一年後学期

第81話

 キャンペーンシナリオ『なんか一人だけ世界観が違う』

 シナリオ5 『一年後学期(仮)』 開始です。


 推奨技能は【現代魔術】以外の戦闘系技能、【クトゥルフ神話】、【目星】【聞き耳】等の各種探索系技能です。

 注意:シナリオ進行中、持ち物、同行者等に制限がかかる場面があります。道具を前提とした戦闘技能は推奨されません。


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 学期開始初日というのは、どうしてこうも気分が乗らないのだろうか。


 魔術学院の授業はそれなりに、ナイ神父の魔術講義やルキアとの予習が無ければ落ちこぼれルートまっしぐらな程度には難しいけれど──知識が増えることは心地よいし、何より魔術が使えるようになるというのは素晴らしい。


 ……まぁ、魔術を完全に使いこなせているかと言われれば、それはNOだ。だが当初の予定であるコップ一杯の水を生み出し、蝋燭に火を灯す日常系魔術師にはなれた。魔術失敗どころか不発だった頃を思えば大躍進である。


 成長していないわけではない。

 成長が実感できない訳でもない。


 では、何故?

 友人関係に問題があるわけでは……ない、だろう。そもそもフィリップが関係性を友人だと定義する相手はルキアくらいのものだし、大多数の学院生はフィリップのことを教皇庁関係者、枢機卿の親族だと思い込んでいて友人になるどころではない。権益目当てで取り入ろうとする者すらいないのは、隣にルキアがいるからだろう。


 遠巻きにされるのはあまり気分のいいものではないけれど、そもそもフィリップの余人に──人類に対する関心は薄い。もちろん視線が集中したらたじろぐし、全くの勘違いで畏れられることに抵抗はある。だがそれだけだ。彼らが何を思おうと、何を噂しようと、極論、生きていようと死んでいようと、どうだっていい。

 フィリップに対し何ら害を及ぼさないのであれば、完全に無関心でいられる。


 だから環境に問題があるわけではない、だろう。たぶん。

 前学期の終わりにクラスメイトが8人ほど死んだ程度のこと、もはや思い返すことも無い。


 授業が嫌、というわけではない。

 クラスや環境が嫌、というわけでもない。

 だがどうにも、気分が乗らない。言語化が難しいが、こう──なんだか嫌な予感がする、と言えばいいのか。


 教室に入ったら黒髪褐色の神父がいて「おはようございます、フィリップ君」と笑いかけてくるとか。或いは保健室に行ったらゴシック調の喪服姿の銀髪美人(ただし人外の美)が「大丈夫、フィリップくん?」と心配そうに見てくるとか。そんな嫌な想像さえ浮かぶ。


 「……よし」


 学院寮最上階、上位貴族や教会関係者向け個室に据えられた最高級のベッドから出たくない理由探しはそろそろ止めて、いい加減起きよう。




 ◇




 顔を洗い、歯を磨き、寝癖を整え、制服に着替える。

 それでちょうど、朝食に向かうにはいい時間だ。魔術学院に通い始めたばかりの頃は無駄に早起きしていたが、今では行動も最適化されている。そのうち寝坊しそうで心配なくらいだ。


 モーニング・セットのトレイを受け取り、いつもの特等席に向かう。

 殆どの生徒が同タイミングで食事に訪れるため、食堂はいつも混み合っているが、あそこだけは絶対に空いている。なんせ天下の聖痕者、ルキフェリア・フォン・サークリス聖下の指定席だ。


 「あ、おはようございます。……え?」


 少しせり出した壁を曲った先の窓際の席。

 そこに掛け、フィリップと同じモーニング・セットの紅茶を優雅に傾けていた人影に挨拶し、目を瞠る。


 「あぁ、おはよう。ここは埋まっているぞ」


 興味なさげに、こちらには一瞥もくれずに返答する金髪の少女。

 見覚えがあるどころか、つい先日、御前試合で見た顔だった。

 

 「……え? えっと……」


 さて。

 フィリップは十把一絡げの平民、相手はであらせられるわけだが、ここはあらゆる社会的地位に基づく特権を捨て、魔術の実力によってのみ自身を誇示せよとする魔術学院。

 どう振る舞うのが正解なのか。フィリップは暫し考え。


 「……そうでしたか。失礼しました」


 一般通過少年になることにした。

 この窓際の席に来てみた一般生徒と、先客。それだけの関係性でいい。相手の素性に気付かなかった、気付けなかった物知らずの田舎少年という体で行く。


 トレイを持ったままUターンし、この場を去ろうと試み。

 

 「フィリップ、おはよう」


 と。

 少し遅れてやってきたルキアに退路を塞がれた。


 「お、おはようございます、ルキア」

 「……あら、ステラもいたの? おはよう。今期は学校なのね」

 

