第55話

 行程は計画通りに進み、一日目は近くの町の宿に泊まり、二日目は野営した。


 現在は三日目ということもあり、班員同士もかなり打ち解けていた。

 平民同士で価値観の合う──もちろん常識的な範囲で──フィリップとユリア、男同士で感性の近いフィリップとリチャード、高位貴族同士で並んでいるだけでも華やかなルキアとシルヴィア、女性三人。この組み合わせは、特にいろいろな場面で見られた。


 フィリップとしては、熱心な一神教徒で油断すると「カーター猊下」なんて呼んでくる、かつナイ神父に惚れ込んでいるシルヴィアとはあまりお近づきになりたくないので、この組み合わせは都合が良かった。

 

 からからと馬車に揺られ、軽く寄りかかってくるルキアの重さと温かさを感じながら、街と街の間に広がる平原の景色を眺める。

 先ほどまではルキアと話していたのだが、彼女は女性陣に取られてしまった。……いや、別にフィリップのモノではないのだが。


 「試験が終わったら夏休みですね! もしよかったら、三人でどこかに遊びに行きませんか?」


 ユリアの提案に顔を見合わせる二人の貴族令嬢。

 それを横目に、フィリップもぼんやりと考える。


 夏休み。

 王都の宿が最も賑わう時期だ。観光で王都を訪れた人々は、大概の場合に三等地か二等地の宿を取るからだ。日帰りとか友人宅に泊まるとか、そういう例もあるが。

 

 フィリップもタベールナに戻る予定だし、手伝うことになるだろう。

 丁稚奉公ではなく臨時手伝い扱いになるとしたら、給金が少し減るかもしれない。ちょっと交渉してみよう。


 「ごめんね、ユリア。私たちは王宮祭の準備があるから……」


 え、普通に嫌だけど、という顔をしているルキアに代わり、シルヴィアが答えた。

 ユリアは落胆はせず、逆に「あ、そうですよね!」と、どこか嬉しそうにしている。


 その不思議な反応と聞き慣れない単語に、フィリップもシルヴィアに視線を向ける。


 「王宮祭ってなんですか? 語感からはお祭りみたいに聞こえますけど」

 「そういえば、カーターさんは王都に来たのは今年でしたよね! 王宮祭は建国祭とも言いましてですね」


 滔々と語り出したユリアの言を要約すると、王宮祭=建国祭は、毎年夏に王都全域を挙げて行われる盛大な祭りらしい。ちなみに「建国祭」の方が正式名称だというのはシルヴィアの言だ。

 祭りは一週間に亘って開催され、最終日には国王陛下ご観覧の御前試合も行われるという。


 「その準備とお二人が──あぁ、何か礼典が? 貴族は出席せよ、みたいな」

 

