執着と溺愛はお家芸です

かりん豆腐

ある日の事


「あなたは僕を犯罪者にするつもりか!」




 荘厳な雰囲気が漂う王宮。心を癒やすように柔らかな色合いの花々が咲く中庭を囲うように造られた広い廊下の一角で一組の男女が揉めていた。




否、一方的に男が詰め寄っているといったほうが正しいか。




 魔術師のローブに魔術師長だけがつけることを許されるブローチをつけた、たいそう見目麗しい男とアッシュブロンドの髪を飾り気もなくぴったりとまとめ上げ、侍女のお仕着せを身にまとった地味な女。




 突然の大声に周囲にいた人々は声がした方を一瞥し、男女の姿を確認すると“いつものか”と興味をなくし通り過ぎていく。




そう、いつもの光景である。












 その日、女は主である王太子の指示で書類と言伝を届けるために魔術師棟へ向かっていた。主はあまり人を側に置きたがらないため、女の仕事は侍女というより専ら使いっ走りだ。




 真っ直ぐ魔術師棟に向かい魔道具の開発、研究を行う第三と呼ばれる部署へ書類を届け言伝を伝えるとその場をあとにした。




 そして帰り道の廊下で先述の男に呼び止められ、あの一声である。




「仰っている意味がわかりかねます」




「先程、第三のヤツと何やら楽しげに話していたじゃないか」




「書類と言伝を伝えただけですが」




「あなたに微笑みかけられながらその美しい声を聞いたら誰でも惚れてしまう!あなたに惚れた男を私は生かしておけない・・・」




 男は女の婚約者である。もとより魔術師は独占欲の強い者が多いが、男のそれは魔術師の中でも一段強いものだった。


女は慣れたもので呆れた表情はするが嫌悪はない。




「馬鹿なことを言ってないで仕事に戻ってください」




「執務室まで送る」




 何かを言っても無駄であることをよく知っているので女は早々に諦め無言で歩く。十分程歩き、執務室につくと女が中に入るのを見届けてようやく男は魔術師棟へと戻った。




「大変だな、君も」




 少しからかいを含んだ声で言う。主も高確率でこうなることを予想して、面白がって魔術師棟付近への使いは積極的に女にまわしているのを知っている。






 元々は華やかな見た目の女だった。髪も綺麗に編み込んでから纏めていたし、年頃の侍女らしく明るい化粧をしていたが、男が王宮で女を見かけるたびに美しい髪が、澄んだ瞳が、小さく赤い蠱惑的な唇が、恥じらいに染めた頬が、金糸雀のような声が、と多すぎて全部は覚えてないがぱっと思い出すだけでもそれだけ出てくる。よくもまあそんなにスラスラと出てくるものだと関心するが、全部本気で言ってるものだから女も男が少しでも安心出来るように地味になる努力をした。




さすがに目と声は無理だから無視したが。




「私のワガママで仕事を続けさせてもらってるんですもの。彼には感謝してます。周りには申し訳無いと思いますけど・・・」




「あれでも控えるべきときは弁えているから問題ない」




 女は仕事が好きだった。自分が誰かの役に立つことに誇りを持って働いていた。だから、国で一番の魔術師の彼と婚約の話があがったときには惜しみながらも仕事を辞めるつもりだった。




 魔術師は独占欲が強いから婚約すると外で仕事をしている人はだいたい辞めて早々に相手の家に入る。女もそうなると思っていたが、




「あなたが仕事に取り組んでいるときの表情はキラキラとしていてとても美しい」




そういって仕事を続けるのを許してくれたときは男との結婚は政略結婚なんだと理解した。違うと嫌でも気付かされたが。




 最初は様々な場所で繰り広げられる二人のやり取りは奇異な視線に晒されたが、毎度続くそれにいつものことだと周囲も順応してしまった。それどころか今では早く安心させてやれとまで言われる始末。その言葉に本当にねと思いながら心の中で男に感謝をする。




「現にあれが君に纏わりつくのは魔術師棟からこの執務室の間だけで、他国の人間がこの王宮に出入りしてないときだけだ。まあ、君にかけられた暑苦しい守護結界は四六時中纏わりついているようだが」




 王宮内で仕事をしていると心配からか束縛が目立つが、王宮を出ると今度はどこからともなく宝飾品やドレスのデザイン画を数十枚持ってきたり、子猫をみて可愛いと一言漏らしたら何色のどんな模様の猫が好きかと聞いてきてプレゼント攻撃を仕掛けてくる。攻撃と言って差し支えない。毎度やんわりと断りつつ、七回に一回選んでくれた中から一、二点気に入ったものを受け取っている。女は受け取った時の男の幸せをそのまま表したような表情かおをみるのを密かな楽しみにしている。




「ひとつ教えてやる。君の地味になる努力は逆効果だぞ。」




「え・・・」




「あれは社交界に出るとき嬉々として君を着飾るだろ。着飾った君は多くの者が美しいと言う。だが、ひとたび王宮に入ればいかにも真面目そうな侍女に変身する。貞淑でありながら華やかさも持ち合わせていると評判だぞ」




 女からすれば青天の霹靂である。年頃の侍女らしくしてはダメ、地味にしてもダメなどもう為す術もない。くつくつと笑う主に抗議の視線を送る。




「まあ、そんな顔をするな。あと三ヶ月だ」




「そうですね。たった三ヶ月ですものね」




 今更何をしても変わらないだろうと女は早々に諦めた。


人間諦めが肝心である。










 今日も王宮の一角では地味な装いの侍女に見目麗しい魔術師長が詰め寄って心配と言う名の愛を囁き縋りついている姿が目撃されている。王宮にとっては平和な日常である。


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執着と溺愛はお家芸です かりん豆腐 @Karin_Touhu

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