 フィリップの背中に手を添えてテーブルへと誘導しながら、自分はこの四人掛けテーブルの何処に──フィリップの隣とステラの隣、どちらに座ろうかと考えるルキア。

 フィリップとステラが初対面だということは、然して気にならないらしい。その立場の差など、頭を過ることすらないのだろう。


 「前期は公務で出席できなかったからな。公欠扱いとはいえ、後期は5日も休めば出席日数が足りなくなる」

 「ふふ、じゃあ、私のことを「ルキア先輩」って呼ぶ羽目にならないようにしないとね」

 「それは最悪だな。留年などという非効率的なことより嫌かもしれん」


 冗談など交わしつつ、ルキアはまずフィリップを座らせ、結局自分はその隣、ステラの正面に座った。

 

 「……友人か?」

 「えぇ。約束通り、紹介するわ。フィリップ、いい?」


 ルキアが「もしフィリップが嫌がるようなら、ステラを殺してでも約束を反故にしようかな」と、それなりに本気で考えていることなど想像もつかないフィリップは、NOという選択肢はないだろうと、目の前で冷めていく朝食に目を落としながら頷く。

 尤も、彼女の内心を正確に把握したところで、それはそれで頷くほかないのだが。


 「約束通り、か。つまり、此奴が例の?」

 「そうよ。フィリップ・カーター。同じクラスだから、話す機会はたくさんあると思うわ」


 怪訝そうに、そして値踏みするように、ステラの視線がフィリップの全身を舐める。

 

 「……そうか」


 ステラは端的にそう言って、快活そうな笑顔を浮かべた。


 「ルキアの友人なら、私の友人だ。よろしく、カーター」

 「え? あ、えっと……よろしくお願いします」


 取り敢えず丁寧に、差し伸べられた手を両手で握り返す。

 たぶん正式な礼儀作法に照らせば間違えているのだろうが、ステラもルキアもそんなことは気にしなかった。


 「じゃ、朝食にしましょうか。フィリップ、カーテンを開けてくれる? 温め直すから」

 「いや、不要だ」


 ステラが手を翳すと、冷めつつあった紅茶やトーストから湯気が立ち昇り、ベーコンはぱちりと肉汁を弾けさせる。

 いいなぁ、小を兼ねてくれる大って、と。羨むような視線を向けつつ、フィリップは朝食に手を付けた。


 


 ◇




 腹に一物あるどころか、どす黒い策謀と野望を人型に成形したような貴族連中に囲まれて育っただけあって、ステラの洞察力はかなりのものだった。

 顔を見ながら話せばかなりの確度で内心を推測できるし、明確な嘘ならほぼ確実に看破できる。サークリス公爵のように内心と態度を完全に切り離せる怪物や、ステラ自身のように感情より合理性を優先できる相手には意味のない特技だが、次期国家元首としては必須級の技能でもあった。


 培ってきたその目に狂いが無ければ、眼前の少年はあまりにも異常だった。


 公務で訪れた外国で見た奴隷にも似た、深い諦めを宿した瞳。だが奴隷とは違い、彼のそれは押し付けられたものではなく、自発的なもののように見て取れる。しかも奴隷が抱きがちな自由への渇望、束縛の外にある世界への憧れや嫉妬、憎悪といったものがまるでない。目に映る全て、眼前の自分ステラにすら、何の価値も見出していないように思える。それでいて、ルキアに向ける視線には羨望や嫉妬、冷笑、慈愛と、かなり複雑な感情を滲ませている。


 なるほど確かに、そこいらで拾ってきた平民にしては些か以上に異質だ。

 あのルキアがただの平民に影響されて変質するはずはないと思っていたから、それは当然だ。そして──それだけのように見える。


 ルキアが魔術のインスピレーションを受けるような才能も、15年間貫いてきた生き様を多少なりとも変えるような要素も、何も見受けられない。

 彼はそもそも、何かを変えようとか、誰かに影響を与えようとか、そういった能動的な対人関係を構築するつもりはないだろう。彼を突き動かしているのは絶望と諦めに染まる前にあった、何かの残滓と惰性。あとはほんの僅かな拘りくらい。ルキアやステラと同じく生き方を決定づける程度には確立していて、しかし彼女たちとは違って表出しない小さなものだけ。


 勿論、そんな筈は無いだろう。

 

 まだ何か、あるはずだ。

 あのルキアが変化するだけの何かが、絶対に。


 それを見つければ、自分も変われるのだろうか。この停滞した強さの向こう側へと至り、絶対的な無謬存在──統治者として理想的な存在に近付けるのだろうか。

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