 フィリップが尋ねると、二人より先にユリアが答えをくれた。


 「いえいえ、皆さんは御前試合に出られるんですよ! ルメール様なんて、昨年度は17位だったんですよ!」

 「へぇ……?」


 それは凄いのだろうか。

 優勝だったんですよ! とか言われたらミーハー的に握手でもしてもらったかもしれないが。


 フィリップの薄い反応にユリアが頬を膨らませるが、彼女が何か言う前に、自分の名前を出されたリチャードが会話に加わる。


 「17位じゃなくて22位だよ、ベルト」

 「え? あー、そうですね。あはは……」


 ユリアは何故かルキアをちらりと見て、誤魔化すように笑う。

 その反応にフィリップとルキアが揃って首を傾げ、シルヴィアが苦笑する。


 「御前試合の上位5位って強さが段違いで、毎年同じなんです。だから、6位の人が実質1位──っていう冗談があるんです」

 「毎年ですか? それは……」


 上位5名それぞれに隔絶した強さがあるか、出来レースかの二択だろう。

 フィリップは後者だろうなぁ、と何とも言えない微妙な表情を浮かべていた。


 それを見て、ユリアが苦笑を浮かべて補足を入れる。


 「本当に、上位の5人は強さの次元が違うんです。5位の近衛騎士団長、4位の衛士団長、3位の学院長、2位のサークリス様、そして1位の第一王女殿下」


 自分で口にしておきながら「うわぁ、よく考えたらホントに頭おかしい隔絶だぁ」という表情になるユリア。

 リチャードとシルヴィアも似たような感想を抱いたのか、ユリアに向ける苦笑は薄い。


 確かに、上位3名は上から聖痕者、聖痕者、聖痕者だ。隔絶が存在すると言うのも納得だが。


 「あの、上位3位って……」

 「そこは出来レースよ。私たちが本気で戦って、闘技場──いえ、王都が無事で済むわけが無いでしょう?」


 言い淀んだ3人に代わり、ルキアが答える。

 確かに上から王族、公爵、侯爵で家格順になっていた。


 仕方のないことだと諦める理性はあるが、少年心がブーイングしている。

 しょうもな、という内心を反映したフィリップの表情を見て、ユリアが慌てたように口を開く。


 「で、でも、サークリス様たちの試合、凄いんですよ!? 私たちじゃ再現できないような高等魔法が、お花畑みたいにばらばらーって!」


 独特な表現を用いて空気を盛り上げようとするユリアに、シルヴィアがくすくすと笑う。「流星みたいに、とかじゃなくて?」という突っ込みには同意を置いておこう。


 「見映えを意識した台本があるのよ。私とステラ──第一王女との試合もね」


 ユリアが「聞きたくなかったぁ!」と耳を塞いで悶えているが、それはそうだろう。

 本気で戦うのなら『明けの明星』クラスの攻撃魔術の撃ち合いになるだろうし、その場合王都は壊滅的な被害を受ける。祭りどころではない。


 いいなぁ、見映えを意識するなんて器用なことが出来て、と隣の芝生を羨むフィリップ。

 火力の目盛りに「人」が追加されたのは最近の事だし、見映えは最悪だ。とても国王陛下の御前でお見せできるものでは無い。


 「ルメール様は、やはり魔術剣で?」

 「はい。あぁ、でも、剣技で言えばやっぱり衛士団長と騎士団長が凄いですよ」


 僕も負けました、と爽やかに笑うリチャード。

 リチャードとユリアが口早に語った内容によると、彼らは並み居る魔術師の攻撃魔術をその順位にいるのだという。ちょっと何を言っているのか分からなかった。


 理論上、投射型魔術を剣で切ることは可能だ。飛ぶ鳥を落とすような話だが、不可能ではない。

 だが、弾速や弾幕の密度を考えて、それが許されるのは素人までだ。御前試合にエントリーするような本職の戦闘魔術師の使う攻撃魔術は、威力も密度も段違いだ。一発、二発斬り落としたところで、雨霰と降り注ぐ魔術に呑み込まれるだろう。


 雨粒を切り伏せて濡れずに家まで帰るのと、難易度的にはそう変わらない。

 

 「それは……凄い、ですね」


 尺度が人間である以上、フィリップの脅威にはならない。だが、その技量は驚異的だ。少なくともフィリップの才能では10年そこらの研鑽で踏み入れる領域ではない。


 「えぇ、それはもう。カーターさんも、今年はご覧になるのでは?」

 「そう、ですね……」


 フィリップが行きたいと言い出さずとも、たぶんモニカに連れ回されることになる。もちろん「行きたくない」と断言すればモニカも無理強いはしないだろうが、別に行って困るわけではないし、行くことになるだろう。

 祭りといえば故郷では収穫祭くらいしか無かったし、規模も段違いだろう。


 「サークリス様の魔術戦が見られると思うと、今から楽しみです」

 

 人類最高の魔術対人類最高の魔術。フィリップでは生涯足を踏み入れることの無い、仰ぎ見るだけの──或いは見下すだけの──領域。機会があるのなら見ておきたかった。

 再現性や価値の有無は関係ない。ただ自分には出来ないことに憧れる、それだけだ。


 目を輝かせるフィリップに、ルキアは不思議そうな顔を向けた。


 「前に『粛清の光』と『明けの明星』は見せたでしょう? あれ以上を期待されても困るのだけど……」


 流石にあの時より進歩してはいるけど、と指の一弾きで馬車の中を暗闇に染め上げ、自身の周囲に4つの光球を浮かばせるルキア。

 最上級魔術の無詠唱同時展開に、フィリップよりも魔術に詳しい3人が愕然を通り越して呆然と見つめる。シュブ=ニグラスの落とし仔でも劣等個体なら指の一弾きで葬れそうだった。


