ダンジョン攻略試験

第50話

 キャンペーンシナリオ『なんか一人だけ世界観が違う』

 シナリオ4 『ダンジョン攻略試験』


 推奨技能は【現代魔術】を含む戦闘系技能、【クトゥルフ神話】、【ナビゲート】です。


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 決闘に勝利し、フィリップはルキアとの学園生活を守り抜いた──そんなつもりで戦った訳ではない──のだが、残念ながら、フィリップを取り巻く環境は一変した。

 或いは、初期の段階までロールバックした。


 ルキアと並んで校舎を歩き、教室に向かう道すがら、すれ違う生徒たちの会話が漏れ聞こえる。


 「あれが例の──」

 「あぁ、枢機卿の──」

 「未知の魔術を使ったって──」


 諦めの滲む嘆息を漏らし、それを見た生徒たちが「聞かれていたか」と慌てて口を噤む。

 決闘から未だ二日だというのに、既に学院中に話が広まっている。


 ゴルドア・フォン・ライウスの曾孫と決闘して勝った。その際に未知の魔術を行使した。

 事実はここまでだ。


 そこに「教会関係者」という要素──ナイ神父やマザーは教会に棲み付いているだけで、一神教とは何の関係も無いのだが──が加わるとあら不思議。

 教皇庁によって開発された新しい魔術を行使する謎の編入生の出来上がりだ。勘弁してほしかった。


 カリストは一命を取り留めたものの、意識不明のまま王宮附属病院で療養中。決闘の当事者としてフィリップは学長に呼び出されて事情聴取を受けたし、この噂についても真偽を問われた。嘘だと返しておいたが、信じてくれたかどうかは怪しい。

 幸いにして、或いは当然ながら、フィリップを責める者はライウス伯爵家を含めて誰もいなかった。

 

 学長は決闘に至る経緯を話したときには同情し、自分の力不足を嘆いていたし、決闘に臨んだフィリップの心意気を褒めてもくれた。

 それはそれとして今度その魔術を見せろと言われたので、「肺のある」標的が必要だと返しておいたが、それはさておき。


 伯爵家からはフィリップとルキア、学院とサークリス公爵家に謝罪文が届けられたし──ルキアへの配慮が過剰だ──、カリストからフィリップへの決闘挑戦はその権利を今後一生に渡って剥奪すると書いてあった。

 決闘管理局からは勝者であることを証明する文書が届いたし、ついでにルキアにも「手を煩わせてすまなかった」という旨の謝罪文が来ていた。


 ……ルキアの介入が思ったより大きな影響を及ぼしていてちょっと笑えてくるが、まぁいい。


 あとは……ナイ神父から届いた、『そっちを使ったのはいい判断です。なんせ繰り返し痛めつけられますからね』という旨の手紙くらいか。


 本当に、色々なことがあった。

 だが一番嫌な変化は──


 「あ、サークリス様とカーターさん。おはようございます」

 「……おはようございます」


 慇懃な態度に戻ってしまったクラスメイト達だ。


 一番最初にフィリップに向けられていた「枢機卿の親族だ」という認識。

 あれを否定した言葉は、どうやら信憑性を失くしたらしい。


 教室に入り、いつもの席へ向かう。

 隣に座ったルキアと話しつつ、彼らの様子を窺う。


 フィリップたちとは一定の距離を置き世間話に興じる彼らは、時折ちらちらとこちらを確認している。

 二人の話を邪魔しないように声量を抑え、しかし二人が話しやすいように教室を適度な喧騒で満たす。それを意識してやっているのが見て取れるほどの緊張具合だ。


 フィリップも昨日は否定しようと必死だったが、彼らも「そうなんですね」「分かりました」と答えるだけで、態度は一向に変化しない。

 何を言っても無駄だと察するのにそう時間はかからなかった。


 ルキアに口添えを頼んでみたものの「この私に口裏を合わさせるだけの“バック”があると思われるだけよ?」と言われ、即座に撤回した。


 じゃあどうするか。

 ナイ神父経由で教皇庁が「フィリップ・カーターと教皇庁は無関係だ」という声明を出す? いや、どう考えても逆効果だろう。

 なら逆に「フィリップ・カーターは神に背く逆徒である」と──いや、破門されれば快適な生活どころではない、賞金稼ぎや征伐軍から逃げ回る日々だ。より正確にはその全てがナイ神父とマザーの手によって薙ぎ払われ、半ば魔王扱いで孤独に生きるしかなくなる。


