Talking Woods

第160話

 キャンペーンシナリオ『なんか一人だけ世界観が違う』

 シナリオ8 『Talking Woods』 開始です。


 必須技能は各種戦闘技能です。

 また、【サバイバル(森林)】等の森歩きに適した技能、【伝承(精霊)】等の知識系技能の取得が推奨されます。


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 王都内での“使徒”暗躍事件から数か月。

 特筆すべき事件は何もない平和な時間を過ごした後、無事に期末試験をパスしたフィリップは、二年生になった。


 事前に配布されたクラス発表のプリントによると、クラスは2-A。教室も変わって、1-Aより一つ上の階だ。

 実技はボロボロ、筆記はなんとかクリアという無様な成績ながら、何とかAクラス残留を許されていた。


 ちなみに、昨年度筆記トップ実技2位のルキア、筆記2位実技トップのステラの両名も当然のようにAクラスのままだ。今年も同じクラスなのは、素直に嬉しい。


 新学期初登校日の今日は、新生活への不安と、それを数倍する期待に胸を躍らせた新入生たちの騒ぐ声が、そこかしこから聞こえている。

 陽光に輝く白亜の校舎、色鮮やかな芝生の敷かれた広い中庭、王都屈指のクオリティを誇る食堂の料理。目に映る全てが感動の的なのだろう。


 それからもちろん。


 「ねぇ見て! あれ、光属性聖痕者のサークリス聖下よ!」

 「うわ、すげぇ美人……」

 「いやいや、お隣のステラ第一王女殿下も負けてないって! お二人とも、世界最強の魔術師で、しかもあんなにお綺麗なんて……」

 「神は二物をお与えになるんだな……」


 人類最高の魔術師であり、人類最高の美貌の持ち主でもある二人。憧れの先輩、綺麗な上級生のことも忘れてはならない。


 寮から食堂に向かう渡り廊下を歩いていると、花道のようにできた人だかりから聞こえる二人への賛美で、三人は会話すらままならないほどだ。


 時折漏れ聞こえてくる「真ん中の小さい子は……え? あれ誰?」という声は努めて無視した。

 新一年生は、当然ながら後輩ではあるが──現時点で十四歳、今年十五歳になる。つまりフィリップより三つは年上だ。まあフィリップは学年の垣根が無いクラブ活動や委員会といった組織には所属していないし、後輩と絡むことは無いだろう。


 数か月前に共に死線を潜り抜け、今でも顔を合わせれば話す仲のフレデリカという例外はいるが、フィリップの交友関係は狭い。


 「新入生を睨むのはやめろ、ルキフェリア。魔力で威圧するのも駄目だ。カーターが「チビ」で「魔力が貧弱」なのは事実だろう」


 フィリップの左隣を歩くステラは新入生が囁き交わした陰口を引用して、呆れ交じりに笑う。

 

 相手は勿論、フィリップを挟んで歩くルキアだ。

 彼女は敢えて聞こえるような声量で陰口を叩いた失礼な後輩に、光さえ凍てつかせるような絶対零度の視線を向けていた。


 「そうですよ、ルキア。それで失禁とかする人がいたら、掃除する人が……あぁ、遅かった」


 食事を終えてから教室に向かう道中も、似たようなものだった。


 教室棟の二階──二年生のフロアに上がってしまえば、周りの声はがらりと変わる。

 ルキアとステラの美貌や膨大な魔力への賛美や憧れは慣れによって鳴りを潜め、ならば代わりにと挨拶が飛んでくる。


 「サークリス聖下、おはようございます!」

 「第一王女殿下、本日もご機嫌麗しく存じます!」

 「おはようございます、カーターさん!」


 この手の扱いには慣れているルキアとステラは適当に手を挙げて応じるが、未だ慣れない、そもそもこんな扱いをされること自体が不当であるフィリップは、苦笑交じりに会釈して挨拶を返していた。ごくごく低確率で混入する「猊下」という呼び方にだけは、鋭く訂正を入れていたが。


 教室に入ると、見知った顔の幾人かが一礼する。

 クラスメイトに対する所作としては些か以上に丁寧だが、彼らは去年からこんな感じだった。


 いつも通りに応じて教室を横切り、去年と同じ窓側最後列の席に並んで座る。

 進級したからと言って、即座に何かが変わるわけではない。フィリップはいつも通りにルキアとステラと駄弁って時間を過ごす。


 昨年度、によって落命した人数分、下位クラスから成績上位順に繰り上がった者がいたらしく、彼らが三人に挨拶しに来たり、元々同じクラスだった者まで「今年も同じクラスになれて嬉しいです」と挨拶しに来たりといったイベントはあったが、そのくらいだ。


 その後も他愛のない話をしていると、教室前側の扉がからからと開く。

 そして──


 「はーい、皆さん着席してくださいねー。ホームルームを始めますよー」


 媚びるような間延びした声を聞いて──歓声が爆発した。


 黒髪黒目猫耳ガチペド嘲笑系女教師、ナイ教授。

 ある程度の予想はしていたが、本年度もAクラスの担任らしい。


 ナイ教授は、ぽてぽてとことこと教壇に向かい、こほんと小さく咳払いをして話し始める。


 去年もAクラスだった生徒は、既に脳をやられているのか、だらしなく蕩けた顔で傾注している。逆に昨年度はBクラスだった生徒たちは、自分の幸運を噛み締めるような表情で、しかし瞳孔を異常なほどに拡張してナイ教授に注目していた。


