第56話

 男子用テントと女子用テント二つの設営。火と水の確保、食材調達といった野営に必要な準備を全て終え、焚火の周りに車座になって、フィリップたちは今更ながら自己紹介をしていた。

 と言っても名前や趣味といった意味の無いことは省き、得意魔術や戦闘スタイルに重きを置いた、かなり武骨なものだが。


 連携、と一口に言っても、やるべきことは数多い。


 誰が何を得意として、何が苦手で、どうすれば個々人のポテンシャルを最大限に引き出しつつグループとして最適な形になるのかを理解して実行する。これが最終目標だ。

 では、まずやるべきことは何か。当然ながら、誰が何をできるのかをグループ全員が理解することから始まる。


 先陣を切ったのはフィリップだ。「ハードルが上がるから最後にしてくれないか」といった旨の冗談交じりの苦言も飛んできたが、そんなことはないので安心して欲しい。


 「僕は……二種類の攻撃系魔術しか使えません。攻撃能力は高めですが、魔力量が低いので連射力はそこまでありません。射程は恐らく視界だと思います」

 

 判然としない上に情けない自己分析だが、返ってきたのは嘲笑ではなく猜疑の籠った視線だった。


 「二種類、ですか?」

 「はい。決闘で使った魔術と、もう一つは……そうですね、『アシッド・スピア』に似た魔術と考えて頂ければ」


 強酸性の液体を槍状に形成して撃ち出す投射型魔術の名前を挙げると、これまたグロテスクな魔術だと女性二人の顔が歪む。

 実際には投射どころか内部からの破壊なのだが、わざわざ言う必要はないだろう。


 「……では、後衛か中衛ですね」

 「そうですね。その辺りが妥当かと」


 どこに配置されても何もできないので、なるべくお荷物にならない場所でお願いします。そんな内心を呑み込み、右隣りのルキアへ視線を向ける。


 「いいんじゃないかしら? 魔力が枯渇するまでは継戦能力を高める練習をする予定だったし、詠唱機会の多い中衛にしましょう」


 先生からのお墨付きも出たので、フィリップのポジションは決定だ。

 なんとなくそのままルキアの戦力分析に移る流れだと思っていたが、先に口を開いたのはフィリップの左隣にいたユリアだった。


 「はい! 私、火属性魔術には自信があります! 得意魔術は『ヴォルカニック・マイン』です!」

 「設置型の攻撃魔術か……」


 リチャードが微妙な表情を浮かべ、フィリップに「どんな魔術なんですか?」と訊かれたルキアが薄っすらと同質の感情を表出させる。


 「空間座標を変数に含む、そこそこ高難易度の魔術ね。魔力感知能力に長けた魔術師なら設置場所を看破できるし、魔力操作が得意なタイプなら掌握することも可能。……難易度のわりに弱い系統の魔術よ」

 「ひ、酷い!? 間違ってはいませんけど……威力は高いんですから!」


 絶対に活躍して見せますから! と意気込むユリアを見て、ルキアはナンセンスだと首を振った。


 設置型魔術は直接攻撃向きの性能ではなく、あくまで布石として使うものだ。

 地雷があるかもしれないという注意で集中力を散らしたり、掌握しようと意識が向いた隙を突いたり。相手と自分の力が拮抗しているほど、意識のロスは大きな隙になる。


 そして、今回の目的地はダンジョン。想定される敵は知性に劣る魔物だ。

 地雷を警戒するような知能は無く、しかし魔力感知能力には長けている。本能的に地雷の位置を避けて突撃してくるうえ、無知性ゆえに「感知できない地雷があるかもしれない」という恐れを抱かない。


 普通に正面から攻撃魔術で殺した方が早い相手だ。


 まぁ、そういうことを学ぶ試験でもあるのだろう。

 勝手に納得して、ルキアは肩を竦めて口を閉じた。


 「まぁ、そういう攻撃スタイルなら後衛か?」

 「前回の班では後衛だったので、今回もそれで!」


 ルキアと似たような思考を経たのか、生暖かい視線になったリチャードが言う。ユリアも異論はないようだが、しきりに「見ててくださいよ! もう全部私が倒しちゃいますから!」と息巻いていた。


