第125話

 ルキアとステラを待たせるという不敬を働いたフィリップを叱責し、速やかに二人の下へ送り出した──事実とは異なるものの、アンドレは自分の行いをそう解釈していた──あと、マルクの部屋に戻る。

 「いたか?」という問いに、アンドレは重々しく首を振って答える。


 「いない。あの平民も知らないと言っていた。決闘は挑まれたが戦わなかったと」

 「そうか……。まさかノーマンの奴、逃げ出したのか?」


 軍学校も魔術学院も、国家の中枢となる騎士や魔術師を養成する学校である以上、それなりに過酷な訓練がある。

 野外訓練などでは例年数人単位で死者が出るし、軍学校のカリキュラムである長距離行軍演習は十数人単位の退学希望者と数人の死者を出す最悪のイベントだ。中には途中で脱走する者もいるほどに。


 尤も、最近の軍学校教師陣は近衛騎士団のOBが多く、血統主義的な人間が半分以上を占めている。過酷な訓練であっても貴族は優遇され、退学者も総数は大幅に減り、内訳は平民ばかりになりつつあった。

 それに、この交流戦はとても過酷とは言い難いどころか、普段の基礎訓練の方が何倍もキツいような代物だ。まぁ、その基礎訓練でさえ真面目にやっている、やらされているのは平民階級の生徒くらいのものだが。


 「分からない。一応、あとで教師の誰かに聞いてみるか」

 「そうだな。そうするか」


 一先ず情報を──「何も分からなかった」という情報を共有したアンドレは、なんとなく部屋に居辛くなり、担任の先生を探して彷徨することにした。


 しばらく中庭を彷徨って目当ての人物を見つけられず、ダメ元で中央塔へ行くと、食堂で教員たちがワイン片手に駄弁っていた。

 耳障りな大声で話している様と、その赤らんだ顔ぶれに魔術学院の教師が一人もいないところを見ると、我が校の教師ながら情けなくなる。


 「すみません、マークス先生。ちょっとよろしいですか」

 「へぁ? あぁ、えっと、ローム君ね。どうしたの?」


 なんだよめんどくせぇなとでも言いたげに、去年赴任してきたばかりだという若い男性教師がこちらを見遣る。


 「ノーマン……いえ、ワトソンを見ませんでしたか?」

 「え? あー、帰ったよ。今朝」

 「帰った? 何故です?」


 どうせ成果は無いだろうと期待もしていなかった相手から、まさか答えが返ってくるとは。そんな驚きも忘れるほどに、思いもよらない言葉だった。

 すぐに理由を問うと、彼はゲップを一つ零してから答える。


 「身内に不幸があったんだってさ。王都から神父様がいらっしゃって、同じ馬車で所領まで即行だよ」

 「そ、そうだったんですか……。分かりました」


 どんなザマでも「教師」であるからか、アンドレは彼の言葉を素直に信用した。

 まぁ、今日の早朝に「ワトソン男爵家に大禍あり。至急戻られよ」という伝言を持ち、顔を黒い布で覆い隠した葬儀業者を連れた、長身痩躯の神父が訊ねて来たことは事実だ。ひどく憔悴した様子のノーマンを心配した魔術学院の教諭──見てくれは猫耳と尻尾の特徴的な可憐な少女だったが──が付き添って、彼らが来たのと同じ馬車で所領に戻ったことも、また。


 「あ、ローム君ちょっと待って。魔術学院生に絡んでるらしいけど、くれぐれも他校の生徒と問題を起こさないように」

 「……留意します」


 彼の声色は酒精に浸っていたが、一抹の真剣さを孕んでいた。

 しかし残念ながら、そんな叱責未満の注意を真に受けるような性格なら、アンドレはここまで奔放に育っていない。適当に返事をして立ち去ろうと一礼する。

 

 「待て、ローム。これは注意じゃなく忠告だ。ちゃんと聞け」


 別の教員がアンドレの背中に声を掛けるが、彼は溜息とともに振り返る。

 誰が飲んだくれの話をまともに聞くものかと、うんざりした様子の顔に書いてあった。


 「今朝来られた神父様がな、こう言ってたんだ。「フィリップくんはお元気ですか?」ってな。フィリップなんて王国じゃ珍しくもない、街中で叫べば2、3人は確実に振り向くような名前だと言ったら、ご丁寧に「魔術学院1-Aのフィリップ・カーターだ」と指名されたよ。わざわざ言ってくるあたり、たぶんただの知り合いとか、半端な関係性じゃあない」


