握するな。そして入ってくるな。しかも断りもなく。


 そんな内心の透ける一瞥を華麗にスルーして、ナイ神父は明確な嘲笑を浮かべた。


 「お望みとあらば、シャンタク鳥をご用意しますよ? 君に相応しい……とは言えませんが、翼竜風情よりは幾らかマシでしょう」

 「宮殿直通便ですか? 絶対嫌ですよ。……何の用ですか?」


 ナイ神父は書類上、フィリップの保護者ということになっている。

 だから個人的に接触してくることに違和感は無いが、用があるなら2-Aの引率であるナイ教授が来ればいいはずだ。わざわざ目立つ方の化身で訪ねてくる必要はない。

 

 「えぇ、まぁ、少しご忠告に」

 「ナイアーラトテップの忠言ですか。……それはまた」


 聞いても聞かなくても、従っても従わなくても、どっちみち破滅しそうなワードだった。


 とはいえ、聞いて無視するのと聞かないのとでは、得られる情報に差がある。

 啓蒙や知識の追加に関しては一家言あり、何を言われても発狂しない確証もあるフィリップとしては、ここは聞いておくしかない。


 首を傾げて先を促すと、ナイ神父は一瞬だけ口角を吊り上げ、すぐに嘲笑のマスクを被り直す。


 「この一週間、教皇庁での仕事で、君のことを見ている時間が著しく減ります。最低限の護衛は務める所存ですが、雑事のご用命はお控えくださいね」

 「え? 願ったり叶ったりなんですが。もう全然仕事を優先してください。どうぞ、今すぐに。人間風情に顎で使われるナイアーラトテップをこの目で見れないのは残念ですけど」


 とにかく出て行けと部屋の扉を指すフィリップ。

 流石に25日もの間、同じ馬車で揺られていればヘイトも溜まるというものだ。ルキアとステラは徐々に慣れていたが──第5回2-A馬車内ポーカー大会でフィリップの所持金を半分に削ったこと、決して忘れはしない。たとえその後、お小遣いとして3倍の金額を支給されていてもだ。


 「畏まりました。……あぁ、そうそう、君のお気に入りの糞袋ちゃんたちが外でお待ちですよ」

 「あ、そうなんですか。ありがとうございます……いや、先に言って欲しかったですけど」


 深い敬意の見える一礼を残し、部屋を出たナイ神父に続く。

 部屋の鍵をフロントに預けて宿を出ると、言葉通り、ルキアとステラが待っていた。


 「お待たせしました。……あ、着替えて来たんですか?」


 二人とも、馬車を降りた時とは別の服に変わっていた。


 ルキアはいつも通り黒いゴシック調のワンピースだ。半袖だが、レースのグローブが肘上までをぴったりと覆っていて肌の露出が極端に少ない。しかし、厚ぼったい印象は受けない。それなりに厚い生地のはずだが、それでも女性的魅力に富んだ身体の起伏を隠しきれていないのが大きな要因だろう。それでいて下品にはならず、プロポーションの純粋な美しさをよく魅せていた。


 ステラは動き易そうなパンツスタイルで、上は真っ白なシャツと深紅のジャケットだ。僅かに胸の谷間が見える程度に開けられたシャツは、きめ細かな肌やくっきりとした鎖骨ではなく、赤く輝く聖痕を見せるためだろう。ステラは以前にそれを指して、人だかりが一瞬で割れる最強の通行証だと笑っていた。


 「二人ともお綺麗です。僕も着替えるべきだったかもしれませんね」


 フィリップはというと、制服だ。

 しかもジャケットを脱いで、シャツ一枚である。遊びに行くことしか考えていなかった。


 「ありがとう、フィリップ」

 「ありがとう。夕食はそこのレストランだから、後でジャケットだけ取りに戻ればいいさ」


 サムズアップなどしつつ、二人を褒める。

 フィリップの言葉は単純なマナーによるものだったし、二人にとっては聞き慣れた賛辞だ。軽い礼以上の反応は無かった。


 ステラが示したのは、今日の夕食場所になっている高級レストランだ。

 昼食は概ね自由行動時間中だが、朝食と夕食はクラスで揃って食べることになっている。なんとも贅沢なことに、日替わりで別の場所、別のメニューだそうだ。


 フィリップが「でも王都の方が美味しいんだろうな」と失礼なことを考えていると、その右手をぐいと引かれる。

 視線を落とすまでも無く、小さく柔らかい手はシルヴァのものだ。


 「ふぃりっぷ、あれなに?」

 「ん? どれ?」


 幼い妹に対するように、腰をかがめて優しい口調で問いかけるフィリップ。

 その背中には、ルキアとステラから同質の優しげな視線が向けられていた。


 シルヴァが指した先では人だかりが割れ、馬に乗った一団が一列になって道を進んでいた。


 「セレファイス聖国の代表団だな。ここを通るみたいだから、少し道を空けようか」


 ステラに手を引かれて道のわきに避け、一団が通り過ぎるのを待つ。

 徐々に近付いてきてその全容が明らかになると、そこかしこから感動の溜息や歓声が聞こえた。


 「先頭にいるの、聖十字卿じゃないか!」

 「聖国の騎士王様よ!」

 「黄金の騎士! 聖騎士の王だ!」


 先頭を進んでくるのは、鎧を纏った騎士だ。

 夕暮れの陽光を浴びて輝く、黄金のフルプレート・メイル。金属の上から装飾用の金属板を鋳付けたようなそれは、絢爛でありながら重厚で、堅牢に見えた。


 全身金色なんて、馬鹿げている。

 戦場に在っては目立つことこの上ないし、目に痛い。それに、周囲から漏れ聞こえてくる話によると、単なる金メッキではなく純金らしい。


 馬鹿だ。そう思いたい。

 純金なんて、精製するだけで莫大なコストがかかる。それを鋳溶かして固めた所で、硬度も強度もたかが知れている。恐らくだが、フィリップのウルミでも十分に傷付くだろう。しかも同量の鉄より重いとくれば、防具に加工するなんて考える方がどうかしている。


 だから、馬鹿だ、と、そう思いたい。

 そう思いたいのに、思えない。


 だって──フィリップはを知っている。

 顔どころか肌の一部すら見えないのに。体格すら馬上で、遠目で、殆ど判別できないのに一瞬で分かった。


 直接の面識はない。

 だが、その気配は、その素性は、ずっと前から知っていた。


 「あれ、マイノグーラじゃん」


 一年と少し前の、あの悍ましき大宮殿に唯一居なかった外神の名前。

 忌々しくというよりは不思議そうに呟いたフィリップは、その異常性をはっきりと理解できるが故に、異常な現状への理解が追い付いていなかった。






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