 ある程度慣れてきたのか、ルキアとステラは去年のように身体を寄せることなく話を聞いている。

 フィリップだけが、「やっぱりか」と不幸を呪うような重い溜息を吐いていた。


 「まず初めにぃ、大事なことをお話ししておきますねー。この魔術学院は、一定以上の魔術適性が認められた者しか入学できませんよねー? ですからぁ、毎年いるんですよねぇー。入学できた自分はすごい、エリートだ、とかぁ、身の程も弁えない自尊心や根拠のない自信に駆られてぇ、問題を起こしちゃう子ー」


 毎年と言っても、彼女が赴任してきたのは去年の後学期からのはずだが、そこに突っ込む生徒はいなかった。

 大多数の生徒は気付かないか、気付いても「職員会議で言われたんだろうな」と勝手に納得する。フィリップだけが「時間の外側から見たのかな」と正解に当たりを付けていた。


 「絡まれたりするかもしれませんけどぉ、無闇に模擬戦をしたりせず、教師を呼ぶなどの大人の対応をしてくださいねー。皆さんは先輩、彼らより一つ大人なんですからー」


 「ね? フィリップくん」と最後に名指しで念を押すナイ教授。隣でステラがクスクスと笑いを堪えていた。


 編入早々にカリストに決闘を申し込まれ、軍学校との交流戦では……名前は何だったか、ちょっと太った人とのっぽの人に絡まれたが、フィリップが望んで喧嘩を売られたわけではない。

 それに「大人の対応」と言われても、この学院に正規ルートで入学した新入生は確実にフィリップより高い魔術適性を持っている。適当にあしらうなんて無理な話だ。


 「じゃあ次にー、選択科目についての資料をお配りしますねー」


 前から後ろに回された資料は全部で五枚。

 一枚目は選択科目というシステムそのものの説明で、残りは全四科目の詳細だ。


 「二年次の選択科目は四つに分かれますー。召喚術とー、治療魔術とー、付与魔術とー、先生の担当する錬金術です!」


 わぁー、と自分で歓声を上げながら拍手するナイ教授に、教室中が続く。

 ほんの数瞬で万雷の喝采となったそれは、驚いたように硬直し、照れ笑いを浮かべたナイ教授の愛らしさによって一瞬の心停止を経験した生徒たちが自主的に止めた。


 その波に乗れない、乗るつもりもないフィリップたち三人は、黙って資料に目を通している。


 見る限り、どれもこれも楽しそうだ。

 まぁナイ教授が担当するという錬金術は省くとして……魔術だけでなく医学的処置についても勉強するという治療魔術が向いているのではないだろうか。


 最近厳しさを増しているステラとの戦闘訓練で生傷の絶えないフィリップは、保健室まで行くの面倒くさいんだよなあ、とか舐めたことを考えている。勿論、自分の怪我を自分で処置できるのは素晴らしいことなのだが──


 「あ、フィリップくんは特例編入なので、召喚術で確定ですよー」


 ナイ教授の言う通り、フィリップは召喚物を暴走させ二等地を吹き飛ばした過去がある。

 この魔術学院にいるのは、拘留の代替措置であると同時に、召喚物の制御を学ぶため──召喚物を制御できない召喚術師、即ち爆弾にも匹敵する危険物というレッテルを剥がすためだ。


 「そうでした……」


 当たり前のことを忘れていたフィリップに、両サイドから生温かい視線が向けられる。


 一限、二限とほぼガイダンスで授業を終え、昼休み。

 いつもの特等席で昼食を摂りつつ、そういえばと選択科目の話題が出た。


 「そういえば、二人はどうするんですか? 選択科目。僕は強制的に召喚術ですけど」


 フィリップの問いに、二人はさっと思案する。


 「私も召喚術ね。フィリップと一緒に……という理由も勿論あるけれど、適性外の魔術も試してみたいから」

 「同じく。だが理由は逆だな。私はこの中だと召喚術にしか適性が無い」

 「そうなんですか?」


 意外そうなフィリップに、二人は明らかな苦笑を浮かべる。

 全属性全系統に秀でた万能な魔力の持ち主など存在しない。魔力は本人の体質や気質に大きく影響される以上、遍く全てに適性がある人間がいるとしたら、それは「個」が極めて希薄な人形のような者だ。


 ──と、一年生のうちに習ったはずなのだが。


 「えぇ。私は光属性と闇属性なら誰にも負けないけれど、火属性ではステラに勝てないし、支配魔術なんかの適性も無いわ」

 「まぁ、お前は個人で完結している人間だからな。他人を支配し隷属させる、他者と契約し使役する、そういった気質が無いんだろう」


 ステラの言に、フィリップもなるほど確かにと納得する。ステラが──次期女王たる彼女が、支配魔術に適性を持っているのも納得だ。


 魔術理論に基づけば、魔力中の適性因子数が気質に影響している、と言うべきなのだろうか。この辺りはフィリップの頭では理解できない。


 「ところでフィリップ、普通の召喚術を使ったことはあるの?」

 「……いえ、一度も。使えるかどうかも不明です」


 フィリップの学院生活二年目は──いや、二年目も、中々に厳しいものになりそうだった。








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