 何が言いたいのかという目を向けるアンドレに、他の先生が嘆息を隠しながら言葉を重ねる。


 「……貴族は平民に優越する。それはそうだが、何事にも例外はある。くれぐれも、王国貴族全体が教会や神官様に──延いては、教皇庁に睨まれるようなことは避けてくれよ」


 その言葉と、聞く時間を使ってようやく理解に至ったアンドレは、ひゅっと息を呑んだ。

 つまりフィリップは有象無象の平民ではなく、少なくとも神官と親密な関係にあり──チクられると非常に不味い。


 「し、失礼します!」


 アンドレは顔を蒼白にして食堂を飛び出し、男子・貴族用宿舎に駆け戻る。しかし、すぐにはマルクの部屋に戻らなかった。

 この数日の間に、アンドレはフィリップに好印象を持たれるような行いを何一つしていない。いや、むしろ悪印象を与えてきたと言ってもいいだろう。直接的に絡んだのはマルクとノーマンで、自分は何もしていないとはいえ。


 「ど、どうする? どうすべきだ? カーターなんぞどうでもいいが、教皇庁の顰蹙を買うのは不味い。不味すぎる……」


 アンドレは頭を抱えて思考し続ける。

 過回転を続けた脳はやがて、一つの解を導き出した。


 それは最速にして──最も拙い策。


 「──殺すか?」


 数秒の間が開く。

 それは自分の言葉を再考しての空隙ではなく、自分の口から出た言葉に衝撃を受けたからだ。


 硬直から解放され、アンドレは噴き出した。


 「ははは……有り得ないな。それこそ最悪の愚策だ」


 石床の上に敷かれた薄いカーペットを蹴立てて歩きながら、また考える。考えて、考えて、考えて──そして、最良と思われる解を導き出す。


 「いや、待てよ? 俺は何もしていないし、このまま何事もなく交流戦を終えればいいんじゃないのか?」


 その考えが素晴らしいものに思えたアンドレは、ぱちりと指を弾く。


 確かに、変に擦り寄ったり機嫌を取ったりすると、却って相手の機嫌を損なう可能性はある。フィリップがどういうタイプなのかアンドレは知らないし、基本的に対人認知能力に問題のあるフィリップの認知強度は、概ね接触回数で決まる。要は、コンタクトの回数が多いほど、フィリップの中でその人物の存在が確立していくのだ。尤も、認知されることと、人間として尊重されることはイコールではないのだが。


 とにかく、このままフィリップに会わず、これ以上何も悪印象を与えなければ、交流戦終了後にはアンドレのことをすっぱりと忘れている可能性はある。アンドレにはそう思えたし、それは事実でもあった。

 だから、あながち悪い策というわけでもない。ない、はずなのだが──先程の狼狽はどこへやら、軽い足取りでマルクの部屋に戻る背中を見ると、どうにも、そうは思えなかった。




 ◇




 交流戦5日目も変わらず模擬戦と基礎的な筋力トレーニングに充て、交流戦6日目を迎えた。

 

 朝食も終えていない起き抜けの学生たちは軍学校・魔術学院の区別なく、全員がここに来たばかりの頃と同じように整列し、演説台の上に視線を注いでいた。

 声量だけがやたら大きくて内容の薄い男性教師の怒鳴り声を少し聞いたあと、またアルバートから詳細を伝えられる。


 「交流戦も残すところ二日となり、本日よりペア同士による2対2の模擬戦が、明日には6対6のグループ戦が執り行われます。各ペアは中庭五か所、砦外周部二十四か所の、所定の試合スペースに集合してください。ペアごとの対戦相手、対戦エリアは表にまとめ、宿舎と食堂、正門、中央塔入り口、演説台下に掲示しています。各自、行動開始時刻前に確認しておいてください」


 以上です、と締めくくり、アルバートが演壇を降りる。

 「この程度の伝達事項なら初めからしおりとかに書いとけよ」という愚痴は、主に魔術学院生の中から上がっていた。


 ぞろぞろと中央塔の食堂へ、或いはそれぞれの宿舎へと向かう生徒たち。中には演説台の下にある立て看板や、正門の方へ向かう者も居たが、少数派だった。


 フィリップも欠伸を溢しながら食堂のいつもの談話室へ向かう。

 道中で対戦相手を確認してみると、なんとびっくり、ペア戦の対戦相手はあのマルク・フォン・マクスウェルのペアだった。ちなみにグループ戦の班はステラと一緒だ。これだけの人間がいて、数少ない友人と同じ班になるのは凄まじい幸運というか、正直「抽選で決まる」というしおりの文言を疑いたくなる結果だ。