 「順番的に、次は僕ですね。といっても、もう周知だと思いますが……」


 リチャードが自分の左側に置いた直剣の鞘をこつこつと叩いて示す。

 攻撃魔術は苦手だが魔術剣を使えるというリチャードが前衛以外の場所に配置されることは無いだろう。


 「一応、初級魔術くらいなら斬り払えます。タンクとしては心許ないかもしれませんが、お役に立てるよう頑張ります」


 初級魔術であっても攻撃魔術なら馬鹿にできない弾速だ。それを斬るとなると普通に高度な技量が求められるのだが。


 リチャードはそれを誇示することも無く、ユリアとシルヴィアはそれに思い至らず、ルキアは「自分の魔術は斬れないだろう」という自信──当たり前だが──のもと、フィリップはリチャードが人間というだけで価値を見出さず。誰も大きなリアクションをしなかった。ぼそりと「いいなぁ魔術剣」と呟いたフィリップの反応が一番大きかったくらいだ。


 全員の視線が集中し、シルヴィアがこほんと喉の調子を整える。


 「私は、その、恥ずかしながら光属性が得意で……『サンダー・スピア』とか、『ライトニング・フォール』を好んで使います……」

 「お、知ってる魔術だ……」


 フィリップが現在練習中の初級魔術の名前に眉を上げて呟く。電流を槍状に形成して撃ち出す投射型魔術で、貫通力がそこそこ高い。後者の魔術は名前すら知らなかったので、きっと中級以上の魔術だろう。

 そっと身体を傾け、ルキアに耳打ちする。


 「『ライトニング・フォール』ってどんな魔術ですか?」

 「空から稲妻を降らせる上級魔術よ。難易度はそれなりに高いけど、屋内戦では全く使えないし、ダンジョン攻略でも出番は少なそうね」

 

 実力者に特有の酷評に苦笑しつつ、内心で首を傾げる。


 魔術戦は上級魔術の撃ち合い、中級魔術以上しか手札にカウントされない、みたいな話があったはずだ。

 それなりに高難易度の上級魔術が使えるのなら、それ以外の手札だって豊富にあるはずだ。わざわざ初級魔術を使う必要は無いはずだが。


 全員が不思議そうにシルヴィアを見つめ、ユリアが「『サンダー・スピア』ですか?」と尋ねる。なんでそんなクソザコ魔術を? とでも言いたげなのは、そのクソザコ魔術すら使えないフィリップ以外の全員がそうだ。


 もにょもにょと口ごもったシルヴィアに追い打ちをかけるように視線が集まるが、それはすぐに引き剥がされる。


 全員が一斉にその理由に思い至ったからとか、同時に興味を失ったからではない。

 日が沈み切った夜闇の中で、すぐ目の前に焚火という明るすぎる光源があることで気付くのが遅れたが、フィリップたちが通ってきた街道をやってくる影がある。


 人独りとか異形の影ではない。背部に追突防止用のランタンを吊るしたキャラバン型馬車の列──そこそこ規模の大きな商団かなにかだ。

 明かりを馬車あたり一個のランタンしか付けていないうえ、そのランタンの油もかなり少ないのか光量が少ない。気付いた時にはかなりの距離まで近づいていた。


 街道上で一団が止まり、一人が駆け足でやってくる。

 「おーい、火をくれないかー?」などと叫んでいるのが聞こえるが、彼らはあそこで一泊するつもりだろうか。まだ夜は浅いとはいえ、日は沈み切っている。これ以上の行軍は確かに危険だし、これ以上誰かが来るとは考えにくいが、街道上で旅団を停めるのは些か常識外れだ。普通はフィリップたちのように街道から少し離れ、木の下などにキャンプを設置する。