 とりあえずリチャードに「前を見てくれ」と手ぶりで示して、ルキアに胡乱な目を向ける。


 光は重量がゼロのくせに膨大なエネルギーを秘める、よく分からない存在だ。そのエネルギーを抽出して攻撃する『明けの明星』は、フィリップに許された領域外魔術と似て制御が利きづらい。

 戦略級魔術とか破城魔術とか、そういう規模の大きいカテゴリに属するもの。普通は100人単位の魔術師が天使召喚を行い、その補助を得て使うレベルの魔術だ。


 それを4つも同時展開している。彼女はどこを目指しているのだろうか。破軍破城はゴールではないらしい。

 まぁ──星一つ砕けない時点でまだまだ伸びしろがある、なんて考えも浮かぶのだが。


 「でも、そうね。フィリップが来るのなら、いつもより張り切らないと」


 そう言って笑ったルキアに、シルヴィアが苦笑する。


 「お、お手柔らかにお願いします……」


 ルキアの張り切った状態は知らないが、仮に黒山羊と対峙した時レベルだとしたら、まず間違いなく百般の魔術師に勝ち目はない。

 そこまで考えて、ふと気づく。


 フィリップはシルヴィアの強さがどれほどのものかを知らない。いや、リチャードもユリアも、ルキアを除く班員全員の強さを知らない。

 これから共にダンジョンを攻略しようという仲間だというのに、彼らが何を得意として、何が不得意なのかすら詳しくは知らないのだ。


 確定しているのは、彼らはルキアより弱いということだけ。その時点でフィリップは目を留めるだけの価値がないと無意識下で判断し、「どういう戦闘スタイルなのか」「どうやって連携すべきか」といったことをまるで考えてこなかった。

 

 リチャードが魔術剣を扱うということは知っているが、その実力がどの程度なのかは知らない。

 ユリアとシルヴィアが何を得意とし、何を苦手とし、どんな風に戦うのかを知らない。

 彼らとルキアの間に隔絶が存在することは聞いているが、どの程度の差があるのかを知らない。


 端的に言って、連携も何もあったものではない。

 敵を殺すだけならルキア一人で何とでもなるだろうし、最悪の場合はフィリップが盤面をひっくり返せばいい。


 だが今回はダンジョン攻略──閉鎖空間での連戦が予想される。

 クトゥグアなんて召喚した日には、酸欠+蒸し焼きでデッドエンド。班員は全滅、フィリップは恐らく外神として産み直されて人間を辞めることになる。


 ──嫌すぎる。班員とは絶対にはぐれないようにしなければ。


 「そ、そういえば、連携訓練とか、全然してませんでしたね!」 


 ルキアが唐突な話題の切り替わりに面食らった素振りも見せず、端的に「そうね」とだけ返す。

 それが不味いことだという認識はなさそうだった。


 「私たちは、野外訓練の時にちょっとだけ練習しましたけど……」


 どうやら前回も同じ班だったらしい、シルヴィアとユリアが顔を見合わせて頷き合う。

 だが、5人中3人が入れ替わった状態ではどの程度の再現が出来るのかは不明だ。


 前回の班はおそらく、全員が純魔術師だったはず。リチャードのような前衛型魔術剣士や、ルキアのような単騎破軍を可能とする超級の魔術師、フィリップのような召喚士──もとい、グロテスクな攻撃魔術二つと半自爆召喚攻撃しか持ち合わせないお荷物はいなかっただろう。


 ユリアがルキアを見て、フィリップを見て、リチャードを見て、そして首を横に振った。


 「あまり意味は無さそうです」


 そうだろうな。むしろそうであってくれて安心した。

 フィリップがそんな安堵混じりの納得に落ちていると、御者席のリチャードが声を上げる。


 「日も傾いてきましたし、そろそろ野営の準備をしませんか?」

 「了解です」


 返答しつつ、周囲を見回す。

 かなり遠くまで見渡せる平地だが、所々に木が生えている。その根元ならタープの設営も楽だろうし、薪も探しやすそうだ。


 リチャードが街道から逸れた平原上に馬車を停め、木の幹に馬を繋ぐ。


 「準備が終わったら、連携の練習をしないとですね!」


 身体を伸ばしながらそう言ったユリアに頷いて同調しつつ、フィリップも割り当てられた仕事に取り掛かった。


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