軍学校交流戦

第106話

 キャンペーンシナリオ『なんか一人だけ世界観が違う』

 シナリオ6 『軍学校交流戦』 開始です


 推奨技能は領域外魔術を除く戦闘系技能です。特定期間中は戦闘外で戦闘系技能をロールでき、成長判定にボーナスがかかります。


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 「ハスターの招来」習得からおよそ一か月。

 後学期も半分を過ぎると、一週間の半分は肌寒い日になる。王都近郊は一年を通して寒暖差が少ないとはいえ、制服の夏用ズボンを厚手の冬用に替えるか悩む頃合いだ。


 食堂は調理場の熱や生徒たちの体温でやや暑いくらいだったのに、教室棟へ向かう道中は風が冷たい。

 左右をルキアとステラに挟まれているから直撃ではないけれど、それでも少し冷える。


 くしゃみをすると、ステラに左手を取られた。

 彼女の体温が指先や掌を通じてじんわりと伝わり、身体の芯から温まるような感覚に包まれる。あぁ、これが理解者と触れ合う感覚なのかと、フィリップは彼らしくない感傷に浸る。

 

 直後、ルキアから答え合わせがあった。


 「体温の直接操作なんて、貴女らしくないんじゃない? ステラ」

 「最近覚えた芸なんだ。試したくなるものだろう?」


 ──不正解だった。

 美しい人間性を持ちフィリップにとっては憧れの対象であるルキアに手を握られても、或いは抱擁されても、大した感動を持たなかったのだ。フィリップが同族意識を持つ、つまり価値を感じない相手であるステラに手を握られた程度で、感動するわけがなかった。


 「絶世の」という形容が何の不足も無く似合う美少女二人に両手を取られて平然としているのは、フィリップの心にマザーが──人外の美が刻み付いているからだろう。恋を知る前に邪神の愛を知り、価値観や視座だけでなく美的感覚まで歪められていた。

 

 とはいえ、何の感情も抱かないわけではない。

 自分より背の高い、年上の人間二人に挟まれて手を繋いで歩くというのは、地元に居た頃によくあったことだ。父と母、兄と母、兄と父。手伝いをしていなかった時分は、宿泊客に遊んでもらったこともある。今や思い出すことも少なくなった、懐かしい思い出だった。


 ……最近では、ナイ神父と手を繋ぎたがるモニカの間に割って入るとか、マザーとナイ神父に挟まれるとか、嫌な思い出ばかりだが。


 「相手が魔術師だと耐性があるから、練習できなくて困ってたんだ」

 「耐性? 貴女の魔術強度を上回るような相手がいるの?」


 望郷の念に駆られているフィリップを挟んでの問いに、ステラはにっこりと笑った。

 フィリップでさえ不信感を覚えるその態度に思考を促され、ルキアは一瞬で答えに辿り着く。


 「待って? じゃあ一昨日辺りからやたらと私の身体に触れたり、抱き着いてきたりしたのは……」

 「“最悪を想定して訓練せよ”とは良く言ったものだな。お陰で秘匿能力も操作能力もこの通りだ」


 明朗快活に笑うステラに対して、ルキアは呆れと感心が綯い交ぜになったような複雑な表情を浮かべていた。


 「私の魔力感知を掻い潜ったことは素直に凄いと思うけれど……私とフィリップじゃ、耐性が違い過ぎるでしょう? この子の血が沸騰したらどうするつもりだったの?」

 「そこまでのミスはしないさ。なぁ、カーター?」


 同意を求められても困る。

 ステラの技量は人類最高であると胸元の聖痕が保証してくれるとはいえ、ルキアとフィリップでは何から何まで違う。身長や体重、血液量といった物理的要素もそうだし、魔力の量や質も段違いと言うか、格が違う。ルキアで積んだ経験がフィリップで活きるとは、ちょっと考えにくい。


 しかし、彼女はルキアに並ぶ天才だ。

 経験など無くとも、天性のセンスだけで問題を解決できるだろう。現に、彼女の魔術は完璧に成功している。寒さは消え、しかし暑くはない素晴らしい調整だ。


 「あははは……。まぁ、やり過ぎて発熱したりしたら、ちゃんと保健室まで運んでくださいね?」

 「その時は私とルキアが責任を持って看病するさ。ちゃんと医者に見せた後でな」


 そんな会話をしながら教室に入り、いつもの席へ座る。

 これまではフィリップが窓際でルキアが真ん中だったのが、あれ以来はフィリップが真ん中になっている。別にそれが嫌というわけではないけれど、難解な授業から逃避しようと景色に目を向けたとき、ほぼ確実に「仕方ないわね」みたいな慈愛に満ちた微笑のルキアによる解説が入るのだ。それでは逃避どころではない。