 ……いや、いち平民が王女殿下と同じ班になっているあたり、本当に公正な抽選なのかもしれない。ステラの介入という線も捨てきれないけれど、彼女がそんな無意味なことをするとも考えにくかった。


 「……おはよう、カーターくん。昨日は大丈夫だった?」

 「おはようございます、エーギル様。怪我はしていないので、大丈夫です」


 談話室の門番役を務めているソフィーと、そんな挨拶を交わす。

 一昨日に引き続き、昨日も模擬戦の相手をしてくれた彼女の攻撃は、当たるとかなり痛く、しかし怪我はしない絶妙なものだ。加減が過剰になりやすく痛みも薄いウォードや、痛いを通り越して怪我に至ることもあるマリーとやるより安心感がある相手として、フィリップはよく練習相手になって貰っていた。


 「そう。……あ、対戦表はもう見た? 殿下と私のペアの対戦相手、サークリス様とマリーなの」

 「え? そうなんですか?」


 抽選が公正なものである確率が下がったような気がする。

 流石に聖痕者二人が別だと、当たった2ペアが瞬殺されて訓練にならないから、そこだけは特例とかだろうか。


 「えぇ。今から楽しみだわ。世界最強の魔術師同士の戦いをこの目で見られるなんて」

 「御前試合とか、行かないんですね」


 フィリップの意外そうな言葉に、ソフィーは苦い笑いを浮かべた。


 「今年は途中で怪我をしたの。順位も19位で止まっちゃうし、観戦もできなかったし、最悪よ。今年の両聖下は凄かったんでしょう?」


 凄かった。

 それはもう、フィリップが理解できない程度には。


 まさかあそこまでの「本気」を出すことは無いはずだから、ソフィーにこの話をするのは酷だろう。


 「そ、そうですね。えっと、二人とももう中ですか?」

 「えぇ。引き留めちゃってごめんなさい」


 話を終わらせようというフィリップの内心を正確に読み取り、ソフィーは軽く苦笑して扉を開けた。


 談話室では、ルキアとステラがいつものようにフィリップを待っていた。

 二人と挨拶を交わしつつ、ルキアの隣に座る。


 「エーギル様に聞いたんですけど、二人が対戦するんですね。どこでやるんですか?」

 「A区画、正門のすぐ側よ。フィリップはL区画──砦を挟んで反対側だから、お互いに見に行くのは無理そうね」


 模擬戦のエリアは砦内部、中庭に第一から第五の五区画。砦をぐるりと囲うようにAからXの二十四区画がある。フィリップとルキア達の指定場所はほぼ正反対、時計で言う所の12時と6時の辺りになっていた。


 砦は正門しかなく──ステラが言うには裏側には補給用の大規模な地下通路があったらしいけれど──直線で通ることができない以上、合流するには砦をぐるりと迂回するしかない。

 お互いがお互いの模擬戦を見に行くのは無理そうだった。


 「剣で戦おうかと思ってたんですけど、止めた方がいいですかね?」


 フィリップに指南してくれているのは、今やウォード一人だけではない。

 矮躯をカバーするための歩法を教えてくれたソフィー、武器の扱いについてはソフィーをも上回るマリー、状況判断や戦闘のいろはを教えてくれたのはルキアとステラだし、その全員が戦闘訓練に付き合ってくれた。


 何とも豪華な師匠たちだけれど、その全員が口を揃えて言うことがある。

 それは、フィリップは「弱い」ということだ。


 攻撃が軽い。判断が遅い。判断の精度が悪い。攻撃が遅い。防御が薄い。回避が荒い。言葉や指摘は多岐にわたるものの、それらは全て「弱い」という単語に置き換えられる。ウォードがいるとはいえ、彼自身も戦闘に参加する。誰も見ていないところで不慣れな剣を使うのは避けた方が良さそうか。


 元々魔術の才能が無いと外神や聖痕者に太鼓判を押され、体格や体力で劣ることも自覚していたフィリップだ。剣術の才能が無いからと言って、今更プライドが傷付いたりはしない。というか、そもそも傷付くような大層なプライドが無い。

