第130話

 マルクがどこかに──おそらくは先生のところに連れていかれた後で、ルキアとマリー、そしてソフィーが合流した。

 今の今まで気付かなかったが、そういえば、どうしてステラ一人だけしか居なかったのだろうか。ルキアとマリーはペアなので、片方が用事か何かで遅れたら必然的にもう片方も遅れる、というのは想像が付くけれど。


 「一足遅かったな。もう終わったぞ」

 「本当に? 随分と早くない?」


 早いです、ごめんなさい。面倒になっちゃいました。

 フィリップがそう謝罪する前に、ステラが「まぁな」と軽く応じる。ルキアの意識をフィリップから自分に移したうえで、彼女は「遅かったな。どうなった?」と問いかけた。


 「どうした?」ではなく「どうなった?」という質問に違和感を覚えたフィリップが視線を向けると、ルキアは呆れたような溜息を吐いた。その宛先は、彼女の少し後ろで恐縮したように身を縮めているマリーだ。


 「マリーの完敗だったわ。しかも五連続……。模擬戦をしてたらマリーがハイになっちゃって、ソフィーに五本先取勝負を持ち掛けたの。ウルミと蛇腹剣、ソードブレイカーとバックラーで歩法対策は完璧です! って言うから、審判役をしたのだけれど」


 フィリップが頭上に浮かべた疑問符に気付き、ルキアが補足してくれる。

 それはフィリップにとってはただの説明だったが、マリーにとっては手痛い攻撃になっていた。


 「うぅ……。行けると思ったのに……」

 「……まぁ、有利そうな武器ですけど。どんな風に負けたんですか?」


 フィリップが重ねて問うと、マリーは完全に項垂れてしまった。

 別に追撃のつもりはなく、むしろフィリップの視点から見ても脅威になりそうなラインナップだったから、後学の為に聞いておきたかっただけなのだが。


 金属の鞭を数本束ねたような武器、ウルミは、普通に振った剣を数倍する速度で襲ってくる。それに、使い手次第では『拍奪』対策として最も有効な面攻撃も可能だ。

 蛇腹剣と戦ったことは無いものの、イメージとしてはウルミに近い。ただ、あれは紐状の芯に複数段の刃を付けるという構造上、通常の金属では耐久性に問題があり、錬金術製の高価なものしか無かったはずだ。当然ながら、練習用の刃を殺したモデルなんて無いだろう。……真剣でやっていたのだろうか。


 まぁ、それはさておき、攻撃面は問題ないように思える。

 そして、取り回しに特化した「受け流す盾」であるバックラーに、相手の剣を拘束し破壊するソードブレイカー。完全に対ソフィー用の装備一式だ。『拍奪』を極めれば、これだけ準備した相手にすら勝てるというのか。


 「エーギル先輩、『拍奪』抜きで思いっきり距離詰めて、パワー勝負にしてきた……」

 「うわ……」


 なんて大人気ないんだ、と、フィリップは相手の技術に対して完全な対策を立てた上で負けたマリーと、対策の上を行く策を見せるのではなく、対策を力で踏み潰したソフィーの両方に胡乱な目を向ける。


 ステラはそんなフィリップの心中を読み、軽く苦笑した。


 「大人げない、とか思ってるな? カーター。だが、戦闘とはそういうものだ。特化した技術は特化した対策に、そして特化した対策は想定外に弱い」

 「それは、そうかもしれませんけど……」


 理屈の上では、分かる。

 フィリップだって、それで十分な相手には『深淵の息』を、効かない相手には『萎縮』を、それでも不足なら召喚魔術を使うといったように、相手や状況に応じて戦術を変える。それは戦闘に限った話ではなく、肉を切るのにナイフを使い、スープを飲むのにスプーンを使うような、至極当たり前のことだ。