 

 しばらく駄弁っていると、教室前方の扉がからからと開き、ナイ教授がぽてぽてと入ってくる。

 ここ最近の彼女はフィリップが「ハスターの招来」を習得したことで満足していたのか、補習を課すことは無かった。それでもふとした瞬間に「糞袋を二つもお傍に置くのは感心しませんよぉ」とか、「もう少し見る目を養いましょうねー」とか、色々と五月蠅く言ってくる。


 「おはようございます、みなさん!」

 「おはようございます!!」


 クラスに向かって快活な挨拶を投げかけたナイ教授に、クラス全員が怒鳴り声寸前の声量で挨拶を返す。

 例外は「うるさいなぁ」とうんざりしたように顔を背けるフィリップと、フィリップの黙秘の甲斐なく「ナイ神父が化けている」と悟った二人だけだ。──正確にはナイ神父もナイ教授もナイアーラトテップの化身なので、『ナイ教授=ナイ神父』ではなく、『ナイ神父⊂ナイアーラトテップ⊃ナイ教授』と表記すべきだが、わざわざ詳細を教えて正気度を減らす必要は無いだろう。


 二人はナイ教授が担当するホームルームと魔術理論基礎の時間中、いつもより人一人分近くに寄ってくる──つまり、ほぼ密着してくる。

 それを見たナイ教授が極彩色の視線を送り、それに怯えた二人がいっそう身を寄せてくる負の連鎖だ。クラスメイトはナイ教授に視線を奪われているし、二人も他の授業でそんなことをしないので、今のところ問題にはなっていない。


 もしこれが歴史や神学といった退屈な授業だったのなら、二人の体温を感じながら心地よく眠ることになるだろう。

 そう予測される程度には眠気を呼ぶ温かさではあるが、その程度だ。抱き着いたり手を取ったりはしてこないので、板書もできる。


 何も連絡事項のない朝礼時間。ナイ教授が他愛のない話をして、クラスメイトが大袈裟に反応するだけの時間が過ぎていく。

 所定の時間、律儀に教室で話している必要も無いだろうに。さっさとどこかへ行ってくれ。


 そんなフィリップの願いを聞き届けたようなタイミングで、朝礼終了の鐘が鳴る。

 ナイ教授が手と尻尾を振りながら教室を出て、扉が完全に閉まってから、二人が何事もなかったかのようにすっと離れる。


 直後。


 「はわわ! 言い忘れたことがありましたぁ!」


 小さな歩幅で懸命に、しかし変わらずぽてぽてという擬音の付きそうな走り方でナイ教授が駆け戻ってきた。

 

 数秒前に離れた二人がびくりと震え、すっと近寄る。

 フィリップがそうだったように彼女たちもそのうち慣れるだろうが、あまりにもストレスなようなら、ナイ神父に関わる記憶だけでも処理してもらうべきかもしれない。


 その場合は事故に見せかけて排除してしまいそうなナイ神父ではなく、マザーを頼ることになるだろう。

 そういえば、ルキアはマザーを知っているけれど、ステラに人外の知人はいない。彼女も紹介すべきだろうか。……いや、彼女の方から言ってきたならともかく、フィリップがそれを勧めることはない。わざわざ残り少ない正気をすり減らさせる必要はないのだから。


 照れ隠しに取り留めのない話をするナイ教授と、それを真剣に──でれでれと締まりのない顔で聞くクラスメイトに辟易としながら、本題を待つ。

 

 「おっと、そうでした! 本題はですねー……」


 ナイ教授は少し言葉を溜め、クラス全員の関心を惹く。この場合の「全員」にはフィリップも含まれており、フィリップが窓の外に投げていた視線を戻したタイミングで言葉を続けた。


 「来週の月曜日から一週間、軍学校との交流戦があります! いえーい! ぱちぱちぱち」


 ハイテンションに拍手するナイ教授と、それに合わせるクラスメイトたち。

 一頻り拍手を終えたあとで、一人の生徒が手を挙げた。


 「せんせー、交流戦ってなんですかー?」


 「確かに」「なんだっけ」と、クラスの半数ほどが顔を見合わせて囁き合う。

 フィリップも聞き覚えの無い単語ではあるが、フィリップはそもそも入学前にカリキュラム関係の書類を読んでいない。何年次にどんな授業があるのかも知らなかった。


 生徒の質問に、ナイ教授は自慢げな表情で高らかに答える。


 「それはですね! 王都が擁するもう一つの学校、いずれ軍幹部となる士官候補生を養成する教育組織、軍学校と交流するプログラムなのです!」


 


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