 それに、才能はステラの支配魔術式トレーニングがある程度カバーしてくれたのだ。あとはフィリップの努力次第と分かっているから、指摘の全てを素直に受け止められる。


 「そうだな、やめておけ」という返答を予期していたフィリップだったが、ステラは「別にいいんじゃないか?」という軽い肯定を返した。


 「今回の模擬戦は一定以上の攻撃──魔術であれば上級以上、剣や槍では頭部を狙った攻撃は禁止だしな。ただ……相手が相手だ。この前みたいに、重い怪我をして欲しくはない」

 「相手?」

 「……相手も学生だし、加減を間違えることはあるものね」

 「あ、そうですね。それは確かに」

 

 ウォードやマリーが重傷一歩手前の傷を負わせてくる──つまり、フィリップの防御をブチ抜くような威力の攻撃をしてくることは、たまにあった。

 

 ウォードとマルクのどちらが強いのかは判然としていないけれど、マリーは校内三位の実力者であり、ウォードたちより一年先輩だ。まず間違いなく二人より強いだろう。

 そのマリーが加減を誤り、結果として肋骨二本に罅を入れられた身としては、「相手もまだ学生だ」という意見には同意するところだ。


 フィリップの脳震盪および深夜徘徊事件が記憶に新しいルキアが補足して漸く思い至る程度の、浅い同意だが。基本的にフィリップの脅威判定能力は低く、自分が人間ごときに傷付けられるとは思っていなかった。というか、人間が自分と対等な「敵」になるという認識が無い。


 だからマルクに絡まれたことを覚えているステラの「因縁のある相手だから」という警告は意味を為さず、それを知らないルキアの言葉で納得していた。


 聖痕者の中でも一二を争うほど手が早いとされるルキアの前で意図を説明するわけにもいかず、ステラは曖昧に笑って場を流した。


 「フィリップは見るからに痛そうな攻撃しか防ごうとしないから、すぐに介入して守れる誰かの監督が欲しいわね。……学院長って、来てたかしら?」

 「初日にはいたが、もう帰ったな。引率ではなく視察だったし、他にも仕事は山ほどある。……区画あたり15組前後の試合があって、制限時間が10分だから……私たちの試合が最初で、カーターが最後になれば、普通に間に合うんじゃないか?」


 普通に間に合うどころか、たぶん合流してからだいぶ暇な時間がある。

 尤も、指定された制限時間は「どれだけ泥沼でも10分経ったら終わってね」というルールであり、降参や早期決着などの場合はもっと早く終わる。しかし、それでも終わった組が捌けて次の試合ペアが準備する時間も考えると、やっぱり砦を迂回してくる時間はありそうだ。


 「ってことは、マリーとエーギル様も来てくれるんですよね?」


 つまり、師匠たちに成長したところを見せるチャンスである。

 残念ながら肋骨の恨みは終ぞ晴らせなかったけれど、まぁ、それは今すぐでなくてもいい。


 「そうだな。何かあったらすぐに対処できるようにするから、ちゃんと順番を最後にするんだぞ?」




 ◇




 ──と、そんな会話をしていたのが、つい一時間ほど前。

 フィリップとウォードは砦の裏手に据えられた指定場所、L区画で繰り広げられる謎の争いを眺めていた。


 争いの主題は、フィリップの「僕たちのペアは最後がいいです。ルキアと殿下が見に来てくれる予定なので」という発言についてだ。しかし、争っているのはフィリップとウォードではない。

 争いの原因になったのはフィリップではあるものの、実際に争っているのは他の魔術学院生と、そのペアだった軍学校生だ。


 フィリップのことを良く思っていない軍学校生は「NO」と言い、フィリップに──枢機卿の親族にして聖痕者の覚えが良い相手に逆らうのは不味いと判断した魔術学院生は「YES」と言って、意見が割れている。そもそもフィリップと二人の関係性を知らない生徒もおり、軍学校生の約半数が「なんだその意味不明な嘘」という反応だった。二人と仲睦まじく話す様子を見ている者ばかりではないらしい。


 「だから! 彼は本当に特別なんですってば!」

 「だから! 何がどう特別なのかを言えってば!」

 