 それでも、どうにも引っかかる。

 「ソフィーほどの技量があるなら力押しをしなくても勝てる」という勝手な期待があったからだろうか。


 「……フィリップ、魔術師の強みは戦術の多彩さだって言っていたでしょう? 剣士も同じよ」

 「あぁ……なるほど?」


 それは、確かにその通りだ。

 剣術で戦うと言っても、基礎体力が無く技も持たないフィリップは、『拍奪』を使って攪乱するくらいしか戦法が無い。対して、その歩法と、その歩法を用いた戦術を教えてくれたソフィーは、他にも様々な技術や戦術を持っている。


 相手や状況に応じて使い分けるなんて、考えるまでもなく当たり前のこと。そんなのは分かっている。分かっているのに、胸の裡にわだかまるモノがある。


 これは──


 「──羨ましい?」

 「……はい」


 嫉妬、か。


 ルキアに問われて初めて自覚した感情だったけれど、自覚してしまえば納得は早かった。


 自分には出来ないことをしたソフィーが、ただ羨ましい。でも、どうしてソフィーにだけそう感じるのだろう。

 フィリップには出来ない、フィリップ以上の技術を持つというのなら、それこそルキアやステラが──フィリップを何倍したって届かない魔術の才能を持った人が傍にいるのに。


 「いい感じだね、フィリップくん。アタシから見ても分かる、強くなるタイプだ」


 そっと近付いて来たマリーが笑う。言葉は優しげなものだったが、その笑顔は競争相手を見つけた獣のように獰猛だった。


 「エーギル先輩相手に嫉妬とは、将来有望だね」

 「どういう意味ですか?」


 フィリップは怪訝そうに訊き返す。

 その言葉の意味を理解していないのは、六人中フィリップただ一人だけだった。


 「対抗心、競争心は原動力として非常に強い、という話だな」

 「嫉妬それを種火にできるか、燻ぶらせ続けるかは君次第だけどね。でも、フィリップくんには才能があるよ。ショートソードは、まぁ、それなりだけど……全く怯えないし、攻撃にも躊躇が無いし。なんて言うのかな、戦闘の才能というか……?」


 殺戮、と。その物騒な言葉に反応して眉根を寄せたのは、ソフィー一人だけだった。

 同質の才能を持つルキアとステラはともかく、ウォードまでもが「あぁ、確かに」と頷く。話の中心であるフィリップの「そうかも」という顔が、この中で一番薄い反応だった。


 「一方的で、無感動で、機械的で、残酷な戦い──と言うか、『“死”の押し付け』ができるって。そんな気がするんだ。それこそ、聖痕者みたいな」

 

 買い被り──ではない。

 こと残虐性に関して言えば、フィリップの魔術はきっと世界屈指だろう。その破壊範囲もまた。


 ルキアとステラが二人して「分かってるな」という頷きを返し、ソフィーが怪訝そうな目を向ける。しかし誰かが言葉を発する前に、マリーが先を続けた。


 「いやぁ……でもなぁ……」


 マリーは腕を組み、むむむと唸る。

 目に見える「考え込んでいます」というポーズに、ソフィーが「なにが?」と問いかけた。


 「フィリップくん、絶対ショートソードが適性武器じゃないんですよねー。何が良いと思います?」


 また始まったぞと、ソフィーが深々と溜息を吐く。

 しかし、呆れたような反応を返したのはそんなソフィーと、無言ながら苦笑しているウォードだけだった。


 近衛騎士団では二種の直剣と盾、或いは槍と盾の組み合わせしか支給装備が無い。故に、軍学校ではその三種類の武器をメインに扱っている。弓矢ですら、戦争に於いては魔術に劣る無用物扱いだ。

 しかし、フィリップは別に軍に入るつもりは無い。衛士団に入れるのなら、ちょっと入ってみたい気もするけれど──そんな成績は望むべくもない。実技が壊滅的なので、理論分野をルキアとステラに教わってギリギリAクラス残留が許される程度だ。


 ……それはさておき、フィリップに必要な技術は、「騎士に必要な技術」とは違う。

 汎用性に優れたロングソード、盾と相性のいいショートソード、集団戦でこそ真価を発揮する槍、魔術師の壁となるための盾。フィリップに必要不可欠な武器は、この中にはない。フィリップに必要なのは、領域外魔術ではない、という条件だけだ。