 「はぁ……」


 諦めに瞳をどろりと溶かし、机に突っ伏す。

 

 思い描いていた平和で快適な学園生活からは少し違ってしまったが、まぁ……まぁいいだろう。ここは邪神の気配もなく、這い寄る狂気も渦巻く混沌も無い、平和な場所だ。

 自分にそう言い聞かせていると、扉を開けてヘレナが入ってくる。


 授業の開始かと生徒たちがぞろぞろと席に着き、フィリップも身体を起こす。


 全員の聞く姿勢が整ったのを確認して、ヘレナが口を開く。


 「おはようございます。連絡事項が二つあるので、傾注してください。まず一つ目、明日から試験準備期間になります。授業は4時限まで。クラブ活動は全て停止、委員会も時間短縮が義務付けられますので留意してください」


 留意しろって言われても活動時間を決めるのは先輩たちだよね、と誰かが囁き、くすくすと笑いが起こる。

 ヘレナも肩を竦めて「確かに」と笑った。


 「今回の期末試験は例年とは違い、実践分野を校外で行います。関連事項をまとめた書類を後日──いえ、今日の終礼で配りますから、目を通して準備しておくように」


 日付を思い出すように視線を泳がせ、言い直したヘレナに苦笑を向ける生徒はいない。

 誰もがその内容に驚愕し、ざわざわと近場の生徒と議論していた。


 「校外でテスト?」

 「あれだろ? 野外訓練が中止になったから──」

 「一緒にやるってこと? 勘弁してよ……」


 魔術学院の試験は前後学期の中間・期末の年四回。それぞれ理論分野・実践分野に分かれており、片方が赤点でも片方が合格であれば落第はしない。


 学院生は一般的に実践分野に傾倒しており、魔術理論について積極的に勉強しようという生徒は少数派だ。

 魔術が使えるならそれでいいし、社会もそれを許容する。理論なんて七面倒臭いものを学ぶのは、研究分野に進むごく一部の生徒か、フィリップのような実践分野に難のある生徒くらいだ。


 故に学院生にとって理論分野のテストは難解で、逆に実践分野のテストは簡単だ。

 理論分野を捨てて実践分野で進級をもぎ取ってきた生徒も、先輩の中には何人もいるだろう。


 そして、校外での実践分野試験。恐らくはAクラス1班の壊滅によって全面中止となった野外訓練の補填も兼ねたものが、普段のものより簡単であるはずがない。


 それを察した生徒たちが怨嗟の声を上げ、ヘレナはそれを笑って受け止める。


 「はははは、励み給えよ学徒諸君」


 揶揄うように激励して、すっと表情を切り替える。

 横暴だの勘弁してくれだのと騒いでいた生徒たちも、明確に切り替わったヘレナの雰囲気に中てられ、口を噤む。


 「もう一つ。今後一切、生徒間での決闘を禁止します。貴族法は──いえ、あらゆる身分階級に基づく特権は、この学院内に於いて効力を失うと何度も教えたはずですね」


 学院内では魔術の腕のみが自らを誇る唯一の指標。その大前提を今一度周知させる。

 フィリップを含めた全ての生徒を睨みつけるように見据え──ルキアの冷たい目に負けそうになるのをぐっと堪える。


 「次に私の生徒を殺すと宣言した決闘を挑んだ者は、その相手より先に私が戦います。いいですね?」


 わざわざ手袋を外し、聖痕を見せつける必要は無い。

 ヘレナ・フォン・マルケル──風属性最強の名は、既に全世界に轟いているのだから。


 はい、と、クラス全員が一斉に返事をした。




 ◇




 その日の昼食時には、誰も彼も同じ話題について話していた。

 フィリップとルキアも例外ではなく、いつもの特等席で向かい合い、校外試験を話題に挙げる。


 「今回の実践試験、行き先は王都付近のダンジョンらしいわ」

 「へぇ、ダンジョン……」 


 ダンジョンとは、この大陸全土に点在する謎の構造物のことだ。

 規模や内部構造は物によって異なり、築年数もバラバラ、生息する魔物も土地に従うこともあれば無視することもあり、まさに「謎の」建物。


 ダンジョンを専門に研究する考古学者や博物学者も少なくないが、彼らの大多数は「ダンジョンとは総称であり、前時代に造られた迷宮や砦もあれば、今世紀に入ってから造られた模造品も含まれる」と口を揃える。