 自分は平民だというフィリップの主張に反しないように、言葉を選びながら話している魔術学院生を見るたびに、フィリップの心はどんどん曇っていく。

 具体的には、もう何番手でもいいかな、という気分になっていたし、最初の師匠であるウォードがいればいいや、という妥協もあった。


 「そもそもさぁ、平民がなにか意見しようってのがもう間違ってるんだよね。喋るなとは言わないけど、俺たちの決定に従ってくれればそれでいいから」

 「いや、だからカーターさんは──すみません、何でもないです」

 「……まぁ、うん、はい。もう何番目でもいいです」


 要は、怪我さえしなければいいのだ。

 回避重視で立ち回って、やばいと思ったら魔術──は、流石に不味いか。まさか対戦相手を殺してしまうわけにもいかないし。ステラは「そういう事故はよくある」と言っていたけれど、自分がその実例になりたくはなかった。


 なんやかんやと話し合い、フィリップたちの試合は三番目になった。

 ステラはともかく、ルキアは「試合をさっさと終わらせよう」とは考えないはずだ。流れに沿ってわざと負けるとか、そういうのは嫌がるだろう。なんせ、この前の御前試合では台本を破棄したくらいである。


 「どうするの? やっぱり、すぐ降参にする?」

 「うーん……」


 フィリップは既に、殺傷性が極めて高い魔術しか使えないとウォードに伝えている。

 彼の質問はそれを思い出してのことで、フィリップは「はい」と即答するだろうとすら思っていたが、フィリップは何故か悩みだした。


 「向こうの魔術師は戦意が薄いから、こっちに魔術師がいなくても戦えるとは思うけど……。まぁ、いいか。怪我しそうになったら、僕が止めに入るよ」


 ウォードの言葉に、フィリップは軽く首を傾げた。

 ここ数日はフィリップも剣を使って戦う練習をしていたが、戦闘中に他人を気にする余裕なんてない。自分の身を守り、眼前の敵に攻撃するだけで脳の処理容量が限界だ。


 誰かを守りながら戦うとか、前線を意識して歩調を合わせるとか、そういう本職の騎士みたいな動きは夢のまた夢である。

 それを実行すると事もなげに言ったウォードは、実はめちゃくちゃ強かったりするのだろうか。


 フィリップが何となくそう問いかけると、ウォードは軽く笑った。


 「師匠が変態的に強くてね。鍛えられてるから」

 「へぇ……」

 

 そういえば後輩に指導した経験なんてない一年生のはずなのに、妙に教え方に癖があった。あれも軍学校で教わった通りのやり方ではなく、その師匠の教育方針なのだろう。


 「誰に教わったんですか?」

 「それは──」

 「答えられない、だろ? お前みたいな貧乏人が、まともな師に教われるワケないもんな?」

 

 ウォードが答える前に、ふらりと現れたマルクが言葉を遮る。

 その少し後ろには、彼のペアらしき魔術学院生が「自分は無関係です」と主張するように、涙目で諸手を挙げていた。その視線の先は絡まれていたウォードではなく、フィリップだったが。


 「遅いぞ、マクスウェル」

 「まだ始まってないでしょう? 遅刻のように言われるのは心外ですね」

 

 軍学校の先輩らしき生徒にぞんざいに応じ、マルクはウォードに向けて一歩、詰め寄った。


 「またお前と戦えて嬉しいよ。前は型も理もない田舎剣術に惑わされたが、今回はそうはいかないぞ」


 お前如き劣等に二度も負けるはずがない、と。マルクはそう言って、ウォードの足元に唾を吐いて立ち去った。と言っても、少し離れたところにいた友人と合流しただけだが。その気になれば背中から刺せる距離で──比喩的表現の方が穏当なのは冗談じみているが──油断しきっていた。


 喧嘩を売ったように思えたのだが、気のせいだろうか。ウォードがその喧嘩を買って、殴り掛かってくるとは微塵も考えていないように思える。

 まぁウォードは売られた喧嘩は全て買うチンピラではないが、それでも余裕を見せ過ぎだろう。


 「……前に何かあったんですか?」


 フィリップ相手には、身分に劣る格下だからという理由だけで絡んできたのだろう。しかしマルクがウォードに絡むのには、それとはまた別種の理由があるようだった。


 「……まぁね」


 そう端的に答えたウォードだったが、フィリップが自分から視線を外さないのを見て、端的に過ぎると感じたようだ。

 ウォードは軽く嘆息して、もう一度口を開いた。


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