 「ショートソードは軽くて短いけど、それでも走り回るのには向いてないし、距離も詰めなくちゃいけないし、微妙なんだよね」


 うんうん、とフィリップは頷く。

 ショートソードやロングソードは汎用性が高く、腰を据えて盾を構えるような防御重視の戦闘スタイルでも、『拍奪』のような機動力重視の戦闘スタイルにも適応できる。しかし、適性かと言われるとそうではない。ただ走り回るだけなら、もっと軽い短剣などが望ましいだろう。


 だが短剣ほどリーチが短くなると、今度は接近するリスクが生まれる。

 体格が未発達で、掴まれたり鍔競り合いになったりした時点でほぼ負け確定の現状では、接近し過ぎるのは避けたいところだ。

 

 「ショートソードくらいの重量で、リーチは何ならもっと欲しい。かといって走るのに邪魔になるのは駄目……」

 

 ぶつぶつと呟きながら思考するマリー。

 変な──いや、珍しい武器についての造詣が深い彼女ですら唸ってしまうほど、フィリップの現状は特異なものらしい。


 「……投げナイフとか、どう? 小型で、リーチもあるわ」

 「いや、弾切れする武器とか論外ですよ? 弓とか、矢が無くなったら細い棒ですからね」


 ソフィーの言葉を端的に切り捨てるマリー。確かに、投げナイフなんて狙いが狂えば殺してしまうような武器を使うくらいなら、大人しく『萎縮』の部位限定照準を覚える方がいいに決まってる。


 「加減の利く武器がいいわ。殺すだけなら魔術でいいもの」

 「そうですよね」


 フィリップより先にルキアがそう言うと、マリーは納得と悩みの混じった頷きを返す。


 「フィリップくんは、さ。たぶん騎士の誇りとか、男の矜持とか、ぜーんぶ無視して遠距離から毒ナイフを投げるタイプなんだけどね」

 

 褒められている気はしない言葉に、ルキアが眉根を寄せる。逆に、ステラは失笑していた。

 戦い方に拘れるほど手札の無いフィリップとしても、人間性には拘れても誇りにまでは拘りの無い人非人としても、「バレたか」と笑いこそすれ、怒る場面ではない。


 「ふふふ……的確な推察だな、カーター?」

 「毒ナイフというか、まぁ……はい」


 けらけらと笑う二人を見てか、ルキアは内心の不満を出力するのは止めることにして、続きを促す。


 「だから、プライドとか抜きに考えて良いとは思うんだけど……打ち合わず、走れて、リーチがあって、加減の利く武器でしょ? 基本的に、手からの距離と威力調整ってトレードオフだから」


 短剣のように攻撃箇所から手元が近いほど、威力の加減はしやすい。逆に槍のような手元から刃部が遠い武器は、威力の加減がし辛い。手元を離れる投げナイフは論外だ。

 その法則に照らせば、調整の利く武器はリーチが短いということになる。しかし、リーチが短い武器は体格の未発達なフィリップには向かない。


 「蛇腹剣は一案なんだけど、アタシでも扱い辛い武器だし……正直、あげるには高すぎるんよ……」


 「これ一本でフルプレートメイルが3着は買える」と言って笑うマリーの手には、真っ黒に塗られたロングソードのようなものが握られていた。


 「いえ、あの、「くれ」とは言ってないんですけど。……強いんですか? 蛇腹剣って」


 フィリップの興味深そうな視線に気付くと、彼女はニヤリと笑って手を振った。「離れろ」という意図を汲み、フィリップを含む全員が距離を置く。


 マリーは5人が十分な距離を開けたことを確認すると、一回、二回と剣を振る。

 ひゅん、ひゅん、と空気を裂くような小気味のいい音は、剣をブレ無く真っ直ぐに振れている証拠らしい。フィリップは未だに素振り100回中20回くらいしか鳴らせない音だ。