 何で出来ていて、何があって、何が出てくるのか。それはモノによって異なり、当然ながら危険度も異なる。

 遺跡、迷宮、洞窟、森、砦、古城。規模に比例して生息する魔物や出土品の格も上がり、踏破難易度と恩恵が高くなる。


 それらを調査したり、或いは出土する遺物を回収したり、或いは最奥部までの踏破を目的としたり。

 多様な目的を持ってダンジョンに挑む冒険者も多い。


 王都近郊に存在するダンジョンはそう多くない。

 高難易度のものがあるという話は聞かないが、ダンジョン自体が往々にして危険性のある場所だ。


 「踏破したら合格、とかでしょうか?」

 「かもしれないわね。となると、そこまでの難易度のものは用意されないと思うけど……」


 難易度は規模に比例する。

 全学院生が押し掛けて詰まったりしない規模となると、かなりの高難易度になるだろう。


 野外訓練のように何人かのグループに分けられ、各地の小規模ダンジョンへ分散するというのが一番ありそうだ。


 「ダンジョンってことは、魔物と連戦することもあるんですよね……」


 魔物はともかく、連戦はフィリップには厳しい。

 集中力もそうだが、魔力量と魔力回復速度が一般魔術師に比べて大きく劣るフィリップは、継戦能力に欠ける。


 『萎縮』も『深淵の息』も魔物相手になら存分に振るえるとはいえ、そもそもキャパシティ的に何十発、何百発と連射するのは不可能だ。


 「限界が来たら、あとは私がやるわ。たぶん評価はグループごとでしょうから、実戦経験を積むことと、自分の限界を見極めることを目標にしましょう」

 「……はい!」


 なるほど確かに、と。いつもの魔術講義のようなルキアの言葉に頷いて、厳しいけどいい先生なんだよなぁなどと感動する。

 グループ分けが任意なのか抽選なのか、あるいは教師による選別なのかも定かでは無いが、二人とも別のグループになるという可能性は考慮していなかった。


 その日の終礼で配布された「遠足のしおり(原題)」を読むと、各グループは5名から6名で決定済み、ルキアとフィリップは同じ班であることが分かった。


 それはいい。それはいいのだが。


 「所要物、行程、移動経路、“自己判断”ってなんなんだ……」


 各員に配布されたしおりはペラペラで、とても野外訓練や試験の要綱とは思えない。

 内容も、要約すれば「君たちのグループはこれ。目的地はここ。あとは自分たちで考えて?」である。投げっぱなしもいいところだ。


 試験準備期間である明日からの一週間で荷物を用意し、行程を計画し、試験開始日に学院を発つ。

 試験終了日までにダンジョン最奥部へ到達すれば満点。到達できなかった場合や脱落者が出た場合は減点され、野外訓練の時のような未知の魔物による襲撃を受けた場合は直ちに中止。


 「結構ハードですね……」

 「えぇ、そうね……」


 その気になればダンジョン最奥部まで一直線の道をルキアは、禁止事項、特に『ダンジョンの破壊を禁じる』という文章が何処にも記載されていないことを確認しつつ相槌を打った。

 最悪の場合、試験期間全てを行程に費やしても何とかなる。試験終了時刻を基準として、ダンジョンの入り口から最奥部までの最短距離を全力疾走するのにかかる時間を引いた時間が、行程に費やせる限界時間だ。


 目を細めてしおりではない何かを見つめるルキアに「なんか物騒なこと考えてるな」と苦笑していると、席の周りにぞろぞろと人が集まってきた。


 

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