 フィリップたちの元までやってきたのは、平民向けの服を小綺麗に整えたような装いの、二流商人といった風情の男だった。


 「悪い、火を貰っていいか? あと、油が余っていたら分けて欲しいんだが……」


 男は誰が代表者なのか計りかねたように全員を順番に見る。ルキアの顔を見ている時間がやけに長かったが、仕方のないことだろう。

 最終的に、最年長の男性であるリチャードに視線が固定された。実際の家格序列はルキア>シルヴィア>リチャードなので、彼は三番目だが。


 「……火打石を持っていないのか?」


 不愉快そうに尋ねたリチャードに、男はばつの悪そうな笑みを浮かべた。


 「いや、火打石も薪もあるんだが、火口が無いんだ。木を削ってフェザースティックや大鋸屑を作ろうにも、ここまで日が沈んじまったら危ないだろ?」


 訝しむような視線はそのままに、リチャードが首の動きで火を示す。

 男はその端的な許可に頭を下げて礼を告げ、持っていた薪に火を移してキャラバンの方へ帰っていった。


 「今夜は見張りが必要になりそうですね」

 

 リチャードが商団を半ば睨むように見ながら面倒臭そうに言う。

 この辺りの街道には魔物や獣が出ないということもあって、前回はみんなで普通に眠れたのだが。


 別に盗まれて困るようなものは無いはずだが、万が一寝首を掻かれるようなことがあったら困るということだろうか。

 フィリップたちは彼らのいる街道からはそれなりに離れたところにキャンプを設置しているし、誰かが近付いてきたら寝ている者を起こす程度でいいだろう。


 「と、とりあえずご飯にしませんか?」


 最善のタイミングでそう提案したことで、シルヴィアは自身への追及を皆に忘れさせることに成功した。

 



 ◇



 

 火を貰った松明を掲げ、小走りでキャラバンへと戻った男は、組まれていた薪に火を突っ込んだあと、その傍にドカッと腰を下ろした。

 既にその周りには用心棒らしき凶悪な見た目の男達が座り込んでおり、鋭い視線が集中する。


 平凡な見た目の男が、その内面も平凡であったなら竦み上がってしまうほどの圧がある。

 直後──


 「どうでしたか、部門長?」


 用心棒の一人が、男に向かってそう問いかけた。


 男はそれを当然のように受け止め、口角を上げる。


 「子供が5人、うち女が3人。1人はとんでもない上玉。年頃的に全員処女童貞だろうな。──なぁ、こりゃどういう冗談だ? 王都の調達部門が壊滅、商会は王国から撤退──その道中で、王国部門の長である俺の前に、こんな極上の獲物が現れるってのは!」


 一団から笑い声と歓声が沸く。

 彼らは確かに商人ではあったが、それは「商会に所属している」というだけのこと。


 かつて王都の侵食を試みていた野心的な奴隷商会──結局は衛士団の目を逃れられず、手出しを諦めたのだが──の調達部門。つまりは女衒、あるいは人攫いと呼ばれる犯罪者の集まりだ。


 「男二人は労働力としちゃ微妙だが、それでも年頃を考えりゃ相応の値は付く。女三人のうち一人は扱い辛いレベルで高値だろう。……ボスのご機嫌伺いくらい、ワケ無いぞ」


 台詞に含まれた欲と金の気配とは裏腹に、男の声には深い安堵があった。

 同調するように、用心棒──いや、実働役の男達も溜息を吐いたり、地面に寝転がって唸り声を上げたりする。


 王都に進出した調達部門がほんの一週間で壊滅したこと、一切の利益を上げなかったこと、帝国を本拠地とする彼らの王国進出を白紙にしたこと。どれも男のせいではないが、男の責任になることだった。

 手土産の一つでも持って帰らねば首を切られることは想像に難くない。そこに現れた最上級の獲物だ。


 「ガキどもを包囲しろ。気付かれないよう、広く、ゆっくりとだ」


 包囲網は初めは広く粗くでいい。それをゆっくりと狭め、気付いた頃には逃げられない──その状況を作り出してしまえば、子供5人を拘束することなど造作も無い。いや、もしかしたら勝手に諦めて降伏するかもしれない。


 「あぁ……全く、首の皮一枚って感じだな……」


 なんとか組織からの粛清は避けられそうだと、男はもう一度深々と溜息を吐いた。



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