 「行くよー?」


 かちり、と、微かな金属音が耳に届く。

 マリーが剣を一閃し──じゃららら、と鎖の音を立てて、剣身が伸びた。


 「おぉ」


 地面にだらりと垂れ下がる、等間隔に剣の一部が付いた鎖。蛇腹剣とは言うものの、要はそれだけの、初見殺しに特化した玩具だ。

 フィリップが漏らした小さな感嘆符が、5人の中で最も大きな感想であり、感動だった。中でも先程それを力技でねじ伏せたソフィーの感動が一際小さい。


 マリーはそんな外野の反応に構わず、地面にだらしなく垂れた剣身の伸びる柄を握り直し、全身を使って大きく振るう。

 今度は鎖の音は最小限で、擬音にすれば「ちゃり」くらいのものだった。しかし、視覚的には先程の数倍は派手だ。頭上で振った手の動きに追従し、三メートルほどに伸びた剣が彼女の周りを二周する。迂闊に近付きたくはない外見だが、スカスカだ。


 フィリップの技量では難しいが、ウォードやソフィーならその隙間を通す攻撃も可能だろう。フィリップがそう分析したことを見抜いたマリーは、口角を吊り上げて腕の動きを変える。


 垂直に伸ばした腕の先で、全てのパーツが一列に並ぶ。一見すると、剣身が三倍近くに伸びた長剣のようだ。


 そして、彼女はそれを振り下ろした。

 そのまま、だ。性質的に剣ではなく鞭に近い、空中で剣を一列にするだけでも笑ってしまうような技術が必要なそれを、各部位の相対位置が変わらないように振り抜くとは。人間離れした器用さだ。


 しかも、振り下ろされた剣は、その切っ先をフィリップに突き付けて静止した。


 「……え?」


 思っていたより硬いのだろうか、と、フィリップは突き付けられた剣の先端を無造作につまむ。砥ぎ上げられた刃部に触れないようにはしているものの、マリーが一片でも悪意を持てば首を貫ける位置で、一片の警戒心も無く、好奇心だけで動いていた。


 「危ないわよ?」と、見かねたルキアが手を取って遠ざける。

 フィリップは素直に「そうですね」と手を放すが、内心は驚きでいっぱいだった。


 硬かった。それも、フィリップが持っているショートソード──鍛えられた鉄の板くらいの剛性だ。

 

 「面白い武器でしょ?」


 そう言って自慢げに笑うマリー。彼女は剣を軽く振るだけでロングソードの形へと戻す。

 彼女に差し出されるがまま、フィリップはロングソード状に戻った蛇腹剣を握る。重さは意外にも、ロングソードと同じくらいのようだ。内部構造の分、もっと重いと予想していたのだけれど。


 「そこの金具を回してみて。足元に気を付けてね」

 「これですか? 足……おぉ」


 鍔のあたりにある金具を弄ると、じゃららら、と音を立てて剣身が垂れ下がる。

 他の四人も興味深そうに近付いて、剣の構造をまじまじと観察し始めた。

 

 「ここ、鉄線じゃなくて鎖なんですね。鎖の縄みたいになってる」


 ウォードが言った通り、分裂した剣の各部を繋ぐのは、チェインメイルのそれよりもっと細い、ネックレスのチェーンと同等か尚細いような微細な鎖を幾重にも編んだ、鎖のロープだ。おそらくは錬金術製の金属で、鉄とは違う独特の光沢がある。


 「噛み合わせて固めたんですか?」

 「そうだよー。フィリップくん、ちょっと貸したげて」


 ウォードは蛇腹剣を受け取ると、刃を持って柄を捻ったり、刃部を引っ張ってみたりして弄り回す。

 そして剣を見て、マリーを見て、マリーを二度見した。


 「本気で言ってます? ならあんなの、殆ど曲芸じゃないですか。フィリップ君に限らず素人に渡せる武器じゃない」

 「いや、だから流石にこれはあげないって。使いこなせたら強いとは思うけど……」

 「いえ、待って。そもそも『拍奪』を使うなら──」

 

 顔を突き合わせ、議論モードに入ってしまった武器戦闘の専門家たち。

 魔術の専門家二人と一般人は、だらだらと駄弁りながら結論が出るのを待っていた。


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